出会い頭【禍話リライト】

昼間のこと。
Tくんが田舎道を車で走っていると、とある交差点で大きな看板が目に入った。
信号で止まることなく直進したため、一瞬しか見えていないが、どうやらそこで起こった事故の情報を求める看板だと思われた。
とはいえそれ自体は珍しいものではない。
歩行者もほとんどいないだろうし、交通量も多くなく、見通しが悪いわけでもないこの交差点でも事故が起きることなんてあるんだな、と思っただけだった。

ところが。
その日の夜、今度はそこを別の友人が運転する車で通りかかったときのことだ。
交差点に差し掛かったところで信号が赤に変わったため停止したとき、ふと昼間のことを思い出した。

そういえばここ、昼間通った時に事故の目撃情報の提供を求める看板が立ってたなぁ。

何気なく横を向くと、車のすぐ真横に看板が立っている。

そのすぐ上には街灯があったため、内容を見ることができたのだが。

普通、目撃情報を求めるならば、事故の詳細や車・人物の情報などをそれなりに詳しく書くはずだ。
ところが、その看板には手書きの文字でこんなことが書かれていたのだ。

”7月16日22時16分ごろ、この路上で乗用車と女が出会い頭”

それだけだった。
いくら目を凝らしても後ろには何も書かれていない。
文章はそこでぷっつり切れている。

これ、警察が出している正規の看板じゃないよな……。

「なんか、気持ち悪いな」

そうTくんが思わず口にすると、車に乗っていたほかの友人たちも気づいたようでその看板に目をやる。

「うえ、なにこれ?」
「さあ」
「頭がおかしい人が書いて置いてるんかね」
「そうかもしれないですね」

暗がりに目が慣れてきて気づいたのだが、その交差点の電柱に立てかけてある看板の向こうは、どうやら廃屋のようだった。

「なんかおい、線張ってあるぞ」
「え、これアパートみたいだけど今廃墟だぜ」

よく見ると、トラロープには「立ち入り禁止」というビニール製看板がぶら下げられている。

「んー、早く信号変わんないかなぁ」
「気持ち悪いよな」
「やだなぁ、はやくいこいこ」

そう言いあっているうちに信号が変わって、車が動き出した、その瞬間。

運転手が、絞り出すような声で。

「見るなよ。アパートを絶対見るなよ」

そう言った。

Tくんたちはただならぬ雰囲気を感じ、廃アパートのほうに目を向けることはなかったそうだ。

しばらく進むと、行く手にコンビニの看板が見えてきた。

「ちょっとコンビニ寄っていい?」

運転手の言葉に、皆、一も二もなく賛成する。
だが、いざコンビニに着いても、運転手だけが車から降りてこない。

買い物を終えて戻ってきたTくんたちが、「どうしたんですか?」と尋ねると、運転手は蒼白な顔をしたまま答えた。

「……俺、出発した瞬間にアパートをパッと見たんだ。確かに入口んところには線が張ってあって、業者なのか警察なのか知らねえけど、トラロープがあってさ。その奥の外階段もボロボロで登れないようになってたろ。二階の外廊下もいつ崩れ落ちるかわからないほど朽ちてて……ってか、一部崩れてたよな」

そう言っていったん言葉を飲み込むように沈黙し、躊躇いがちに再び口を開いた。

「……そんなところに、女が立ってたんだよ」
「マジですか……」

ほぼ崩れかけているアパートの外廊下である。
仮にいたずらで人が入ってるにしても、そんなところに立つことはできないだろう。
よしんば何らかの形でそこに立つことができるにせよ、危険極まりない。
運転手は続ける。

「でさ、びっくりすると同時に……変なこと言うよ?……その女が、こっちに来そうな気がしたんだよ。んなわけ、ないのにさ。女がじっとこっちを見てて……そこで、『乗用車と女が、出合い頭になっちゃう』って思ったんで、見るな見るなって言ったんだよな……」

その運転手の話しぶりと憔悴の仕方があまりにも真に迫っていたので、Tくんたちは心の底からゾッとしたそうだ。

それから一週間後のことだ。
その日乗用車に乗っていた面子と、そのときはいなかった別のメンバーとで駄弁っていた時に、再びその交差点の話になった。
当日助手席に乗っていた友人が、あまりにも気になるので、もう一回、昼間に行ってみたというのだ。

「……そうしたらさぁ、看板が全然違うわけ。警察署が出してる、自動車同士の接触事故の目撃情報を提供してくれっていう、ごく普通の看板になってたわけよ」
「でもさ、あの日は車にいた全員が見たよな?」

Tくんの言葉に友人も頷く。

「ああ、あれは見間違いじゃねえよ。だからさ、俺ら、あの時変なとこに入りかけてたんだ、きっと。女が出てきて”出会い頭”になってたら、俺らどうなってたかわからんよな」

そんな話をしていた、その時だ。
当日はいなかった、その交差点の近所に住んでいる友人がいぶかしげな声を上げた。

「信号で止まった?夜に?」
「そうだよ」
「何時頃?」
「22時過ぎだったと思うけど」
「……あそこ、夜間点滅信号になってて、誰かがボタン押さない限り、車はどんどん通れるはずなんだよな」
「え」
「誰か交差点を渡ってたのか?」
「……いや」

その時、Tくんの脳裏には、夜の真っ暗な田舎道の交差点を横断する女のイメージがはっきり浮かんでしまい、あらためて身震いしたそうだ。

——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第16夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第16夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/626355023
(29:11頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?