二十歳までに【禍話リライト】

こっくりさんへの禁忌の質問としてよく知られているものに、死期に関するものがある。
人がいつ死ぬかなどは、こっくりさんに聞いてはいけない。
だが、その禁忌を破ったらどうなるのかについては、曖昧な話ばかりで具体的な体験談などは少ないようだ。
これは、その禁忌を破った人たちにまつわる話である。

Mくんは、現在30代半ばである。
だから、彼が高校生の頃に、こっくりさんがブームということはなく、彼自身も一度もしたことはない。
だが、ある時から、クラスの暗めの女の子たち3人組が集まってこっくりさんをしはじめた。
どうやらマンガか何かで読んでそのやり方を知って、やっていたようだ。
小テストのことか何かが当たって、それではまってしまったらしい。
だが、クラスの皆は彼女たちのこっくりさん熱に対して、冷ややかだった。
無視するというわけではないが、興味を持って話を聞いたり、ましてやその3人組と一緒にこっくりさんに興じたりすることはなかったのだ。
基本的には我関せず、というスタンスで、やっていること自体は知っていても、だからと言って何も干渉はしなかったのだ。
Mくんも、そうだった。

クラスの皆は仲が良く、卒業して進路がバラバラになっても、定期的に集まっていた。
こっくりさんをやっていた子たちは、クラスで浮いていたこともあって、そういった集まりに顔を出すことはない。
自分たちだけで集まってるんだろう、と思い、Mくん含め周りの連中は気にしていなかったのだが。

ある時のこと。
その年は、皆が二十歳になる年で、誕生日を迎えたやつがどんどん成人になっていく。
今日から俺は酒を飲めるぞ、などと皆でわいわい言っていた時に、Nというクラスの出来杉くんタイプのやつがやけに暗く、沈んでいる。
Nは頭がよく、スポーツも万能で、見た目も爽やかという、非の打ちどころのない完璧超人だ。
Nの誕生日はまだ少し先だが、他の奴らは成人している。
だから、Mくんは、こう思ったのだそうだ。

そうか。
俺らは飲み会に行こうとかわいわい言ってるけど、自分はその輪に入れないからちょっと暗いんだろうな。

だが、結論から言えばその考え方は違った。

同じくその様子が気になっていた友人の一人が、Nにどうしたの?と聞いたところ、Nは重い口を開いて、こう切り出した。

「馬鹿馬鹿しい話なんだけどさぁ。Lたちのグループ、覚えてるよな?あいつら、こっくりさんしてたじゃない?」
「ああ、してたねえ」
「何?急に」
「俺、あれバカにしてたんだよね、申し訳ないんだけど。俺さ、ああいうの信じないから」
「まあ、俺らも信じないけど」
「でね、一回俺、教室に残って勉強をしていたんだ。そうしたら、あいつらがこっくりさん始めたんだよ」


——————————————-

Nの席は教室の左最前列で、そこで勉強をしていたというのだが、Lたちのグループは右側の一番後ろでこっくりさんを始めたのだそうだ。
と、このように書くとLたちも流石に気を遣ってそうしているかと思われるかもしれないが、実際のところはそうではないらしい。 
というのも、やたらと声がうるさいのだ。
そもそも、勉強している奴がいるのなら、こっくりさんなどしないで、気を使って出ていくものだろう。
確かLたちは同じ部活だったはずなので、部室か家に帰るかしてやればいいのに……Nはそう思っていた。
そして、ついに騒音が耐えがたくなり、Nは彼女たちにこういったのだそうだ。

「ごめん、悪いんだけど別のところでやるか、声を落としてくれない?」

Nは、精一杯穏やかに、角が立たないような言い方を心がけたようだ。

しかし、どうやらそれが気に障ったらしい。
Lは問いかけを無視して、こっくりさんになおも尋ねた。
聞こえよがしに、これまで以上に大きな声で。

「Nくんはいつ死ぬんですか〜?」

うわ、嫌なこと聞くな!?

あまりに常識はずれなその行動に、当初は怒りよりも驚きが先立った。

「ええ〜、二十歳になる前に死ぬのお??」
「うわー、二十歳になる前に死ぬんだあ」

そう言って、Lたちはニヤニヤ笑っている。
こうなると、当初の驚きを怒りが上回ってくる。
流石に温厚なNも、ここまで露骨な嫌がらせに、全身が怒りでブルブル震え始めた。
そして、人生で初めて、目の前の机をガーンと蹴ってしまったのだそうだ。

すると、あれだけ挑発していたにも関わらず、Nがキレるのは予想外だったのか、流石にLたちはビビったようで、そそくさと帰っていった。
温厚な彼のことを、舐めていたのかもしれない。
いずれにせよ、それ以降高校時代を通して、NはLたちと目も合わさなかったし、必要なこと以外は喋らなかったという。

——————————————-

「……で、それで終わったんだけどさ。最近、その時のことを夢に見るんだ」

MくんはNの話を聞いて、まず、ああこいつ気にしてんだな……と思った。
真面目が故に、気にしすぎてしまうことはある。
その時に言われた内容もそうだが、生真面目なNのことだ、キレてしまったことにも何らかの後ろめたさがあるのかもしれない。
いずれにせよ、そんなことをあんまり気にしすぎるのは良くないとMくんは思ったので、こんな提案をしたのだそうだ。

「じゃあさ、Nの誕生日の前夜にみんなで集まって、馬鹿騒ぎをしようや!」

元クラスメートたちは、いいね、と賛同してくれた。
N自身も、「なんか悪いな」と言いつつも、嬉しそうにしていた。
そのままとんとん拍子に、Nの部屋に誕生日前日の夜に集まることに決まった。

Nは、通っている大学が地元から少し離れていて、一人暮らしをしている。
当日は、その部屋まで遠征できる友人たちが集まって、わいわいと宴会を始めた。
Nもみんなが集まったのが嬉しいようで、普段よりもテンションが上がっているように見えたという。

「N、お前も飲め飲め」
「よーし、俺も日付変わったら飲んじゃうぞぉ!!」
「いいぞぉ〜」

そんなやりとりをしつつ、皆でNの気分を盛り上げる。
やがて0時が近づき、皆で声を合わせてカウントダウンして、日付が変わってNの誕生日を迎える。

「おめでとう!」
「おめでとう!!」

皆で口々に唱和して、拍手する。

「本当はクラッカーでも鳴らしたいところなんだけどなぁ」

Mくんが冗談めかして言うと、Nも笑いながら応える。

「やめろ〜。俺、品行方正で通ってるんだからさ。流石にクレームくるのはまずいよぉ」
「とりあえずお前、お酒飲んでみろよ」
「お、おう……これ、美味い」
「だろ?」
「お酒って美味いなぁ!!」
「お前、死ななかったなぁ」
「俺、生きてるぞ」
「生きてるぅ!!」

皆で生きてる、生きてると唱和する。
その最中、友人の一人がトイレに立ったのだが。
その友人は戻ってくると、やけにテンションが下がっている。
友人は静かに入ってきて、静かに座った。

「おい、どうした?」
「お前、ノリが悪いぞ」

皆が口々にそう言うと、友人が静かに口を開く。

「あのさ……外廊下でなんか言ってるやつがいる。ブツブツブツブツ、気持ち悪いんだよな。ちょっとおかしい人かもしれない。ここって、そういうとこなの?」

すると意外そうな表情を浮かべつつ、Nは首を横に振る。

「いや、ここはうちの大学の学生が使ってるところで、入口もオートロックだし、おとなしい人しかいないよ。外廊下で騒ぐとか、今までないんだけどな」
「や、騒ぐっていうかさ、何か言ってるんだけど……それが普通じゃねえんだ」
「普通じゃない?」
「ブツブツ言ってるだけじゃなくって、なんか変な音するしさ」

すると、その中で一番腕っぷしの強い、柔道と空手の有段者であるOという男が、様子を伺いに席を立った。
皆でOの様子を見守る。
Oは覗き穴から外の様子を見て、ドアに耳を当てる。

「んー、なんかへんな音がするぞ。ギリギリギリって」

すると別のやつが、俺にも聞かせてと言ってドアに耳をつける。
しばらくそのままの姿勢で音を聞いた後、ドアから耳を離してそいつが一言こう言った。

「あ、これダメだ」
「なになに、どうした?」
「これ、なんか固いもので……例えば硬貨とかで壁擦ってる音だ。しかも一つじゃなくて複数するぞ。それに合わせてブツブツ言ってる」
「何だよそれ……」
「どけよ、俺が聞くから」

そう言って再びOがドアに耳を当てる。

「みんな、静かにして」

そう言って周りを静かにさせると、しばらく声を聞いてから、

「おいおいおい……とりあえず中入れ、中入れ」

Oに押されるようにして、リビングに戻る。

「何、どうした?」

するとOが真っ青な顔をして口を開く。

「俺さ、あの3人の口調とか忘れてんだけど……あいつらかもしんない」

それで皆ピンときた。
Lたちだ。
Oは話を続ける。

「3人くらいの女が外で多分十円玉をこすりながら、『こっくり様のおっしゃることは絶対だから』みたいなことを言っているぞ」
「え、あいつらこの辺なの?」
「いやいや、大学も違うはずだ」
「しかもあいつら、こっくりさんじゃないぞ、『こっくり様』って言ってたぞ」
「ええ……」
「俺が聞こえたこと、そのまま言っていい?」
「……いいよ、どうぞ」
「『Nくんは間違いなく死んでいる。男子はバカだから感覚だけで判断する。だから死んでいることに気づいてない。でもこっくり様の言っていることは絶対だから。』そう言ってうろうろしてる……」
「何?!」

その言葉に、あの時の怒りを思い出したのか、慣れない酒に酔っ払っているのが傍目にもわかるNが、憤然として立ち上がった。
そして、しばらくドアに耳をつけてから、同じく憤然として戻ってきた。

「確かに言っている」
「マジかよ」
「おい、俺は死んでるか?!」

Nは初めての酒で気が大きくなっているようだが、他の皆はそれどころではない。
このマンションはオートロックで、外の人が簡単に入って来られないのは知っている。
よしんば入ってこられたとしても、郵便受けにも名前は書かれていないし、一つ一つ鍵もついているので、Nがどの部屋に住んでいるかなど、わかるはずがないのだ。
絶対におかしい。

「……お前は生きてる、生きてるよ」
「そうそう、でも、これは警察呼んだ方がいいと思うよ」

友人たちがそう諌めるのを聞かず、Nは再び立ち上がると、玄関まで歩いて行ってドアノブを握った。

「おい、開ける気か?!やめとけやめとけ」
「大丈夫、チェーンしてるから」

Nはそう言うと、そっとドアを開けた。
その隙間から、3人の女の声が聞こえてくる。

「Nくんは死んでるから」

その言葉に被せるように、大きめの声で、はっきりとNがこう言った。

「俺は生きてるぞ!!」

その瞬間。

「嘘だぁ!!」

そう叫んで、3人が近づいてくる足音が聞こえてきた。
Nは慌ててドアを閉め、鍵をかける。

すると。

ドンドンドン!!!

「嘘だぁ!!!!嘘だぁ!!!!」

ドンドンドン!!!

ものすごい勢いでドアをノックしながら、女たちが口々に叫ぶ。
慌ててリビングまで戻ってきたNが口を開く。

「警察警察!警察呼んで!!」

Mくんが110番をして、しばらくすると警官がやってきた。
ちょうど警官が到着するタイミングで、声は消えたそうだ。

やってきた警官に事情を話し、皆で外廊下の様子を確認する。
あれだけの時間、硬貨で壁を擦っていたら、相当な傷がついていそうなものだが、壁には傷ひとつない。

検証が一通り済んでから、警官が

「君たち、酒の飲みすぎて勘違い……」

と言いかけたところで絶句した。

「どうしたんですか?」

視線の先を追うと、玄関ドアの外側の部分に、硬いもので擦られて傷がついた跡が無数に残っていた。

「……じゃあ、何かあったらまた連絡してください」

その部分の被害を記録すると、警官はそそくさと帰ってしまった。
困ったのは残されたMくんたちである。

「怖いな……」
「どうしよう?」
「ひょっとすると、生き霊が飛んできたんじゃ……?」
「とりあえず、あいつらのこと知ってそうなやつに話を聞いてみよう」

その場で、同じクラスだった女の子に、Lたちが今何をしているのかを聞くためにMくんが電話をかけた。
夜中だったが、水商売のバイトをしていると言っていたので、起きているだろうと思ってのことだった。

「もしもし?」
「あー、Mくん久しぶりぃ」
「こんな夜中にごめん。あのさ、信じてくれなくていいんだけど、こういうことがあって……夜中に本当にごめん」

Mくんは彼女に、先ほどあった出来事を手短に説明した。

「それでさ、警察も来て大変だったんだよ。ところで、あいつらって今どうなってるか、知ってる?」

Mくんの問いかけに、しばらく沈黙が続く。
そしてややためらいがちに、女友達は口を開いた。

「……ああ、男子は知らなかったんだ」
「へ?」
「ああそうか、あんまり言うなってことになったもんね……」
「何を?」
「あの子たちさ、今年の頭に、一緒に首吊ったんだよ」

今年の頭ということは、1か月位前のことだろうか。

「ええ?!」
「あまり大っぴらにできる話じゃないから、女子の間では話が回ったけど、あんたらにはまだ伝わってなかったか」

周囲に確認してみるが、誰もその事実を知らなかった。
女友達は続ける。

「あの子ら、1月が誕生日だったじゃん?でね、一番遅い誕生日の子が誕生日を迎えたその日に、うちの高校が見下ろせる裏山で、ロープで首を吊って死んでるんだよ」
「マジかよ……」
「それからさ……これは私しか知らない話なんだけど」
「何?」
「お客さんにおまわりさんがいてさ、現場に行ったらしいんだよ。そうしたらさ、全然意味がわからないんだけど、遺書に『一人で寂しく死ぬわけじゃない』って書いてあったっていうんだよね」
「何それ……」
「でね、その話聞いた時は、ああ、3人で死ぬからかって、そう思ったんだけどさ……でも、その話聞いたら違うんじゃないかって思ったよ」
「うわ……」
「でね、そのおまわりさんの話だと、みんな左のポケットに遺書の便箋が入ってたんだけど、右ポケットにはなぜか一枚ずつ、十円玉が入ってたんだって……」
「……」
「私、今その話聞いてめちゃくちゃ怖くなっちゃったよ。Nくんお祓い行った方がいいよ」
「……だね、ありがとう……」

礼を言って電話を切った。

そして翌日、女友達の助言を受けて、Nだけでなく、Mくんを含めてその場にいた全員がお祓いに行ったのだそうだ。

——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第1夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第1夜
https://ssl.twitcasting.tv/magabanasi/movie/599438369
(18:14頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?