つながりの部屋【禍話リライト】

昭和の頃、とある企業で行われていた新人研修があった。
その企業は少しカルトじみていて、新入社員の精神を追いつめるような研修を行なっていた。
いわゆる企業戦士を育成するために、そんなことをやっていたのだという。
具体的には、窓もない真っ暗な部屋の中にペアで新入社員を放り込んで、お互いに一切の会話を禁じる。
もちろんいかなる手段であれ、外部との連絡を取ることも御法度である。
食事などは最低限与えるが、その際も会話はない。
ただひたすら真っ暗な空間で、自分自身を見つめて、会社にどう貢献できるかを考えさせる……という内容の研修だったそうだ。
令和の今でこそ信じがたい内容だが、当時としては珍しくはあるものの、ありえないような話ではない。


ある年のこと。
その企業は例年通り新入社員にその研修を行ったのだが、2人の死者を出してしまったのだ。
ペアとなった新入社員が、お互いに示しあわせたわけではなく、別々に自殺してしまったらしい。
後あとの検視で分かったことだが、2人は同じ日の同じくらいの時刻に亡くなっている。
もちろんそんな事態になったら隠蔽などできるはずもなく、警察沙汰になった。
2人が死んでいた部屋は、窓も照明もない部屋だったため、照明器具を持ち込んで警察は現場検証を行ったのだが。
照明を点灯した瞬間、現場にいた警官たちは悲鳴をあげたのだという。
2人が死んでいたその壁に、マジックで名前が延々と書き連ねられていたのだ。
そこには、友達や家族から始まって知り合いなど知っている限りの名前が、何百と書かれていたのだ。
お互いに話してはいけないというルールだったし、声を出したらすぐに検知されるようなシステムがあったようで、2人が話し合ったことはありえない。
光も入らない真っ暗闇だったので、お互いがなにをしているのかも知る術はない。
にも関わらず、2人ともが孤独に耐えきれなかったのか、示しあわせたように、同じように名前を書いていて、その壁の前で死んでいたのだ。
結局その会社はつぶれはしなかったが、その研修自体はそれを機に終わったのだそうだ。

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「そこに行きま~す!」

先輩のその宣言に、Rくんは苦笑いを浮かべた。
しばらくシーンと静まったあと、先輩の同級生が突っ込んだ。

「いやいや、バカじゃないの?そこ、事件があったんでしょ」
「そうそう、入れないですよ」

Rくんが合いの手を入れる。
高校時代の先輩から、「行ってみたい場所がある」と言われて話を聞いていたのだが、まさかそんな場所に行こうとしているとは、Rくんは思っていなかった。
悲惨な事故現場に物見遊山で出かける……考えただけでも罰当たりな行動である。
ところが先輩はどこ吹く風で、しれっと話を続ける。

「まあ、事件の現場なのは確かだわな。実際その後、他の人が買い取って解体しようとしたんだけど、ショベルカーが入ってすぐに帰ったんだとさ。何があったかは知らないけど、地元では誰も請け負う業者がいなくて、そのまま放置されてさ」
「地元の土建屋がほっぽり出したんですか?そりゃまた何でです?」
「さあ、何があったのか、詳しい話はわからないらしい。ただ、一言、『出た』って言ったらしいんだよ」
「出た?ガスかなんかですか?」
「バカ、違うよ。これよこれ」

先輩は両手を前に出しだらりと垂らす。
古典的なお化けのポーズだ。
どうやらそこは心霊スポットだ、と先輩は言いたいらしい。

「でな、その後持ち主は何度か変わったけど、誰も手をつけられなくて、建物はそのまま残ってんだわ。今は完全に放置されてて、警備もされていないって。だからいけるんだよ」
「お化けが出るんじゃ、なおさら行きたくないですよ」
「いやいや、なにお前ビビってんの?」

Rくんがいつも遊んでいるそのグループはヤンキーの集まりだった。
「ビビってる」と思われたくない奴らばかりである。
そんなふうに挑発されたら嫌も応もない。
結局その場で集合をかけて、総勢6人でその廃墟に向かうことになった。
日はまだ高く、これならば現地に夕方にはつきそうだ……となったところで、急に先輩が妙なことを聞き始めた。

「あ、ちょっと待って。この中に知り合いがその廃墟に行ったことがあるってやつ、いるか?」
「いや、いないですけど」
「聞いたことないなぁ」

全員が首を横にふる。
すると先輩は、

「じゃあよかった。それじゃ行こうか」

と言って、自分の運転するワゴン車を出発させた。

Rくんは、その先輩の言葉がどういうことかわからなかったそうだ。

「よかった」?
知り合いが行ったことがなければ良いとは、どういうことなのだろうか?

だからRくんは、道中で先輩に聞いてみたのだという。
道中でも先輩は、その廃墟について熱弁を振るっていた。

「でな、どこが現場だかわからないんだとさ。中が複雑な作りで、雰囲気もめちゃくちゃ怖いから、すぐに逃げ出したくなっちまって、どこが現場だかわからないままみんな逃げちゃうんだとさ」
「へえ、見つからないといいですね」
「はは、まあ、俺もあんまりにも怖かったらすぐ帰るけどな」
「ところで先輩、さっき何であんなこと聞いたんですか?知り合いが行ったことがあるかどうかって」
「ああ、俺も先輩に聞いたんだけどさ、その場所のこと。その先輩が言うのよ。行くだけならいい。大抵の場合、行ってすぐ怖くなって出てきちゃうか、何故か気持ちが引いてしまって、入らないままで終わるかどっちかだから。でも、もし知り合いが以前にその廃墟に行ってたら、良くないことがおきる……ってな」
「なんですか?良くないことって」
「それがな、『つながっちゃう』らしい」
「はぁ?つながっちゃう?映画の『ムカデ人間』的なことですか?」
「違う違う。まあ、よくわからないんだけどな。その先輩も聞いた人にそう言われたらしいんだよ。ま、噂っつうか、都市伝説っつうか?そういうもんだよ」

そんなことを話しているうちに、問題の廃墟の近くに到着した。
陽は傾いてきたものの、まだまだ明るい。
しかし、光を遮る鬱蒼とした森のなか、殺風景なコンクリート造のその廃墟は、明らかに異様な雰囲気を放っていた。
もともと寒々しいコンクリート打ちっぱなしの建物である上に、経年劣化で外から見てもボロボロになっている。
しばし、車の中からその建物を全員で見つめていたのだそうだ。
誰も車を下りない。
行きたくない、という気持ちがどうしようもなく湧き上がってくる。
おそらくは皆、同じ気持ちなのだろう。
エンジンを切った車の中で、身じろぎもせずその建物を見つめていた。

やがて、先輩が口を開いた。

「……俺、写真撮ってきたいしなぁ。とりあえず、行ってくるわ」
「行くんすか?!」
「ああ、元取りたいからな……」
「元って?」
「デジカメを買ったんだよ、このために」

そう言って先輩はデジカメを取り出して見せる。

「ま、撮りつくしたら帰ってくるから」
「撮りつくしたらって」
「お前ら、車で待ってろ。怖いだろ?」
「怖いです」

こうなればビビっている、ビビっていないの問題ではない。
Rくんの第六感が告げていた。
どう考えてもこの建物はヤバすぎる。
足を踏み入れたら、取り返しがつかなくなりそうな、そんな予感が全身を包む。

先輩も怖かったことは怖かったのだろう。
車から降りようとしない仲間たちをバカにする様子もなく、静かにワゴン車から先輩が出ていく。
先輩は運転手で、免許は先輩だけが持っているため、ああ、これで先輩が戻るまで帰れないな……とRくんは観念した。

そして、5人の男が車の中に残されることになった。

とはいえ、残されたところでやることなどなにもない。
最初は途中のコンビニで買ったパンやらお菓子を食べていたのだが、間がもたない。
先輩の様子を伺おうにも、藪の向こうに行ってしまってからは全く姿も見えない。
そんなこんなで10分ほどすぎたとき。
急にPという男が口を開いた。

「……俺らも写真撮るか?」

「は?何言ってんの?」
「いやいや、外には出ねえよ」
「え?」
「暇だからさ、先輩に負けじと俺らも写真撮ろうぜ!車内で」

その一言をきっかけに、Rくんたち5人は、車内でお互いの写真を撮りまくった。
怖さを紛らわすために、どんどんふざけ始めて、妙なテンションになっていく。
中には、「ちょっと車撮ってくるわ!」と言って、外に出て車を撮影し始めるやつまで出てくる始末だった。

とはいえ、それほど楽しい遊びでもない。
15分ほどするとすっかり飽きてしまい、車内でまただらだらとした時間が流れ出した。

「それにしても先輩おせえな」
「中まで入ってんじゃないの」

そんなことを言い合っているときに、Rくんはあることに気づいた。

先ほど写真を撮ろうぜ、と言い出したPが妙に沈んでいるのだ。

どうしたんだ?こいつ。

そうは思ったが、元々気持ちの浮き沈みが激しい奴ではあったので、構わずに放っておいたのだが。

急にPが口を開いた。

「川上って、いたじゃん?」

唐突な発言に、皆が少し驚く。

「え、川上?誰?」

Rくんが尋ねると、Pは言葉を続ける。

「ほら、あの小太りの、いつも汗かいてた奴だよ。ゲームのコントローラーとか、びしょびしょにしちゃう……」
「ああ、あれ川上なんだ」

Rくんからすると、印象が薄い、知り合いの知り合い程度の関係性の人物だ。

「で、それが何?」

Rくんが尋ねると、Pが答える。

「あいつ、ここ来てんだよな」
「え?!何、急に?今更……」
「俺、ここ来る途中の交通標識とか地名とかで、『あ、ここ川上が前に行ったって言ってた場所だ』って思ったけど、近くだったから言い出せなくてさ。遅いっていうか、手遅れっていうか……」
「は、お前何言ってんの」
「もう手遅れだったんだよな。気づいた時には」
「たしか先輩が、前に知り合いが行ってる奴はいかないほうがいいって言ってたけど……」
「手遅れだよなぁ」

Pは「手遅れ」という言葉を繰り返す。
先輩はまだ帰ってこない。

「あーあ、手遅れかぁ」

「手遅れ」という言葉の不穏さと、それに似つかわしくないPの淡々とした口ぶりに、車内に緊張感が走る。

こいつ、なんかおかしくないか?
いや、そもそも先輩はどうなったんだろう。

「もう手遅れだな、うん」

Pが何度目かのその言葉を繰り返していた、その時だ。

ざざざざ!!!という音がして、藪から先輩が飛び出してきた。
そして運転席のドアを開けると、慌てた口調でこんなことを言い出す。

「やばいやばい!!心霊写真!!初めて撮った!!これ、やばいやばい!!」

そんなことを口走りつつ、エンジンをかけると先輩は車を出して、山道を下りはじめた。

「ちょっと先輩、どうしたんですか?」
「だから、心霊写真!!撮っちまったんだよ!!」

しばらく進むと、山道の傍に空きスペースがあるのが目に入った。
先輩はそこに車を入れると、

「これ、町戻るまでとっておけないわ」

と言ってポケットからデジカメを取り出す。

「すまん、デジカメのこの画像見てくれ」

そう言いながら、撮ってきた写真をサムネイルで確認している。

「俺、実はな、監禁部屋どこだろうって思って中に入ったんだわ」
「やっぱ中入ってたんですね……」
「そうそう、で、どういうわけか『この機会を逃したら二度とこの廃墟には行けない』と思って、勇気を振り絞って奥に行ったんだよ。最初はさ、監禁部屋は地下かと思ったんだけど、そうじゃなかった。逆転の発想で屋上に行ったんだよ。そうしたら、窓のない、コンクリートの箱みたいな部屋があってさ。ご飯を差し入れてたような小窓もあって、光が差し込まないようになってて……怖いけど、見つけたんだよ。でもさ、流石に入れないから、ドアをバックにして自撮りしたんだ。これ、見てくれ」

そう言って、先輩は後部座席に向けてデジカメの画面を突き出す。

そこには。

こちらを向いて自撮りしている先輩の肩に、「手」が乗っていた。

べたな心霊写真ではあるが、どう見てもはっきりと手である。
先輩の様子から、仕込みでやっているようにも思えない。
ましてや、そこに第三者がいることも考えづらい。

「うわ!!こわ!!」
「肩に手があるじゃないですか!!」

Rくんたちが一斉に反応する。
ただ、Pだけがその写真から完全に視線を逸らして、外を見ていた。
そんなPの様子は先輩の目に入っていないようで、興奮気味に先輩が続ける。

「そうなんだよ。俺、仕込んでないからな。こんなにリアルに見えるやつ、仕込めないでしょ?俺これ仕込んでないから」

先輩は「仕込んでない」を繰り返す。

「いや、わかってますよ」

すると画像を見ていた仲間の1人が「あれ」と声をあげる。

「なにこれ?なんかこの腕に巻かれてない?」

良く見ると、手首のあたりに黒い何かが巻かれている。
デジカメの小さい画面では良くわからないが、明らかに光の加減やゴミなどではない。

「何だろう、これ?」

皆が首を捻っていると、相変わらず外を見続けていたPが、その姿勢のまま、吐き捨てるように言った。

「それ、川上の腕時計ですよ」
「え?!」
「黒いやつでしょ?」
「……は?」

先輩も含め、皆が唐突なPの発言に呆気に取られる。
しかしPはそんなことは気にならないようで、淡々と続ける。

「あいつとは友達だと思ってたけど、違ったんだな」
「え、どういうこと?」

話に全くついていけない先輩が尋ねるので、Rくんが先ほどのPの話を先輩に伝えた。

「え?あいつ、知り合いが行ってたの?」

Pはしかし、こちらのそんなやりとりなど全く耳に入っていないようで、同じ言葉を繰り返す。

「あいつ、見つけてないって言ってたのに、見つけてたんだな。俺には嘘ついてたんだな。見つけてたのに、見つけてないって」

「……とりあえず、帰りましょう!!」
「お、おう」

Rくんのその言葉に、先輩は車を出そうとする。
しかし、先輩はあまりに震えてしまって、ハンドルもまともに握れない状態になっていた。
Pは同じ言葉を繰り返す。

「あいつ、嘘ついてたんだ。見つけてないって言ってたのに、見つけてたんだなぁ」

そう言いながら、Pはスマホの操作を始める。
先ほど車内で撮った写真を確認しているようだ。

「ほら」

Pはそういうと、写真を拡大表示して見せてくる。
背景は、間違いなくこの車内だ。
ところどころ、仲間たちの顔も映っている。
服装から見ても今日撮ったもので間違いない。

しかし。

その写真には、全て、知らない男の顔の一部が、ドアップで写り込んでいたのだ。

Pはどんどんと写真を送り続ける。
その全てに、見たことのない男の顔が映り込んでいた。

「なんだこれ?!」

誰かが悲鳴をあげる。
だがPはそんな仲間たちの様子を一切気にすることなく、写真を送り続け、ついに最後の一枚を表示した。

そこには、小太りの男の全身が写り込んでいた。

「……こいつ、誰?」

すると、Pは少しイライラした口調で怒鳴った。

「だからぁ、川上ですって!!」

うわぁ!!

皆は叫ぶと、ワゴン車からPを下ろしてしまい、車を慌てて発進させた。
しばらくして、先輩がポツリと呟く。

「……あいつ、置いてきちゃったな」
「……でも、戻れますか?」
「……戻れない」

結局Rくんたちは、Pを山道の途中に置いて、帰ってしまったのだそうだ。


二日後。
いつもの仲間の集まりがあったのだが、その場にしれっとPが顔を出した。
流石に先輩も酷いことをしたと思っていたので、「こないだは悪かったな」と声をかける。

「あまりにも怖くてな……置いて行ってしまってすまなかった」
「はぁ?」

Pは全然わからないといった様子で、反問する。

「何のことですか?」
「……まあ、怖いところには行かないほうがいいってことだよな」
「そうなんですかねえ?」

どうやらPは、例の廃墟に行ったことすら覚えてないようだった。
しかし先日の一件があるので、誰もPに突っ込んで聞けない。

そんなとき、Pの携帯に着信があった。

「おう」

Pが電話に出る。

携帯が、新品になっていた。

え、なんで?

皆それに気づいてはいたが、誰もその訳をPに聞けなかった。

その後、Rくんと仲間たちはPとは徐々に連絡を取らないようになってしまい、今では音信不通になってしまっているそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第4夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第4夜
https://ssl.twitcasting.tv/magabanasi/movie/603838372
(48:52頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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