廊下の絵画【禍話リライト】

最近の話。
Gくんは、親友のHと一緒に、自身の彼女のマンションに遊びに行った。
Hと彼女ももちろん顔見知りで、しばしば三人で集まって飲んだり遊んだりしていたのだという。

その日も酒を飲みながらワイワイやっていたのだが、ペースが早く、あっという間に最初に買い込んでいた分の酒がなくなってしまった。
そこで追加の酒を買うために、じゃんけんで買い物に行く人間を決めようということになったそうだ。

じゃんけんの結果。
Gくんが買い物に行くことになった。

「エロ漫画だとこういう時に浮気をする、みたいなことあるよな?」

笑いながらGくんがそう言うと、彼女が「しねえよ」と吐き捨てるように言う。

「そんな兆候があったら許さんぞぉ」

むろん冗談である。
皆でゲラゲラ笑いあったあと、「早くいって来いよ、バカ」と彼女に言われ、Gくんは買い物に出かけたそうだ。

彼女の部屋は、6階にある。
エレベーターで降りている最中に、ドアの小窓から外をぼーっと見ていると、3階に妙なものがあった。

でかい絵が立てかけられていたのだ。

あれ?

一瞬のことだったので、どうやら絵だということは分かったが、もちろん細かいところまではわからない。
何だ、あれと思いながら、首をひねりつつお酒を買って、帰るときに注意深くエレベーターから外を見てみると。

やはり、額縁に大きな絵が入っていた。

ええ?!

Gくんは気になったので、行く必要は無論ないのだが、行ってみることにしたそうだ。
6階に着いてから、3階のボタンを押す。
エレベーターが下降し、3階に止まる。
エレベーターのドアが開くと、目の前の部屋の入口に重なるように、巨大な絵が立てかけられていた。

2m四方ほどの大きさの額縁に、黒っぽい服を着た女性の肖像画のようだ。

なに、これ?
美大とかこの辺にあったっけ?
それともこの部屋、画家でも住んでんの?

モデルは髪が長い女性のようだ。
もっとも写実的な絵ではないので、確言はできない。
たぶん女性じゃないかな……とGくんが思っただけだ。

それにしても、こんなんよくエレベーターに積んだなぁ。
いや階段で持ってきたのかも……

素人が見ても芸術的な作品だった。

すごいな。

感心したGくんは、6階に戻って、彼女とHにこの話をしたそうだ。

「お前さ、このマンション、美大の人でもいるの?」
「いやあ?近所に美大なんてないし、いないと思うけど?」

今、エレベーターで買い物行ってるときにこんなの見たんだ……とGくんは説明する。

「で、そこに行ってみたんだけど。あったよ、3階のエレベーターの目の前の部屋のとこに、でかい絵が」
「え?3階のエレベーターの前の部屋?」
「そうそう」
「そこの部屋、今、人いたかなぁ?いないと思うけどな……」
「なんで?」

普通であれば、自分が住んでいるフロアとは違うフロアの住人事情など、たいてい知らないだろうに、なぜか彼女がそんなことを言い出したのが気になったのだ。

「実はね、うちのマンション、こないだカップルの刃傷沙汰があって」
「ええ、初耳」
「あれ?言わなかったっけ。まあ、死にはしなかったんだけど、出てけ、みたいなことになったんだよね」
「そうなんだ」
「それからそこに人は入ってないはずだよ」
「……気持ち悪いこと言うなぁ」
「まあいいや、とりあえず飲も飲も」

それ以上話しても埒が明かないし、なんとなく薄気味悪くもなったので、Gくんたちは飲み会を再開した。

そんなふうにしばらく盛り上がって飲み続けていると、また酒がなくなったので、買い物じゃんけんをすることになった。
今度は、Hが買い物をする役である。

「しかたねえなあ。俺が行ってる間にいちゃつくんじゃないぞ?」
「なんだそりゃ」
「まあ、してても……いい……なんてことはないけどな!!」
「何言ってんだ?酔っぱらってんのか?」

そう言いながらHは部屋を出ていく。
しばらくして、非常階段のドアがバンと閉まる音がした。

だだだだだ!!

続いて、こちらに向かって走ってくる足音がして、玄関のドアが開いた。

Hだった。

「どうした?」
「お前、ばか、お前」

興奮して、ボキャブラリーがなくなっている。

「おい、何なんだよ?」

Gくんが重ねて尋ねると、Hはうわごとのように繰り返した。

「絵やばい、黒い女黒い女」
「いやいや、黒っぽかったけど何?」

そう思って、あらためて聞いてみたところ、Hもその絵を下りる時に見たのだという。

最初はずいぶんでっけえ絵だなぁ、と思っただけで、酒をコンビニで買ったのだが、戻っている最中に、再びつい見てしまった。

それにしても、でっかいなぁ。

そう思って見ていたのだが、気づいてしまった。

あれは、額縁ではない。
女が「立てかけられている」のだ。
女は、硬直したようなピンとした姿勢で直立している。

え、マネキン?

角度的に、つっかえ棒がないと無理だという姿勢だ。
体がありえない角度で倒れている。

うわぁ!!

エレベーターの中で思わずHは悲鳴を上げる。

自分の方に向かって、女の顔がグーっと動いたのだ。

怖い怖い!!

何故かその女がエレベーターに乗ってくるんじゃないかという恐怖にかられ、慌てて5階に止まって、急いで6階に駆けあがってきたそうだ。

「マジかよ」
「嘘だと思うなら見に行けばいいよ」
「いや、見に行くことはない」

まあ、最悪、美大のやつが資料用にマネキンか何かをもってきて、立てかけてるとかもあるのかも……顔が動いたのは見間違えで。

そんな結論に至ったそうだ。

翌朝、三人で見てみたら、問題の部屋はやはり空き部屋だった。

立てかけられていたはずの大きな絵などは、影も形もない。

ただ、絵の具の匂いのようなものは、うっすら漂っていたそうだ。


彼女はいまだにそのマンションに住んでいる。
気になったので、その刃傷沙汰がどういうものだったのか、Gくんは調べてみたのだという。
その結果、次のことが分かった。

問題の部屋には、美術系の専門学校に通っていたカップルが同棲していた。
しかしあるときから、男は部屋から出なくなり、女はこんなことを言い始めた。

「スケッチをしに山に行ってから、彼氏がおかしくなって、私を見てくれない」

そんなことを周りの人間にべらべらと喋り始めたそうだ。

「あの女がいるから」
「あの女がいるから」

そんなことを繰り返し言い募る。

「山で出会った女でもいるの?」

そう周りの人間が聞いても、何も答えてくれない。
そのうちに、刃傷沙汰になってしまったらしい。
カップルは別れて、今はそれぞれ実家に帰っているそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第15夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第15夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/623468680
(16:34頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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