少女の絵の記憶【禍話リライト】

30代前半のEさんから聞いた話である。
彼は今、地元から離れて仕事をしているのだが、夏休みには実家に帰っているという。
その年、帰省したEさんに母親が「こんなのが届いてるけど」と、一枚のはがきを手渡してきた。
見ると、高校時代のクラス会のお知らせだった。
2日後に開催されるということで、懐かしい気持ちになったEさんは、せっかくだから行こうかな、と幹事に連絡を入れ、クラス会に参加することにしたそうだ。


当日、会場に到着してみると、当時のクラスの半分くらいの人数が参加していた。
おお、久しぶり、などと旧交を温めつつ皆と話していると、おのずと話題は高校の時の思い出になる。
皆が色々な思い出をランダムに語る中、何気なくEさんはこんな話題を口に出した。

「そういえばさ、美術の授業でいつも美術室行ってたじゃん?その時に……」

Eさんの通っていた高校の美術室には、ありがちな話だが卒業生たちが描いた絵や、美術教員が描いた絵などがあちこちに貼られていたり、置かれたりしている。
そのうちの一つ、奥の方に貼ってあった少女の絵が、やけに写実的で遠くから見るとまるでそこに本当に人がいるように見えるような、リアルな絵だったそうだ。
その絵は、椅子に私服の女の子が座っているという、平凡な絵だった。
ただ、その写実性と置かれている位置と照明の光線の加減で、美術室の扉を開けると、奥に女の子がいるかのように見える、ということが、当時少し生徒の間で話題になっていたのだという。
もっとも錯覚を起こすのはあくまで一瞬であり、すぐに平面的な絵画であることはわかる。
さらにいえば、いくら写実的と言っても高校の美術室に置かれている絵としては、といったものであって、近づけば実際の人間と見間違えるようなものでもない。
あくまでさまざまな偶然から、たまたま扉を開けた瞬間だけ、勘違いしてしまうことがある……という程度のものだったのだ。

「俺さぁ、美術選択だったから、開けるたびにビビってたんだよね」

Eさんは、あくまで自分のバカな話としてこの話を披露したのだった。
普通は一回びっくりしてしまえば、それからは分かっているので驚くことはない。
しかし高校時代のEさんは、何度も新鮮な気持ちで驚いていたそうだ。

周りで話していたクラスメイト達は音楽選択だった生徒たちばかりだったようで、一回で覚えろよ、とか、忘れっぽいにもほどがあるよ、と言って笑っていたのだが。
一人だけ、今の話を聞いて怪訝な表情をしている人物がいた。
その時話の輪の中に加わっていたメンバーの中で唯一美術選択だった、クラス会の幹事の一人、Fという男だった。
Fは眉間にしわを寄せて考えるような表情をして、Eさんに問いかけてくる。

「絵?そんなのあったっけ?」
「お前も美術選択だから、覚えてるだろ?」

Eさんが反問する。
しかしFは「いや?」と言って首を横に振った。

「まあまあ、いいじゃんか。音楽室では……」

ちょうどそこで別のクラスメイトが音楽室の思い出を語り始めたので、話題はすぐにそちらに移った。
Eさんも少し酔っていたので、まあいいや、とすっかりその話題を出したこと自体を忘れてしまったのだという。

しかし。

それから一時間ほどして、全く別の話を別の面々としているときに、Fが近づいてきて、Eさんの肩をトントン、と叩いた。
Eさんは話を中断してFのほうを向く。

「ん?何?」
「あそこ、椅子だけだったよ。絵なんかなかったよ」

最初Eさんは何を言われているのかわからなかったが、すぐに、ああ、美術室のことだと思い至る。

「あれ、そうだっけ?」

Eさんは既にベロベロに酔っていて、今話しているメンバーとの話が盛り上がっていることもあって、いい加減な対応になってしまう。
しかしFはそんな様子に気づかないようで、まじめ腐った顔をして頷く。

「そうだよ」
「そっかなぁ」

Eさんにとってはどうでもいいことだったので、適当にその場は答えて切り上げたそうだ。


ところが、である。
二次会のときに、今度はクラス会の女性幹事であるGが、Eさんにその絵の話をしてきた。
FとGは、高校時代クラス委員をずっと務めていたペアで、今回のクラス会でも揃って幹事をしている。
当時は付き合っているんじゃないか、などという噂も流れていたが、今ではそれぞれ家庭をもっていると別のクラスメイトから聞いていた。
そのGが、全然別の話題で盛り上がっていたEさんに、唐突にこんなことを言ってきたのだ。

「あれ、やっぱり椅子だけだったよ」
「え?……ああ、そう」

何のことかやはり最初はわからなかったが、例の絵のことだと合点し、曖昧に返事をする。
違和感はあったが、酔いも回っていたし、友人たちとの歓談をこれ以上邪魔されたくなかったのだ。
Gもその返事に満足したようで、スタスタと踵を返してその場を去っていったそうだ。

翌日になって、二日酔いで頭痛に悩まされつつ前夜のことを思い出したときに、やはり彼らの反応と、絵の記憶の齟齬に違和感をおぼえたが、結局それも深く追求するようなことではないので放っておいたそうだ。


翌年。
前年同様、夏休みに実家に帰ってきたEさんだったが、その年はクラス会の開催などもなく、街中をぶらぶらとふらついていたのだという。
するとそこで、クラス会で再会した同級生の一人と、ばったり顔をあわせた。

「おう!」
「お、おう」

片手をあげて気軽に挨拶したEさんに対して、相手の反応は少し妙だった。

なんだ?

嫌がってはいないのだが、何か気まずそうな雰囲気を漂わせている。

「ちょっと時間あるなら、コーヒーでもどう?」

同級生がそう言うので、特に予定もないEさんは賛同し、近くのコーヒーチェーン店に向かったそうだ。

席につくなり、同級生が切り出す。

「実はさ、おとといクラス会だったんだ」
「え?!あ、そうなの。知らなかったなぁ。でも、俺ん家には案内来てなかったよ」
「うーん」

Eさんは冗談めかして続ける。

「なんでハブるんだよ、ひどいなあ。実家、引っ越したわけでもないのに。去年、俺粗相したのかな?」
「……いや、それがさ。去年と同じで幹事があの二人なんだけどさ、お前は呼んじゃダメだっていうんだよ。俺らとしては、お前別に悪いことしてないし、場を盛り上げてくれたから納得行かなくてさ……なんであんなこと言うんだろうな」
「そうなの」
「ああ、俺らが何言っても、『あいつは呼ばない』って頑なに言うし、その理由もちゃんと言ってくれないしで、困ってたんだよ」
「へえ、あっそう。俺、なんかしちゃったのかな?」
「あいつらにか?それはわかんないけど」
「まあ、しょうがないか。こうやって個別では会えるわけだからいいよ」
「なんかお前、あいつらと去年話したことでないのか?記憶に残ってること」
「んー……」

しばらく考えて、Eさんはあの美術室の絵の話をしたことを思い出した。

「ああ、そうだ。どうでもいい話なんだけどさ、美術の時間の話をしたわ」
「懐かしいな」
「そっか、お前は去年、その話題の時に別のところにいたんだっけ」
「ああ、多分そうだ。覚えてないもん」
「あのさ、美術室にやけにリアルな絵あったろ。あの女の子、誰だか知らねえけど、扉開けると目に飛び込んできてビビってたよねって話」
「ああ、そのこと」
「お前も覚えてるよな?椅子に女の子が座ってる絵」
「そうそう。近寄るとそこまでリアルじゃないんだけど、なんか、美術室入った瞬間だけ錯覚を起こしやすいってか」
「だよねえ。でさ、変なこと聞くけど、あの絵、俺らが最後卒業するまで、ずっとそのままだったよね?途中から椅子だけになったとか、ないよね?」
「ねえよ、そんなこと。どうしたの?」

そう問われてEさんは、去年幹事の二人からこんなことを言われた……と同級生に語った。
話し終えると同級生が考え込んでいる。

「……いや、絶対そんなことないよ。椅子だけとか。俺、美術部員に友達がいて、よく行ってたから、美術室に。変わらなかったよ」

同級生はそう言っていた。


秋。
9月の終わりに、その同級生から電話がかかってきた。

「お、どうした?」

そう言って電話に出ると、同級生は挨拶もそこそこにこんなことを言い始めた。

「や、何つうか、その……しばらくクラス会とか、ないと思うわ」
「え、なんで?」
「んー……あのな。えーっとな……その……」

ずいぶんと言いづらそうにしている。

「どうしたの?大丈夫なの?なんかそっちであったの?」
「んー……やっぱあの絵だけどな」
「美術室の?」
「ああ、こないだ高校全体の同窓会の会合があって、それで高校行く予定があったから、ついでに美術室見てみたんだけどさ。やっぱあそこに女の子の絵があるんだよ。だからお前間違えてないんだよ」
「え、その電話?」
「うんとな……あの二人な、高校の時付き合ってたらしいんだよ」
「あ、そうなの。まあクラス委員だしね。そんな噂もあったし」
「でもあいつらさ、別の人たちとも付き合ってたんだよ」
「二股かよ。知らなかったな」
「だから密会しなくちゃいけなくてな……美術室使ってたらしいんだわ」
「あ、うん、そうなんだ」

なんとなく、話が怖い方向に向かっている気がして、Eさんは背筋が寒くなった。

「……じゃあ、いつも見てただろうにねえ。なんでそんなこと言うんだろうな?」
「……あいつらさ」
「うん?」
「いまだに……結婚して家族がいるのに、同窓会とかクラス会で会うたびに不倫してたんだ。それがバレちゃって大変なことになってな。クラス会が引き金になってる、みたいになっちゃったわけだよ」
「ああ……そういうこと」
「だから誰かが仕切り直してやらない限りは同窓会ってないと思うんだよな」
「なるほどな」
「にしても、あの二人、美術室でずっと相引きしてたんだぜ。なんであの二人には椅子しか見えてなかったんかねえ……?」
「さあなあ、嘘や冗談を言っているようにも思えなかったし、俺をクラス会から除外する理由にもならないし……なんなんだろうね」
「わかんねえけどさ。ま、同窓会はしばらくないわ。別のやつが仕切り直すしかないって話になってんだけど、まだ決まらないから決まったら連絡するわ」

そこで電話は終わった。

電話を終えたEさんは、訳のわからない気持ち悪さに怖気だったという。
わかったようなわからないような、そんな気分だった。
しかし、絶対に絵が入れ替わることはないわけだから、記憶違いか嘘をついていたのだろう、と思う他なかった。


この話には、後日談がある。
例の絵の由来について、Eさんは知ることになったのだ。
その絵は、Eさんたちが入学する何年か前までいた、美術の先生が描いた絵だった。
特に理由はなく、出来がいいから置いているだけの絵で、描いた先生も、モデルの人も健在で元気にしているという。
モデルは、当時在学していた女子高生をモチーフに、顔を少し変えて描いたのだという。

その、モデルとなった女の子は、片親だった。

母親か父親かはわからないが、どちらかが不倫して、それが原因で離婚している。
それがかなり派手な不倫だったそうで、その噂が学校中に広まるくらい有名なエピソードだったそうだ。
もっとも、それが原因でいじめられたり、トラブルに巻き込まれたりしたわけではないし、モデルとなった子も、今は健やかに暮らしているらしい。

だが。
その妙な符合に、Eさんは余計気持ち悪くなったそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第17夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第17夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/627783024
(52:45頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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