ギターアンプキャプチャーの歴史、強み、弱み
アンプキャプチャー以前のアンプシミュレーター
アンプキャプチャーという魔法のような技術が誕生するまでは、PODを代表とするモデリングアンプが主流でしたし、今もこれが主流です。モデリングというのは雑に説明するとアンプのような動きをするプログラムを作ることです。
00年代後半からはキャビネット、マイクの部分に測定データ(IR、インパルスレスポンス)を用いることが主流になりましたが、アンプ部分がモデリングであることに変わりはありません。IRの利点とデメリットについてはまたそのうち書くかもしれません。
Kemperが全てを変えた
モデリングの再現度を高めることに注力していたアンプシミュレーター業界に2011年に突如現れたのがKemper Profiling Amplifierでした。
Kemperは「アンプの挙動」を真似するのではなく「アンプから出ている音」を覚える点でモデリングアンプと大きく異なります。Kemperからしてみれば、アンプの中にどんな回路が存在していてるかはどうでもよく、ただインプットに入ってきた信号がアウトプットでどうなるかだけを解析し、その変化を記憶します。これをKemperはモデリングと異なる概念としてプロファイリングと名付けました。
あまりにも新しい考え方だったため未だにギタリストの間で十分に理解されているとは言い切れないのですが、最も高い忠実度を実現するにはキャプチャーしたままの状態のデータを使うことが望ましいです。
なぜなら、アンプキャプチャーは後に登場するアンプキャプチャーも含め
特定のアンプ、キャビネット、マイクの個体の組み合わせで
その時のEQ、ゲイン等のノブ設定で
その時のマイキングで拾った音色
だけを再現するからです。「ちょっとハイを下げたいな」とか「もうちょっとパワー管をドライブさせたいな」と思ったらキャプチャーしたデータを調整するのではなく、アンプを実際に調節して再度キャプチャーした方がいいわけです。
よくあるアナロジー
あまり直感的ではないかもしれませんが、
という喩え方をすることがよくあります。どちらも目に見えるものを表現する手段である点では共通していますが、例えば人物の見た目を表現する場合3DCGであれば画角やライティングに問題があればツールの中で設定を変えれば直ぐに対応できますが、写真の場合は被写体を動かしたりカメラや照明を調整してもう一度撮り直す必要があります。
一方、どちらの方が手っ取り早く絵的な表現が出来るかと言われたらモデリングより写真の方が断然簡単です。同様に、アンプをモデリングすることと比較すればキャプチャーするのは一瞬と言えます。
と考えておけば良いと思います。
結局誰が一番得をしたのか
これにより最も大きな恩恵を受けたのは
既にアンプやキャビネット、マイクを沢山持っている
スタジオレコーディングの音でライブをしたい
高価な/重い/壊れやすい機材を持ち運びたくない
といった属性のミュージシャンでしょう。言い換えると所謂プロが真っ先に恩恵を受けたわけです。
キャプチャーしたい環境が無いギタリストが恩恵を受けるまでには時間を要しましたが、今では良質なリグが有料無料を問わずインターネット上でアクセス可能になっているため自分のスタイルや機材にマッチする音色を見つけやすくなっています。
AI業界に激震が走る
Kemperの発売の翌年にAI業界に激震が走ります。GoogleがDeep Learningを用いて猫の認識に成功したというニュースです。全く詳しくないのであまりちゃんと触れられませんが、その後画像処理の分野でDeep Learningを用いたAI開発が加速度的に進んでいったそうです。最近だとAIが描いたイラストがやテキストから音楽を生成するAIが話題ですよね。
Deep Learningが何なのかは置いておくとして「アンプへの入力をもとにマイクの先で得られる出力を推定する関数」を作りたいと思った時にDeep Learningは結構相性が良いだろうなと直感的に思った技術者は一定数いるのではないかと思います。
Neural DSPが起こした革命
そんなDeep Learningによるギターアンプのキャプチャーを世界で初めて製品化した(と僕が勝手に推測している)のがNeural DSPでした。Neural DSPはDarkglassの創設者Douglas Castroが立ち上げたブランドで、立ち上げた時からアンプトーンの深層学習を目指していました。
Quad Cortexの凄いところは色々あって、
AIの学習がわずか3分強で完了する
モデリングアンプとしても使える
約2kgという軽さ
これらの属性が合わさってヒットに繋がったのだと思います。これに対しKemperの強みも色々あります。
深層学習を行わないためキャプチャー後の待ち時間が無い
にも関わらず十分な忠実度がある
コミュニティに豊富なリグの資産がある
パワーアンプ内蔵モデルや自社製キャビネット等のラインナップ
しかしこれらの2機種はいずれも専用のハードウェアを購入しなければその音で演奏することができないという性質を持っています。
そしてAmpliTube TONEXへ
先日リリースされたばかりのAmpliTube TONEXは、アンプキャプチャーの音を全てのPC/Mac/モバイル端末ユーザーが使えるようにした点で救世主と言える存在でしょう。強みをまとめると
DAWの中でプラグインとして使える
AmpliTubeの中から読み込んで使える
導入コストの安さ(定価でも最低149ユーロで使用可能)
学習中も音出し可能
必要に応じて学習の計算量を3段階選べる
あたりになると思います。何なら無料版でも20個まではTone Modelを落とせます。
ライブでがっつり使うとなるとソフトウェアであることで逆に不便になったりもしますが、宅録や制作で使いたい人には非常に心強い味方なのではないかと思います。ダイレクトとWetを同時録音してDAWではプラグインが立ち上がっていない状態にしてしまえば、レイテンシーやCPU負荷の問題も解決しますし。
更に、ハードウェア版のTONEX PedalもリリースされたことでTONEXの音はどんな環境でも再現しやすいより手軽なものになりました。
折角なので注意点も
アンプキャプチャー全般に言えることですが、キャプチャー後のデータに対する大幅な調整は元のサウンドへの忠実度を損なう可能性があります。喩えるなら横顔から正面を想像して描くようなものです。顔として破綻の無いものになったとしても本来の横顔の持ち主の顔になるかというとそうではないかもしれません。とはいえ、それで良い感じの音になるならそれでOKというのもまた事実です。
Kemperで気になるポイントがあるとすれば重量だと思います。フロアタイプで4.6kg、ヘッドタイプのパワーアンプ搭載モデルだと6.5kgになります。それでも真空管アンプと比べると非常に軽いですが。本体での操作性も後発のものと比べるとどうしても煩雑な部分があります。また、アンプの種類や歪み方によってはプロファイルが元の音との違いが露骨に分かってしまう場合もあります。
Quad Cortexについては先発機材の問題点を全てクリアしているように感じますが、強いていえば学習に要する時間がそれなりに長いことがストレスになるでしょうか。それでも非常に短いとは思います。あとは発売時期がちょうど世界的な半導体不足と重なったこともあり市場に十分な在庫が出回っておらず、ユーザー間のデータや情報のやり取りがまだまだ活発では無い点も今のところは懸念点かもしれません。とはいえ、これはあと数年で自ずと解消されると思います。
TONEXについては独立したハードウェアではないため入力レベルに基準値が存在せずテスト信号の出力もユーザー間で確実に揃えることが出来ません。故に、キャプチャー時や演奏時の入出力ゲイン設定、またリアンプボックスの品質によって歪み量が著しく変化してしまうことがユーザーにリテラシーを要求します。個人的にはキャプチャー系のアンプだとTONEXが最も元ネタへの忠実度を高めるのが難しいと感じています。(アンプらしい音を出すこと自体は容易です。)
なんにせよ、アンプキャプチャーが出来る機材の選択肢がここに来て増えてきたことはユーザーにとって歓迎すべきことだと思いますし、どれを選んでも安心して良質なトーンと出会えるよう引き続き貢献していきたいと考えています。
TONEXは不定期で無償のTone Modelを追加して行く予定なので、下記のアカウントをフォローして頂き、気に入ったTone Modelがあったら高評価ボタンを押して頂けると幸いです。
アンプ非所持者のアンプキャプチャーとの付き合い方
纏めると良い音を出すために自由に使うのが正解になりますが、僕の考えを少しだけ書いておこうと思います。
好きなアンプ名の音色データを探す
リストアップされた音色データを片っ端から試す
ピンと来たものをいくつか厳選
EQ、歪みの微調整をする
前後に歪みや空間系のエフェクトを置いて完成
みたいな使い方が良いのではないかと思います。ある程度慣れて探し方や自分に足りない音色が分かってきたら有償のデータを検討するのも有りだと思います。
また、厳選して手元残ったものから自分の好きなキャビネット、マイクの傾向を探るのも有意義でしょう。その後の音色データ探しに活かせますし、モデリングアンプに戻った時のIR選びにも役立つはずです。
個人的に最も避けた方が良いと感じるのは1つの音色データに拘泥して極端に設定を弄り回すことかもしれません。それよりは潔く見切りをつけて別のデータを試してみる方が結果的に実際のマイク録りっぽいリアルな音に落ち着くと感じます。
モデリングは1から自分でエディットして音色を作り上げていくものですが、キャプチャーではどちらかというと「数撃ちゃ当たる」の心持ちでいる方がうまくいく場面は多いのではないでしょうか。
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