違っていた女【禍話リライト】

ある県の山のかなり上の方に、ボロいアパートがある。
今はもう、誰も住んでいないし、住めない状態なのだという。
2階建ての建物なのだが、外階段も抜けているので、もう誰も2階には上れない。
当然そんな状態なので、建物の周りには立ち入り禁止のロープが張られている。
「近日中に取り壊し予定」という趣旨の立て看板も置かれているのだが、それが設置されてから2年ほど経つものの、いまだ取り壊しの気配すらない。

そして、その廃アパートにはこんな噂が囁かれていた。

アパートの裏に回ると、2階のベランダがみえる。
そのうちのどの部屋かはわからないが、かつて自殺騒ぎがあった。
それが原因で人が住まなくなった、というのだが。
いまだにその亡くなった部屋のベランダに、死んだ人が出てくる……そう言われているのだ。

「今度夜にさ、そこ行ってみようよ」

D先輩のその一言で、Cくんたち大学のサークルのメンバー計4人で、そこに行くことになった。
皆、肝試しなどしたことはなく、乗り気ではなかったのだが、D先輩がかなり前のめりだったのだ。

「じゃあさ、今週の土曜でOKだな?」

D先輩のその言葉に、Cくんたちはこれはついて行かざるを得ないか……と諦めたのだそうだ。

「先輩、ノリノリですね……」
「でも、それって本当なんですか?自殺者が出たっていうのは」

メンバーの一人がそう尋ねると、D先輩は重々しく頷く。

「それ、ほんとだよ。そのアパートの近くに女子大があってな、看護系の。その寮みたいなもん……っていうか、そこに行く学生専用のアパートだったんだわ」
「なるほど」
「でな、その入居者のうちの1人に、年齢が高めの人がいてさ。その人が死んで……ま、死んだまではまだいいんだけど」
「よくないでしょ」
「まあなあ。だけど死んだってだけだったら、ある話だろ?病気とかさ。でもさ、自分でこれだから」

そう言ってD先輩は、手を首に添えてクイっと上げる。

「ま、そうすると近くの部屋の人は気分良くないわな。それで、周りの人が何人か引っ越してさ」
「そりゃそうでしょうね……引っ越せるなら」
「それでも残る人は当然いたんだけどな。……夜、その死んだ人が来た、みたいな話になったんだわ」
「来た?」
「ああ、死んだはずのその人が、一階部分に来たとか、外廊下を歩いていたとかな。で、見かけたのに知らんぷりを決め込むと、無視するなみたいなことを言ってくるってんだ」
「ずいぶん自己主張の激しい奴もいたもんですね……」
「まぁ、それで結局全員引っ越して、老朽化もあって使われなくなったって話でな……これはほんとの話。なんせ、近所だから」
「ほんとなんだ……」
「ま、そういうわけで、俺、場所知ってるからさ」

D先輩は面倒見がいい人ではあったが、一度何かを決めてしまうと、テコでも動かないような頑固なところがある人だった。

「先輩がそう言うなら……」

他の3人は、内心行きたくねえなと思いつつも、仕方なくD先輩の提案に乗ったのだそうだ。

当日。
夜に集合場所に集まってみると、D先輩の顔色が悪い。
あまり具合が良くなさそうな雰囲気で、心なしか元気もなかった。

「顔色悪いですけど、大丈夫なんですか」
「ああ、大丈夫大丈夫」

一応表向きはそんな感じで明るく応えるのだが、元気のなさは如何ともし難い。
D先輩の運転する車に乗り込んで出発したが、しばらくいくと具合がさらに悪くなったようで、顔色も土気色になっている。

「あのさ、コンビニ寄っていいかな?ちょっと栄養ドリンク飲みたい」
「そうしてください」
「そうか、すまんな」

そう言ってD先輩はコンビニに車を入れる。
が、他の3人は特に買いたいものなどない。
先輩だけがコンビニに向かい、Cくんたち3人は車に残ったのだそうだ。

「……先輩、大丈夫かね?えらい辛そうだったけど」
「バイトで疲れてるんじゃないの?」
「どっちにしろ、無理していくもんじゃないよな。肝試しなんて、むしろ心身ともに健康な時に行くものだろ」
「だよな。誰も乗り気じゃないしな」

そんなことを言っていた、その時だった。

「そういえば俺、変な夢見てさ」

助手席に座っていたCくんが、ふと思い出してそう切り出し、後部座席に目をやる。

……ん?

後部座席の2人が、妙に緊張しているように見えた。
表情が硬いのだ。
そんなに緊張するような話題とも思えなかったのにそんな反応をした2人が気にはなったが、Cくんはもしかすると聞こえてなかったかと思い直し、再度こう言った。

「いやいや、臆病者って言われるかもしれないけど、俺、変な夢見てさ」

しかし後ろの2人は硬い表情を崩さないまま、

「え……夢、みた?」

と聞いてくる。

「うん。いやさ、当然俺、今日これから行く廃墟なんて行ったことないんだよ?こないだ話に聞いただけなんだけどさ、何故か夢の中では現場に俺1人で行くんだよ」
「……へえ」
「……そう」

話を聞く2人の反応が悪い。
なんか嫌な感じだな、と思いつつも、一度話し始めてしまったので、ここで話を切ってしまうのもなんだか座りが悪かったため、Cくんは話を続ける。

「俺1人でアパートをぐるっと回ってさ、裏に行ったら2階の左から3番目の部屋に……」

そこまで話したところで、後ろの2人が真っ青な顔になって震えているのがわかった。

「……まさか、お前らも?」
「……うん、見た」
「見たんよ」
「マジで?」
「マジで」

2人は顔面蒼白になっていて、とても嘘を言っているように見えない。

「……ちなみに最後まで聞くけど、どうなった?」

後部座席の1人にそう言われ、Cくんは気を取り直して話を続ける。

「わかった、一応最後まで話すよ。……で、俺、真っ赤のセンスの悪い懐中電灯持っててさ。その懐中電灯を左から3番目の部屋に向けると、その部屋のベランダにさ、女が立ってるんだよ。で、懐中電灯でその女を照らしたんだけどさ。何故かその女が着ているものがわからないんだ。光が当たってるのに、何故か見えないんよ。女が薄ぼんやり立ってるのはわかるけどさ。おそらく、夏っぽい半袖っていうくらいしかわかんなくて、色とかは全然わかんないんだよ。そういう夢」

Cくんが話し終わると。

「……俺は見えたな」

後ろの1人がそう呟く。

「俺も途中までは同じなんだよ。懐中電灯でその部屋を照らすところまでは。で、照らしたら、女の足元に光源があるみたいな感じで、女に光が当たってさ。白いシャツを着ているのが見えたんだよ。それで俺は逃げたって感じ」

するともう1人が少し驚いた感じでこう切り出す。

「俺、ちょっと違うな。懐中電灯まではお前らと同じだよ。でも、俺が見た時は、部屋に一個灯りがついててさ。それが3番目の部屋で、逆光で女が立ってるのが見えるんだ。黒い服着てたよ。長袖だった」
「マジかよ」
「ってか、なんで最後の部分だけ違うおんなじ夢を俺らが見てんだよ……怖え」

そんな話をしているところに先輩が戻ってきて、「じゃあ、行くか。元気になったから」と言う。
3人は、なんとなく先輩にこの話をすることが憚られて、口をつぐんでしまった。
所詮は夢の話である。
こんなことを言っても、先輩に鼻で笑われるのが目に見えていたからだ。

先輩は体調がずいぶん回復したようで、その後は鼻歌を歌いながら車を飛ばし、まもなく問題の廃アパートの目の前に到着した。

「ここだよ」

言われてアパートを見た3人ともが、思わず「ええ……」と言葉を漏らす。
目の前には、夢で見たままの黒い廃アパートが佇んでいた。
アパートの前に空き地があって、そこに車を停めたのだが、それも夢の通り。
空き地の草の生え方に至るまで、夢と寸分違わなかったのだ。
尻込みする3人を気にするそぶりもなく、先輩は車を降りるとトランクを開けて、こんなことを言い始めた。

「まあ、ここ怖いからさ。一応持ってきたんだよ。安いやつだけどな」

そう言って、Cくんたちに人数分の懐中電灯を渡してくる。

夢で見た、真っ赤な懐中電灯だった。

「うわ!ちょっと、あの」
「行こう行こう」
「いやちょっと、あの……怖いです」
「そうそう、場の雰囲気に呑まれました」
「真っ暗だし、めちゃくちゃ怖いです!!」

3人で、全力で怖がったのだそうだ。

すると。

「じゃあ、俺先行ってやるよ」

D先輩が急にそう言い出した。

「え?」
「うん、俺、先に1人で行ってみるから」
「え、1人で」
「うん、行ってみる。で、行ってみて、ひょっとしたら足元が危ないとかあるかもしれないしな。みてくるわ」

そういうとD先輩はどんどん奥に行ってしまう。

「……ためらいがないなぁ」
「まあ、5分くらいしたら戻ってくるだろ」

そんなことを言いつつ、3人で待っていたのだが、10分経っても先輩は戻らない。
電話をかけてみるが、出ない。
しかし、遠くから……アパートの裏の方から着信音が聞こえてくる。

「……じゃあ、3人で行く?」

他の2人も頷く。
仕方なく、恐々とアパートの裏に向かい、「先輩?」と声をかける。

D先輩はアパートの裏にいた。
懐中電灯で、2階の部屋を照らしてじーっと見ている。

あの部屋だ。
左から3番目の……

Cくんたち3人は、そう直感する。
D先輩はというと、微動だにしない。
その時のCくんたちの位置からだと、防火扉の関係で、先輩が照らしているベランダの様子は、角度的に見えない。
だが、おそらくそこに女がいるのだろう。
そう思うと足がすくんでしまい、一歩も動けない。

「いや、あの、俺ら怖いから、これ以上進めないです」

D先輩に向かってそう言うと、「へえ、そうか」とこちらを一瞥もせずに先輩が言う。
だが、そう言いながらもD先輩は動かない。

「……何か見えます?」
「おー。なんかねー。うーん」
「いいですいいです!!聞きたくないです!!怖いです!!」
「いや、でもさあ。ちゃんとこういうのは、はっきりさせなきゃいけないだろ?」
「何がですか?」
「誰がみた夢が正しいのか」
「何言ってんすか?!」

Cくんたちはひどく驚いた。
D先輩には夢のことは話していない。
聞こえていたはずもない。
なのに、そんなことを言い出したのだ。

「いや、だからさ。こういうのは、ババ引いたのは誰だ〜、みたいな」

そう言ってD先輩は笑いだす。

Cくんたちは、慌てて逃げだした。


しかし、車まで戻ったところで、はたと気づく。

ここは自分たちのよく知らない場所だし、誰も運転できないし、そもそもこれは先輩の車である。

仕方なしに、街灯の下で待っていたのだが。

D先輩は全然帰ってこない。

1時間ほど経った時に、警邏中のパトカーが通りかかった。
パトカーが少し先で止まると、警官が降りてこちらにやってくる。

「どうしたの?」
「えーっと、先輩が見に行くって言って行ったきり、戻ってこないです」

アパートを指差しながら説明すると、警官は眉間に皺を寄せる。

「え、ここで?」

見るからに嫌そうな様子だ。

「ああ……そう」

警官は諦めたようにため息をつくと、軍手を装着し始めた。

「……何してるんですか?」
「いや、最悪山の方いっちゃうから」
「どういうことですか?」

警官はそれには答えず、Cくんたちに質問し返してくる。

「で、どれくらい帰ってきてないの?」
「えーっと、かれこれ1時間くらい……」
「じゃあ山行ってるよ」

そう言いながら警官がアパートの裏に行く。
と、すぐに戻ってきて、「やっぱりいないよ」と言う。
手には、真っ赤な懐中電灯が握られていた。

「あ、これ先輩のです。どこにありましたか?」
「裏に捨ててあったよ」

その日はもう遅いからということで、一旦山を降り、翌日、山狩りが行われた。
D先輩は、山中で見つかったそうだ。
幸い大怪我などはしていなかったのだが、アパートの裏に回って、誰かが2階のベランダにいるような気がして、そちらに光を向けた時から、一切記憶がないのだという。
さらに、明かりも持たないまま、獣道とも言えない道を進んで山の奥の方に入って行ったにも関わらず、怪我がないばかりでなく、衣服に汚れらしきものもついていなかった。
まるで誰かにそこまで連れて行ってもらったかのようだった。

それ以降、表面的には、D先輩に変わった様子は見られない。
ただ唯一、食の好みが変わったそうで、それまでは肉が好きだったのが、この件以降は、魚ばかりを食べるようになったのだという。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第9夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第9夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/613456130
(15:50頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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