第1弾 4期目のたなべ未来創造塾(和歌山県田辺市)
金丸 弘美(食総合プロデューサー・食環境ジャーナリスト)
〈連載〉もっと先の未来への歩み
『田舎の力が未来をつくる!』刊行以降、各地の事例は、挑戦に実をつけ、さらに先の未来へ進んでいます。 その後を取材した金丸弘美さんによる特別レポートを掲載いたします。
地域に若者の事業を生み出す和歌山県田辺市「たなべ未来創造塾」
地域づくりの活動で、今、もっとも注目をしているのが和歌山県田辺市の人材育成事業「たなべ未来創造塾」(公式サイト:https://futer-tanabe.site/)だ。この活動のことは『田舎の力が 未来をつくる! ヒト・カネ・コトが持続するローカルからの変革』(合同出版、商品サイト:https://www.godo-shuppan.co.jp/book/b474162.html)で取り上げた。本は『週刊東洋経済』『日本農業新聞』『月刊ガバナンス』ほか38媒体のメディアで取り上げられて注目となっている。というのは、国と地方自治体のミッションとなっている「地方創生」の事例、それも地域自らが動き出したボトムアップの活動を取り上げたからだ。
そのなかでも「たなべ未来創造塾」が突出をしているのは、これまでの自治体になかった若手の人材に絞り込み、彼らの、もともと持っているスキルや計画をフォローして、スモールビジネスを形にして、持続的な経済に繋ぐという形をとっているからだ。そして実際に多彩な仕事が生まれている。
2016年から始まり2020年で4期を迎え、これまで受講生の7割、35名からの事業が生まれた。2020年2月8日、「田辺市文化交流センター たなべる」の会場で実施された修了式に参加した。
この修了式には、市長を始め講師のメンバー、これまでの受講生、支援をしてきた金融機関、商工会、地元の高校生など約120名が参加した。
修了式では、まず市長の挨拶、そのあと塾の担当の市役所・鍋屋安則さんが塾の目的と4期生を紹介。このあと塾生12名が、それぞれの事業プランを一人3分でプレゼンテーションをするというもの。そのあと20分間のポスターセッションがあり、各自が事業をイメージしたポスターを作成して、今度は、質疑応答に応えるというものだ。
プレゼンテーションは年々レベルが上がっている。たった3分だが、それだけに明快にわかりやすく、どこをポイントにするかが、だれもがよく理解をして発表をしている。
他業種にまたがる多彩な塾生メンバーを人選
塾生は多彩だ。
地域の規格外の農産物をうまく使い地域に貢献する「チャイニーズ酒場・福福」中華料理店オーナーシェフ・岡野祐己さん。
海外でのスポーツトレーナーの経験を活かした「トレーナーゲストハウス」創業予定。北川雄一さん。田辺市はインバウンドも増えていることから外国人観光客が異文化交流できる場を目指している。
地産地消のフレンチレストラン創業予定。更井亮介さん。更井さんは1期生のメンバーが古民家を改装して作ったゲストハウス「the CUE」のシェフとし活動してきた実績を持つ。
「鈴木ぶどう園」を運営。鈴木格男さん。脱サラし、ブドウ農家として新規就農。マルシェの運営も手掛ける計画。
南紀ガス株式会社。LPガス卸小売供給業・管工事業ほかの事業。鈴木大輔さん。人口減と高齢化で、このままではLPガスの利用が減る。「まちのくらし屋」をコンセプトに見守りサービスや奥地配送サービスなど、地域課題を解決する日常生活支援サービスを想定。
有限会社ツボ井・スポーツ用品店。坪井直子さん。高齢化・人口減・少子化によりスポーツ人口が減少。スポーツ用具を売るだけでなく子供や高齢者が参加できる場を創り、協調性やリーダーシップなどを学べる機会や地域貢献に繋がることを企画・運営。
有限会社中田・葬祭業。中田真寛さん。世界遺産を生かした樹木葬を通じ、故人に会うために熊野古道を訪れる事業の展開を模索。
Gifted Creative三浦彰久さん。シェアハウスに取り組み、ニート・引きこもりの人たちの仲間・居場所・仕事づくりを目指す。
羊毛フェルト作家ゲストハウス創業。矢野玲子さん。羊毛フェルトのアートを手掛ける。香港に7年、イギリスに7年、北京に約15年と海外滞在経験を経て田辺市龍神村に移住。インバウンドにも対応していきたい。
行政書士ABC法務研究所、行政書士。山﨑貴宏さん。塾を通じより良い法務サービスを提供するためには、地域の現状や課題を知ることが必要だと感じ、それを理解したうえでの相談できる行政書士を目指す。
株式会社高垣工務店、新築住宅、店舗設計/施工、リフォーム、メンテナンス事業。山本有輝さん。高垣工務店は、塾生参加は3名。2期生で社長が塾生となり、会社の倉庫をリノベーションて無料で開放し、市、塾生、地域のためのセミナー会場にし、そこから地域ニーズにあった事業を生み出し、すでに実績を上げている。
南紀みらい株式会社、まちづくり会社。和田真奈美さん。市の駅前拠点施設開設が現在進行中。その運営を担う。地域の連携を目指す。 彼ら塾生の発表は、地域の課題を踏まえて、今後の事業展開を考えてのプラン。すでに実践が始まっている人もいて、今後の広がりが楽しみだ。
現況がわかるデータを徹底的に出しどんなニーズがあるかを探る
「たなべ未来創造塾」の優れた点がいくつかある。
塾の参加メンバーは、公募、商工会、金融機関などの推薦などを受けて20代から40代にしぼり、起業や新規事業の意思があるメンバーを集め、面接をして入塾をしてもらうようにしている。
塾は12名までで少数精鋭主義。面接をして、多彩なメンバーを人選している。商業、農業、料理家、工務店、デザイナーなどなど、業種を広げて、塾生同士が知り合うことで、異業種連携でも仕事が生まれように配慮されている。地域でもこれまで交流がなかった人たちが交わることでモチベーションが上がる仕組みをとっている。
信金、地銀、日本政策金融公庫、財務局など金融機関とも連携。とくに日本政策金融公庫は、塾生に事業計画、資金融資、ファンド投資などを、平行してアドバイスをしており、いくつもの投資が実際にされており、計画がビジネスになるものがいくつも生まれている。
講師陣には、空き家を使ってゲストハウスや観光に繋いだ実践家、廃校を利用してレストランや体験教室を開いた地域のメンバー、田辺市でインバウンドを対象とした観光協会「田辺市熊野ツーリズムビューロー」の中心メンバーなど、今の時代にあった事業を生み出した実践メンバーも講師で呼ばれ、塾生の事業作りのヒントに繋がり、また連携もできる形をとっている。
市、大学、民間の調査会社の協力を得て、市を取り巻く環境、企業や公共事業、人口の推移、高齢化、人口減、空き家率、若者の流失、産業構造など、具体的数字を出して、塾生に現状を数字で認識をしてから、どこにビジネスチャンスがあるのかを討議をするようになっている。事業はあくまで塾生に考えさせて、自らのプランで語れるように導く。
講義の前半は、状況把握や、ほかの事例などを学ぶが、後半は、塾生自らが自分の事業を具体化するプランを作り、お互いが討議、発表をして実現に向けプランを作る。プランは修了式のときに、関係者の前でプレゼンテーションを行う。
これまでの受講生で実績を持った塾生が講師になるケースも生まれている。これによって、より地域での具体性と地域連携を促す形になっている。
卒業生との交流も盛んにおこなわれていることから、地域内での新たな創業が広がる形になっている。
地元の新聞、ミニコミ、WEB、東京のメディアも呼び掛けていることから、取り組みがメデァアで取り上げられて地域で広く知られていくようになっている。 以上のことが取り組まれている。周到によく考えられて、地域の事業につながり、人を育てていることがわかる。
塾生が生み出した事業実績が徐々に地域に広がる
「たなべ未来創造塾」からは、これまでに、商店街の空き家を利用してパン店を開業した20代の女性、中心市街地の空き家をリノベーションして生まれ多くの海外客を誘致するゲストハウス、農家が連携して生まれたジビエ工房、山間地の未利用の農産物を生かしての農産物加工工房、自転車もそのまま持ち込めるツーリストが利用できるビジネスホテル、山間地の植林と森の設計を行う森林事業、工務店が自らの倉庫を開放してオープンなコミュニティスペースを作り地域貢献から事業を創るなど、多彩な仕事が生まれている。塾生で毎回、顔を合わせ、ディスカッションを重ねたメンバーであることから、お互いがお互いの現場に足を運んでヒントを得たり、連携して仕事を作り出してもいる。
例えば、森林組合の木材を、デザイナーがデザインをして、工務店が加工をして、家具店が販売をする。リノベーションした家具店のなかで、さまざまな業種のメンバーが商談会をする。これを地元の新聞社が大々的に取り上げる。これは、実際に塾生のつながりで生まれた事例だ。
例えば、中心市街地にあった空き家を、日本政策金融公庫でアドバイスを受け、同時に融資とファンド投資でリノベーションをしてレストラン付きのゲストハウスへ。講師の「田辺市熊野ツーリズムビューロー」(公式サイト:http://www.tb-kumano.jp/)のデータから多くの欧州からの海外客が、世界自然遺産・熊野古道に来ており、市街地にも訪れているが宿泊と食べるところがないということからの事業を生み、海外客が訪れるゲストハウスに。料理メニュー開発には塾生の料理家、食材提供は塾生の農家が提供など、コラボレーションが生まれる、といった具合だ。
地方創生は国家的なミッションだが、地域課題に真摯に取り組み、若手の人材を育成をして、自らが行動とビジネスを生みだしていくことに導き具体化につなげているところとしては稀有な存在ともいえる。
田辺市の取り組みは、人口減、空き家の増加、若い人の流失、公共事業の激減、高齢者の増加、中山間地の過疎化など、課題が目に見えて大きくなるなか、いままでの形では、地域が先細りになっていくことがはっきりしている。これは、全国のほとんどの自治体が直面していることでもある。
そこから、逆に、今にあった新たなニーズをつかみ、若い人を中心に持続的なスモールビジネスを生み出していくというものだ。
大学連携で周到な準備期間を経て着実な実践へと結ぶ
この事業は富山大学との連携で始まった。というのは、富山大学では高岡市、魚津市での、地域の人たちのスキルアップを行うことで、地域に事業と雇用が生まれるという実績があったからだ。
中心になっているのは富山大学金岡省吾教授(地域連携推進機構 地域づくり・文化支援部門)だ。 金岡氏は、かつて大学で働く前、民間のシンクタンクでの仕事をしていた。行政の政策を手掛けたことがある。 ところが、外部のものが、いくらいい政策を作ってみても、当事者が本気で自分たちのものとして動かないことには、絵にかいた餅になるということを痛感したのだという。
そこで大学の教授になってから、地域の人たちがどんなことをしているのか、地域にどんな課題があるのかをリサーチをして、そこから地元の若い人たちを募り、彼らのビジネスマインドをフォローして事業化に導きサポートに徹するということを始めた。すると、新たな事業が形になるということが多く生まれた。その実績から高岡市から魚津市へと広がり、現在も継続されている。
富山大学の実績のうわさを聞きつけて、田辺市が取り組みを始めた。ここからがすごい。というのは、そのままもってくるのではなく、田辺市の担当者・鍋屋安則さんを2年間、準備のために富山大学に送り込んだ。そこで、どんな講義を実施しているのか、どんな人が参加をしているのか、どのようにフォローをしてくのかを実地で学んだ。また金岡教授にも田辺市にきてもらい、現地の実情もみてもらうことをした。こうして2年の準備をして始まった。
受講生は公募と各商工会、信金・地銀などの推薦を受け、応募してきた人たちを市で面接をして、事業化のプランがある12名を選抜するという形で始まった。市の予算は300万円である。
講座は全14回で、市、大学、民間調査会社も入り、市を取り巻くデータを詳細に出す。産業状況、人口の推移など数値を出すことで、自分たちを取り巻く地域の環境や状況、現時点の問題点、課題点などだ。なにか事業を起こすにしても、まず自分たちの周辺の数値データを把握しておかないと、事業を起こしても展開が見えずに行き詰まるという事例は山ほどある。なお、これだけの内容で受講料は1万円だ。
人口減や高齢化、定住人口の激減、空き家の増加、遊休地の増大など、どの地方でも、高度成長期とは違った課題が増えている。しかし空き家も子育て世代にリノベーションをして暮らしやすい環境を作る、ゲストハウスで海外からの客を誘致する、町のさまざまな食や体験を組み込んで観光につなぐ、農家が集まる直売所と宿をつなぎ農産物と加工品が売れるなど、新しい動きが各地で実際に生まれている。
「たなべ未来創造塾」では、まず数値データで取り巻く環境を受講生にしっかり把握をしてもらい、逆に、そこからどんなニーズと可能性があるのかを導きだす。そして事業実現へ導く。
1期生の修了式のときに田辺市・鍋屋安則さんが「今後、続けていけば大きな地域の力になる」と発言されていたのだが、4期生の終了式で、それが本当に形になり広がり、全国でも突出した地域創生の優れた形になっていると確信をすることとなった。「継続は力なり」をまさに形にしてみせた。このノウハウの連携こそが、今後の地域づくりの鍵になることは間違いないだろう。
著者プロフィール
金丸 弘美
総務省地域力創造アドバイザー/内閣官房地域活性化応援隊地域活性化伝道師/食環境ジャーナリストとして、自治体の定住、新規起業支援、就農支援、観光支援、プロモーション事業などを手掛ける。著書に『ゆらしぃ島のスローライフ』(学研)、『田舎力 ヒト・物・カネが集まる5つの法則』(NHK生活人新書)、『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(角川新書)、『田舎の力が 未来をつくる!:ヒト・カネ・コトが持続するローカルからの変革』(合同出版)など多数。
最新刊に『食にまつわる55の不都合な真実 』(ディスカヴァー携書)、『地域の食をブランドにする!食のテキストを作ろう〈岩波ブックレット〉』(岩波書店)がある。
http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/home/index.php