落としましたよ【禍話リライト】

「ぼくの知り合いに、”ザ・人間のクズ”みたいなおっさんがいるんですけどね」

Iくんは雑談の中でそう切り出した。

その人は、酔っ払うと通りすがりの女の人に声をかける、という癖のある人だった。
平たく言えば、酔っ払うと決まってナンパをするのだ。
それも、通りすがりに「落としましたよ」と声をかけ、振り返った女の人の手を、物を渡すふりをしてギュッと握る……というセクハラまがいの、やられた女性の側からすれば恐怖以外の何ものでもないような行為なのだった。
ところがその人は、最近その「ナンパ」をやめたのだという。
それどころか、飲み歩くこともやめてしまったというのだ。

「そのきっかけになったのが、ちょっと怖い話で……ま、幽霊とかは出てこないんですけど」


その日、その人は普段とは違う、うす暗い通りを歩いていた。
そんな時に、一緒に飲み歩いていた仲間が、その人に茶々を入れたのだという。

「お前、酔ってるから、今日もアレ、やるんちゃうんか~?」

もちろんこれはダチョウ倶楽部の「押すなよ、押すなよ」のようなもので、実際には「ナンパ」をやれ、というフリである。
実際、言っている側も言われたその人もにやにやして、「お前今日はやるなよ」「やんないよ~」などと言い合っていたのだそうだ。

と、ちょうどそこにタイミングの悪いことに、前から女性が歩いてくるのが見えた。
一人だ。
二十代前半くらいの、少し地味な見た目の女性だったという。
その女性とすれ違いざまに。

「お姉さん、落としましたよ」

と、その人が言った。

その瞬間だ。

女性はピタ、と足を止め、くるりと振り返った。
そして。

「なんで知ってる?!」

そう叫んで、カバンからスプレーをサッと取り出して、その人の顔面めがけて噴射したのだ。

その人は、熱さと痛みを感じて、その場でのたうち回った。
単なる防犯スプレーを浴びた以上の、激しいリアクションに仲間も戸惑ったそうだ。

「おい!!大丈夫か!!」

介抱しているうちに、女性はいつの間にか姿を消していた。

結局その人は、真っ赤に顔が爛れてしまい、いまだに治りきっていないのだという。
病院で診察してもらったところによると、爛れ方からして、浴びせられたのは市販の防犯スプレーではなく、硫酸のような化学薬品ではないか……ということだった。
そしてそれがきっかけとなり、以降その人は家からあまり出なくなってしまったのだ。

「化学薬品を浴びせられたのも当然怖いんですけど、それ以上にね、声をかけられた時の反応が怖いんですよね。……『なんで知ってる?!』って、その女の人、何を落としたっていうんでしょうか……?」

その女性はどこのだれか、誰も知らないのだそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第10夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第10夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/615317781
(20:12頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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