あいのりボンネット【禍話リライト】
社会人のHくんから聞いた話だ。
Hくんは、仕事から帰宅して、夜10時頃洗濯をするのが日課になっていた。
だからその日も、帰宅後の洗濯が終わって、洗濯物をベランダで干していた。
Hくんはマンションの6階に住んでいるのだが、ちょうどベランダから、道路を挟んで向かい側にある5階建てのマンションの、一階部分にある駐車場が見える。
引っ越した当初はなかったのだが、ある時から防犯のためか街灯がつくようになっていて、その駐車場の様子がよく見える。
そうしたこともあって、その向かいのマンションの駐車場に駐車してある車のボンネットの上に、女の子らしき人物がいて、座っているような姿が、Hくんには見えた。
腰掛けているわけではない。
ボンネットに完全に乗り上げて、座っているのだ。
え、モデルが撮影でもしてるの?
最初はそう思ったが、どう考えてもそんな様子ではない。
何してんだろうな、とは思うが、そこそこ距離があるためはっきりとはわからない。
これはアピールか何かなのだろう。
彼氏が荷物取りに行って戻ってくるのが遅いとか……
そんなふうに考えているうちに、そのうち洗濯物も干し終わり、Hくんは部屋に戻った。
少しだけ、その光景が印象に残ったのだそうだ。
三週間ほどのちのこと。
Hくんは、いつものように洗濯物を干していた。
ふとみると、例の車の上に、また誰かが座っている。
またやってんの?
てか、どう座ってんのかな?
少し興味が湧いたので、よく見てみると、女は片膝を立てて座っているようだ。
ええ、何その座り方?!
変な人だな……
そんな人をジロジロ見るのも気が引けるので、Hくんはすぐに部屋に戻ったという。
二日ほどして、Hくんの部屋でちょっとした飲み会が催された。
その買い出しも兼ねて、近所のコンビニに知り合いと一緒に行ったのだが、その時にふと、例の駐車場で車の上に座る女のことを思い出した。
「そういえば最近さ、何のアピールか知らないけど、車の上に……」
Hくんは知り合いに、その話をした。
するとその知り合いも食いついてきて、Hくんの部屋へと向かう道すがら、「どこどこ?」と聞いてくる。
「ああ、ここだよ」
「あれ?車あるね」
その声に駐車場を見てみると、一台だけ車が見える。
「ああ、この車だよ」
そう答えつつよく見ると、どうにもその車の様子がおかしかった。
廃車というか、タイヤがパンクしていて、後部座席にゴミが溜まっている状態になっている。
よく見ると、ドアには不動産屋の張り紙が貼られているようだ。
少し近づいてみると、「⚪︎月⚪︎日に撤去します」と書かれている。
ただ、その日付はずいぶん先のものだし、そもそもその紙自体がすでに古びている。
「これって、何年も前に貼られてるんじゃないの?」
「かもなぁ」
「それにしても、廃車の上には座らないよな。汚いし、危ないし」
「そうだなぁ」
「お前、本当にこの上に女乗ってたの?」
「……ああ、うん。この車だ」
「そう……気持ち悪いね」
Hくんの様子から、知り合いは嘘をついているわけではないと判断したのか、そう言うとそれ以上はそのことについて何も言わなかった。
その日は、Hくんの家で数人が集まって飲むことになっていた。
テレビをつけながら飲んでいると、たまたまテレビで怖い話が始まった。
すると先ほどの知り合いが、「そうそう、こいつの家でさ……」と、Hくんが見たボンネットに座る女の話をした。
「マジかよ。じゃあ今見たらいるのかな?」
「でもその人やばい人かもしれないよ」
「あるいは単純に待ち合わせに使ってるだけかも……」
そんな話になって、結局その場では駐車場を見なかったそうだ。
飲み会が終わり、数人は帰って行ったのだが、何人かは残ってHくんの部屋のリビングで寝ることになった。
その時のこと。
「空気こもっちゃったな」
そう言いながら窓を開けて、ベランダに出て、ふと見ると。
いる。
車の上に。
座っている。
うぇ、座ってる!
飲み会があったため、いつもよりもかなり遅い時間だ。
もう深夜といって良い時間帯である。
「あれ、ねえ」
部屋の中に声をかけると、昼間一緒にいた知り合いが、「何?」と言いながら寄ってくる。
「ほら、あれ」
指で示すと、知り合いも「ええ?」と驚いている。
「いるやん」
「だろ?」
「え、でもあんなとこ座るかぁ……?」
そう言って知り合いは繁々とその女を眺める。
すると。
「あれ?」
知り合いが訝しげな声を漏らした。
「お前、おかしいよ。おかしいおかしい」
「何が?」
Hくんの問いかけに、知り合いは女から視線を外さないまま答える。
「光源があるのに、あの女らしき奴だけ、ちょっと暗いよね?」
「ん?」
「だからさ、あの女だけ、車と比べても暗すぎるよね。よく見えないっていうか……」
確かに。
着ているものはわかるが、それ以外は髪型から何から、一切わからない。
街灯があるのに、女だけが妙に不鮮明なのだ。
「ええ……」
「気持ち悪いな」
「にしても、お前、今そんなこと言う?」
「いや、でも」
そんなことを言い合っていると、なぜかはわからないが、それまで微動だにしていなかった女が、急にこちらを見上げた。
「うわ、こっち見た!」
その瞬間。
女が膝立ちの姿勢から、そのままポンととび上がるようにジャンプして、地面に立つと、たったったったっと軽快に大通りを渡ってこっちに向かってきた。
その動きが、昔の映画を見ているような、カクカクした、コマの数が少ないような動きだった。
気持ち悪いことこの上ない。
「ちょいちょいちょい!!」
慌ててベランダから部屋に飛び込むが、どうしようもない。
マンションから出て逃げるにしても、あの様子だとエントランスで鉢合わせしてしまうだろう。
「いやいや、おかしいおかしいよ」
「あの女、ずっと車にいたんじゃないの?」
「やばいって、来たらどうするよ!?」
二人の様子に、もう一人残った友人も驚いて訳を尋ねてくる。
手短に今見たものを話して聞かすと、その友人もパニック状態に陥った。
「なあ、お前の部屋になんかないの?お化け対策できるやつ」
「数珠くらいしかない」
「数珠か……対抗できるイメージがないな」
「これ、どうしようかね?」
「朝まで起きておくしかないんじゃないか?」
結局その案が採用され、朝までみんな起きていたのだそうだ。
日が登ってきて周囲が明るくなってきた頃には、ようやく皆、胸を撫で下ろすことができた。
「……何もなかったな」
「とりあえず良かったよ、何もなくて」
「でも流石に徹夜は辛いなあ……」
「俺は今日休みでよかった」
「俺は仕事だ」
「ま、とりあえず出よう。下の自販機でコーヒー奢るわ。なんかごめんな」
そう言って、皆でゾロゾロと一階に降りて行って、マンションの駐車場の隅にある自販機でコーヒーを買って飲んでいた。
すると、昨日何も見ていない友人が「ちょっとちょっと」と声をかけてくる。
「何?」
「あの赤い車さ……」
指をさす先をみると、駐車してあるHくんの車がある。
どうやら、その車のことを言っているようだ。
見たところ、何も異変はない。
「俺の車だけど、何だよ?」
「え、あれお前の車?!」
「そうだよ」
その友人はHくんの車を知らなかったのだ。
友人は車に近寄って行く。
Hくんたちもそれについていく。
「今さ、このボンネットの上に何か乗ってたように見えたんだけど……」
「お前やめろよ。それ、恐怖のあまり見た幻覚じゃ……」
そこまで言って、Hくんは絶句した。
今、何か乗っていると言った友人は、Hくんの車を知らない。
知らないので、冗談でも言えないはずなのだ。
そこに何かが乗っていた、などとは。
当てずっぽうだとするとものすごい偶然だ。
何せそこには、数十台の車が止まっているのだ。
「本当にここに乗ってたんだけど……これ、お前の車なの?」
「うん……俺の車やねん」
そのやりとりを見ていた知り合いが、ポツリと漏らす。
「……相乗りする車を変えた感じがあるよね」
「おいおい、じゃあこれからは俺の車に乗るって言いたいの……かよ?」
最初は冗談めかして応じたのだが、知り合いの真面目なトーンにつられ、声も暗くなってしまった。
結局Hくんは、車を替えた。
元の車は中古で売り払ったのだそうだ。
後でその車について、向かいのマンションの管理人に聞いてみた。
不審な人をその車のあたりで夜に見かけたのですが……と言って。
管理人の話によると、例の車はホストをしていた男の持ち物だそうだが、客とこじれて、いつの間にかいなくなってしまった。
部屋はもぬけの殻で、荷物一つない状態になっていて、未払いの家賃もなかったのだが、車だけが放置されていたのだという。
Hくんが元々持っていた車は、綺麗に使っていたためか、売り払った中古車屋からもすぐに売れてしまったようだ。
「もしかしてまだ乗ってるのかも……と思うと、新しいオーナーには申し訳ないことをしたな、と思います」
Hくんは力無くそう言っていた。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「THE禍話 第32夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
THE禍話 第32夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/596398036
(33:53頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。
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