細い道の女の話【禍話リライト】
北九州の大学に通うDくんは、とある体育会系のサークルで活動していた。
数年ほど前の、ある雨の降る夜のことだ。
雨でやることないな……などと部室で駄弁っていたら、そこにいた三年生のE先輩が、「……いい雰囲気だな」と言い出した。
「いい雰囲気ですか?雨降っててちょっとムード暗めですけど」
「それがいいって言ってんだよ。ホラーっぽいムードだろ?」
「はあ……」
「なあ、怖い話しようや」
先輩のその言葉に、やることが他になかったDくんたちは、そうしますか、と賛同し、即席の怖い話会をはじめることにした。
一人一話ずつ語る、というルールでやろう、とか、もう少し明かりを落としてやろう、とあれこれ準備をしているうちに、怖い話を始めるタイミングで肝心の雨は止んでしまったが、夜ではあるのでそれなりに雰囲気はある。
「じゃあ始めるか。まずは一年から」
先輩の仕切りで、後輩が話し始める。
ネットや本で読んだことのある怪談が中心ではあったが、話し方がうまかったのか、ちゃんと皆、怖い話を語っていたという。
最初は一年生から始まって、Dくんたち二年生が語り、次に三年生の順番となり、大トリで言い出しっぺの先輩の順番が回ってきた。
先輩が重々しく口を開く。
「最近あった話なんだけどな……そう、あれはこんな雨の日だった」
1ヶ月くらい前のこと。
大学から先輩の住んでいるアパートに向かう通り道に、ひどく細い道がある。
自転車一台通るのもギリギリ、というほど細い道だ。
そんな細い道なので、歩行者がすれ違うのも一苦労、というような場所である。
そこを通って、帰っていたのだそうだ。
その日も雨が降っていたので、先輩は傘をさして歩いていた。
大人用の大き目の傘は、左右の壁に擦ってしまう。
壁を傷つけることはないにしても、引っかかる感触は不愉快なので、気を付けて歩いていると。
前方、進行方向から女性が歩いて来るのが見えた。
そんなに細い道なのでわき道はないが、ところどころ空きスペースになったり、やや広めになっているところはあるので、どっかで避けないとな、と先輩は思った。
ところが、だ。
あれ?
おかしいな……
よく見ると、歩いてくる女性は傘を持っていない。
その日は、一日中雨が降っていたのだ。
振り方も、しとしと、というわけではなく、本格的な雨だった。
見るところその女性は、カッパを着ているわけでもない。
あれじゃ、びしょびしょになっちゃうじゃん。
そう思いつつ、そろそろすれ違うというタイミングで先輩は立ち止まり、傘を上に上げて隅に避ける。
目の前を、女が通り過ぎた。
その時、はっきり見えた。
女は、濡れていなかった。
服は、百歩譲って材質的に水をはじく素材、ということがありうるかもしれない。
しかし。
女は、髪も肌も濡れていなかったのだ。
あっけにとられる先輩に一瞥もくれることなく、女性はスッとそのまま通り過ぎていった。
先輩は傘を戻して、進行方向へと歩み始める。
二、三歩歩いたところで、疑問がどんどん昂じてしまい、頭のなかが混乱し始めた。
えー?!
そんなことないよね??
濡れてない、なんてことは。
たとえばこの道の先のところから車で下ろしてもらって、そっから歩いてきたんだとしても、この降りだったらもっと濡れているはず。
おかしいよな?!
そう思いつつ、先輩は思わず振り向いた。
すると。
5mほど向こうで女の人が振り向いていて、先輩に向かって口を開いた。
——————————-
「その女がなぁ、『誰にも言うな』って言ったんだよぉ!!」
先輩は、渾身の一言でその話を締めた。
確かに、今の先輩の話はそこそこ怖い話ではあった。
幽霊かどうかはわからないし、悪いこともされていないが、ゾッとする瞬間もあった。
オチも、悪くなかったように思う。
にも関わらず。
おそらくは先輩の元々のキャラクターのせいか、あるいは、あまりに気合が入りすぎて芝居がかった感じが強すぎたのかもしれない。
オチの一言を聞いた後、なんとなく場が微妙な空気になってしまったのだそうだ。
Dくんを含め、全員が怖いには怖いけど……という感じで、お互いに顔を見合わせてしまう。
すると、Dくんの同級生の口の悪いことで有名だった部員のEさんが、皮肉を込めた口調でこんなことを言った。
「……そんなベタなこと、言いますかねぇ」
嘲笑うような、ちょっと感じの悪い言い方だった。
流石にカチンときたのか、普段は温厚な先輩も「うん」と言ったきり黙ってしまう。
明らかに険悪な雰囲気が流れる。
Dくんを含めた周りも、内心、「お前何言うんだ?!」と思ったようで、Eさんを咎めるような視線を送る。
Dくんは雰囲気を変えるために、慌てて言葉を発した。
「そこ、Xのところの道じゃないですか?あそこ、近くに墓地があって、不気味ですよね!!」
フォローを入れようという意図だった。
「おお、おお」
先輩はちょっと機嫌が悪いようだったが、Dくんの言葉に反応してくれたので、少しだけ雰囲気が和らぐ。
「じゃあ、もう一個だけ、俺、話してもいいですか?そんな怖い話じゃないんですけど……」
流石にこのまま終えるわけにはいかないので、Dくんをはじめ何人かが、その後もう一つ怖い話をして、即席の怖い話会は終わった。
外に出ると、すっかり雨も上がっていて、星が出始めている。
じゃあ帰ろうか、とサークルのメンバー全員で、駅に向かってゾロゾロと歩き始める。
すると。
いつも通っている大通りが大規模な工事中で、歩道が大幅に狭められていた。
誘導員の誘導に従って、道を通れないことはないのだが、舗装していないところを歩かなければいけないので、足元がぬかるんでいて、あまり通りたくない。
ライトに反射して、水たまりがところどころにあるのも見える。
「脇道通って帰ろうか」
誰言うともなくそう言い出すと、くだんの先輩が「こっちこっち」と細い道に入っていく。
そして先輩を先頭にして、一列になってDくんたちはその道を進んで行った。
「すごい狭い道ですね」
「人、一人しか通れないですね」
後ろを歩く後輩たちからのそんな言葉にも、先輩は答えるそぶりを見せない。
と、そのときだ。
先輩が急に立ち止まった。
「……どうしたんですか?」
先輩のすぐ後ろを歩いていたDくんが、先輩に尋ねる。
「さっきの話な、この道で起きた話なんだよね」
「え、先輩?」
急に前触れもなく、先輩はそう言い出した。
正直なところ、Dくんは少し話を忘れかけていたこともあって、咄嗟に反応できなかった。
Eさんは列の真ん中あたりにいたが、その言葉を聞いて顔が真っ青になっている。
あ、先輩の逆襲か。
Dくんはそう思った。
なるほど、恥をかかされたので、ここで怖い思いをさせて懲らしめようとしてるんだな……と納得したのだ。
ところが。
先輩が急に慌て出す。
「あれ?おいおい、まじかよ……」
「え、何がですか?」
先輩の視線の先、道の先を見ると。
女が歩いてくるのが、目に入った。
先輩は震えながら、
「タイミングいいなぁ……」
と漏らす。
ほかの子達は、ガチガチに震えている。
皆、硬直状態で動けないようだ。
これは自分がなんとかしなければ……Dくんはそう思った。
「先輩、あれ嘘なんでしょ?あんなベタなこと、言わないでしょ?」
「うん……誰にも言うなっていうのは、俺が付け加えたんだ……」
あれ?
そこだけ??
慌てて顔を上げると、まだ女とは距離がある。
先輩を含めて皆、呆然としつつ女を見ていた。
すると。
女がおもむろに両手を広げた。
壁に両手のひらが接触する。
そして。
両手を壁面に擦りながら、早足でこっちに向かってくる。
「走れ走れ!!」
全員、狭い道を必死に走って大通りまで戻る。
「ちょっと先輩!!大丈夫ですか?!」
先輩は大通りまで戻ってもまだ少し呆然とした感じで、言葉を漏らす。
「そん時、俺、酔ってたからさ……でも……えー、まじで…?」
「どういうことですか?」
「あの女……服装が全く同じ女だったんだよ」
「まじですか……てか、何逆襲しようとして自分がやられてるんですか」
「だな。はっはっは……」
「はっは……って、あれ、あいついなくない?」
Dくんはそのときになって初めて、Eさんがいないことに気づいた。
しかし、それはおかしいのだ。
あの道はひどく細くて、追い抜くことはできない。
Eさんは、列の真ん中あたりにいたはずだ。
「えええ?!」
「ちょっと、誰か明かりとか持ってないか?」
ライトを持っている奴がいたので、そいつを先頭にして細い道を戻ったところ。
道の途中で、Eさんが座り込んでいた。
ぶつぶつぶつぶつと、聞き取れないが何かを呟いている。
「おい、大丈夫か?!」
Dくんが揺さぶったり、ほっぺたを叩いていると、ようやくEさんは正気にかえった。
Eさんが言うには、逃げ出そうとした瞬間に、誰かに抱きつかれて身動きが取れなくなってしまい、それ以降のことは何も覚えていないというのだ。
その日は流石にその迂回路を通るのはやめて、皆で大通りを通って駅まで向かった。
それ以降、Eさんはすっかりおとなしくなってしまった。
サークルも、いつの間にかやめてしまった。
風の噂では、大学は卒業したらしいのだが、その消息を知るものはいない。
後で話を聞いたところ、先輩はその道に行くつもりは全くなかったのだそうだ。
気がつくといつの間にかそこに足を踏み入れていて、向こうから女が歩いてくるのが見えたらしい。
その話を聞いて、Dくんは、Eさんの反応に気を悪くしたその女が、その道に招いたんじゃないか……と思ったのだという。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第3夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
ザ・禍話 第3夜
https://ssl.twitcasting.tv/magabanasi/movie/602300230
(38:37頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。
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