こわいでしょう【禍話リライト】

その地区には、かつて、小山と小山に挟まれた学校があった。
田舎なので、運動会には村中の人が来るような、そんな地域の中核となるような学校だった。

その学校が、廃校になる直前のこと。

人が1人、酷い死に方をしたらしい。

しかも、噂によればそれは生徒ではないという。

「その校舎には入ってはいけない。とんでもなく怖いことが起きる」

地元では、まことしやかにそう言われているそうだ。

だが、恐れられ、忌まれている割には、具体的なことは何も知られていない。
その学校の曰くも、その学校に行くと何が起こるのかも、何も知られていないのだ。
いわば、そんな噂だけが、ぼんやりと語られているだけなのである。
だからさまざまな尾鰭がついて、血だらけの女がお前だー!!と叫びながら飛び出してくる、など、「そうじゃないだろ」と言いたくなるような噂も語られている。
そういうわけで、元々その廃校は大して怖くないんじゃないか、と考える奴らも出てくる。
ところが、そんなふうに考えるような奴らも、実際に行ってみるとやはり怖気付いてしまう。

外見自体は普通なのだ。
写真で見る限り、テレビや映画のロケで使えそうな廃校なのだという。
しかし、にもかかわらず、実際にそこに行くと、昼間でも違和感を覚えるのだそうだ。


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「だから、夜行くのはやだろ?」

なんでこんな優しい感じで聞いてくるの?

Hくんは、先輩のIさんのその猫撫で声に、何とも言えない嫌な感じを受けた。
Iさんは、普段面倒見が良さげな雰囲気を漂わせているが、自分の気に入らないことがあるとキレ散らかすという、タチの悪い先輩だった。

「気を遣っていただいてるんですね」

そうHくんが言うと、Iさんは満足したようで、

「だから、昼行こう」
「はい」
「運転はお前な」
「もちろんです」

キレたら面倒だからな……そう思って、Hくんは従順に従ったそうだ。

結局、その廃校には昼に行くことになった。
指定された集合場所に行くと、Iさんは女性を連れてきている。

「彼女さんですか?」
「バカ、そんなんじゃねえよ〜」

Iさんは照れている。

何照れてんの?こいつ。

Hくんはすっかり冷めた目で見ていたのだが、それに気づかないのか、Iさんはウキウキしながら話を続ける。

「最近知り合ったんだよね」
「そうなんすか」
「今日が三回目のデート」

三回目で心霊スポットに行く?!
まあ、吊り橋効果ってやつか。

そう納得して、二人を車に乗せる。
なぜか彼女が助手席に乗り、Iさんは後部座席に乗り込んだ。

目的地をナビに入れ、車を発進させるが早いか、後部座席のIさんがいびきをかいて寝始めた。

助手席の彼女と2人きりである。
気まずいシチュエーションだ。
話が全然続かない。

「もうすぐですかね?」
「そうですかね」

彼女自身はノリが良さそうなかわいらしい人なのだが、あんまり仲良く話しすぎてもIさんに目をつけられそうだし、話を弾ませすぎるのもな……と躊躇してしまう。
Hくんとしては、辛い時間を過ごしていたそうだ。

そうこうしているうちに、目的の廃校に着いた。
時刻は2時くらい。
真昼間だ。
見たところ、噂通りごく普通の学校だった。
校舎はカタカナのエの字型に配置されている。
本当に、映画にでも出てきそうな、そんな昔ながらの学校だった。

なのに。

怖いのだ。

理屈はない。
ここがおかしい、などという指摘はできない。
しかしながら、生物的な本能で恐怖を感じるのだ。

なんで昼間なのに、こんなに怖いの?
怖い理由がわからないけど、なんなの??
これが畏怖ってやつ???

寝起きのIさんも流石にそれを感じるらしく、「怖いな……」と呟いている。
どうしようか、と相談していると。

キ、キ、キー

錆びついたような自転車のブレーキ音が聞こえた。
その方向を見てみると、白い服の上下を着た女性が自転車に乗って来て、駐輪場に自転車を停めている。

「どうしたんですか?肝試しですか〜?」

親しげにそう言いつつ近づいてくる。

「ここの関係の方ですか?」

Hくんが尋ねる。
最初は若い女性かと思っていたが、どうやらそうではないようで、年齢的には50そこそこのように見受けられた。
しかし、若々しい感じの女性だったそうだ。
女性は気さくに話しかけてくる。

「私、昔ここの事務員をしてたんだけど、見慣れない車があるって連絡が来てさ。様子を見にきたわけ」
「すいません。来たはいいけど、怖くて入ってないです」
「そうでしょう?なんでかわからないけど、奇跡的に人が怖いと思うものが組み合わさってるのかしらねぇ」
「そうなんですかね」

Hくんが女性とそんなことを話していると、どうにも空気の読めないIさんが、急にこんなことを尋ねた。

「これ、入れるんですか?」

おいおい、それじゃ不法侵入したくて来たってバレるだろ。
バカな先輩だな。

Hくんがそう思っていると、女性が意外なことを言う。

「実は、鍵開いてるのよ、ここ。案内できるけど?」
「お、じゃあ入るか」

Iさんは食い気味にそう言う。
彼女も「地元の人が案内してくれるなら」と乗り気のようだ。

「お前は行く?」

Iさんにそう聞かれて、Hくんは逡巡した。

なんか、地元の人が案内してくれても怖いな……

そう思ったHくんは、Iさんを怒らせるかもな、と思いつつも断った。

「俺、やめときますわ」

するとIさんは、あっさりと「じゃあ2人で行くわ」と納得する。
元々そっちがメインの目的だろうし、地元の人が案内してくれるなら、Hくんは運転手以上の役割を果たさなくても良いと考えているようだ。

「じゃあ、俺車で待ってますね」

Hくんはそう言って、車に戻った。

まあそんなに見るものもないだろう。

そう思っていたのだが。
1時間経っても、Iさんたちは帰ってこない。
遅いな……とは思うが、急かすわけにもいかない。

キレるからだ。

でも、なんだろうな……?

仕方ないので外に出て、校舎の方に目をやる。

にしても、そんな盛り上がる?
こわーい、きゃー、とかやってんのかな。
でも、地元の人もいるしな……

そう思いながら駐輪場の自転車を見るともなしに見る。

と、違和感を覚えた。

え?

チェーンがない。

さっき明らかに自転車に乗ってきていたのに、チェーンがないなんてことある?!

よく見ると、前と後ろにカゴがあるタイプの自転車なのだが、後ろのカゴにチェーンが置かれている。

それを見た瞬間、何故か。

あいつ、隠す気ないんだ。

そう思った。

あいつ、とは、あの「地元の女性」である。

あれは、違う。
人ではない。
いわゆるただの幽霊とも違う。
もっとタチの悪い、恐ろしい「何か」だ。

理屈ではなく、そう直感した。

逃げよう!!
そうでないと、悲惨なことになる!!

そう思って、踵を返し、運転席のドアを開ける……

が、思いとどまった。

先輩は見捨てていいが、彼女の方は見捨てていいものかどうか。
彼女はとても感じの良い人だった。

あー、もう!!

Hくんは意を決して、校舎に向かう。
校舎の入り口を開けて、中に向かって大声で呼ばわった。

「先輩!!やばいっす!!やばいすって!!」

……返事はない。

「先輩!!これ、やばいですよ!!」

さらに声を張り上げるが、やはり返事はない。

しかし、耳を澄ましていると、奥の方からボソボソと声が聞こえる。
声を頼りに奥に向かうと、階段に向かう角を曲がったところに、先輩が倒れているのが見えた。

耳や鼻から、血が出ていた。

どう考えても、まずい状態だ。

「大丈夫ですか?!」

問いかけると、目を見開いたまま、「ううう……」と唸る。

「階段から落ちたんですか?!」

そう言いながら上を見上げると、踊り場にIさんの彼女の姿が見えた。

階段のフチギリギリに、こちらに背を向けて立っている。

そして。

「へえ、それは嫌ですね」

そう言うと、そのままの姿勢で真後ろに倒れてきた。

危ない!!

後先を考えず、落下地点に滑り込む。
ギリギリ自分が下敷きになって、何とか助けられたのだが。

「いててて……」

どうやらその時に、足を捻ったようだ。

何、なに?!
これ、先輩も同じように落ちたんだ……
これダメだろ!

そう思った。
その瞬間。

「おー」

上から声が聞こえてきた。
思わず声の方向を見上げる。

白い服の女が、踊り場に姿を見せた。

先輩は相変わらずうめいていて、意識がないようだ。
彼女は助けられたものの、ぼーっとしている。

異様な状況である。
にもかかわらず、女は先ほどまでと寸分変わらぬ、ごく普通の様子でにっこり笑って、こう言った。

「ね、ここ怖いでしょう?」

その言葉を聞くと同時に、Hくんは気を失った。

気がつくと警察官が来ていて、「大丈夫ですか!?」と声をかけられていた。
近くで伐採作業をしている人が車を見つけて、通報したのだそうだ。

「先輩は?」
「ああ、彼か……救急車で緊急搬送されたよ」

Iさんは、相当な重症だった。
後で聞くところによると入院が長引き、療養生活を送るために、実家へと戻っていったらしい。
Hくんも足の靱帯を切ってしまって、しばらくは松葉杖が手放せなくなった。
彼女については、一切その消息はわからない。
もっとも、Hくんがクッションになったおかげで、外傷そのものはなかったようだ。


怪我が癒えた後、Hくんはその学校について徹底的に調べた。
Iさんもその彼女も、もう連絡が取れなくなってしまったので、あの時何があったのかはわからなかったが、「あいつ」が何なのかをどうしても知りたかったのだ。
地元の人のもとに足繁く通って、何度も話を聞いたところ、ようやくその学校で何があったのかを聞くことができた。
関係者が一様に口が重いのも当然だった。

その学校が廃校になる前のこと。
その学校の事務員に元気な女性がいた。
明るい性格で皆に好かれていたのだが、実は家庭に不幸なことがあったらしい。
しかし、それを隠して明るく振る舞っていたのだけれど、限界が来たようだ。
学校で、酷い死に方をした、と言うのだ。

授業中に、急に校庭を自転車で回りながら、「みんなー!!」と呼びかける。
注目を集めた上で、その女性は自分の体を切った。
そして、出血多量で亡くなったそうだ。

……ああ、そいつがまだいるんだ。
昼でも出るんだ。

Hくんはそう思った。

現在その廃校は、流石に取り壊されている。
しかし、その後に何の施設も建物も作られなかった。
だからそこは、必要がないほど巨大な駐車スペースになっている。
その駐車場には、いまだにときどき自転車の轍の跡が残されているそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第6夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第6夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/607520872
(51:50頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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