ネンネシナ【禍話リライト】

1 待受画面

平成の話である。
某大学でのこと。
その日は夏休み明け初日で、クラスの仲の良いメンバーが久々に集まって、学食で昼食を食べていたという。
十人弱のメンバーがワイワイと夏休みの思い出を開陳しあっている中で、Oさんは同期のNくんが妙にウキウキしていることに気づいた。

あいつ、随分浮ついてるなぁ。
なんかいいことあったのかな?

Nくんはコロコロとした小太り体型で、クラスのいじられキャラだった。
とはいえ当人はあまりいじられるのは好きではないようで、雑にいじられると不機嫌になってしまうことがあり、その場を妙な空気にすることがあるのだった。
Oさんが、どうやって声をかけようかな、と考えていると、お調子者のクラスメイトが、また雑に弄り始めた。

「おう、N、随分機嫌いいじゃん。朝飯でホットケーキでも出てきたのかぁ?」
「いやいや、ボク、一人暮らしだよ」

Oさんは、おや、と思った。
クラスメイトのいじり方は雑に過ぎるものだった。
そんないじり方をされれば、いつもならNは、「俺がいつホットケーキが好きだって言った?それにお前は何か?俺が好物を朝食べれば一日中機嫌がいい食いしん坊のデブだって言いたいわけか?おお?」くらいのことは言い出しそうなものだ。

ところが、その日に限って、Nくんはそのいじりを受け入れている。
心が広くなっているというか、随分機嫌がいいことは間違いないようだ。

「ボクが今日はジュースを奢るよぉ」

いじられたにも関わらず、Nくんはそんなことまで言っている。

やっぱ今日はご機嫌だな。

Oさんがそう思った、その時だ。

Nくんが手元に目をやったのに釣られ、何気なく視線の方向に目を向けると、Nくんの携帯の待受画面が見えた。
当時はまだガラケー全盛期で、壁紙は時計にカレンダーといったところが関の山だった。

ところが。
どう見ても、その携帯の待受画面は女性の写真だったのだ。
といってもそれは、アイドルの写真などではなく、ごく普通の一般女性を写したもののように見えた。
白黒の、証明写真のようなものだったから、そう思ったのだ。
思わず、Oさんが「おお?」と言葉を漏らすと、Nくんはサッと画面を隠してしまった。

「なんだよ、お前。それ、彼女の写真?」

Oさんが尋ねると、周りもその画面を見たのか、すぐにその言葉に同調してNくんを質問攻めにする。

「おいおい、お前、夏休みの間に彼女できたのかよぉ?」
「ゼミ合宿くらいしか予定ないとか言ってなかったか?」
「やるなあ、おい」

そうした声にも、Nくんはニヤニヤ笑うだけで、「まあまあ」と言葉を濁すばかりだった。
その女性が彼女なのか、その女性とどうやって知り合ったのか、といった質問に対しては、何も言ってくれない。

「まあ、何にせよ良かったな」

クラスの周りの連中も大人である。
当人が答えたがらないことを、そんなに無理やりに喋らせようなどとはしない。
大学生でもあり、雑ないじりなどをしてしまうことはあっても、そこは分別があったのだ。

「おい、もし紹介できるなら、今度紹介してくれよな」
「それにしてもお前を好きになるなんて、どんな物好きなんだろうな」

あっはっは……

その日は結局、それだけで終わったのだそうだ。

ところが。
本格的に新学期が始まって以降、Nくんの様子は見るからにおかしくなっていった。
授業で会っても、寝不足のようでクマがひどく、反応もどことなくぼーっとしている。
「寝不足?」と聞くと、こくりと頷くだけで、ほとんど言葉を発しない。
そのうち授業中にいびきをかいて眠り込んでしまい、教授に怒られたりし出すようになり、クマもますます酷くなっていく。

結局。
数週間後、朝方、寝不足でフラフラしていたNくんは、歩道から倒れ込むように車道に出てしまって、車に轢かれてしまい、かなりの重傷を負うことになった。
幸い命に別状こそないものの、Nくんは怪我がひどすぎて、入院することになったのだそうだ。

Oさんたちはクラスメイト数人を引き連れて、Nくんの見舞いに行ったのだという。
病室で包帯だらけで寝転んでいるNくんは、痛々しい姿ではあったが眠れてはいるようで、比較的元気そうに見えた。

「なんかお前、大変なことになっちゃったな」
「ごめんねぇ、わざわざ見舞いに来てくれて」

OさんはNくんを励まそうと思って、こう言った。

「でもさ、お前、彼女いるわけだもんな?看病してもらって……」

そこまで言ったところでNくんが怪訝そうな表情をするので、Oさんは言葉を止めてしまう。

「……彼女?」

Nくんは眉間に皺を寄せながら、誰に言うともなくポツリと漏らす。

「いや、お前言ってたじゃん。もう別れたの?」
「……彼女?ええ?」
「いやいや、だってさ、携帯の待ち受けに」

そう言うとNは枕元にあった携帯を開いてこちらに向けて見せてくる。

デフォルトのカレンダーが表示されているだけだった。

「でもさ、お前、学食で彼女の話したじゃん」

そう言い募っても、Nくんは記憶がない、全然覚えていないと繰り返す。
不思議な話ではあったが、当人が覚えていないのであれば、それ以上はどうすることもできなかった。
その時に遠慮して、どんな彼女なのかなどを全く聞かなかったことを、Oさんはそこで悔やんだのだという。

「Nくんに夏休みに何があったのか、僕らは知りません。結局数ヶ月入院してしまったNくんは留年してしまい、卒業の時期もずれてしまったので今は何をやっているのかも知りませんし」

Oさんはそう言う。
ただ、学食で一瞬だけ見えた白黒の写真については妙に印象に残っていて、今でも思い出すことはあるという。

「でね、あれから僕も人生経験を積んで、もしかしたらって思うようになったことがあるんです」

それは何ですか、と私が尋ねると、Oさんは少し迷うようなそぶりを見せた後、口を開いた。

「あの待受画面の写真なんですけど、今思うと、遺影だったのかもしれないなって……そう思うんです」

2 ひとりうたい

ある大学の話だ。
その大学には、研究棟と呼ばれる建物が敷地の外れに建っていた。
そこには、研究員や講師や助教、学部の建物に入ることのできない、一部の准教授の研究室があるのだが、学生ではあまり使う人が多くない。
そこに研究室のある准教授のゼミ生がたまに出入りする程度なのだという。
Rさんが学生時代のある時から、その建物に妙な張り紙がされるようになった。
その張り紙には、こう書かれていたという。

「最近、裸足で歩く女性がいます」

研究棟は、無論のこと、裸足で歩くような場所ではない。
Rさん自身、初めてその張り紙を見た時は、そのメッセージの奇妙さに思わず目を見張ってしまった。

なに、これ?

その張り紙は、ちょっと奥まったところに貼ってあった。
そこにはトイレがあって、ちょうどそこから出てくるところでその張り紙が目に入ったという。
よくわからない張り紙の内容に思わず目を止めたRさんが首を捻っていると、そこにちょうど知り合いの警備員が通りかかった。
Rさんは挨拶をする。

「ああ、こんにちは」
「やあやあ。何してるの?」
「えっと、これ、なんですか?」

Rさんが張り紙を指差すと、警備員は、ああ、という表情をしてこう答えた。

「いやあ、なんかねえ……俺も一回見たんだけど」
「え、見たんですか?」
「うん、夜見たんだけどさぁ。裸足かどうかはわからないけど、こんな格好の人いるか?っていう格好しててね。研究者でも、社会人でも、学生でもなさそうで。なにも持っていないし、フラフラしてたんだよね」

警備員の話によると、その女は、研究棟の外、駐輪場を挟んだ向こう側をフラフラと歩いていたのだという。
構造上、駐輪場を突っ切ってそちらに向かうことができないので、ぐるっと回って女のいた場所に向かった。
ところが、そこには誰もいなかったのだという。
警備員が向かってきた場所からしか、駐輪場を出ることはできない。
反対側には非常用のドアがあるが、夜間は施錠されているし、何より建物が古いため開くと大きな音が鳴る。
無論、そんな音はしなかったというのだ。

「関係者に該当しそうな人もいないし、時間的にもほとんど皆、帰ってるんだよね。気持ち悪いんだよなぁ」

警備員がぼやく。
Rさんは興味を惹かれて、さらに尋ねてみた。

「それって、どんな女だったんですか?」
「うーん、さっきも言ったみたいに、なにも荷物なんて持ってないし……変な話、お母さんが子供と一緒に近所の公園に行くみたいな、そんな軽装だったんだよね」
「はあ」
「手ぶらだし、心ここに在らずみたいな表情をしてて、それも気味が悪かったなぁ。昼間だったらなんかで紛れ込んだのかな、と思うけど、夜だしね」
「そうなんですねえ。怖いなあ……」


そんな話を聞いてから、一週間後。
大学構内の別のところで、Rさんはその警備員に会った。
Rさんは例の張り紙のことが気になっていたので、会った途端に警備員に聞いてみたのだという。

「あれからどうなりました?解決しました?」

するとその警備員は渋い顔をして、首を横に振る。

「まだなんですね」
「うん。この一週間、誰も見てないからね。それよりさぁ」

渋い顔をしたまま、警備員が続ける。

「Rくん、法学部だろ。S先生のこと、なんか聞いてない?」

S先生は、法学部の准教授で、研究棟に研究室を持っている先生だ。
ゼミも担当しているが、Rさんとは接点がなかった。

「聞いてないですけど……S先生がどうしました?」
「なんかさぁ、研究室のドアを開けっぱなしで人を入れているんだけどね」
「風通しを良くして、ゼミの人とかを研究室に入れてるってことですか?」
「え?んー、ゼミなのかなぁ。わかんないけどね。22時とかだから」
「そんなに遅くに?」
「もしかしたらお酒とか入ってるかもしれないんだけどさ。ドア開けっぱなしで、廊下は灯りを消してるから、その部屋から灯りが漏れているのがよく見えてね……で、みんなで歌を歌っているんだ。変な歌を」
「歌?!」

警備員の話では、酔っ払っているからなのか、いまいち何を言っているのかが、わからないのだという。
おそらく日本語だろう、ということくらいしかわからないそうだ。
そして時々、盛り上がっているのか、皆でゲラゲラ笑っているらしい。

「……で、あんまり盛り上がっているところに行くのもね、と思ってね。次の日に、S先生にこう言ったわけさ。『先生、せめてドア閉めてやってもらえませんかね』って。そりゃ同じフロアの先生方は皆帰ってるから、気にすることもないと言えばないんだけど、他のフロアの人たちが耳にしたら、あまり気持ちのいいもんじゃないからさ」
「まあ、酒盛りしてるんじゃそうですよね」
「わからないけどね。まあ、そう言ったらさ、S先生、きょとんとした顔をして、『え、昨日いませんでしたよ』って言うわけ。で、昨日はなになにがあって、その後なになにして、とか、こっちが聞いてもいないことをベラベラといい立ててくるんだよ。それですっかり気圧されちゃってね。あれ、そうなのかな、一部屋間違えたのかな、なんて思って、S先生の研究室のあるフロア行って確認したんだよね」
「どうでした?」
「それがさぁ、絶対にS先生の研究室なんだよ、灯りがついてたの。あそこ給湯室の目の前だからさ、間違えようがないわけ。納得いかなくて首を傾げていたら、S先生の隣の部屋の先生が『どうしたんですか』って声をかけてくるから、『いや、昨日こちらのS先生、大学にいらっしゃいましたよね』って聞いたら、『いたよ。そこにほら』って、廊下のホワイトボードを指さしたんで見たらさ」

ホワイトボードには、先生方の一週間分のスケジュールが記載されている。
前日のS先生のところには、出勤に丸がついていた。
これは、大学のその研究室にいた、ということだ。

え、何でそんなに平然と嘘つくの?!

先ほどのS先生の様子を思い出して、警備員はゾッとしたという。
それで気持ち悪くなってしまったのだが、どうしたものか……そう言って警備員は首を傾げる。
飲酒も合唱も、研究棟内での迷惑行為に該当するが、当の本人がそれを否定するし、何より警備員は現場に踏み込んだわけではないので、報告するかどうか迷っているらしいのだ。

「うーん、周りに言った方がいいと思いますよ」
「でもさぁ、本人が否定してるのを、あんまり言うのもねぇ。どうかなあ」
「いえいえ、それは言うべきですよ」
「そうだよねぇ。一言は言うべきだよね。風紀の乱れってやつだもんね」

警備員はそう言って頷いていた。


翌週。
S先生は大学を休職することになった。
その話を聞いたRさんは周りにも尋ねてみたのだが、学生たちは事情を知らず、先生たちは口を閉ざして教えてくれなかった。
知り合いの警備員に聞こうと、警備員室を尋ねてみたりもしたのだが、その人も数日間休んでいたので、さらにその翌週になって、ようやくことの顛末を知ることができたのだという。

警備員の話は、次のようなものだった。

Rさんと話をしたその日の夜。
見回りの時に、また歌声が聞こえてきた。
S先生の研究室からだ、と思った警備員は、一言言ってやろうとそのフロアに向かう。
照明の消えた真っ暗な廊下に、四角くドアの灯りが漏れている。

もう、間違いない。

相変わらず、訳のわからない歌を歌っている。
その割に、全員同じ歌詞を歌ってはいるようだ。

何だ、これ。

ともかくも一言、と思い、研究室に向かう。
そして、研究室の中を覗くと。

S先生が、研究室の真ん中にボーッと立っていた。
他の人の姿は見えない。

え?

一瞬、警備員は、アカペラの音源でも聞いてるのか?と思った。
しかし、どうやらそういうわけでもなさそうだ。
パソコンからは離れているし、オーディオ機器もない。
何よりあの声は、まごうことなく生の歌声だったのだ。

それに。

歌声の人数の多さにばかり気を取られていたが、よく見ると先生の様子もおかしい。
S先生の服は、あちこち破れていたのだ。
あたかもどこかに挟まったのを無理やり引っ張った感じで、袖も何もかもビリビリに裂けている。
それをわざわざもう一度着ているようなのだ。

しかもS先生は、声を出さずに歌うように口をぱくぱく動かしながら、左右に揺れている。
まるで、音楽に乗っているように見えたのだという。

警備員は思わず後ずさってしまった。
そして、研究室には灯りがついていたのだが、思わず手に持っていた懐中電灯でS先生の顔を照らしてしまった。

「あの……大丈夫ですか?」

S先生がおかしくなったのかもしれないと思った警備員は、なんとか絞り出すようにそう声をかけた。

しかし、S先生の動きは止まらない。
口パクをしたまま、相変わらず左右に揺れ続けている。

「ちょっと、S先生……?」

そうやって声をかけるが、研究室に踏み込んで、S先生の体には触れたくない。
「あの」「ねえ」「ちょっと」など、しばらく廊下から研究室の中に声をかけていると。

あたかも一曲歌い終わったかのように、唐突にS先生の体の揺れが止まった。
そして、口パクもやめて、警備員をじっと見つめる。

一瞬の静寂。
次いで、S先生が口を開く。

「これでも声帯を使っていないから、俺は踏みとどまっていると思う」

真顔でそんなことを言い始めた。

「踏みとどまれてる。大丈夫。一線は超えてない」

その様子があまりに異様だったので、ゾッとした警備員は仲間の警備員を呼ぶために踵を返して廊下を走り始めた。
その間も、背後からずっと同じ調子で喋る声が警備員には聞こえ続けていた。

「でもね。私はまだ大丈夫ですよ。大丈夫じゃないですか?」

廊下にいる「誰か」に、話しかけているかのようだった。

警備員室に逃げ込んだ警備員は、先輩に「壊れました!!」と言って、無理やり引っ張るようにして、研究室のあるフロアに走っていった。
フロアに戻ると、S先生の声はますます大きくなっていた。

「だからぁ!!声、出してなかったでしょう!?動作だけだったでしょう!!」

ああ、もうだめだ……

観念した警備員と先輩は、他の人も応援に呼んで、なんとかその場を収めた。
S先生は措置入院ということになり、大学を休職することになったという。

Rさんの話では、それっきりS先生は大学に帰ってこなかったそうだ。

3 感染するノート

「うちの大学にね、バカなやつがいたんですよ」

Uくんはそうやって話を始めた。

「Wっていうんですけどね。色々なサークルを兼部しててね。本人はマルチ人間のつもりかなんか知りませんけど、全然マルチじゃないっていうか……」

何か、個人的に含むものがあるのだろう。
放っておくと、このままWへの悪口がやまなそうなので、私は本題に入るよう促した。

「で、そのWくんにまつわる奇妙な話があるんですよね?」
「あ、そうです。あいつ、変なノート持ってて……」

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Uくんの話では、そのノート自体は特に珍しいものでもない。
一応はまだ市販されているものなのだが、ずいぶん古いもののようで、表紙が変色していたり、角が摩耗していたりと、経年劣化が著しいものだった。
Wの部屋で飲んでいた時に、そのノートが目に入ったらしい。
Uくんは思わずWに尋ねた。

「なに、これ?」
「いやね、民俗学研究会が潰れるって言うからさ。人が少なくて」
「お前あんなとこにも入ってるの?」
「違う違う。部室が向かいの映画研究会に入ってんだけどさ」
「へえ……」
「で、人数少なくて掃除も大変だから、手伝ってくれって言われたんだけどね。そん時に面白そうだから持って帰った」
「ふうん」

そう言いながらWが取り出したノートを見ると、後ろのほうに新しい付箋がいっぱい貼り付けられている。

「これ、お前が付けたの?」
「うん、面白いところにね」

そうあっさり答えるが、付箋はあまりに後半に集中しすぎていて、毎ページ貼られているかのようだった。

「こんなん、面白いって思い始めた最初の一ページに貼っとけばそれだけでいいじゃん」
「まあまあ」

結局それだけで話は終わり、Uくん自身もそのノートの中を見ることはなかった。

その日は夜遅くまで飲んでいて、ようやくお開きとなったところでUくんがWの部屋を出ると、隣の部屋の住人がちょうどドアを開けて外に出てくるところだった。
パッと見たところ、かなりガラの悪そうな中年の男性だ。
こちらが出てくるところを待っていたようなタイミングだったこともあって、Uくんはびくっとして足を止める。
すると案の定、隣人はUくんの顔をじっと見つめて、こう言った。

「ちょっと、あんちゃん」

うわ、飲みながら騒いでたから、シメられるのかな?!

思わず身構えるが、隣人の口調は詰問するような響きではなかった。

「ちょっとちょっと」

違うのかな?

そう思いつつ、隣人に近づくと、彼は声を潜めてこう話しかけてきた。

「あんた、この家のあんちゃんと友達だろ?」
「……はい」
「大丈夫?こいつ」

そう言いながら、頭の左側を指でくるくると回す仕草をする。

「……え、大丈夫、ですけど……」

多分、という言葉をUくんは飲み込む。
隣人は更に声を潜めて続ける。

「こいつさ、変な女連れ込んで、夜中に遊んでんだよね」

遊んでる?
一瞬、エロいことを想像してしまうが、それにしては何か表現に引っかかるところがあった。

「ここ、そんな壁厚くないから、何してんのかなくらいには声が聞こえるんだけどさぁ。真夜中にはっきり聞こえるくらいに、声が聞こえるんだよね。で、遊んでんだよね、こいつらさ」
「遊んでるって……?」
「子供の遊びを、さ。”ずいずいずっころばし”っていうの?それを深夜に女性と一対一でさぁ。そんな遊び、大声で盛り上がるもんじゃないだろ?なのにこいつさ……変な薬でもやってんじゃないの?」
「ええ?!そんなこと……ないと思いますけど」

そうは言っても、WのことをUくん自身そこまで知っているわけではない。
確信が持てないこともあって、どうしても返事は曖昧になってしまう。

「とにかく、また今度会ったら言っときますね」
「そうしてくれよ」

Uくんはそう言って話を切り上げた。

まあ、すぐに大学で会うだろう。

そう思ってのことだったのだが、あては外れた。
Wは基本的にいい加減な人間なので、授業にもあまり顔を出さない。
結果的にその飲み会の後はなかなか会えなくて、会えないまま一か月ほどが経過してしまった。




その日の夕方、UくんはWの部屋の近くをたまたま通りかかった。
すると、Wが、隣の部屋に住んでいる中年男と一緒に、楽しそうにコンビニの袋を下げて帰ってくるのが見えた。

あれ?仲良くなってる?
迷惑してるとか言ってたのにな……
そんなもんなのかな。

Uくんは特にWに声をかけることもなく、二人の様子をただ離れたところから眺めていただけだった。

別の日のこと。
久しぶりに授業に出てきたWに、Uくんは早速声をかけた。

「お前、隣の人と仲良くなったみたいだね?」
「ああ。意気投合しちゃったていうかさ。きっかけは覚えてないけど」

まあ、隣人と仲良くなるのはいいことだよな。
そう思ったUくんは、話を切り上げることにした。

「あっそう」

そう言いながらふっと見ると、Wのカバンの中にあのノートが入っている。
だが、同時に違和感もおぼえた。

あれ、よく見たら、なんか違うな……

あらためてよく見ると、同じメーカーの新しいノートだった。
しかも、以前にも増して、付箋がめちゃくちゃについているのだ。
まるで全ページに付箋がついてるんじゃないか、くらいの勢いだった。

何だ……これ?
気持ち悪いな。

そう思ったが、Wには何も言わなかったそうだ。

二日くらいして。
レポート提出のために授業ノートが必要になり、UくんはWに連絡を取った。

「お前の授業ノートをコピーさせてくんねえか」

Wから「いいよ」とあっさりした返事があったため、UくんはすぐにWの部屋に向かった。
インターホンを押すと、「入って」と返事があったため、ドアを開けると。

Wの部屋に隣人が来ていた。

あれ?
今から飲みにでも行くのかな?

一瞬そう思ったが、どうやら違うようだ。
二人は机を挟んで、熱心に書き物をしている。
同じノートを使っているようだ。
ただ、中身は見えなかった。

Wは授業ノートを貸してくれたのだが、何やら忙しいようで「明日でいいから返すの」といってすぐに机に戻ってしまった。
その様子を見て、Uくんはこんなことを思ったのだという。

おそらく、同じ言葉をずっと書いているんだな……二人とも。

一定のリズムで二人は書き物を続けている。
まるで英単語を暗記するときのように。

なんか……気持ち悪いな。

それ以降、Wが大学に来る回数は減ってしまい、Uくんと顔を合わせることはなかった。
UくんはWの消息は知らないが、結局Wは大学を辞めてしまったのではないか……そう思っているのだという。

「でも、あいつが何を書いていたのか……今でもそれが気になってるんですよねえ」

Uくんはそう言って首を捻っていた。

4 ネンネシナ

とある大学で起きた話だという。
民俗学研究会が解散することになり、大学側に明け渡すために部室を掃除しなければならなくなった。
民俗学研究会も、知り合いをかき集めて必死に掃除をやっていたのだが、何せメンバーが2人しかいない状況だったので、廊下を挟んだ向かいに部室を構えていたYくんたち映画研究会のメンバーも数人、掃除を手伝っていたのだという。い

ようやくあらかた片付いてきた、そのとき。

「ガムテープとかゴミ袋がなくなったから、俺らコンビニで買ってくるわ。悪いけど掃除続けてて」

そう言って、民俗学研究会の2人が出ていってしまったので、Yくんたち部外者数名で掃除を続けていたのだそうだ。
そんな時、映画研究会のメンバーの一人で普段はろくにサークルに顔も出さないWという男が、古い本棚の前で何かをやっているのが目に入った。
どうやら、その本棚に備え付けられている引き出しを開けようとしているようだ。

「何してんの?」
「ああ、なんかここが気になってね。これ、開くのかな?」
「さあね……錆てんじゃないの」
「試してみよう」
「ま、中のモノがないほうが運びやすいしね」
「じゃ、開けるよ」

そう言ってWが引き出しを引っ張ると、意外にもスッと開いた。

中に入っていたのは、ノートだった。

今も売っているメーカーのものだったが、かなり古いもののようで、あちこちが経年劣化している。
開いてみると、細かい字で何かが書かれている。
どうやら、民俗調査のフィールドノートのようだった。
しかし鉛筆で記されているため、経年で文字が薄くなっていて、ほとんど読めない。

「……まじめにフィールドワークしてる形跡があるね」

そんなことを言いながら、Wがページをめくっていく。

「あれ?最後まではないみたいだなあ」

そんなことを言っていたのだが、ノートの3分の2くらいの場所で手が止まる。
それまでは、文字がびっしり書いてあったのに、そのページだけやたらと空白が多かった。

というのも、そのページには、見開きの真ん中に

”ネンネシナ”

とだけ書かれていたのだ。

「うん?何だこりゃ?」

覗き込んでいたYくんがそう言うと、Wが「次のページはちゃんと書いてるみたいだぞ」と言う。
見ると確かに、裏側のページに書かれた文字の筆圧でページが若干盛り上がって凸凹になっている。
Wがページをめくると。

”ネンネシナネンネシナネンネシナ……”

同じ言葉がびっしりと殴り書きされている。

「これ、最後まで?」

そう言いながら何枚かページをめくるが、どのページも同じことが書かれている。

と、そのタイミングで。

「お待たせ~」
「どうしたの?」

買い物袋を提げた民俗学研究会の二人が帰ってきた。
必要なものと一緒に、お菓子や飲み物を買ってきたようだ。

「いや、そこの引き出し開けたら……」

Yくんがそう言うと、二人は同時に、

「開いたの?!」

と驚きの声を上げる。
確かに、よく見ると引き出しはボロボロで、容易に動きそうではない。

「……気持ち悪いな」
「なんで開いたんだろう」

そう言い合っていたが、時間もないので部室を早く片付けてしまおうということになり、いったんノートのことは無視して掃除を続けた。
しばらくして掃除があらかた終わったところで、Yくんは気になっていたノートをまた見ようと探してみたが、見当たらない。

「そう言えば、あの気持ち悪いノートは?」
「俺、捨ててないよ」
「俺も」
「俺も」

その場に残っているメンバーは皆わからないと首を横に振る。

「手伝いに来た、映画研究会のWが持ってたんじゃない?」

民俗学研究会のメンバーに言われて気づいたが、そう言えばいつの間にかWの姿が見えなくなっている。

「そう言えばあいつ、女の子は怖がるかも、とか言ってたよね」
「……まあいいか」

民俗学研究会の面々も、あのノートは誰のものかわからない、という。
かなり昔のものであるのは確かで、先輩たちからも「そこは開けないでね」といわれていた引き出しだったそうだ。

数日後。
Yくんたちが部室で駄弁っていると、民俗学研究会のメンバーが部室を訪ねてきた。
こないだの掃除のお礼にと、洋菓子セットを贈り物として届けに来たのだが、立ち話をしているときに、「そう言えば」と言ってこんな話を聞かせてくれた。

研究会がなくなったという報告をOB・OGに一斉にメール送信したのだという。
すると、すぐにOBの一人から電話で問い合わせがあったというのだ。

「あの引き出しのなかのノートどうなった?」と。

「いや、ちょっと、どこの行ったか分かりません」

そう言うと、OBは明らかに落胆した声で、

「えー、なんで言ってくれないの……」

と言う。

「それ、言ってくれたら俺たちがしかるべきところに持ってったのに……まあ、どこが”しかるべきところ”なのかわかんないけど……」
「えっと……それってどういう?」

現役のメンバーがそう尋ねるが、OBはその問いかけには答えず、真剣な口調でこんなことを言う。

「誰かが持って行ったなら、捨てろって言ったほうがいい」
「え?」
「あとさ、見たの?中身」
「見ました」
「ええ……見たの……?見ちゃだめだよ……でもそういうわけにもいかないよな、見ちゃったんだし」
「は、はあ……」

話は要領を得ないが、何やらただならぬことになっているらしい、ということは察せられた。
OBは相変わらず真剣そのものといった口調で続ける。

「じゃあ、お前ら。それを見ちゃった奴らと、今からこまめに連絡を取り合いなさい。どんなつまらないことでもいいから。少しでもお互いに変な兆候があったら……一人暮らしなら、実家に戻ったほうがいい。何かあっても実家なら対処できるから」
「え……あれ、何なんですか?」

現役メンバーが尋ねると、OBは口ごもる。
その様子から、どうやら、”ネンネシナ”という言葉を口にしたくないのだろうということは察せられた。

「……あれはな。俺たちの代に、Nっていう小太りの奴がいてな。そいつ、民俗学研究会でも浮いてたんだが……そいつがゼミ旅行で持ち帰ってきたもんだ」
「え、持ち帰ったってノートを、ですか?」
「いや、その書かれてた”それ”は、そいつが持ち帰ってきたってことだ」

”ネンネシナ”を言いたくないがために、そんな回りくどい言い方になっているようだ。
しかし、”ネンネシナ”を持ち帰ったとは、どういうことだろう?
首をひねっていると、OBが話を続ける。

「Nの奴な、ゼミ旅行で何かがあったみたいでな……それを口で伝えてくれればいいのに、ノートにバーッと書いてたんだ」
「え、何ですか……それ。怖い怖い」
「そいつが付けてたフィールドノートがあってな。まあ、ちょっとした記録みたいなものだけど、途中まではそれなりにまじめにやってたんだよ。とはいえ、若干ピントはずれていたんだが……まあ、それはともかく、飽きちゃったみたいで、ノートは部室に放置してたんだけどさ。ゼミ旅行明けに、何か書いてるなぁ、とは思ってたんだけど……”それ”をずっと書いてたんだよ」
「は、はあ……」
「それでな、そいつが交通事故に遭ってなあ。留年が決まって、大学をやめなきゃいけなくなっちゃってさ。そういやあいつ、なんか書いてたよなと思って、部室においてあったそのノートをみたら、ビッチリその言葉が書いてあったんだわ。だから……それを持ってるやつを探して、捨てさせたほうがいい」
「探します!」
「おう、さがせさがせ。あれは本当にやばいんだ。Nは眠れなくて、朝に事故に遭ったんだよ。……なんかさ、その言葉と一致する部分があるんじゃねえか、ゼミ旅行でなんかあったんじゃないかと思って、NのゼミのS先生に聞きに行ったんだ。こういうことが書いてあったんだけど、なんかあったんじゃないですかって聞いたんだが……S先生はキョトンとして、『知らないなぁ。とりあえずノート預かるわ』ってな。S先生自身、最終日に飲み会で盛り上がって、何かしたのは覚えてるんだけど何をしたのか覚えてない、と。で、『ノート見てたら思い出すかも』って言うから預けたんだけど……そうしたらその准教授のS先生な、しばらくしたら研究棟でおかしくなって、大学辞めちゃったんだよ。それでノートがまた戻ってきて、うちらが預かることになったっていう、そういう曰くがあるんだわ」
「うえ……探します」

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「そういうわけで、おたくのところの誰かでしょ?あのノートもって帰ったの。危ないから、早く捨てさせて。それで、ノート見た人たちはこまめに連絡を取り合ってください」

その話を聞いたYくんたちは、すぐにWに連絡を試みた。
しかし、Wとは連絡が取れない状態がしばらく続いた。
その間、Yくんたちも連絡を取り合ってはいたが、自分たちには何も起きない。

そのうち、YくんたちはWにまつわる妙な噂を耳にした。
Wが隣人を巻き込んで、何かを書いているという噂だった。
それからしばらくして、Wは大学をやめ、その隣人も行方知れずになってしまったとかで、ノートの行方は杳として知れなかった。

Yくんたちもあのノートを見てしまったわけで、気が気ではない。

どうしよう。
寝れなくて車に轢かれるとか、研究室でおかしくなって口パクするとか、俺らもそうなったらどうしよう……。

そんな不安がどうしても拭えなかったそうだ。

そういうわけで、その日も部室でYくんたちは、そんな解決策も終わりも見えない取り留めもない話をしていた。

「俺ら、大丈夫なんですかね?」
「こういう時2ちゃんの怪談だと拝み屋とか出てきて、逃げろとか言ってくれるんだがなぁ」
「でも俺たちは知らないじゃないですか、そんな霊能力者」
「だよなぁ。俺たちどうなるんだろうな」

そんなことを言っていると。

「あれー?なくなっちゃったんだぁ」

廊下からそんな声が聞こえてきたので、Yくんたちが外に出ると、見たことのない中年の女性が元・民俗学研究会の部室の前に立っている。
Yくんたちが話しかけると、その中年女性はこの大学の卒業生で、たまたま近くに寄ったので自分の所属していたサークルに顔を出そうとしていたのだという。
そのサークルが、民俗学研究会の隣の部室だったのだ。

「そっか、民俗学研究会なくなっちゃったんだね」
「はい、つい最近のことですが」
「同級生のNが入ってたところでね」

例の小太りの人の名前を言ったので、最近会えばそのことばかり話していたYくんたちは前のめりにその女性に問いかけた。

「あ、あの!!ネンネシナのことを知ってる人ですか?」
「え?何で知ってるの?」
「いや最近問題があったっていうか」
「へえ、ああそうなんだ。私の時は結構問題になったけどね~」

そう言う割には、内容に比して口調が軽い。
何というか、あまり怯えていないような気がしたのだそうだ。

「あの……民俗学研究会のOBの人から聞いたんですけど……あれはやばいって」
「そうなの?男の人?」
「そう、らしいです」
「ふうん。それなら怯えるかもね。男性だから」
「もし何かご存じでしたら、お話を詳しく聞きたいんですけど……」
「いいよ。私はNとゼミも一緒だったから、そのことについては詳しく知ってるんだけどね」

そう前置きして、その女性はこんなことを話してくれた。

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その年のゼミ合宿は、幹事が格安の山奥のコテージを見つけてきて、そこで行うことになったのだという。
管理人も夜はいない、さみしいコテージだった。
しかもハイシーズンであるにも関わらず、そのゼミの先生と学生しか泊まっていないという有様だった。

ゼミ合宿は、2泊の予定で行われた。
その2日目の夜に、男子学生の部屋に皆が集まって、飲み会をしていたのだという。

そのとき、隣はもっと広いコテージだよな、という話になった。

「高いんじゃないですか?」
「いや、一律料金なんだよ。だからあっちにすればよかったなぁ」

するとその時、トイレに行った学生が、戻ってくるなりこんなことを言った。

「あっちのコテージ、あいてますよ。ドアの鍵」
「え?じゃあ入っちゃえはいっちゃえ」

ゼミのS先生は酔っぱらっていて、率先してそんなことを言い出したらしい。
女の子たちはその様子にドン引きしてしまい、「ええ、知りませんよ?」と窘めたのだが、男子学生たちと先生は一切聞く耳をもたない。
仕方なしに隣のコテージに向かうと、どうやら電気が来ていないようでスイッチを押しても明かりはつかなかった。
じゃあ帰る?と言っていると。

「怖い話たーいむ!」
「いえーい!!」

先生と男子たちが盛り上がり始めた。
戻る、というのが許されなさそうな雰囲気だったので、女子たちもいやいやながらそれに付き合うことになったそうだ。

懐中電灯をつけて、男子たちが話し始める。
ネットで聞いた話やらテレビで聞いた話やらばかりだったが、そこそこ雰囲気は出てくる。
場も温まってきたところで、Nの順番になった。

ところが。
Nはひたすらに話し下手だったのだ。

「ボク、怖い話なんてないですよ」

そう言って尻込みをしている。
しかし男性陣はすっかり酔っぱらっているので、何とかNに無理やり話させようとする。

何?この体育会系のノリ。
いやだなぁ。

そう思っていると。

「ねえ、ここには何が出るの?」

そんなことを誰かが言った。
すると、男たちはそれに乗っかって、Nを責め立てるように話を促す。

「お、いいねえ!!」
「その話をしろ!!」
「ここには何が出るんだ?!」

すると、Nは苦し紛れと言ったふうにこんなことを言う。

「……えー、女の人です」
「よし、次だ!!その女は何してくんの?」
「えーっと、その、血だらけです」
「それじゃ怖くないぞ、おい?!」
「起きてるときに血だらけ来ても怖くないぞ!」
「えーっと……じゃあ、寝てると話しかけてきます」
「何を?」
「えっと……もしもし?」
「電話かよ!」
「そんなの怖くねえよ!!」

女の子たちは、すっかり呆れている。
だがそれに反して、男たちは盛り上がっている。

「なんて言うの?その女は!!」
「あの、その……早く寝なさいって」
「お母さんじゃねえか!」
「えー……じゃあ……早く寝ろって」
「はあ?!」
「えーっと……ネンネしなさい……えー……ネンネシナネンネシナ?」

その言葉に妙な節がついていて、男性陣はゲラゲラ笑いだす。

「うっは、歌をうたうんだ?」
「そうです!!歌うんです!!」」
「それは怖いなぁ!!いえーい!!」

男性陣は何故か異様に盛り上がっている。

「……私たち戻りますね」

女の子たちはいよいよノリについていけずに、自分たちのコテージに戻ることにした。

男たちは変なところで盛り上がるなぁ。

そんなことを思ったそうだ。

それが、12時頃のことだ。

3時頃。
その女性がふと目を覚ますと、まだ隣のコテージがうるさい。
変な節を付けて、相変わらず何かを歌っている。

その時。

あれ、と思った。

……人数、多くない?

歌っている声が、どう考えても男性陣の数より多い。
よく聞こうと窓を開けて耳を澄ますと、先生を含め男性4人しかいないはずなのに、高い声が混じっているような気がした。

……気のせいだよな。

そう思いつつ、女性は眠りに落ちたそうだ。


翌日。

「頭いてえ~」
「あー、二日酔いだ……」
「ま、バスで帰るからいいか」

そんなことを言っている男子学生たちに、呆れた女性陣が言う。

「あんたたち、昨日最後にバカなことばっかしてたね」
「ああ、俺らもなんで隣のコテージにいるかわかんなくて、明け方目が覚めたときに、やべ、管理人に怒られるってんで、あわてて戻ってきたよ」

どうやら話によると、S先生も前日夜に何をしたのかおぼえていないようだった。

「でもさぁ、Nくんの話、めちゃくちゃ怖かったな」
「え?」

女性陣の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

……お前らが無理やりさせた話だろ。

それに、話自体は怖くなかったはずだ。

「あれ怖くてさぁ」
「ああ、でも内容おぼえてないんだよな」
「あれさ、恐怖のあまり脳がカットしてんだな、記憶を」

Nも自分がものすごく怖い話をしたのを覚えているという。

「自分でもなんでこんなこと思いついたのかと思ったけど……どんな話かさっぱり覚えてないんだよね」

そう言っていたのだそうだ。

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「私ら的には、いや、覚えてるだろって呆れてたんだけどね。そう思ってたら、夏休み明けにあんなことがあったから、えーって思ったんだけど」

女性はそう言ってため息をつく。
Yくんは尋ねてみた。

「あの、Nさんが事故って、S先生がおかしくなったっていう?」
「そうそう。でね、今思い返すと変なことがあって」
「変なこと?」
「最初に、『ここには何が出るの?』って聞いた声のことなんだけどさ。流石に記憶曖昧なんだけど、最初にNの話を固めたっていうか、その方向性を決めた声は女性の声だったけど……私たちの誰も言ってないんだよね、そんなこと」
「ええ……」
「今思うと、それは怖いね。暗い中で話してたけど、これ誰の声だろうと思ったのはおぼえてるんだよね」
「そうなんですね……」
「ま、それは怖かったんだけどさ。NくんやS先生がああなったのは、正直、よくわからないんだよね」

女性はそう言って帰っていったそうだ。

幸い、その後Yくんたちには何も異変は起きなかったという。


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「……で、そのコテージのあった場所がもともとやばいんじゃないかって、俺は思うんですけどね」

二年前。
初めてこの話を聞いたとき、Yくんはそう言っていた。

「場所は聞いているんで、調べたいんですが……まだ、怖くて。踏ん切りがつくまで待っててください」


そして、少し前のこと。
Yくんから私に、再び連絡があった。

「うっすらと分かったけど、これ以上はやめときます」

どういうところでしたか、と尋ねると、Yくんはゆっくりと口を開いた。

「かぁなっきさん、ご存じですか?でっかいお屋敷とかで、人が死んだりして事故物件になったとして、そこを処分するときって、敷地内に小さい建物をたくさん作っちゃえば通知義務はないらしいんです」
「なるほど。そんなことを聞いた気が……って、ん?どういうことですか?でも、あれ?山の中でしょ?」
「そこ、もとはお金持ちの別荘だったとこらしいんですよ。そこで、妊娠した愛人と別れ話みたいなことになって」
「おお……」
「それで、その翌日死体が一つ見つかったみたいで」
「え?!それ残酷すぎでしょう?最悪だな、その金持ち……」
「いや、死体で見つかったのはその金持ちなんですよ」
「え?じゃあ、犯人は?」
「愛人ですね……おそらく。山狩りをしたけど見つからなかったとかで」
「そうなんですか……」
「麓には下りていないから、山の中で神隠しになったんだろうっていう話になったらしくて」
「そんな場所だったんですね……」
「おそらく、そこが不自然にだだっ広いコテージだったんでしょう。殺しのあった現場のあたりが、ね」

Yくんはそれ以上のことを調べるつもりはない、と言っていた。
私もYくんのその言葉に賛同した。


この話は、男性に影響を及ぼす話だ。
だから、この話にはいくつかフェイクを入れていて、場所が絶対にわからないようにしている。
決してこの場所に興味をもってはいけない。
さもなければ……

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第16夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第16夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/626355023

待受画面 6:24頃〜
ひとりうたい 17:53頃〜
感染するノート 34:12頃〜
ネンネシナ 39:14頃〜

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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