元に戻って乗せて行く【禍話リライト】

その街には、海に面した寂れた公園がある。
崖になった海岸線に沿うように遊歩道が整備されてはいるが、海風がきつい上に、海に入れるわけでもないので、いつ行っても人はほとんどいないような場所だった。

数年前のこと。
そんな公園の崖から、若いご夫婦が飛び降りた。
理由はよくわからない。
生活苦だったわけでも、事業が失敗したわけでもない。
ただ、遺書はあって、そこに理由は書かれていたものの、遺された人たちには到底納得いかないようなことばかりが書き連ねてあったそうだ。
具体的なことまではわからないが、その程度のことならば市役所に相談すればよかったんじゃないのか、というような内容だったという。
ちなみに、海岸沿いの崖の下は、浅瀬というか、岩場のようになっていた。
そのため2人は、溺れ死んだというよりは、岩に激突して死亡したらしい。
高さも10メートル以上ある上、鋭い岩場に叩きつけられるのだ。
無論、即死だった。

それ以降。
その公園の崖から、ちょくちょく人が飛び降りるようになったのだそうだ。
それまではほとんどそこで亡くなる人はいなかった。
ゼロだったわけではないようだが、連続することはほぼなかったらしい。
ところがその夫婦が亡くなってからは、年間十人を下らない人が、その崖から身を投げるのだという。


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「そこに行こうぜ!」
「え、なんでです??」

Tくんは思わずそんな声を上げた。
が、先輩のその言葉に、後部座席に座っている後輩は「いいですねえ」と賛同する。

「最近ではさぁ、思いとどまりましょうみたいな看板を行政が立てようかみたいな話になっているっていうし、地元の有志がパトロールだとか、監視カメラだとか、そんな話になってるらしいわ」

先輩は後輩の反応が嬉しかったのか、そう続ける。

Tくんはというと、無論行きたいなどという気持ちはこれっぽっちも湧いてこなかった。
もともと、単に飯を食いに行こうと先輩に声をかけられ、夕飯を食べるだけのつもりだったのだ。

「飯は、どうなったんです?」
「ま、そこ回ってからだな」

Tくんの問いかけに、先輩は、嬉しそうに続ける。

「今月もホームレスが1人、そこで飛び降りて亡くなってるらしいわ」
「マジっすか。ほやほやですね」

何が「ほやほや」だ。
不謹慎極まりない。

Tくんは話を聞いているだけで、すっかりげんなりしてしまった。
車は、寂れた公園の駐車場に進入する。
夜の9時前だが、車は一台もない。
公園も灯りになるようなものは何もないようで、真っ暗だった。

嫌すぎる。
先輩と後輩は、写真を撮ろう、心霊写真写るかなぁ、などと言っている。

車を降りる先輩に、Tくんは声をかけた。

「あの」
「ん?」
「お腹痛いから、俺、ここにいます」

どうしても行きたくなかったのだ。
先輩は、後輩がノリノリなことに満足しているようで、「おお、いいぞ」と鷹揚に答える。
結局、先輩と後輩の2人が、夜の公園に向かった。
2人の姿はすぐに闇に溶けて見えなくなったが、時折フラッシュのような光が見えるので、写真を撮っているということはわかった。

よく行けるな、あいつら。

Tくんは心底呆れていた。

10分ほどして、二人は帰ってきた。

「やばい、ここ死んでるわ」

少し興奮気味に先輩が言う。

「花束が綺麗だもん」
「しかもそれが、お金がない人が買っていそうなものだったのがまた……」
「ひょっとするとホームレス仲間が買ってるのかもってなあ」

二人は興奮気味にそう捲し立てる。
車を出発させてもまだその話を続ける二人に冷や水を浴びせようと、Tくんはあえてこう言った

「でも、発端の夫婦が飛び降りてから自殺の名所みたいになって、地元の人は嫌でしょうね。野次馬も来るし」

心霊スポット扱いしてその公園に集まってくる、先輩たちのような人への皮肉を込めてそう言ったのだが。

「そうだなぁ、嫌だろうなぁ」

全く先輩は気にするそぶりがない。

「じゃ、飯食いに行くか」

そのままの足でファミレスに行き、夕飯を食べたのだが、Tくんは食欲がなくなっていた。
本当に心の底から気持ち悪くなってしまっていて、内心、そういうところに行って良かったのかな……と思っていたのだそうだ。
Tくんは実家暮らしだったので、それが何になるのかよくわからないが、親がお墓参りの時に持って行く数珠を手に巻いて寝ようかな、などと思っていた。

食事が終わり、そろそろ帰るか、と言う話になる。
地元までは、40分程度の距離だ。

「どっか寄ってく?」

先輩はそう聞いてきたが、Tくんはすでに相当げんなりしていたので、「思いつかないですね」と答える。
後輩は、「ちょっとなんかないか調べますわ」と後部座席でスマホをいじり始めた。

「じゃ、なんかいいとこ見つかったら教えてくれよ」

先輩がそう言って車を発進させて、すぐのことだ。
Tくんは、急に猛烈な眠気に襲われた。

あれ、なんで眠くなってきたんだろ?

別に寝不足でもなければ、食事もたいして摂っていない。
にもかかわらず、抵抗し難いほどの眠さだった。
助手席にいるやつが寝るのはよくないよな……そんな義務感で必死に眠気を堪えていると、先輩が「ああ、寝ちゃっていいよ」と言ってくれた。
Tくんはその言葉に、スッと眠りに落ちたのだという。

そして。
どうやら結構しっかり寝てしまったようだ。
目覚めがスッキリしている。
長時間寝たな、という自覚もあった。
だが、目が覚めてもまだ車が走っている。
時計をチラッと見ると、1時間半ほど過ぎていた。
もう、とっくに家に着いていていい時間だ。

どっか寄るために一度でも止まったら、目を覚ましそうなもんだけどな……あれ?

寝ている時の姿勢のまま、寝ぼけ眼で周りを見てみると、知らない公団住宅の中の細い道を通ってるようだ。

あれ?

そのことにTくんは違和感を覚える。
地元へは、大通りをまっすぐ進めばいいだけだ。
先輩も後輩も、一軒家に住んでいて、公団に住んでいるわけではない。

だが、Tくんはすぐに思い直す。

まあ、この先輩はいろんな道を通りたがる人だから、知らない道を通ってるのかもな……

どうやらTくんが起きたことに、先輩も後輩も気づいていないようだ。
別に眠くはなかったが、まだ脳が目覚めきっていないため、また目を瞑る。

すると。
Tくんは妙なことに気づいた。

あれ?やけに同じ方向に曲がるな……
これじゃ、元の場所に戻っちゃうじゃん。

目を開けると、先ほどと同じような公団住宅の前を通っている。
壁面に「3」と書かれているので、3号棟の前を走っているのだとわかった。
そこでまた目を瞑る。

ところが。

あれ、また同じ方向に曲がってるよ?

奇妙に思ったTくんがまた目を開けると、壁面の「3」の文字が目に飛び込んできた。

あれ?!

どうやら車は、3号棟の周りをぐるぐる回っているようだ。

えー?!

驚いて体を起こすと。

「寝ちゃってていいんだよ」

先輩がこちらも見ずにそう言う。

何が起こっているのか、さっぱりわからない。
怖いような気もするが、運転しているのは先輩である。
走行中の車から飛び降りるわけにもいかない。
後輩はどうしているのかと後ろをみると、彼は運転席のヘッドレストを両手で持って前をじっと見つめている。

何してんのこいつ?

その表情に異様なものを感じたTくんは、先輩に尋ねる。

「こいつ、どうしたんですか?」

すると先輩はイラついたように答える。

「だから寝ちゃってていいって」

その間にも、右に何度も繰り返し曲がって、また元のところに戻ってくる。

その時だ。

3号棟の入り口付近をふっと見ると、階段を誰かが降りてくるのが見えた。

夫婦、だった。

うわ!!

その一瞬で、Tくんの脳裏にさまざまな情報が駆け巡り、一瞬にして像を結ぶ。

公園。
崖。
身投げ。
夫婦。

……まさか!!

Tくんは頭が真っ白になって、とにかく降りたいという一心で、必死の思いでこう言った。

「俺、家近くなんで、降ります!!」

無論、方便である。
大体、ここがどこなのか、Tくんはさっぱりわからなかったのだ。

ところが。

「あ、そう」

キキー!!

先輩はそう言うと、急ブレーキをかけて、車は止まった。

「そ、それじゃ、お疲れした!!」

Tくんは転がるように車から飛び降りる。
無論、3号棟には行きたくないので、がむしゃらに反対方向に走っていく。

しかし。

あれ、車の発進音、しないな?

不思議に思ったTくんが振り返ってみると。
車はゆっくりとバックして、3号棟の入り口に停まった。

そして。

停まった車の後部座席に、夫婦が乗り込んでいったそうだ。
夫婦は、手を繋いでいた。

もういやだ!!!

そのまま3号棟の反対方向に走って逃げると、すぐに公団の出口に出た。
そこで初めてTくんは自分の居場所を把握することができたので、大通りまで出るとタクシーを拾って家に帰った。
幸い、家からその公団まではそこまで遠くはなかったので、タクシー代はあまりかからなかった。

その間、おそらくは先輩か後輩からの着信があって携帯が鳴りまくっていたが、Tくんは携帯に触れることすらしなかった。
そして、家に帰ると、両手に数珠を持って寝たのだそうだ。

朝。
無事に目を覚ましたTくんは、にわかに二人のことが心配になった。

あの二人、大丈夫かな?

そう思って携帯を見てみると、とんでもない量の着信がある。
全て先輩からのものだった。

そして、着信の後、一件だけメッセージが届いていた。

「寝ちゃっててよかったのに」

後輩からのメッセージだった。

うわ!!

情けない話かもしれないが、Tくんは怖すぎて携帯を機種変して、電話番号も何もかも変えたのだそうだ。
連絡先も全部消えて、最初は大変だったという。


……その後二人はどうなったのか。

Tくんにそう尋ねたところ、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして、「生きてはいるらしいです」と答えた。

どうやらその二人は、普通に暮らしてはいるらしいのだが、その日以来、Tくんとは全く交流がなくなったという。
共通の知人の話によると、二人はやたらと仲良くなったらしく、今は毎週末、二人でドライブに出かけているようだ。
まるで、長く連れ添う夫婦のように。

「あの二人、本当にあの二人なんですかね?」

Tくんは、あの時見た夫婦が、まだ二人と「共に」いるのではないか……と思っているそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第6夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第6夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/607520872
(41:12頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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