電話先の女【禍話リライト】

知り合いのAさんが、今から20年以上前に体験した話だという。
当時Aさんは、仲間たちと連れ立って一月に一回ほど、日帰り温泉旅行に行っていた。
その時も、次に行く温泉の相談を仲間たちとしていたのだが、行き先が決まった時に仲間の1人がこんなことを言い出した。

「なあ、ここ行くの三度目じゃん?」
「そうね」
「あのさ、みんな覚えてるかな?国道でここに向かう途中にXってとこ通るでしょ?」

Xはその温泉地近くの住宅地である。
少し珍しい地名だったので、皆覚えていたそうだ。

「ああ、Xね」
「あそこのさぁ、ちょっと山ぎわのところにさ、なんか目立つ形の屋根の廃墟があるじゃない?」
「あるね」

確かにその仲間の言うように、Xの近くの山ぎわに赤い三角屋根の目立つ建物が立っていたらしい。
その建物はみるからに廃墟といった風情で、物珍しさもあって今度近くに行ってみようか、という話をしたこともあったのだという。

「その廃墟に行かない?温泉の帰りにでも」
「あー、俺も気になってたから行きたい」
「俺も」

他の仲間たちも賛成する。

「そっか、じゃ、肝試しってことで、行っとく?」

そんなわけで、Aさんたちは、温泉帰りにその廃墟に行くことにしたのだそうだ。


温泉行きの前日の夜のことだ。
Aさんは、夢を見た。

夢の中でAさんは集合場所に向かう。
すると仲間たちが口々に、「夜に行くのは怖いから、温泉帰りじゃなくて行きがけに廃墟に行かないか」と言い始める。
まだ日は高く、おそらく廃墟に着くのは15時過ぎくらいだろう。
Aさん自身も、さして肝試しに強いこだわりがあったわけではないので、「ああ、いいよ」と二つ返事で提案に乗ったそうだ。

問題の廃墟に着くと、「様子を見てくる」と言って言い出しっぺの仲間が廃墟に向かう。
しかしすぐにそいつは慌てた様子で車に戻ってきた。

「やべえ人がいるよ」
「ヤバい人?」
「ああ、廃墟の中で怒鳴り散らしてるよ」
「ええ?!怒鳴り散らすってどういうこと?」
「どういうことも何も、怒鳴り散らしてるんよ、何言ってるかわかんないけど」
「んー、場所が場所だから、犯罪行為が行われてるとか、そういうこと?」
「いや、1人で携帯片手に怒鳴ってる」
「でもさ、ここ、電波届かないでしょう?」

当時はまだ携帯電話は普及したてで、山に行ってしまうと電波は入らないのが普通だった。

「ま、とりあえず行ってみようぜ」

そういうわけで、全員で廃墟に向かったのだそうだ。

行ってみると、確かに報告通り、髭面の中年男が一人廃墟の中でキレ倒している。

「開いてねえじゃねえか!!!」などという言葉を、大声で叫んでいたのだそうだ。

……廃墟で「開いてない」って、なんだよ?

Aさんがそんなことを思っていると、ふと、足元に古びた木の板が転がっているのが目に入った。
見るとそれは風雨によってボロボロになった看板のようで、書かれている文字はすっかり薄くなって見えなくなっているが、うっすらとナイフとフォークの絵が書かれているのが見えた。

ははあ、昔ここ、レストランだったのかな?
だから「開いてない」とか言っているのか?
それにしても……

廃墟内に視線を戻すと、相変わらず男はブチ切れている。

「お前、なんでやってないんだ!!ふざけんなよ!!」

携帯に向かってそんなことを怒鳴っている。

……いやいや、これ、完全にやばい人でしょ。

「お前!!やってないならやってないって外に書いとけ!!」

男は興奮気味に叫び続けていたが、そのうちAさんはその様子がだんだん笑えてきたという。

やってるもやってないも、草はぼうぼう、窓は破れ、ドアは朽ちている。
そこに入り込んで、開いてるとか開いてないとか怒鳴り散らしているのはあまりにも滑稽だった。

「なんじゃ、お前!!じゃあ、いつやってるんじゃ?!」

電話口の向こうに人がいるという設定で騒いでいるんだなぁ、などとAさんが呑気なことを思っていると。

「6月23日だな!!」

男がそう叫んだ。
その日付は、ちょうど今日……つまり、Aさんが眠りについたその日付である。
もちろん夢の中のAさんはそのことに即座には気づかなかったが、男が日付を連呼したので印象に残っていたのだ。

「もしやってなかったらぶっ殺すぞ!!おい、お前名前言ってみろ。名前だよ!!◯◯◯美だな?わかった、待ってろ!!」

そのタイミングで目が覚めた。
目が覚めてからAさんは、思わず自嘲気味に呆れ笑いした。

……肝試しをこんなに楽しみにしてたんかい、俺は。


その日、集合場所に行くと、仲間たちが口を揃えて、夜は怖いから温泉前に廃墟に行こうや、と言いだした。
夢と同じこと言うな、と思いつつ、廃墟に向かうと、問題の廃墟の近くに数台の警察車両が停まっていて、廃墟には人だかりができていた。
少し離れたところに車を停めて廃墟に行ってみると、数十人の人たちが廃墟を取り囲んでいる。
地元の人たちのようだ。
その野次馬の一人に声をかける。

「すいません、何かあったんですか?」
「ああ、中で身元不明の男の人が死んでるんだ」

話を聞くと、どうもすごい死に方だったようで、洒落になってないとその人は怯えていた。

「あまり近づくと見えちゃうから」
「首吊りとかではないんですか?」

その人は首を横に振る。
どうもグロい亡くなり方だったようで、最初に見つけたのは山菜取りに行っていた近所のなんとかさんだというのだが、そのひとは今気分が悪くて吐いているという。

「戦争経験もあるのにね……」

そんな話を聞いてしまい、すっかり尻込みしてしまった仲間たちは、じゃあやめとこうか……と言い出した。
Aさんもそこで、「実は俺、変な夢見てるんだ」と前日に見た夢を説明したのだという。

「マジか、怖いな……」
「あのさ、もし亡くなった人の特徴聞いて一致していたら……」
「……それは嫌だな」

結局Aさんたちは、それを確かめずに温泉に向かったそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第9夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第9夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/613456130
(2:40頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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