冷蔵凶【禍話リライト】
大学生のUくんから聞いた、冷蔵庫に関する話である。
ゴミ捨て場には、ずっと回収されないものが偶にあるが、そういうものに手は触れないほうがいい。
それは、卒業シーズンのことだった。
サークルの部室で、今、ゴミステーションに行くと、引っ越す人が捨てた棚とか手に入るよな、などという話をしていたのだという。
すると、同級生のWがこんなことを言い始めた。
「いや、俺んとこねぇ、シーズン関係なくすごいんだけどさ」
「そういえばお前のとこ、すごい安いアパートだったな」
Wが住んでいるのは、あまり治安の良くない地域で、それもあって家賃が安かった。
なんでも平成の前半くらいまでは、夕方以降用がなければそこは通ってはいけないといわれるほど治安の悪い地域で、昼間にうろうろしている人も多いが目を合わせちゃいけない、と今でも言われているような地域なのだという。
Wは話を続ける。
「で、ゴミ捨てマナーとかめちゃくちゃなんだけどさ」
ゴミステーションには、おそらくただ単に投棄されているようなものが頻繁に置かれているのだという。
粗大ごみや電子機器は、自治体が発行しているゴミ収集券を貼って指定日に出さなければいけないのだが、指定日以外に券も貼られていないものが出されているらしい。
「でもまあ、地域柄っていうか、自治体も諦めて回収してくれるみたいで。定期的になくなってるのよ、でかいゴミが」
ところが。
なぜかひとつだけ、回収されないものがある。
それが、冷蔵庫なのだそうだ。
「よっぽど大きいやつだとか?業務用とかの」
「いやいや、そんなに大きくない。普通の家庭用よ」
Wの話では、ほかの家電だのベッドだのも、ちゃんと回収される。
それどころか、その冷蔵庫以外に一回り大きな冷蔵庫が置かれていたときも、それは回収されたのだそうだ。
「そりゃおかしいな」
「でしょ?しかもさ……」
その冷蔵庫には、赤いスプレーで「凶」と書いてあるというのだ。
「冷凍庫になってる、上の扉のとこに書いてあるんだよ」
「へえ……どういう意味なんだろうな?」
「さあなあ。俺が引っ越した頃にはすでにあってさ」
その冷蔵庫が、半年以上そのままで、いつまで経っても回収されないのだそうだ。
「おかしいですよね、これ」
途中から熱心に話を聞いていた、Yさんという先輩に、同意を求めるようにWがそう言う。
Yさんはそれにいたく興味をひかれたようだった。
「へえ、そうなのか。ちょっと見に行こうか?」
そういうわけで、サークルの面々数人とともに、Wの住んでいる地域に向かった。
そのあとWの家で飲もう、ということになっていたという。
行ってみると、言われた通りの冷蔵庫がゴミ捨て場においてあり、本当にドアに「凶」と書かれている。
「わ、ほんとだ」
皆、気持ち悪がっている。
「中に何が入っているかもわかんないし、ちょっと触る気にならないよなぁ」
Uくんは同意を求めてそう言ったのだが、Yさんの耳にその言葉は届かなかったようだ。
「中、見てみようか?」
皆、一斉に拒否反応を示す。
「ええ?!」
「いやいや、放置冷蔵庫あるあるで、開けた途端に酷い臭いがしますよ」
「そうそう、動物の死体とか入ってるかもしれないですよ?よくないですよ」
そう言って必死で止めるのだが。
「いやいや、見てみようぜ」
そう言ってYさんは譲らない。
「じゃあ、臭いのは嫌だから、先輩が見てくださいよ」
後輩たちが口をそろえてそう言うと、「わかったわかった」と言ってYさんは冷蔵庫に手をかける。
Uくんたちは臭いが漂ってきたらいやなので、少し距離をとった。
後輩たちがちょっと距離を置いたのを確認して、Yさんはガチャッとドアを開ける。
そして。
「うわ!!何もないけど、臭いな」
そう言ってドアを閉める。
YさんはUくんたちの方に戻ってきて、「何も無かったけど、臭え」と繰り返す。
「手とかに臭いついちゃったよ、くっせえ」
「ほら、言ったじゃないですか」
「んー、お前んちで飲み直そう」
そのYさんの言葉で、UくんたちはゴミステーションからWの家に向かったのだった。
YさんはWの家で手を洗い、飲み会が始まった。
しばらく酒を飲んで、お酒がなくなったので買い足して、余ったものは冷蔵庫に入れ、また飲み続けていた。
2時間ほどして、皆だいぶ出来上がってきたところで、場に酒がなくなった。
「もういけないでしょ?」
Uくんが皆にそう尋ねると、Yさんが「いやいや」と言う。
「まだいけるよ、とってきてくれ」
はいはい、わかりましたよ、と冷蔵庫に一番近いところに座っているUくんが、冷蔵庫に酒を取りに行った。
ところが。
Uくんはそのまま手ぶらで戻ってきて、家主であるWの肩を叩く。
「ちょっと来てくれる?」
そして2人で冷蔵庫の方に行く。
台所は異様に臭い。
「何これ?」
Uくんは無言で冷蔵庫の扉を開いた。
冷蔵庫の中には、おそらくもともとは食べ物だった何かがぐちゃぐちゃに腐ったものが入っている。
ドアを開けると、その臭いが漂ってきた。
「何、これ?」
Uくんの疑問に、同じくWが疑問で返す。
「何これ?!ちょっとちょっと」
酒を飲んでいる皆を呼んで、冷蔵庫の中を見せる。
「あのさ、ここに腐り切ったものが入ってるんだけど……」
Wがそう言うと、Y先輩が「ああ、それ」と声を上げる。
「もったいないと思ってさあ」
もったいない?
ひょっとしてこの人、何かさっきの冷蔵庫から持ち帰ったのか?
Uくんが尋ねる。
「Yさん、さっきは何も無かったって言ってたでしょ?」
「え?そんなこと言った?」
「ひょっとして、あの『凶』の冷蔵庫から持ってきたんですか?」
「うん」
あ、やべえ。
酔っていることは酔っているのだろうが、それ以外は特に普段と変わった様子はなかった。
それだけに、余計怖かったのだという。
「俺、頭痛くなってきました……」
Wがそう言ったため、飲み会は強制的にお開きになった。
ところがYさんは、ごく普通の様子で「じゃあな」と言って帰っていった。
Yさんが帰った後、Wがぽつりとつぶやく。
「……これ、どうすればいいの?」
誰も触りたくはなかったが、仕方なく皆で協力して、その意味不明の物体を捨てたのだそうだ。
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翌日は土曜日だった。
Wは昼の2時に起きて、外に出た。
前日のことを思い出し、ゴミステーションを見ると。
「凶」の書かれた冷蔵庫がなくなっていた。
「ええ?!」
業者が持っていったのかもしれないが、昨日の今日のことで、何とも言えない気持ち悪さをWは覚えたのだそうだ。
月曜日。
その日、いつもは部室にいるYさんが部室に来ていなかった。
WはUくんの姿を認めると、すぐに話しかけてきた。
「おいおい、聞いてくれよ」
「なに?」
「実はさあ、あの冷蔵庫がなくなってたんだよね」
「マジか?!」
「今日来てないけど、大丈夫なんかね?Y先輩……」
そんな話をしていると、部室に冷蔵庫の顛末を何も知らない奴が入ってきた。
「お疲れー」
「おう、お疲れ」
「聞いてくれよ!!」
そう言いながらそいつもUくんたちのほうにやってくる。
「何だお前もかよ。どうした?」
「あのさ、Y先輩からわけわかんねえ電話が来たんだけど」
そいつはそう言いながら笑っている。
「あの人、酔ってんのかな?今日授業ないのかな?」
「え、なんて電話?」
「今日の授業中に着信が何件もあってさ、出らんねえじゃん?普通。で、授業終わって電話したらさ、先輩呂律回ってないのよ」
「……どういうこと?」
「何聞いても、きょうさ、きょうさ、きょうな、って、『きょう』しか言わないんだよな。今日、なにがあったっていうんだよ
そいつはさもおかしそうにゲラゲラ笑う。
だが、Uくんたちはそれどころではない。
「ダメだ!!」
UくんたちはYさんの家に向かった。
Yさんは大学近くのアパートで一人暮らしをしている。
その部屋の前まで行ったところで、Uくんたちは戦慄した。
玄関ドアに、赤いスプレーがかけられていたのだ。
「先輩!!先輩?!」
声をかけ、インターホンを鳴らすが反応はない。
「Yさん、失礼しますよ!!」
そう言いながらノブをひねると、ドアは開いた。
中を見ると、玄関にいくつもスプレー缶が転がっている。
そして、部屋中に赤いスプレーがめちゃくちゃにかけられていた。
Yさん本人はまるで気にせずに、部屋の真ん中に座って、ゲラゲラと笑っていたそうだ。
Uくんたちは、救急車を呼んだ。
Yさんの親が田舎から飛んできて、Uくんたちは「ご迷惑をおかけして……」と謝られたが、何と言っていいものかわからなかったのだという。
Yさんはそのまま親に伴われて田舎に帰ってしまい、今は何をしているのか、わからないそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第8夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
ザ・禍話 第8夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/611452728
(21:48頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。
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