くちゃくちゃおんな【禍話リライト】
暗い夜道には気をつけたほうがいい、という話。
大学生のSくんから、去年あった話として、こんなことを聞いた。
彼は関西方面の大学に通っているのだが、一人暮らしのアパートから通学中に、いつも通っていた近道があった。
人一人、ギリギリ通れるくらいの狭い道で、通行にも難儀するほどなのだが、大通りを通るのに比べるとかなりのショートカットになる。
だが、やむを得ないことではあるが、その道には電灯などが一切ないため、夜は真っ暗である。
Sくん自身は、そのこと自体は仕方ないかな、と受け入れてはいたので、夜はなるべく通らないようにしていた。
ある時、バイトに遅刻しそうになったSくんは、大学からの帰りに、その細い道を初めて夜に通った。
その時に、おや、と思うことがあったのだという。
その道の途中で、「くちゃくちゃ」と音がしたのだ。
急いでいたのでその場では気にしなかったが、後々考えると、その音が少し妙だった気がする。
コンビニ袋か何かを踏んだのかな、とその時は思ったのだが、足には何の感覚もなかったし、音自体が足元から聞こえてきたような気がしなかったのだ。
大学の教室で授業前に、Sくんが友人たちとその話をしていたとき、友人の一人が、ああ、あの音ね、と反応した。
「何、お前知ってんの?」
「ああ、あれコンビニ袋じゃないよ」
「何さ?」
「あれはね、人が意図的に物を食べて、音を立ててるんだよ。わざと音を制御しないっていうか」
「クチャラー?」
「そんなもんかな?俺も実際に見た訳じゃないんだけど、音の発生源を見た人がいてさ。建物と建物の隙間に立ってて、くちゃくちゃくちゃくちゃしてるんだと」
「ええ、気味悪いな?!」
「めちゃくちゃ怖いじゃん!!」
先生が来たので、話はそこで終わったそうだ。
授業が終わると、日が落ちるのが早い時期だったのもあって、あたりはすっかり暗くなっている。
4人で帰っていると、例の細い道の入口に通りかかった。
「ここ、通ってみる?」
バスケサークルに入っている、お調子者のTが不意にそんなことを言い出す。
だが、Sくんを含めて他の面々は一様に消極的だった。
「やー、俺が前にこの時間に通った時に、そこでくちゃくちゃ音したからさあ。大学生の帰りの時間狙って音立ててたなら、やばい奴だよ」
他の2人もそうだよ、やめとこうと同調する。
しかしTはそこに行くといって聞かない。
「俺、場所大体わかるから通ってみるよ。もし大学生の帰り道を待ち伏せしてる変なやつだったら、事件が起こってからじゃ遅いだろ?」
「何ヒーローぶってんだよ」
呆れた友人たちからのツッコミを無視して、Tは「じゃ、この道の出口のとこで」と言って、細い道に入っていった。
「……行っちゃったなぁ」
「ま、俺らは大通り通って落ち合おう」
そんなわけでSくんたちは、大通りをぐるりと迂回してその細い道の出口に当たる場所に向かった。
ところが。
Tの姿が見当たらない。
「おかしいな」
メールを送っても、返事はない。
電話をしても、すぐに切られてしまう。
結局、その日、Tからは返事がなかった。
次の日大学に行き、前日のT以外の2人を含めた友人たちと、Tのことを話した。
その授業はTも取っている授業だったが、まだTは来ていないようだった。
「おはよ。あいつから返事来た?」
「来ない」
「あいつあれから何の連絡もないなぁ」
しかし、LINEの既読はつくから見ていることは間違いないし、別のやつが大学に関係する事務連絡を送ったら、「うん、わかった」という返信があったため、どうやら無事であることは間違いなさそうである。
「んー、何かあったのかな?」
そんな話をしていると、Tがバスケサークルの連中と一緒に、教室に入ってきた。
その授業は大教室で行われている。
Tは仲間たちと談笑しながら、Sくんたちの脇を通り過ぎ、後ろのほうの席に向かうようだ。
その、まさにSくんたちの横を通る瞬間だった。
Tはこちらを一瞥もしないまま、スッとメモを渡してきたのだという。
受け取った友人は「え」と言って目を白黒させていたが、そのままTはバスケサークルのやつらと別の席に座る。
「おい、あいつちょっと態度変じゃなかった?」
「てか、なんか渡されたよな?」
そんなことを言っていると、メモを渡された友人がそれを読んで、「ええ?!」と動揺し始めて、そのまま教室を出て行ってしまった。
「おいおい、授業前なのに何やってんだよ」
「どうした?」
「なになに?」
Sくんたちも席を立ち、外に出る。
するとその友人は、外でメモを見ながら、「え、まじで?」と繰り返している。
「見せてみろ」
Sくんがメモを受け取る。
そこには。
「あのおんなにんげんのからだのいちぶぶんをくちゃくちゃしてたよ」
全部ひらがなで、そう書かれていた。
「なんだこれ……」
他の友人たちも、それを見て慄いている。
Tの様子はいつもと変わり無かったのに、この異常な文章を送りつけてきたのだ。
Tはどちらかと言うとチャラい系の軽い男で、こんなことは、仕込みでもしてきそうなやつではなかった。
にもかかわらず、この文章である。
あまりにもギャップが気持ち悪い。
「どうしよう?」
「うーん、ここで出てくるのを待って聴くのもやだなぁ」
「まあこの授業は出席関係ないから出なくてもいいけど」
「近所のカフェで待ってようか?」
そんな相談をしていると、教室が騒然とし始めた。
「なんだ?」
行ってみると、教室は少しざわざわしていて、教授が「あの子、大丈夫なの?」と学生に聞いている。
教授に聞かれているのは、例のバスケサークルのやつらだ。
Tの姿はそこにない。
「何があった?」
近くの席に座っていた知り合いに尋ねる。
その知り合いによると、教授が来て、授業が始まった静かな教室で、Tが突然机をバーンと叩いて出ていったのだそうだ。
出ていったドアが、Sくんたちが相談していたところとは全く別の方向のドアだったため、Tの姿を見かけなかったのだ。
混乱はすぐに収まり、授業は再開された。
そして。
「それっきりTは、大学に来てないんです」
辞めたのか、辞めてないのかもわからない。
しかし、もう、LINEも既読がつかなくなってしまって久しいのだそうだ。
「だから、あまり変なものを見ても確認はしないほうがいいと思います」
その言葉通り、Sくんは昼間でもその道を通らないようにしたのだそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第8夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
ザ・禍話 第8夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/611452728
(14:52頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。
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