四つん這いトイレ【禍話リライト】
Sくんは、その日、友人たちと、とある廃墟に行く計画を立てていた。
そこは、展望台が併設されている施設で、一昔前はお洒落な場所として地元の若者たちが集う場所だった。
しかし、その施設が老朽化のため閉鎖され、新しく別の場所に移転したため、すっかりさびれてしまっていたのだ。
そんな廃施設と展望台に、妙な噂が流れだしたのは、施設が閉鎖されてから10年以上たってからの事だった。
誰が言いだしたか、展望台から飛び降りた人がいて、それが施設が閉鎖された原因だ、というのだ。
しかも飛び降り方が悪くて、遺体が木に刺さった……などともいわれている。
だが、実際にはもちろんそんな謂れはない。
前述の通り、施設が老朽化したから閉鎖されただけだ。
ただ、そこが閉鎖されたからということで、とある新興宗教の人たちが一時期その施設を使っていたのは確かだった。
そういうこともあって、そこで悲惨な死に方をした人がいて、その人のお化けが出るという話になったようだ。
「なあ、そこにさ、彼女連れて行こうよ。吊り橋効果っていうじゃん?」
その話をSくんに持ちかけたのは、友人のTだった。
二人はちょうど彼女ができたての、まだ初々しいカップルだったので、何とかして彼女との仲を深められないかな……という相談をしていたのだ。
「じゃあさ、ちょっと下見に行こうよ」
そう言うわけで、まずは二人で下見に行ってみたのだそうだ。
夜に行ってみたのだが、展望台には照明がないため、駐車場についた段階で十分に怖かった。
「これは行って戻ってくるだけで、十分怖いかもな」
最初はそう言っていたのだが、ただ、いざ展望台に行ってみると夜景が綺麗で、怖くもなんともない。
しかも問題の施設は取り壊されて、すっかり更地になっていたのだ。
「これじゃあ意味ないなぁ」
そうぼやきつつ駐車場に戻る途中に、トイレがあった。
「ここに寄って行くと、トイレにお化けでまくるとか、どうかな?」
Tが言う。
Sくんは首を横に振りながら答える。
「飛び降りた人がトイレに出ないでしょ」
「そりゃそうだけどさ……ここくらいしかないぜ」
当人達も、もともと怖い思いをしたいわけではない。
まあ、男女の仲が深まったらいいのかな、という程度のものだった。
だから、最終的にはこのトイレにお化けが出るってことにして、2人ずつで肝試ししようぜ、というTの提案に、Sくんも乗ったのだ。
そして、肝試しは一週間後に決行ということになった。
当日。
Sくんの運転する車の中で、Tは彼女達にその展望台の曰くを大いに語った。
それも、相当に尾鰭をつけて、だ。
最終的に、Tの話では、カルト教団の信者がそこで集団自殺したため、その展望台には浮かばれない霊が大量に浮遊しているのだ……ということになっていた。
明らかにそんなはずはないという大事件だが、彼女達は信じ込んでしまったようだ。
駐車場に着くと、Tは意気揚々とこう言った。
「じゃ、俺ら先に行ってくるから」
「行ってこい行ってこい」
Tの彼女は怯えているようで、寄り添って二人で暗い道を進んでいく。
その後ろ姿を見送りつつ、Sくんの彼女がこんなことを聞いてきた。
「ねえ、あれほんと?」
「あれって?」
「Tくんの話だよ」
「ああ。嘘だよ」
「嘘かぁ。でも、今行ったあの子信じてたよ」
そんなことを話していると、Tだけが小走りで暗い道を戻ってきた。
「うわうわうわ、やばいやばいやばい!!」
「何?どうした?!」
「トイレ覗いてみたら、男子トイレなのに女がいる!!」
Tの話では、明かりも切れていて真っ暗な男子トイレに、女性が四つん這いの姿勢で床に固まっていた、というのだ。
「ええ、怖い……」
「マジで?!」
「いや、ほんとに。俺、つい逃げてきちゃって」
「お前、彼女どうした?」
「ごめんごめん」
「ごめんじゃないよ、お前」
Tは彼女についての質問には答えず、四つん這いの女は、これこれこういう服装で、こういう髪型をしていて、こういう特徴があって……という説明を続ける。
その説明を聞いていて、Sくんはいいしれぬ恐怖に包まれた。
「……まて、それ、一緒に行った彼女の格好じゃねえか。何言ってんだ?お前」
「いやいや違う違う。四つん這いの女がその格好でさ。だから彼女置いて逃げたんだけど」
「違う違う。どう考えても彼女の格好だろ」
こいつ、何言ってんだ?
Tはとても冗談を言っているとは思えない、真剣な表情でそんなことを言っているのだ。
どう考えても尋常ではない。
「ああ、彼女おいてきちゃったな。どうしようかな?心配だな」
完全に言っていることが矛盾している。
が、どうやら本人は本当に何も気づいていないようだ。
それがあまりに気持ち悪いので、SくんはTにこう言った。
「お前、いいわ。ここにいろよ。俺らが見てくるから」
そうしてSくんカップルは、トイレに向かったのだ。
トイレに近づくと、中から、動かないよ、動かないよ、と泣き叫ぶTの彼女の声が聞こえてくる。
トイレに入ると、Tの彼女が四つん這いの姿勢で固まっていた。
彼女はSくんたちの姿を認めると、助けて助けてと泣き叫んで助けを求める。
「大丈夫か?!」
慌てて介抱すると、どうやら彼女は手足が攣っているようだ。
手足の筋肉がかちんかちんに強張っている。
Sくんたちが懸命に手当を施すと、10分ほどしてようやく再び動くことができるようになった。
「何があったの?」
「あのね、急にトイレ入った瞬間に、金縛りみたいな感じになって」
「え、マジかよ」
「でも声は出たから、すぐに『助けて』ってTくんに叫んだんだよ?でも、Tくん変だった。助けてって言ったのに、Tくん、私の方を見てニヤニヤしてるんだもん」
「何も言わずに?」
彼女は目にいっぱい涙を溜めて、こくこくと頷く。
「Tくんそのまま出て行ったから、私このまま置いていかれるのかと思った」
そうして彼女は、再び大泣きを始めた。
なんとか最低限歩けるようになったから、Sくんたち二人で支えながら外に出た。
急に豹変したTの話に、Sくんたちも心底恐怖していた。
「もう、わけわからない……」
Tくんの彼女がそう呟く。
「うん……俺らもわけわからなくて、あいつといるのが怖くて、あいつ置いてきたってところもあるんだよね……」
そんなことを話しつつ戻ると、車のそばにTが立っているのがわかった。
駐車場にも照明はないので、微かな月明かりだけが頼りだった。
「あれ?何してんだ、お前……?」
「大変だったんだよ?!」
SくんとSくんの彼女が、携帯の明かりでTを照らす。
「うわ!!」
思わず二人は同時に悲鳴を上げた。
運転席の横に立つTの目の前に、四つん這いの姿勢で固まった女がいたからだ。
二人は驚きのあまり、思わずTの顔を照らしてしまった。
そんなことをすれば、眩しいはずだ。
にもかかわらず、Tはリアクションをせずにニヤニヤ笑いながら見つめていた。
自分の足元に固まっている、四つん這いの女を、だ。
「ふわ!!」
また二人同時に叫んで、携帯の明かりをTから外す。
どうしよう?!
運転席の前で頑張られたら、逃げようがないぞ!!
どうしよう……
どうしようもなく、Sくんが立ちすくんでいると、暗闇の中で半笑いのTの声が聞こえてきた。
一方的にその四つん這いの女に向かって語りかけているようだ。
「そうまでして知りたいかねぇ」
何を言ってるんだこいつ!!
そう思っていたら、急に話し声が止んだ。
不思議に思ってTのいたあたりを照らしても、誰もいない。
Tだけでなく、四つん這いの女もいなくなっていた。
あれ?
車の周りには、やはり誰もいない。
中を見ると、後部座席でTが寝ていた。
え。
いびきをかいて、熟睡している。
起こそうと揺り動かしても、全く起きない。
どついても起きない。
「仕方ない、帰るぞ」
Tの彼女は、もうTの横にいたくないというので、Sくんの彼女と席を交代した。
麓まで行っても、Tは起きない。
ところが車がTの家の目の前に到着すると、急にTはムクっと起き上がって、何も言わずにスタスタと降りていってしまった。
「あいつ……おかしいよな」
「私、もう無理」
当然の如く、その後Tたちカップルは破局した。
大学にもきているかどうか、Sくんたちは知らないそうだ。
のちに調べてみたが、やはりその展望台では人は誰も死んでいなかった。
新興宗教が使っていたことは事実だが、カルトではない。
「じゃあ、あいつは一体何だったんでしょう……?」
だから、Sくんはいまだに、あの四つん這いの女の正体がわからないのだそうだ。
——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第11夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
ザ・禍話 第11夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/617111246
(56:25頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?