掌編怪談 8編【禍話リライト】

お父さん!?

Hさんの実家では、二階にHさんの、一階に高齢の両親の寝室がある。
ある夜、Hさんが寝ていると、一階から大きな声が聞こえてきた。

「おとうさーん!!おとうさーん!!」

何か事故が起きたのか?!
最悪の事態を想定し、一階に駆け下りる。
だが、Hさんが一階に着くと同時に声はぴたりと止んだ。
両親の寝室を確認するが、誰もいない。
そこでHさんは思い出す。
両親はその日、町内会の旅行で家を留守にしていたのだった。

中途飛び降り

Iくんから、「先輩が死んだ時の話です」という前置きで伺った話。

先輩は、縁もゆかりもない団地の10階から飛び降りて亡くなった。
奇妙なことに、その団地は12階建てなのだという。
知り合いがいるわけでもないのに、なぜ最上階ではなく10階なのか、最初に話を聞いたとき、Iくんは悲しみや驚きと同時にそんな疑問が頭に浮かんだ。
さらに言えば、先輩には死ぬ理由もなかった。
就職が決まっていて、彼女もいて、悩みもなさそうに見えたという。
ただ、外から見ているだけではわからない内なる悩みが人間にはあるものだ。
先輩に死を選ばせたものも、そういう悩みだったのかもしれない……そんなことを思いつつ、Iくんは先輩の葬式に参列した。

葬式では、先輩の彼女と初めて対面した。
彼女は自分と同年代の大学生だった。
お悔やみを述べ、思い出話をぽつりぽつりと話していると、その彼女が、「私、飛び降りる前の夜、彼と一緒だったんですよ」と言う。
そのことについて少し話したい……ということで、Iくんたちは場所を変えて話を聞くことにした。

—----------------------------------------

彼女の話によれば、先輩は一人暮らしの彼女の家に入り浸っていたのだという。
亡くなる前日の晩も、それは同様だった。
いつものようにダラダラとテレビを見て、お酒を軽く飲んで就寝する。

すると。
2時くらいに、先輩の携帯に着信があったというのだ。
彼氏である先輩が出て、「はいはい」「うん」「じゃあ今から行くわ」などと返事をしている。
どうしたの?と問うと、「最近知り合ったやつが飲み屋にいて、呼び出されたから行くわ」と先輩は答える。
彼女によれば、先輩は交友範囲が広いので、深夜の呼び出しは偶にあった。
彼女としてはそういうところ込みで先輩と付き合っているので、普段ならば「ああそう、行ってらっしゃい」と快く送り出すのだそうだ。
ところがなぜか、その時だけ、思いもしない言葉が口をついた。

「今日はやめたら?」

嫉妬したわけではない。
ただなぜか、急に言いようのない不安が過ったのだ。

「近所だし、すぐ帰ってくるわ」

先輩はそう言って、彼女の自転車を借りてそこへ向かったそうだ。

そしてそのまま、先輩は帰らなかった。

5時くらいまでお酒を飲んで、そのまま早朝にその団地の建物に行って、外廊下から飛び降りたのだ。
先輩が飛び降りた場所では、先輩が吸ったタバコが大量に捨てられていて、一時間ほどはその場所にとどまっていたようだ、とされている。
こうなると警察の関心は、先輩と最後に飲んだのは誰だ、ということになるのだが。

店が混んでいたこともあって、店側は誰と先輩が飲んでいたか、わからないという。
警察はそのあと電話を調べたはずだ、と彼女は言う。
しかし、詳しくは教えてもらっていないけれども、どうやら電話番号を調べても、その相手が誰なのかわからないらしい。

—-----------------------------------------

「……そんなことってあるんでしょうか?」

暗い顔をして、彼女はそう言っていた。


歯ぎしり

Dさんが演劇学校に通っていた時のことだ。

入学して最初の夏のこと。
Dさんは合宿に行くことになったのだという。
合宿所につくと、3人一部屋の寝室が割り当てられる。
そこそこ広い和室を使えるということで、Dさんたちは興奮した。

大部屋じゃないこともあるんだな。
この学校、お金に余裕があるのかな。

などと言い合っていたところ。

初日の晩のこと。

就寝中のDさんの耳に、異様な音が聞こえてきた。
思わず目が覚める。

ものすごい歯ぎしりの音だった。

少し布団を離しつつも、三人川の字で寝ていたのだが、その真ん中にいる男がひどい歯ぎしりをしている。
それは、このまま歯が割れるんじゃないかというくらいの音だった。

ギリギリガリガリ

結局Dさんは一晩中その音を聞かされ続け、眠れない夜を過ごしたのだそうだ。

「お前ねえ」

翌朝目覚めたルームメイトにDさんはクレームを入れた。

「歯ぎしりちょっと酷すぎるよ」
「ええ、そう?」

しかしそのルームメイトはキョトンとした表情でそんなふうに返してくる。
どうやら朝起きてから歯が痛いなどということもないようで、全くわかっていないようだ。
そこでもう一人のルームメイトもDさんに加勢する。

「いや、ほんとすごかったって」
「ほんと?」

演劇学校の合宿なので、レコーダーが用意されていたため、Dさんが「じゃあ今晩寝る時録音しといてやるから」というと、本人も「自分でもわからないから、録音してもらおうかなぁ」などと呑気なことを言っている。
そういうわけで、夜、歯ぎしりが始まったら録音をする、ということになった。

その夜。
ICレコーダーを準備して就寝する。
すると、真ん中の男が最初に寝息を立て始めた。
そのうち、”ガリガリゴリゴリ”とひどい歯ぎしりの音が聞こえ始める。

すごいなぁ。

仰向けで布団の中でぐっすり寝ている男を一瞥して、録音ボタンを押してから、レコーダーをそちらの方向に向ける。

その間、わずか5秒ほどだった、とDさんは言う。

たったそれだけの時間しか開いていないにもかかわらず、歯ぎしりしている男は、いつの間にか布団の上に四つん這いになって、Dさんのほうを見ていた。
そんな動作をしているような気配も音も、何もなかった。

ええ?!

男の下の布団は、敷かれた時の状態で何も乱れていない。
よしんば起き上がることができるにしても、再度布団を整えることまではどう考えても不可能だ。

そんな状況に、Dさんが戸惑っていると。

男は四つん這いのまま、こちらに向かってきた。
逃げ場のないDさんは、布団に潜り込む。

その男は、布団の前でピタッと止まって、逆再生のように元の場所に戻っていった。

「おい、おい!」

助けを求めるため、もう一人のルームメイトの名前を呼んで声をかけてるが、ぐっすり眠っているのか何の反応もない。

どうしよう!!?

Dさんは戸惑ったまま、気絶してしまった。


翌朝。
真ん中に寝ていた男は普段と何の変りもない様子で、平然としている。

どうせこいつは何の記憶もないだろう。

そう思ったDさんは、もう一人のルームメイトに文句を言った。

「お前、何寝てんだよ。俺怖くてお前の名前必死に呼んだんだぞ」

するとそのルームメイトは正面からDさんの目を見て、こういったそうだ。

「ごめん、起きてた」
「は?」
「俺、寝てなかったんだ。お前の声と、ズルズルいう音が聞こえてきて、あんまり怖かったから、寝たふりしてたんだ」
「えー……まじかよ」

後でレコーダーを再生してみると、音はそのまま残っていた。
ズルズルズルという何かを引きずる音も、歯ぎしりの音もずっとしていたそうだ。

そしてDさんはそのショックで、1ヶ月くらい不眠症に近い状況になった。


騒ぐ寮

Jさんが、病院の寮で体験した話だ。
とある大きな総合病院に就職が決まったJさんは、実家から遠いこともあり寮に入ることにした。
ところが、手続きが遅れてしまったこともあって、寮は今人がいっぱいで入れないかも……と言われたそうだ。

まあ、自分が手続き遅れたのが悪いしね。
そういうこともあるか。

そう思っていたら、一転して寮に入れるという連絡が入ったので、Jさんはホッと胸をなでおろしたのだという。

入寮の日。
寮の指定された部屋に行ってみると、左右の部屋が空室であることに気づいた。

何これ?

満室だから入れないかもといわれていたのに、一気に部屋が三つも空いたことに違和感をおぼえたのだそうだ。
そして、その違和感はある意味では的中することになる。

夜中になると金縛りに遭う。
閉めたはずの玄関の鍵が開く。
誰もいないのに襖が勝手に開く。
夜中に他の部屋から、襖を思いっきり開いたような、バーンという大きな音が聞こえてくる。

これらの現象が起きているのは、同じ寮の人間に聞いてみると、どうやらJさんの部屋だけだそうだ。
それだけでも嫌なのに、その上、朝方になると草履のようなもので外廊下を歩く音が頻繁に聞こえてくる。
外廊下は人感センサーで明かりがつくようになっていて、寝室のカーテンの隙間からその明かりが漏れ入ってくる。
ところが、足音がして、明かりがつくにもかかわらず、どの部屋のドアも開く音はせず、そのまま足音は消える……そんなことが朝に起こったらしい。

夜中じゅう、襖の音が何度も聞こえ、朝方には草履で歩くような音が聞こえる。
こうなるとJさんとしてもノイローゼになる。
結局、夜もほとんど眠れなくなり、精神的にも疲れてしまって、その病院での仕事を辞めたそうだ。

仕事を辞めるということを上司に告げたそのとき、理由を問われたJさんがこれらの現象のことを話すと、上司は何か思い当たることがあるようで、何かを隠すような様子が見えたという。
Jさんが追求すると、上司は、「あの寮で亡くなった人がいる」という事実をようやく認めた。


仕事を辞めた後に、母親にその話をすると、「やっぱり」と言ってこんな話をしてきた。
とある知り合いと話していて、「娘が新しい仕事で寮に入ったんだけど、疲れてるみたいなんだ」というようなことを何気なく話題に出したそのとき、その人が急に「あれ?」と言い始めた。
その知り合いは、若干霊感があるというか、見えたり感じたりする人だったらしい。
その人の顔が、曇っていくので、母親が「何?どうしたの?」と問うと。

「今、急にあんたの娘さんの部屋の押し入れに誰かがいるっていうイメージが湧いた」

と言ったのだそうだ。

「だからさぁ、あなたのいた寮が、あんまり良くないのかなぁ、なんて思ってたのよ」

だったら早く言ってよ。

Jさんは思わず母親にそうツッコんだそうだ。

Zoom怪談

Kさんという女性が、「全然怖くない話なんですけどぉ」と言いながら、こんな話を始めた。

「私の家は五階にあるんですけど、お風呂に入ると外廊下から子供の声が聞こえるんですぅ。なんなんでしょうねえ?」
「……それ、普通に怖いですよ」
「で、その子が何か言ってるけど、何言ってるのか全然わかんないんですよね」
「怖いですって」
「それはともかくとして、彼氏が体験したちょっと変な人の話なんですけど」


コロナ禍中、彼氏は友人たちと4人でZoom飲み会をしていたという。
ところがカメラに、一人だけ出てこない。
カメラオフ状態で飲み会が進んでいたという。

「なんでお前、ずっとカメラオンにしないんだ?」

彼氏がそう言うと、急にカメラがオンになって、その友人が妙なことを言い出した。

「うちのお姉ちゃんを紹介するわ」
「はぁ?」

すると画面に女性が出てきて、「どうもー、弟がお世話になってます」と言う。

「ああ、どうもどうも」
「初めまして」

ほかの二人の友人が挨拶をする中、彼氏だけが違和感をおぼえていた。

あれ?俺が知ってるあいつの姉ちゃんの顔と全く違うんだけど……

ただ、雰囲気的にそういうことは言いづらかったので、その場ではスルーしたそうだ。
カメラはすぐにオフにされ、その女性と友人は通話からいなくなった。


「あれ、誰やねん」

後日、彼氏が友人に尋ねると、「あれ、俺の片思いの人」と友人が答える。

Zoom飲み会があるとその子に話したところ、私がお姉ちゃんってことで参加させてよ、と言って友人の家までやってきてZoomに参加したそうだ。

結局それ以降、友人はその女性と連絡が取れなくなってしまったのだという。

「そんな参加の仕方する人いる??」

その女性の目的が全くわからず、彼氏は怖がっていたそうだ。


レシート渡し女

「最近ちょっと気持ち悪い経験をしたんで、大した話じゃないけど誰かに話したいんです」

そんな前置きから、Mくんが教えてくれた話だ。

Mくんは大学四年生で、翌日就活の面接を控えていた日の話だという。
緊張して眠れなかったMくんは、飲み物を買いに深夜のコンビニに行ったのだという。
そのコンビニは自宅から徒歩5分くらいのところにある、行き慣れているコンビニだそうだ。
むろん、夜中に利用することもよくあり、夜勤で入るバイトの面々の顔は憶えているのだが。

その日に限って、全然知らない女性店員がいたのだという。

水などをもってレジに並ぶと、その女性は「これ以上お買い上げの品はないですか?」と尋ねてくる。
なんか丁寧だな、と思いつつ、「はい、大丈夫ですよ」と答えると、会計をてきぱきと行ってくれたそうだ。
そして、レシートをその場に置いて、そのままコンビニを出た。

すると、その女性店員が、Mくんを追いかけてきたそうだ。

「お客様」
「え?」
「レシートです」

俺、ちゃんとレシート捨てなかったかな、と思いつつ、捨てといてくださいというのも追いかけてまで渡してくれた手前言いづらくて、「ああ、じゃあ」と言ってレシートを受け取る。

ずいぶん丁寧な人だなあ。

その帰り道。
レシートを何気なく見ると、裏に赤いペンで奇妙な文字が書かれていた。
門構えの中に知らない漢字が書かれている、見たこともない文字だった。

気持ちわる!!

申し訳ないことだが、それ以上もっているのは嫌だったので、Mくんはレシートをその辺に捨てて、ダッシュで家に帰ったそうだ。

それ以降、その女店員を見かけたことはない。


女神じゃないの

「夢の話をしていいですか?……いつも行っていた映画館が潰れましてね。そういうことがあるからこんな夢を見たんですかねぇ」

Nくんに、何か不思議な経験はないかと尋ねたところ、そんな前置きで語ってくれた話だ。

夢の中でNくんは、その潰れた映画館に両親と映画を見にいったという。
帰りにカウンターの人が、「会員登録しませんか」と言ってくるので、「はあ」と答える。
受付から紙を渡されて一通り書いたところ、受話器を渡されて、変なことを言われた。

「この番号に電話をかけてください。そうしたら登録番号を言われるので」

どんなシステムだよ、と思いつつ、電話をかけると呼び出し音が鳴り、「はい」と女性の声が聞こえてきた。

あ、自動応答じゃないんだ。

そう思っていると。
電話口の女が急にこんなことを言い始めた。

「私は女神様じゃないのよ」

は?

戸惑っていると女はこちらの反応などお構いなしに話を続ける。

「番号じゃなくて、名前をね、教えてあげる」

気持ちわる!!

Nくんは思わず電話を切ったそうだ。

そしてそれを見ていた受付のお姉さんが、「ああ、お客様、番号間違えてますよ」と言った、その瞬間。

Nくんは目が覚めた。

気持ち悪い夢見たな……なんだろう。

ベッドの上で呼吸を落ち着けていると、耳元に生暖かい空気が流れてきた。

そして。

「私の名前は◯◯◯」

女の声で、そう言われた。
夢の中の声と、全く同じだった。
名前は聞き取れなかったそうだ。


覆面配達

梅雨の時期の話だ。
Oくんがマンションの三階にある家に帰ると、ドアポストに丸まって何かが入っている。
取り出してみると、100円ショップなどで売っていそうな、真っ白な平たい仮面だった。

なんで?

郵便受けを見ると、まだ中に何かあるようだ。
鍵を開けて家の中に入って郵便受けを確認すると、同じ白い仮面が更に2つ入っていた。

……こんなイタズラする友達いないけどな。
まあでも誰かがやったんだろうな。

真っ暗な部屋のなか、明かりもつけずにそんなことを考えていた。
そして、思わずこんな言葉が口をついてしまう。

「ところで、これなんで三つもあるの?」

その瞬間だ。

真っ暗な部屋の中から、聞き覚えのない子どもの声が聞こえてきた。

「お父さんとお母さんと僕」

気がついたとき、Oくんは雨に打たれてブランコでびしょ濡れになっていた。
いうなれば、黒澤明の『生きる』の志村喬のような状況になっていたそうだ。


「多分、ブランコで気がつく直前まで、自分は童謡を歌っていたと思うんですよね……何を歌ったかは覚えていないんですけど」

Oくんはそう言う。
結局家に帰ってみると、くだんの白い仮面は無くなっていたそうだ。

——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 緊急生放送版」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 緊急生放送版
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/627783024
(16:21頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?