十円の贈り物【禍話リライト】

Jくんには、付き合っていた彼女がいた。
お互いの家に泊まることもあり、頭に結婚もちらつく関係性だったそうだ。
そこそこ長い交際期間ではあったが、二人の間に特に問題は生じていなかったという。
相性もよく、楽しく過ごしていたらしい。

ところが、である。

ある時、二人でテレビを見ていると、心霊番組の予告映像が流れた。
そのとき、画面にちらっとこっくりさんのようなものが映ったのだという。
それを見て、Jくんは思わず言葉を漏らした。

「ああ、懐かしいなあ。まだやってる人いるのかなあ」

すると、彼女が急にこんなことを言い始めた。

「あたし、やってたよ」
「え、そうなの?俺らの世代で珍しいねぇ。やってたんだ」

そこまでは別に、何と言うこともない普通の会話だったのだが。

「うん、だからあんたと付き合ってるんだよ」

あれ?
話の方向性が突然、思っても見なかった方向に向かって、Jくんは戸惑った。

「……全然わかんないけど」
「私、高2くらいの時にこっくりさんをやってたんだよね」

不穏な語り出しだった。

「でね、いろいろなことを聞いてたんだけど。あるときね、〇〇〇〇と結婚すると言われたんだよね」

Jくんのフルネームだ。
彼女は止まらずに話し続ける。

「で、その時はふうん、そうなのかなぁと思っていただけだったんだけどね。合コンで同じ名前の人にあってさ、ビビビって来たわけ。そういうことなんだなって、わかったの。で、あんたと付き合い始めたの」
「ええ?!」

Jくんは、正直すっかり引いてしまった。

そういうこと、言う?

それまでは何の不平不満もなかった。
だが、そんなことで人生が決まると思っているのならば、正直言ってもう着いてはいけないな……そう思ってしまったのだ。

それ以降、Jくんは自分の方から彼女と距離を取るようになった。
距離をとってみると、どうしてもますます我慢ならない気持ちが募る。

……これは、ちょっとないなぁ。
偶然かなんか知らないけどそれに従うのはおかしな話で、彼女と自分は相性がいいと思っていたけど、俺に合わせてたのかな……

そんなふうに思ってしまった。

結局最終的には、理解できない彼女がすっかり怖くなってしまったので、共通の知人に仲介してもらって、ようやく別れることができた。
てっきり彼女は別れ話で荒れるのかなと思っていたが、そうでもなかったようだ。
淡々と、じゃあしょうがないね、という感じで別れに応じたのだそうだ。

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「まあ、最後綺麗に別れられたんだな。それならよかったじゃんか」
「ああ、それで別れたんだよ」

Kくんは、Jくんの部屋で、酒を飲みながらその別れ話の顛末を聞いていた。
時計は夜の11時を指していたという。

「へえ……そうだったんだねえ。ところでさぁ、なんでそんな話を急にすんの?」

別に、Kくんが「彼女と別れたの?」などと聞いたわけではない。
にもかかわらず、急にJくんがそんなことを言い出したのだ。

「玄関にな」

おもむろにJくんが口を開く。

あれ?全然違うこと言いだすな……?

Jくんの部屋の玄関には、ドアポストがある。
しかし、ドアポストの内側には受け口がないので、何かを入れたらそのまま玄関に落ちるようになっているのだが。

「玄関にな、十円玉が落ちてたりするんよ」
「……ええ?!」
「捨てるのも怖いからさ」

そう言いながら、Jくんは急に立ち上がって、台所の引き出しからビンを取り出す。

「これに、溜めてるんだけどさ」

ビンの中には、十円玉が10枚くらい貯まっているようだ。

「こんな感じで」

よくみると、ひどく汚い十円玉だった。
これ、店で使えるのかな……と思うほどの汚れ方だったという。

「ええ、何?!どういうことなん??」

Jくんはまた座って、ビンを脇に置いて話し始める。

「これがさ、一枚づつなんだけどな。決まったタイミングでとかでもないんだけど、朝起きたら一枚、玄関に転がってることがあるんだ。誰かがドアポストから入れてるとか、そういうことだと思うんだけどね……」
「ええ?!怖い怖い!!それ、ダメだよ!それ、絶対元彼女さんだよ」
「……そうだよなあ」

そうしてJくんは、ポリポリと人差し指で額を掻きながら続ける。

「最後に会った時にさぁ、わけわかんないこと言ってたんだよな」
「彼女が?」
「ああ。さっきも言った通り、円満に別れたことは別れたんだけどさ。最後にさ、『あんまり、何でもこっくりさんに決められたことだからとか言って、盲目的に従うのは良くないよ』って言ったんだけどな」
「うんうん」
「あいつが言うのさ。『こっくりさんじゃなくて、何なにさまって私たちは言ってたのよ』って。何様か覚えていないが、その言い方がなぁ。どうにも神格化しているみたいで、気持ち悪かったんだよ」
「まだ、何ていうか、とらわれてんのかもな」
「で、こうやってこう、十円が気がつくと、朝、玄関にあったりするからさぁ。まあ、誰かが入れたんだろうけど、気持ち悪くてな。最近ないから、今日あたりそろそろかなって」
「なぜ俺を呼んだ!!?」

明らかに不穏な物言いに、思わず激しく反応してしまう。
だが、どうやらそれは少し考えすぎだったようだ。

「うーん、俺、引っ越そうかと思っててな」

その相談をKくんにしたいと言うのだ。

「そりゃ、引っ越したほうがいいよ」
「だよなぁ。鍵は返してもらったけど、合鍵作られてたら終わりだもんな」
「この際だから引っ越すべきだよ」

そこから、引っ越しについての真面目な相談が始まった。
酒を飲みながらあれこれと引越しについての話をしていたら、あっという間に時間が経ち、時刻は夜中の2時くらいになってしまったという。
引越しの算段もかなりついて、ネットで部屋を見ながら、ここにしたら、などと言っていた、その時だ。

ガタン

玄関から、物音がした。

「え?」
「ええ?!」

二人は玄関方向に目をやる。
中扉が閉まっていて、玄関の様子は見えない。

「……静かに中扉開けてみろ」
「うん」

そっと立ち上がって、Jくんが中扉を開ける。

すると。

ドアポストから、白い手首が飛び出しているのが見えた。

もちろんそれは、そんなに大きなドアポストではない。

にもかかわらず、肘に近いところまでするすると手が屋内に入り込んできて、その指先が床に届くか、届かないかというそのタイミングで。

Jくんは叫んでドアを閉めた。

「え、え、え?!」

二人ともパニックである。

「待て待て、無理だろ?!ドアポストってそんな隙間ないし……」

よっぽど平たい手でもなければ、ドアポストから手など入らない。
恐る恐る中扉をまた開けてみる。

手はすでに無くなっていたが、十円玉がサンダルの上に置かれていた。

「何だこれ?!」

半狂乱になったJくんが、バットを持って玄関を開けたが誰もいない。
音もしない。

中扉を一度閉じてから、Jくんが玄関から飛び出るまで、30秒程度のものだったろう。
安普請のアパートなので、走る音くらいは聞こえてくるはずだ。

「……引っ越せ」
「うん、引っ越す」

Jくんはすぐにその部屋から引っ越して、それからは何も起きていない。
だがKくんは、ひょっとすると、その部屋の次の住人のところに、まだ十円が置かれているかもしれない……と思っているそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第7夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第7夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/609481099
(2:52頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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