インボイス制度非対応のクリエイターを抱える事務所が立ち行かなくなるかもしれないハナシ
インボイス制度って何?という方は下記の3つの記事をご覧下さい。
本記事では、例えばクリエイターと提携し手数料を取る形で成立している制作事務所の利益が激減するかもしれないことをグラフを用いて例示します。
が、話が長くなるので結論を先に言うと
事務所はクリエイターを守りたい
インボイス制度非対応のクリエイターにもこれまで通りの支払いをする
すると事務所の利益が数十%減少してたちいかなくなる
という算数の話をします。
まず現状の確認
2023年9月末までは、例えば
事務所に税込110,000円の売上が立つ
事務所が30%の手数料をとる
税込77,000円がクリエイターに支払われる
となると、事務所が国に納める消費税は
でした。つまりクリエイターに支払ったお金のうちの消費税にあたる金額(仕入税額相当額)は国に納めなくても良いよ(控除)というシステムでした。
経過措置開始直後の場合
インボイス制度には経過措置という名前の救済制度(あまり救済になっていない)があります。2023年10月〜2026年9月末の期間は、上記と同様の取引が行われた場合事務所が国に納める消費税は
になります。つまり、クリエイターに支払ったお金のうちの消費税にあたる金額(仕入税額相当額)のうち20%は控除されないから国に納めてねというシステムです。
ここで注目すべきは、事務所の利益が何%減るかです。
事務所目線だと、元々は
110,000円と77,000円の差額の33,000円を手数料として取る
そこから3,000円の消費税を納める
手元には30,000円が残る
という流れでしたが、経過措置期間に入ると
110,000円と77,000円の差額の33,000円を手数料として取る
そこから4,400円の消費税を納める
手元には28,600円が残る
という計算になります。つまり、利益が
減少します。4.6%だと小さく見えるかもしれないので時を3年ほど進めます。
経過措置第二段階の場合
2026年10月〜2029年9月末の期間は救済制度の救済度は下がり、前章と同様の取引が行われた場合事務所が国に納める消費税は
になります。つまり、仕入税額相当額の半分は控除されなくなります。
さて、事務所の利益は何%減るでしょうか?
110,000円と77,000円の差額の33,000円を手数料として取る
そこから6,500円の消費税を納める
手元には26,500円が残る
という計算になります。そして
となり、利益が11.6%減少することが分かります。更に3年時を進めます。
経過措置終了後の場合
2029年9月末には救済制度は終了し、10月以降は前章と同様の取引が行われた場合事務所が国に納める消費税は
になります。つまり、仕入税額相当額は一切控除されなくなります。
さて、事務所の利益は何%減るでしょうか?
110,000円と77,000円の差額の33,000円を手数料として取る
そこから10,000円の消費税を納める
手元には23,000円が残る
という計算になります。そして
となり、利益が23.3%減少することが分かります。果たしてどれだけの事務所がクリエイターを守るために強制的な23.3%の利益の減少を受け入れることが出来るでしょうか?
更に恐ろしい話
ここまでは手数料を30%と仮定していたのでそれほど劇的には見えなかったかもしれません。ただし、この制度の恐ろしいところは手数料が下がれば下がるほど牙を剥くところです。
次のグラフは経過措置開始直後について、横軸にクリエイターの取り分(%)、縦軸に事務所の利益の減少率(%)をプロットしたものです。
このように、クリエイターの取り分が80%を超えたあたりから急激に事務所の利益の減少率が上昇していきます。つまり手数料割合の低い事務所ほど利益へのダメージが甚大です。もし手数料が15%だった場合、事務所の利益率は11.3%下がります。
では再び3年時を進めましょう。
グラフの形は同じですが、縦軸の数値を見るとよりインパクトが大きいことが分かります。仮に手数料が15%であれば、利益は28.3%減少します。
経過措置が終わるとどうなるでしょうか。
手数料が10%を下回ったあたりから、事務所が事業売上を上げれば上げるほど損失が出る不思議な状態になっています。仮に手数料を15%とすると、利益は56.6%減少します。
細かいけど大事な話
ここまでは事実の話で、全ての事務所に等しく降りかかる問題の話でした。これに対し、事務所ごとに様々な対応がとられると思います。例えばこんなパターンが考えられるでしょう。1から順に、事務所への負荷が下がっていきます。
免税クリエイターには消費税相当額は支払わない
クリエイターと対話し、お互いの負担率が等しくなる点を探る
クリエイターと対話し、お互いの負担額が等しくなる点を探る
他の財源を確保してクリエイターにはこれまで通りの支払いをする
ここで問題になるのが2番と3番の違いです。例えば、ここまでの説明と同様110,000円の売上から77,000円払うパターンを考えます。
クリエイターと事務所の負担額を等しくしようと思ったら、控除されないクリエイターの消費税相当額7,000円をクリエイターと事務所で半額の3,500円ずつ負担することになります。
この場合、クリエイターの利益は77,000円から73,500円に下がるので減少率は約4.5%です。これに対し事務所の利益は30,000円から26,500円に下がるので減少率は約11.6%です。つまり、手数料30%の事務所とクリエイターが同じ額を負担すると利益の減少率は事務所の方が大きくなります。
これに対し、利益の減少率をクリエイターと事務所で揃えたい場合、詳しい計算は省きますがクリエイターが5,037円、事務所が1,963円負担すればよいことになります。それぞれの負担率は約6.5%で同じになります。
クリエイターを守る2割特例
ここまでは事務所が大変!という話ばかりしてきました。クリエイターの皆さんにも、何故事務所が自分を助けることが難しいのかご理解頂けたと思います。
ではクリエイターに負担をお願いした場合クリエイターは全く守られないかというと必ずしもそうではありません。仮にインボイスの登録を行った場合消費税の納付が義務付けられてしまいますが、2026年分までは納付額が安くなる通称2割特例があります。
消費税を納めるには2つの方法があります。例えば作曲家の場合
事業の帳簿を細かく付け課税額を1円単位で正しく計算して納付する
その年に消費税として受け取った額の50%を納付する
の2つから納め方を選ぶことになります。前者が原則課税と呼ばれるのに対し、後者が簡易的に計算が出来て楽なので簡易課税と呼ばれます。(細かい話は省きます)
消費税納税で最も高い障壁になるのは納付ではなく申告だと個人的に思っているので、基本的には簡易課税を選びたくなる方が多いと思います。簡易課税の50%という比率は「その職種であれば売上の50%くらいを経費として使ってるよね」という見込みで決められたものです。
2割特例の話に戻ります。この見込みで決められた50%という数字を2026年分まで期間限定で80%にする(消費税納付額が30%ポイント下がる)のが2割特例です。
例えば、売上が880万円の人がインボイス登録して簡易課税を選択すると消費税納付額は
と、納付額に24万円の差が生まれます。もしかしたら事業初年度で設備投資に思ったよりお金がかかってしまって本来であれば原則課税を選択すれば消費税の還付を受けられるケースも結構な割合であるとは思いますが、それは税に関する知識の強者だけに許される選択なのかなと思います。
繰り返しになりますが、この特例は事業開始から3年間ではなく、2026年分までです。なので2027年以降にフリーランスになる人は恩恵を受けることは出来ません。(個人事業主を仮定しています)
ほぼ個人レベルの事務所が追加で直面している課題
上記の原則課税と簡易課税について、選択することが出来るのは売上が5,000万円以下の事業者です。そうした小規模の事業者は、原則課税と簡易課税、どちらが得になるかを慎重に見極めています。
インボイス制度が始まり契約しているクリエイターが登録しない道を選ぶ場合、事務所に何が起こるかというと
クリエイターに支払ったお金のうち消費税相当額が控除出来なくなる
原則課税を選択していた場合納付額が増える
原則課税、簡易課税の選択がこれまでより難しくなる
といった起きます。というより、既に起きています。小さな事務所はクリエイターとの対話とは別にこの問題とも向き合わなければなりません。
みたいな判断を全ての事務所やクリエイターに強いてくるインボイス制度は2023年10月スタートです。
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