まみさんの家【禍話リライト】

Eさんは、中学校教諭だ。
今ではベテランというべき存在だが、彼女が新米教師だった頃に、忘れられない思い出があるという。
Eさんは、自分の母校に国語教師として赴任した。
悪戦苦闘の日々だったが、楽しく、充実もしていたそうだ。
教師という仕事にやりがいを感じていたし、生徒から好かれてもいたからだ。
最初から担任を持たされることはなく、副担任として学級を受け持っていたが、担任の先生もいい人だった。
自分が中学生だった頃からいた、おじいちゃん先生で、思いやりのある優しい人だったという。
そういうわけで、Eさんは充実した新米教師生活を送っていたのだ。

ある時のこと。
自分のクラスの親御さんから、相談の電話がかかってきた。
その親御さんの娘さんを含めた、クラスの何人かの女の子が、どうやら放課後、まっすぐ家に帰っていないというのだ。
彼女たちは部活にも入っておらず、そんなに遅くなるはずがないのに、部活が終わった生徒たちと同じくらいの時間に帰宅してくる。
何をやってんの?と聞いても、曖昧な返事をしてはっきりと答えてくれない。
ただ、ゲームセンターなど遊興施設に行っているわけでもなさそうだし、街に繰り出したりしている様子もない。
塾のある日もあるが、塾のない日も帰りは遅い。
公園や放課後の教室でおしゃべりしているだけだとは思うが、どうなっているのか先生も調べてくれないか、というのだ。

わかりました、と言って電話を切ると、放課後の教室に向かう。
ちょうど帰りの会が終わったすぐ後だったので、教室にはまだ生徒がちらほら残っていて、その中にたまたま帰り支度をしている女子生徒の姿が見えた。
先ほど電話をかけてきた親御さんの娘さんだ。
おあつらえ向きに、「同じく帰宅が遅いクラスメートの女子」として名指されていた3人と、連れ立って帰ろうとしている。
近づいていくと彼女たちは、「あ!先生!」と言って嬉しそうな笑顔を向けてくる。
その様子には全く屈託がなく、後ろめたいことをやっていそうな気配はない。
しばらく雑談をして、他の生徒たちが教室からいなくなった頃合いに、思い切ってEさんは切り出した。

「ところで君たちさ、まっすぐ帰ってないらしいけど」

そういうと彼女たちは、いたずらがバレた時のような照れ笑いを浮かべる。
そして。

「あの、まみさんの家に行ってるんです」

そう答えた。

「まみさん?」

聞きなれない名前だ。
藤子F不二雄の漫画にそんな名前をしたエスパーがいたような気がするが、それ以外には思い当たらない。

「……誰?」

Eさんの問いかけに、女子生徒たちは小首を傾げつつ答える。

「んー、名字はよく知らないんだけど……」

どうやらそのメンバーのうち、1人の女の子の家の近所に住んでいる女性のようだ。
年齢はよくわからない。
若いようにも、少し歳をとっているようにもみえるという。

「ふーん、で、その人のお宅で何してんの?」
「えっとね、お菓子とか食べてダラダラしてるかな……一、二時間」

それがとても居心地がいい、というのだ。

「ただお菓子を食べて、おしゃべりするだけ?」
「そうなんだけど、まみさん家でそれをしたら、すごく居心地がいいんだよ」

彼女たちによれば、まみさんは何をしている人か知らないし、出会ったきっかけも覚えていない。
いつの間にか自然に、その家にたむろするようになったらしい。

聞いてみると何か危険なことをしているようではなさそうだが、知らない人の家にたむろするのはあまり良いことではない。
とはいえ、頭ごなしに否定しては彼女たちにも、その「まみさん」にも失礼に当たるかもしれない。
今日はまっすぐ帰るようにね、と言った後に、「今度先生も行っていいかな?」と聞いてみた。

「んー、いいんじゃない?」

生徒たちはあっけらかんとそう言って帰って行った。

その後Eさんは、担任の先生と親御さんにも報告を入れた。
2人とも、報告をふんふんと聞いた後、「まみさん」について、そんな人知らないな、と首を捻っている。

「もし可能だったら、先生が様子を見に行ってくださいね」

親御さんからはそう念を押されたそうだ。


次の日。
放課後、生徒達の方から声をかけられた。

「まみさんがきてもいいって」
「もう話したの?!」

昨日の帰り道に、まみさんの家の前を通ったら、まみさんがたまたま家から出てきたのだという。
そこでEさんのことを話そうとしたところ、機先を制するようにまみさんの方から、急にこんなことを言ってきたのだそうだ。

「そうだ、先生や大人の人も心配しているかもしれないし、今度誰か連れてきて。危ないことをしているわけでもないから、見てもらいましょう」と。

渡りに船ということで、生徒たちはEさんのことを話したのだそうだ。

結局Eさんは、その週のうちにまみさんの家に行った。
いってみるとそこは、お茶やお花の先生の家のような、立派な門構えの和風住宅だった。
女子生徒がインターホンを押して、「まみさん、きたよ」と声をかける。
すると、「はーい」と返事が聞こえてきて、玄関ドアを開けて、感じの良い笑顔の女性が顔を出してきた。
ただ、確かに、先日の話の通り、年齢不詳な女性ではあった。
見ようによっては20代後半にも40代にも見えるような人だったという。

「ああ、先生ですね。どうぞどうぞ」
「すいません」

挨拶を交わして家に上がる。
まみさんはニコニコしつつ、Eさんを先導する。

「いつもここに来てるんですよ」

そう言って案内されたのは、広めの書斎のような部屋だった。
大きなソファが置かれていて、女子生徒たちは慣れた様子でそこでくつろぎはじめる。
お菓子を食べながら、おしゃべりをする女子生徒たち。
それをまみさんが、ニコニコしながら見ている。
微笑ましい光景だった。
強いて気になったところを挙げるとすれば、お菓子のセンスが若干古いことだった。
チョコレートやクッキーなどはなく、お煎餅とか、もなかとかそういったものが並べられていたのだ。
生徒たちは、テレビを見るわけでも、ゲームをするわけでもなく、ただおしゃべりをしている。
たまに良いタイミングでまみさんが言葉を挟み、それでまた皆が盛り上がって話し始める。
そんな光景が繰り返されていた。

そのうちまみさんが席を立って、Eさんのためにお茶を淹れてくれた。

「ああ、すいません」
「先生。これは別に、カルトとか宗教というわけではないんですよ」
「はあ……」

正直なことを言えば、最初はそう思わないこともなかったが、しばらく様子を見ている限り宗教的な要素は一切見られない。
書斎には本棚があったが、それを見ても、宗教色があったり思想が偏っていたりする感じはない。
Eさんが頷くと、まみさんは話を続ける。

「言ってみればこれは、この子達にとっての気晴らしなんですよ。この年代の子達には必要なものなんです」
「はあ……」

変わっている人ではあるけれど、決して悪い人ではなさそうだ。

Eさんはそう判断した。

子供達は相変わらず色々なおしゃべりを続けている。

「今度テストあるじゃん?」
「私国語ダメだからな〜」
「前みたいにここで勉強したらいいじゃん」
「へえ、ここで勉強してるんだ」

思わずEさんがそう言うと、「まみさん、頭いいから勉強教えてくれるんだ」と嬉しそうに答える。
なるほど、確かにそれまでのやりとりを見ていても、子供への対応がしっかりしているのは間違いなさそうだった。
ひょっとすると、塾で働いていたり、子供関係の仕事をしていたりしたのかもしれない。

結論としては、ある種の「児童クラブ」としてはいいんじゃないか、というのがEさんの感想だった。
結局まみさんの家には二時間ほどお邪魔して、生徒たちとともにおいとました。

外に出て、生徒たちに尋ねる。

「いつもあんな感じなんだ」
「いつもあんな感じだよ」
「そうそう。ただ、今日はちょっと遠慮してたけど」
「遠慮?」
「先生いたからね。いつもは恋バナとかもしてるんだ」
「まみさんは恋愛経験も豊富だから。いいアドバイスくれるんだよね」

その話題で生徒たちはまたひとしきり盛り上がる。

いいところじゃないか。

Eさんは自分のみたものを、担任の先生にも親御さんにも報告した。
皆、それならいいね、という肯定的な反応だった。

ただ。

「誰だろうね?まみさんって」

皆、そこに家があるのは知っているが、誰が住んでいるかは知らなかった。
表札には確かに名字が書いてあったように思うが、皆思い出せなかった。
それはEさんも同じで、何か難しげな字が読みにくい書体で書いてあるなぁ、と思った記憶しかないという。
その段階で、おかしいといえばおかしかったのだ。

そのうち。
だんだんまみさんの家に入り浸る人数が増えて、その輪に入れなかった子も出てくるようになった。
すると、輪に入れなかった、少し意地の悪い子が、嘘の話を理科のF先生に訴え出たのだ。
内容は、まみさんが女子生徒に性的な悪戯をしているとか、そういった類のものだ。
むろんそんな事実はない。
どう考えても嘘なのに、その話を聞いたF先生はそれを取り上げて大事にしてしまったのだ。
F先生は、コミュニケーションの取りづらい、ちょっと問題のある教師だった。
悪く言えば、重箱の隅を突けば仕事になると思っているタイプの人だったのだ。

F先生は、鼻息も荒く職員会議の時にまみさんの家の話を議題に上げた。
素性のわからない人の家に生徒が集まっているのはよくない、という、それだけ聞けば至極まっとうな主張を行ったのだ。
その議論の流れの中で、Eさんも名指しで批判された。
家に行ったのに注意もしないのはおかしいんじゃないか、と。
あまりに激しい糾弾に、新人教師だったEさんは半泣きになってしまった。
周りの先生方も、そこまで言うことはないんじゃないかとは思いつつも、F先生の剣幕に押され、もうまみさんの家には生徒を行かせないようにする……という主張に賛同せざるを得なくなった。
そして、その決定は即座に生徒や親御さんたちに伝えられた。
よい児童クラブのようなものだと捉えていた親御さん達にも不満はあったが、お達しが出たとあれば仕方がない。
居場所の奪われた子供達も、シュンとしていたそうだ。


数日後。
まみさんの家に集まっていた子のうちの1人と、職員室で話す機会があった。
用事が終わった後、その女子生徒に声をかける。

「ごめんね、まみさんのこと」
「ううん、先生は悪くないよ」
「でも、まみさんにも悪いことしたから、今度お菓子でも持って行こうかと……」
「あれ?まみさんだ」

女子生徒の視線の先を見ると、職員室の入り口に、まみさんが立っていた。

「あら、まみさん」

Eさんは席を立って、入り口に向かう。
まみさんは恐縮仕切りといった様子で、肩をすぼめて申し訳なさそうにしている。

「先生、本当に申し訳ないです。ご迷惑をおかけして」
「いえいえ、こちらこそ……」
「これからまた何かございましたら、その場合にはこちらに」

そう言ってまみさんは、名刺を渡してくる。

あ、名刺あるんだ。

そう思いつつ名刺を受け取る。
ただ、その場でしげしげ見るのも失礼に当たるかと考えたEさんは、名刺をすぐに仕舞った。

「ご丁寧にどうもありがとうございます」

Eさんがそう言うと、まみさんはひとしきりまた謝って、帰って行ったそうだ。


次の日。
給湯室でお茶汲みをしていると、同期の男の理科の先生が寄ってきて、声を潜めてEさんに話しかけてきた。

「F先生、最近おかしくないですか?」

職員会議で糾弾してきたF先生だ。
あれ以降一度も話す機会がないのだが、どうしたのだろうか。
Eさんが首をかしげると、同期の先生は言葉をつなぐ。

「あのひと、今お茶を飲んでて、『飲み終わったからもう一杯ついで』みたいなことを言われたから湯呑持ってきたんだけど……これみてよ」

差し出された湯呑を見ると、底に何かがある。

「え?」

十円玉だった。

緑青は体に良くないと言われているし、そうでなくても衛生的でないことは間違いない。

「これ、出した方がいいよ。危ないじゃん」
「うーん……実はこれ、初めてじゃないんだよ。三回目なんだよね」
「え」
「たまたま今まで誰にも言うタイミングがなくてさ……最初は間違いだと思ったんだけど、三回目ってことは、わざとだよね」
「気持ち悪い……」
「あ、他の人に言っちゃダメだよ」
「でもさ、こういう健康法もあるのかな?」
「ないよ。危ないよ」

そんなやりとりをした、その週のこと。
さらに別の事件が起き、Eさんたちは仰天することになる。

例の、嘘を言った生徒が休日に補導されたのだ。
その日、その生徒は家族で地元の商業施設に行ったのだが、途中で気分が悪いと言って、1人で先に車に戻ったのだという。
ところが、家族が車に戻ると、すでに大騒ぎになっていた。

その生徒が、駐車場の他の車に、十円玉で傷をつけまくっていたのだ。

結局、その生徒は警備員に取り押さえられて、補導された。
精神状態もおかしくなってしまったらしく、しばらく学校に来られません、という連絡があった。

何これ。

Eさんは、頭に浮かぶ厭な考えを振り払うことができなかった。

おかしな行動をしているのは、2人とも「まみさん」関連の人たち……正確に言えば、まみさんに敵対した人たちだ。

怖い。
誰に相談したらいいんだ?

結局Eさんは、担任の先生に相談した。
自分の知っている話をすべて話すと、普段は丁寧な言葉遣いをしているその先生が、

「マジで本当に?そんなことあんの?」

と砕けた言葉を思わず発してしまっていた。

「十円なんて危ないし」
「そうですよね……」

そんな話をしていると、職員玄関の方からザワザワと騒がしい声が聞こえてきた。

「なんだ?」

2人で行ってみると、保護者が学校に怒鳴り込んできたのだった。

何でも、F先生が授業中に飴を舐めている、というのだ。

ところが、保護者がクレームを入れているあいだも、当のF先生はヘラヘラしながら口をくちゃくちゃと動かしている。
それを見て保護者がさらに激高しているのだ。

「ほら、今も飴舐めてるじゃないですか!!」
「違いますよぉ。ほら」

そう言ってF先生が舌を出すと。

その上には、十円玉が乗っていた。

ええ?!!
皆が騒然とする。
その行動の異様さに、クレームを入れていた保護者も怯えて黙ってしまった。

結局、精神状態がやばいということで、F先生は病院へ連れていかれた。

この騒動が落ち着いた頃。
また担任の先生と2人で、この件を話していた。

「こうなると何かあるって思わざるを得ないよなぁ。……そういえば、E先生、名刺もらったって言ってなかったっけ?」
「あ、そうだ」

その時までまみさんから名刺を受け取っていたことをすっかり忘れていたEさんは、名刺入れから名刺を取り出した。

それは印刷された名刺ではなかった。

光沢のある厚紙に、綺麗な達筆で

「狐狗狸さん」

と漢字で書かれていたのだ。

「……コックリさん?」
「あ」

Eさんは、国語の先生だということもあり、すぐに閃くところがあった。

狸は「まみ」とよむのだ。

ということは。

「……君のイタズラじゃないよね?」
「こんなことしないですよ……どうしよう」
「どうしようもなにも」

そんな話をしていると、自分たちの受け持つ教室で騒がしい声が聞こえる。
行ってみると、生徒達が騒いでいた。
どうしたの、と尋ねてみると、生徒たちはこんなことを話し始めた。

放課後。
教室で生徒が1人、寝ていた。
教室には他の生徒たちもいたが、その子を放っておしゃべりに夢中になっていたのだという。
すると、寝ていた子がいきなり起きて、「まみさんがきた、まみさんがきた」とパニックに陥った。
どうしたの?と周りが尋ねると、まみさんがさっき来たのだ、と慌てた口調でいう。

「まみさんなんて別に怖くないでしょ?」
「ううん……口調は普通なんだけどさ、目が。目が釣り上がってて、動物みたいだった……」

そう言って泣き出したというのだ。

Eさんと担任の先生は、自分たちがまみさんの話をして、名刺を見ていたこととの奇妙な偶然の一致に、ゾッとしたそうだ。

その日。
Eさんたち2人がまみさんの家に行ってみると、すでに引っ越したようで、まみさんはいなくなっていた。

結局、F先生はそのまま退職し、その生徒も卒業まで一度も登校しないままだった。
そしてそのまま誰の口の端にもまみさんの名前は上らなくなって、騒動は完全に終わったのだそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第9夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第9夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/613456130
(30:13頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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