赤い女に気をつけてください【禍話リライト】

禍話に、「赤い女のビラ」という怪談がある。
赤い女に注意という怪文書がアパートにばらまかれるのだが、それを配っているのが赤い女なのだという。
そして、その女の顔は、どうしても見ることができない。
防犯カメラに映っていても、そこだけ映像が乱れるという現象が生じる。
その女が、自分のことなのに、赤い女に殺される……などと言って付き纏ってくる、というのだ。

知り合い伝手で、とある女性から、「会ってくれないか」という連絡が来たのは少し前の話だった。
当日は、その知り合いも同席するということで、その女性に会って、話を聞いた。
その女性、Gさんが言うには、それまで「赤い女のビラ」の話は知らなかったのだという。
そういう話があることを知らなかったのだが、たまたまあるタイミングでアップされている「赤い女のビラ」のリライトを読んでみたところで、「あれ」と思ったらしい。

「その話をしたいんですけど、いいですか?」

ご本人も認めていたが、ちょっと精神的に疲れていそうな口調でGさんはそう言った。
ぽつりぽつりと彼女が話してくれたのは、こんな話だった。


Gさんは、現在40代の女性で、実家暮らしをしている。
彼女には、物心ついたころからの知り合いで、小中高と同じ学校に通っていたHという同級生の男の子がいた。
HとGさんは、すごく仲が良かったという。
そしてそのまま、同じ大学の同じ学部に進学した。
周囲の友人たちも家族も、この2人は幼馴染で、ずっと仲良しで、いずれは結婚するんだろうな、と思っていたそうだ。

ところが、である。

彼女たちが四年生の時に、Hはゼミの後輩と付き合い出したのだ。
よりにもよって、Gさんも同じゼミだった。
新ゼミ生だったその彼女は、Hのほうからの熱心なアプローチで付き合うに至ったのだという。

これにはGさんのみならず、周りも大いに驚いた。

いつも一緒だったから、てっきりそう思ってたけど、お前ら付き合ってなかったのか?……そんなことを何度も聞かれた。

確かに、ずっと一緒ではあったが、はっきりそういう言葉があったわけではない。
ただ、いつも仲良くしていただけ……と言えば、そうだ。
Gさんもショックだったが、仕方がないと自分に言い聞かせていた。

ところが、ある日のこと。
仲間内の飲み会に、Hが彼女を連れてきたのだ。
メンバーにとっては初対面であるし、何よりその場にはGさんがいる。
皆、面食らった。

そして。

「ちょっと配慮が足りないんじゃないの?」

説教をするタイプの先輩が、酔っていたこともあってHに説教を始めてしまったそうだ。
するとHもムッとした様子で、売り言葉に買い言葉、というようにこんなことを言い放った。

「こいつのことを女として意識したことなんて一度もないです」
「は?」
「恋人と思ったことなんてないです」

この発言には流石にその彼女も含めて全員がドン引きしてしまい、空気が悪くなった。
見かねたGさんが無理に自虐してその場をおさめたのだという。

「まあ、私女っぽくないって良く言われてたもんね~、昔から」

それでなんとか場はおさまったものの、白けた空気はどうしても漂ってしまう。
Hも居心地が悪かったのか、彼女を連れて早々に帰ってしまった。

Hが帰った後、周りも気を遣ってくれて接してくれたのだが、それがどうにも腫れ物に触るようで、Gさんは余計落ち込んでしまった。
いつもであれば2次会に向かうところだが、そんな気持ちにもなれない。

「ちょっと今日はもう帰るわ」
「おう、ゆっくりしろよ」

そうやって帰宅したのだが、家に帰っても辛い。
眠れない。

仕方なくもぞもぞと起きだし、パソコンを立ち上げてネットサーフィンをする。
まだダイヤルアップ接続だったこともあって、普段はそんなにネットをよくみていたわけではなかったのだが、テレビを見る気も起きない。
当時は色々な個人のホームページがあったので、それを見るともなしにみていたのだという。

そのうちに、Gさんはとあるホームページにたどり着いた。
そこは、恋に破れた女性が集まるという触れ込みのページだった。
その掲示板をみていると、皆が割と真剣な相談をして、それに対して真剣なアドバイスを行うという、まじめなやり取りが交わされていた。

へえ。
セラピーじゃないけど、そんな感じなのかな。

Gさんは、普段、掲示板に書き込むタイプではない。
しかし、その時は、タイミング的なこともあり、はじめてそういった掲示板に書き込んだのだ。

Hとの話を、だ。

すると。

即座にGさんへの書き込みが行われた。
みんな親身になって色々と書いてくれる。

そのことで、少し気が晴れたGさんは、礼を言って眠った。

しかし、そんなときはろくな夢を見ないものだ。

HとHの彼女とゼミの連中から、笑われる夢を見た。
Gさんが泣き叫んでも、「お前が思い込んでただけだ」と指をさされる。

あまりの悪夢に飛び起きると。

何故か、パソコンの電源がついている。

あれ?消してなかったのかな……
まあ、またネットサーフィンしようか。

そう思ってさっきの掲示板をみると、自分の書き込みに新しい返信がついている。

どこかのサイトへのURLが貼られていて、「これはちょっとネガティブだけど効果はあるよ」と書かれていた。

「でも、実行は自己責任で」

Gさんは少し躊躇ったが、先ほどの夢であざ笑うHの顔を思い出し、思い切ってクリックした。
リンク先は、そっけない、文字だけのサイトだった。
そこには、「怒りを鎮めるおまじない」として、ある儀式が紹介されていた。
その内容の詳細は省くが、大きめのスーパーで揃うような素材を使って、ちょっとした細工をするだけで簡単にできるようなものだった。
そこには、「怒りを鎮めるだけでなく、その原因となった相手にも仕返しできる」と書かれていた。

次の日。
Gさんは休みだったため、材料を買って、夜に儀式をやってみた。

なんだか気持ちがスッとした、という。

ふうん、こんなことでスッとするんだ……

とにもかくにも、「怒りを鎮める」効果は確かにあったのだ。
Gさんはお礼の報告を掲示板にして、寝た。

安眠できた、という。


それから一週間が経った。

おかげでと言うべきか、Gさんの気分は落ち着いていた。

ところが、体が異様に疲れている。

それだけでなく、それほど使っていないはずのサンダルがすごく傷み始めていた。

あれ?そんなに履いていないのにな……

おかしいとは思ったけれども、気持ちは晴れ晴れしている。

まあ、でも気づかないだけでストレスがあるのかもしれないな。

気にしないようにしてすごしていたのだが。

どうにも疲れが取れない。

さらに1ヶ月ほどして、ある出来事があった。
その少し前から、最近Hと彼女がゼミに来ないな、とは思っていた。
しかし、自分が聞くのもちょっとな……と思い、誰にも聞かなかったのだ。

けれど、あまりにもHが来ない。

流石に不審に思ったGさんは、ゼミ仲間に聞いてみたのだそうだ。

「ねえ、最近2人とも来ないけど、なんかあったの?」
「ああ、なんかね、警察に相談しているらしいよ」
「え、何?」

話によると、現在2人はHの家で同棲しているのだという。
そのマンションはオートロックなので、どうそこに侵入しているのかわからないのだが、家のドアポストにチラシが挟まれているというのだ。
しかも、そのチラシの裏には、びっしりと脅迫文めいたものが書かれているのだそうだ。
脅迫文「めいた」というのは、書かれていることが少し奇妙だったからだ。
全文がひらがなで、「あかいおんなにきをつけろ」という趣旨のことが書かれている。
その女は彼に捨てられてひどい死に方をしたとか、助かるには霊感のある人に頼るしかないとか、そうしたことがつらつらと書かれている。
身に覚えのなかったHは、管理人に相談した。
そこで監視カメラを見てみると、一回だけ、犯人らしき人物の姿が映っていた。
どうやって入ったかはわからないが、忽然と現れたのだという。

真っ赤な服を着た女、だった。

ところが、どういうわけか顔だけがぐちゃぐちゃに映像が乱れていて、見えない。

結果的にHたちは、あまりにも怖すぎたようで、2人とも実家に一旦帰ってしまったらしい。

「ええ、そうなんだ」

Gさんは驚いた。
と同時に、少し、いい気味だ、とも思ったのだという。


その話を聞いた夜。

ふと、Gさんはこんなことを思った。

あれ、ひょっとして私が儀式をしたからかな……

しかし、その儀式そのものは本当に簡単で、大したことのないものだった。
何か大それた効果を他者に及ぼそうとは到底思われない。

そんなことないよね。

ベッドに入って、そうか、実家に帰ったんだ……と考えながら、寝たそうだ。

夜中。

ふと、目が覚めた。

見知らぬ道路を歩いている。

Gさんは驚いた。

「え」

周囲を見回すと、どうやらHや自身の実家に近いところを歩いているようだ。
一人暮らし先からは、それなりの距離がある。

ええ?!

足元を見ると、くたびれたサンダルを履いている。
時間を確認すると、ひょっとしたら寝入ったタイミングから、休まずここまで歩いてきたのかも……というくらいの時刻だった。

そして。

ズボンに何かが入っているのに、Gさんは気づいた。
取り出してみると、それは折りたたまれたチラシだった。
あ、と思い裏を確認すると。

「赤い女に注意しろ」という意味のことが、全文ひらがなでびっしり書かれていた。

ええ!!

怖くなったGさんは、チラシをゴミ箱に捨てて、急ぎ足で家に帰った。
徒歩で戻るとかなりの距離だが、懸命に歩いたという。

家に帰っても、怖い気持ちは残っていたが、それ以上に体力の限界だった。

泥のようにぐっすりと、寝たのだそうだ。

結局Hは大学を辞めた。

それでHにまつわる話は終わったというのに、それからというもの、時々Gさんは、記憶がふっとなくなる時があるという。

散歩していて、記憶が一時間くらい飛ぶ、というようなことが、いまだにたまにあるのだそうだ。


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「あんなことしたからですかね」

自嘲気味にGさんはそう言う。
何と言葉をかけるべきかわからず、私が「そうなんですね」と相槌を打つと、Gさんは話を続けた。

「ハッと記憶を取り戻した時に思ったんですけど、私、赤い女だったんでしょうね」

Gさんは嬉しそうにそう言う。
そしてうきうきしたような口調で、こう続けるのだ。

「でも、儀式の内容は言わないでくださいよ?」
「は、はあ」
「スッとはしたけど、ずっとこうだとは思わないですもんね」
「そうですね……ちなみに、そのサイトの名前は覚えてらっしゃいませんか?おまじないの」
「ああ、確かなんとかの広場……」
「広場」
「そうそう!!『いずみの広場』だったと思います。いずみって人が管理人だったんですかねぇ」

屈託なくGさんはそう言う。
私は頭の中に嫌な考えが思い浮かぶのを必死で振り払った。
そしてGさんと仲介者の知り合いに礼を言い、別れたのだった。

現在、Gさんとは連絡がつかなくなっている。
それは仲介者の知り合いも同じ状況のようだ。
彼女はまだ、「赤い女」になって、怪文書を配り続けているのだろうか。


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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第9夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第9夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/613456130
(48:38頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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