心中二人娘【禍話リライト】
愛媛県の大学生Rさんには、高校時代から付き合っている彼氏がいた。
今でこそハキハキと喋り、明るく笑うRさんは、高校時代から大学に入りたてのころまでは、あまり自分に自信が持てなかったのだという。
Rさんが自分に自信がもてなかった大きな理由は、そのとき付き合っていた彼氏にあった。
典型的な俺様タイプの、オラオラ系男子。
しかも、ひたすら彼女のことを下げ続けることで自尊心を保っているような、マウンティング野郎だったという。
とはいえそのころは、そんなことには思い至らず、彼氏に言われるがまま、自分は暗いんだ、とか、自分はダメなんだとか、思い込んでいたのだという。
同じ大学に進んだRさんと彼氏は、大学一年生の夏休みに、同じ高校出身の男友達二人と計四人で遊びに出かけることになった。
昼間は海に行ったりしてそこそこ楽しく過ごしていたのだが、夜になって車に乗り込むと、家とは全く反対方向の、真っ暗な山の方に彼氏が車を走らせ始めた。
「あれ?どこに行くの?」
Rさんがそう聞くと、彼氏はニヤニヤと笑いながら、
「心霊スポット」
とだけ言った。
「えー、行きたくないよ、そんなところ」
Rさんは心霊関係が大の苦手だ。
好んで心霊スポットに行きたいなどと思ったこともない。
必死で抵抗するが、男友達は最初から心霊スポットに行くと聞いていたようで「行こうぜ行こうぜ」と盛り上がっている。
彼氏も、「お前はほんとに平気で場を盛り下げることを言うよな」などと嫌味を言い、いつものように上から目線で説教を始めようとしてきた。
Rさんはそんなやりとりに疲れ、しまいには投げやりになって「心霊スポットに行きたいなら、みんなで勝手に行けば?でも私は絶対車を下りない」と宣言した。
さすがにそこまで言うRさんを無理やり心霊スポットまで引っ張っていくつもりは彼氏にもなかったようで、「まあそれでもいいよ」といいながらこれから行く心霊スポットの説明を得々と始めたのだそうだ。
そこは、幹線道路から少し山側に入ったところにあるホテル廃墟だという。
何でもそこで、心中事件を起こした女性二人組がいたらしい。
と言っても彼女たちは知り合いではなく、とあるサイトで知り合って、その日にそのホテルの一室で命を絶ったというのだ。
「で、その二人が心中した部屋に、コレが出るんだってさ」
信号待ちをしていた彼氏が助手席のRさんの方を向き、両手を前に出してだらりと下げる。
オバケのポーズだ。
怖がらせようとしているのは分かったし、それに乗ってしまうのはしゃくだったが、元々心霊が苦手なRさんには、恐怖以外の何ものでもなかったという。
大きめの道路から少し山側に入ったところに、果たして問題の廃墟はあった。
元々は駐車場だったらしきところに車を停めると、エンジンを止め、懐中電灯をもって、男たちはさっさと廃墟まで歩いて行ってしまった。
「ここで待ってろよ」
と言い残して。
だが。
そんな話を聞いて、明かりも何もない車内に残されたRさんは、心底怖かったのだそうだ。
最初こそ、「雰囲気あるなぁ」とか「こえー」とか、はしゃいでいる男どもの声が聞こえていたが、彼らが建物に入るとそんな声も聞こえなくなる。
目の前には、三階建てコンクリート造の真っ暗な廃墟。
虫の声と遠くを走る車の音だけが聞こえる中、それでも恐怖に耐えて、Rさんは待ち続けていた。
しかし。
20分経っても、30分経っても3人は戻って来ない。
車内にいることが耐えられなくなったRさんは外に出てみるが、やはり3人の声は聞こえて来ない。
なんで戻って来ないんだろう…1時間近く経過して、ようやく意を決したRさんは、廃墟に足を踏み入れた。
「おーい、どこにいるのー」
と声をかけながら。
懐中電灯は男どもが全部持って行ってしまったので、携帯のか細い灯だけが頼りだった。
廃墟内部は経年劣化と侵入者たちの破壊により、酷い状態だったという。
慎重に足元を照らしつつ、内部を一つ一つ見ていく。
しかし、一階を隅から隅まで見て回ったものの、どこにも3人の姿はなかった。
外階段もあったが、ボロボロでところどころ崩れ落ちており、到底上れそうなものではない。
内階段は見通しの良い場所にあるので、降りて来ればすぐわかる。
とすると、上か…
Rさんは心底行きたくたなかったが、仕方ない。
階段を上り、2階に向かううちに、Rさんはだんだん腹が立ってきたという。
自分が心霊みたいなのが大の苦手なのは彼氏も知ってるはずだ。
なのにこんなことをしているというのは、悪戯に違いない。
おっかなびっくり廃墟のなかを彷徨いている自分を見て、笑ってるんだ…
後で考えると、なぜそんな考えにいたったのか、自分でもよくわからないとRさんは言う。
確かに彼氏はくだらない悪戯をするタイプだが、懐中電灯も消して、息を潜めて長時間廃墟に潜む…などという徹底的なことはできない半端者だ。
もしそうなら、とっくに脅かしに出てきているか、そうでないにせよ話し声や動く声は聞こえそうなものだ。
だが、相変わらず廃墟内には、Rさんの声と足音しか聞こえなかった。
「ねえー、どこにいるの?こんなの全然面白くないよ」
声に怒気がこもる。
しかし返事はなく、二階のどの部屋にも三人はいなかった。
そうすると、三階か。
先ほどの彼氏たちの会話が思い出されてくる。
――二人の女は、三階の一番奥の部屋で心中したらしいぜ。
間違いない。
奥の部屋に、3人はいる。
意を決して三階に上がっていく。
階段を踏みしめるごとに、怒りが増していくように感じた。
なんで私がこんなことをされなきゃいけないんだ。
何で私が。
何で私が。
そのまままっすぐ奥の部屋を目指す。
最高級のスイートだったのであろうその部屋は、ドアがきっちりと閉まっていた。
ノブを握り、ドアを開け、携帯の光で中を照らす。
三人が、いた。
ぼんやりとした光の中。
部屋の奥の壁に背中をつけ、座り込んでいるようだ。
三人とも頭を下げていて表情は見えない。
その姿を見てもなお、Rさんは三人が悪戯でこんなことをやっているんだと確信していた。
怒りを込めながら言葉を吐く。
「ちょっと本当にいい加減にして。全然面白くない」
そう言いながら部屋に足を踏み入れる。
一歩、二歩。
近づいていくが三人はピクリとも動かない。
やがて、携帯の明かりが充分に三人を照らすようになって、Rさんは気づいた。
三人は手をつないで座り込んでいた。
え?
何やってんの??
もしかして、悪戯じゃないのかも…そう思った、その瞬間。
「だからさー、ほんとに、何かしなければいいって話じゃないのにね」
「そうそう、入った瞬間に犯しちゃってんのよね」
急に、外階段の方から声が聞こえた。
Rさん曰く、急にテレビの電源をつけたような、そんな感じで声が聞こえ始めたのだそうだ。
それと同時に、ギシ、ギシ、と外階段を踏みしめる音も聞こえる。
バカな。
外階段はボロボロだった。
到底人が歩けるようなものではなかった。
しかし声は聞こえ続ける。
若い二人の女性の声だった。
「ね、人だってさ、勝手に入ってくるとさ…何とか罪になるじゃん?」
「そうそう、何だっけ、何とか罪?」
そう言って、何がおかしいのかケラケラと笑いあう。
ギシ、ギシ。
声はだんだん上に上がってくる。
「ましてやねえ、こういうとこに踏み入るとねぇ」
「そうそう、どうなっちゃう?」
「そうねえ…くるぶし、とれちゃう」
「うそー、くるぶしとれちゃうの?」
「とれちゃうとれちゃう」
そう言ってまた笑いあう。
何だこの会話は。
何なんだ。
だんだんと後ずさって、部屋の入り口の方まで戻る。
視線と携帯の光は部屋の奥の方に向けている。
座り込む三人。
その。背後に、外階段に通じていると思しき、非常口が見える。
どうしよう。
きゃっはっは、という若い女の笑い声がだんだん近づいてくる。
彼氏たちを助けるべきか――
そう思った、その瞬間だった。
「そういうわけで、彼氏のくるぶし取っちゃうけどいい?」
明らかにRさんに向けて、非常階段の声は問いかけてきた。
Rさんは無言で部屋を出るとドアをバタンと閉め、そのまま内階段を駆け下りて外に飛び出した。
そしてそのまま車のほうには目も向けず、山道を走り下って幹線道路まで出たそうだ。
幸い山道を下り切ったところにバス停があり、タイミングよく駅へと向かう最終バスがやってきた。
Rさんはそれに乗り込み、電車を乗り継いで家に帰ったという。
家に帰りつくと、彼氏から携帯に電話がかかってきた。
「脅かそうと思って部屋に隠れてたら、いつまでもお前が来ねえから寝ちゃったじゃんか、どこにいんだよ、今?」
その言葉を聞いて、Rさんは心底腹が立った。
言葉のかぎりの罵倒を尽くして、その場で彼氏とは縁を切ったという。
「初めて反抗されて、アワアワしてましたよ。ほんとに情けない奴」
吐き捨てるようにRさんは言う。
「それで…元彼さんは今?」
私が尋ねると、Rさんは「大学が同じだから時々見かけますけど、特に変わったところはなさそうですよ」と言う。
どうやらくるぶしはまだとれていないらしい。
「もうすぐ卒業なんで、そしたら見かけることもなくなるでしょうから、くるぶしが取れても分からないですね」
そう言ってRさんは、苦笑いした。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「震!禍話 第十一夜 北九州怖い…」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
震!禍話 第十一夜 北九州怖い…
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/455446264
(1:38:40頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。
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