白衣【禍話リライト】

現在、学校の先生をやっているAさんは、女子校時代は風紀委員だった。

ただその学校の風紀委員会自体は有名無実化していて、まじめに活動をしていたのはAさんだけだったのだという。
Aさんはボーイッシュで度胸があることもあって、同級から特に信頼されていた。
女子校にふらふら入ってきた不審者を詰問して摘まみ出したことも一度や二度ではない。
そんな活躍ぶりから、ついたあだ名は「委員長」だったのだそうだ。
実際は一介の委員に過ぎなかったのだが。

「そういう風におだてられて、頼りにされるのが嬉しかったんですよね」

Aさんは、当時をそう振り返る。

「だからってわけじゃないけど、ちょっと調子に乗ってたんだと思います。学園の平和を守るのは私しかいないって」

その結果、Aさんはとても怖い思いをすることになる。

その年の夏休み前、放課後になるとしばしば生徒がAさんのところに駆け込んでくるようになった。
立ち入り禁止になっているが予算の関係で取り壊されていない旧校舎に、不審人物がいる、と。
どうやら女性で、白衣を着ているらしい。
窓のところをスッと移動するのが、外から見えるそうだ。
その話を聞いて、Aさんは慌てて現場に向かうが、外からどんなに様子を伺っても人影は見えない。
さすがにAさんと言えど、旧校舎に立ち入ることは許されていない。
旧校舎は全体的に施錠されているが、玄関だけは南京錠とチェーンで閉められているだけで、うっすらと開く。
きっとここから出入りしているのだろうと、その前でしばらく待ってみるが誰も出てこない。

そんなことが何度か続いたのだという。


本来であれば、教師に報告して対応を仰ぐべきなのだろう。
しかしAさんには、学園の平和は自分が守っているのだという自負があった。
だから先生方には何も言わず、自主的に放課後、旧校舎のあたりをパトロールしていたのだという。

自主パトロールをはじめて、数日後のことだ。
いつものように旧校舎に向かうと、二階の隅の教室の窓に、チラリと白っぽい人影が見えた。

「あれだ!!」

Aさんはそう思った。
そして、今日こそは逃がさないぞ、とばかりに、玄関まで駆けていって、うっすらと開いた扉のあいだに、無理やり体を通して旧校舎のなかに入って行ったのだという。

旧校舎の階段は一つ。

そして出口はこの玄関だけ。

あの人影はもう袋の鼠だ。

高揚したAさんは、わざと大きな足音を立てながら、二階へと向かった。
古い木造の旧校舎は、少し歩くだけでギシギシと大きな音で軋む。
もしAさん以外の誰かが廊下を歩いていたら、音ですぐにわかる。
旧校舎に響いているのはAさんの足音だけだ。
ということは、例の人影はまだ二階の隅の教室にいるのだろう。
夕日がうっすらと差し込む薄暗い旧校舎のなかを、Aさんは意気揚々と二階に向かっていった。

階段を上り、隅の教室に向かう。

どんなに息をひそめてたって無駄だぞ。
そこにいるのは分かってるんだからな。

そんな気持ちだった。
教室に着く。
出入り口に手をかける。

ガッ。

開かない。

ボロボロにさびた南京錠がかけられている。

あれ?閉まってる?

そう思って後ろの出入り口に向かう。
そこも同様に、さび付いた南京錠で施錠されていた。

あれ?これじゃあそもそも入れないじゃん。

そう思って、ガラス戸から薄暗い教室のなかを覗いた。

一切何も残っていない。

人がいる様子もない。

だが。

あれ?なんだ?

教室の床や壁、天井に黒い点々としたシミがついているように見える。
暗いのでよく分からないが、じっと目を凝らして観察する。

あ。

ふと、ある考えが浮かんだ。

これって、血じゃない?

そう思ったその瞬間だ。

Aさんは急に、今自分はものすごくやばい状況に足を踏み入れてしまったんじゃないか、という思いに囚われてしまった。

ここにいるのはきっと、生きている人間じゃない。

元来Aさんは、幽霊などを信じていなかったのだが、なぜか頭にそんな考えが浮かんできて、しかもそれが正しいと確信していたのだそうだ。

やばい、やばい。

先ほどまでの高揚感はどこへやら、急に心細くなったAさんは、日が落ちかけて更に薄暗くなった旧校舎内を、足音を立てないようにゆっくり、ゆっくりと歩いて玄関へと戻っていった。

この旧校舎内にいる何かに見つかってはならない。
やばい、やばい。

そう思いながら、手すりを伝って、そーっと階段を下りていく。

まもなく一階に到着する、という、その時だ。
急に校舎のなかの雰囲気が変わったような気がした。
それと同時に音が聞こえる。
玄関の方からだ。
ガチャガチャ、ガチャガチャと、金属がこすれあうような音。
それに合わせ、人の声のようなものも聞こえる。

なんだ?

階段を下りたAさんは、そっと玄関の様子を伺った。

そこには。

白衣を着た女性が、向こう向きで玄関扉の手すりをチェーンでぐるぐる巻きにしていた。

ぐるぐる巻きにしながらその女性は、「うっはっは、へっへっへ」と笑っている。

なぜかその光景は、昼間の様子のように見えた。

真昼の太陽が照りつける中、玄関が開かないように必死でチェーンをぐるぐる巻きにしている。

玄関の向こうには、数人の人がいるようだ。

こんなに明るいのに、姿ははっきりとは見えない。

ただ、「やめるんだ!!」とか、「開けなさい!!」という声だけは聞こえてくる。

何、これ?

自分の見ている現実離れした光景が信じられず、立ち尽くすAさん。

女性は相変わらずこちらに背を向けて笑いながら、「これだけやったら邪魔入んないよねー」と言っている。

「やめなさい!!あけなさい!!」

扉はチェーンがグルグル巻きにされ、向こう側から何人もの人が押し開けようとしているようだが、ギシギシときしむだけで開く様子がない。

「いやー、無理だ無理だ。だってこんなにチェーンでぐるぐる巻きになってるんだもん」

その瞬間だ。

女性が急に、向こうを向いたまま、ピタッと動きを止めた。

そして、「あ~れ~?」と言いながら立ち上がる。

私がここにいるのが、バレた。

Aさんは直観的にそう思ったのだという。

Aさんは踵を返し、階段を駆け上がった。

と、同時に。

Aさんを誰かが後ろから追いかけてくる足音がした。

「あんだけ確認したのになー、あんだけ確認したのになー」

などと言っている。

「あんだけ確認したのになー、やっぱり手抜かりってあるのかなー」

そう言いながら、ものすごいスピードで追いすがって来る。
ふと、右手の教室の扉が一つだけ開いているのに気が付いた。
慌ててその教室に駆け込み、引き戸を閉め、鍵をかける。

それと同時に、足音が扉の前でピタ、と止まった。

Aさんは、恐怖心と安ど感から、腰が抜けたように座り込んでしまった。

すると。

扉の向こうから、含み笑いをしながら話す声が聞こえ始めた。

「あとになって、白装束だから死に装束だ、なんて言われることがあるんだけど、まあ、確かに?結果的に?そうなっちゃったところはあるんだけどぉ」

何だこれ、何言ってるんだこの人!!

「だけど私としては心外で、理科の教師が全員そうだと思われるのはやなんだけど、でもね、自分がしちゃったことを考えたら、確かに死に装束って言われても仕方のないとこがあるかなぁって。でもさあ、後になって…」

話がまた冒頭に戻った。

そしてぐるぐるぐるぐると、同じことを繰り返している。

なんなのこの話!?怖いし終わんないし、どうにかしてよ!!

Aさんがそう思った、その時だ。

「まあ、確かに」

突然声がしなくなった。

扉の向こうの気配も消える。

あれ?いなくなった?

ホッとしかけた、その瞬間。

その教室の教卓のところから。

「結果的にそうなっちゃったところはあるんだけどぉ」

声が聞こえた。

おもわず教卓に目をやる。

白衣を着た誰かが、そこに立っている。

教室はかなり暗くなっていて、顔は見えない。

すると。

「じゃあちょっとねー」

と言って、ポケットから何かを取り出した。

工業用の大きなカッターだった。

チチチ、と刃を出す音がして、教卓の女性はそれをのど元に当てた。

いや!!見たくない!!

そう思ったAさんが目をつぶってしゃがみこんだ、その瞬間。

フワ、と、何かが上からかぶせられた。

濡れてた布のような感触。

何だ??と目を開けると、血にまみれた白衣だった。

そしてその白衣の上から、何かがAさんの頭をギューッと押さえつけてくる。

頭への圧迫感と、血の匂いと、汗のにおいに、Aさんはそのまま気を失ってしまったのだという。

気が付くと、Aさんは保健室に寝かされていた。

周りには顔見知りの生徒数人と、何人かの先生方がいる。
生徒たちは泣きながら、「委員長?!目が覚めた!!よかった!!」「委員長がおかしくなっちゃったかと思った!!」などと口々に言っている。
先生方も、「大丈夫か??気分は?」などと聞いてきた。

「大丈夫です…」と答えながら時計を確認すると、19時を回っていた。

自分が旧校舎に入ったのは18時頃のはずだ。

一時間以上も時間が経ってるのか?

状況がつかめず、ふっと視線を落とすと、制服を着ていない。
自分のものではない、誰かのジャージを着ている。
そして、頭が水で洗われたようにびしょびしょに濡れていた。

え?
どうしたの??
私、何かやったの??

混乱しているAさんに、教頭先生が、「ごめんなぁ、結びつけて考えてなかったんだ」などと言って謝ってきた。
「窓のことは気にしなくていいからな、本当にこちらの落ち度だった」などと言っている。
どうやら自分は何かをしたようなのだが、窓を突き破って外に出たらしい、という以外のことは誰も教えてくれなかった。
「私の制服は…?」と尋ねると、「あれはもう燃やした」と教頭先生は答えた。
え??何で燃やしたの??

Aさんが理由を尋ねても、皆、言葉を濁して教えてくれなかったのだそうだ。
親には先生方から電話が行って、事情を説明されて制服代も弁償してもらったようなのだが、Aさんが何をしたのかということについては、親に聞いても教えてもらえなかったのだという。

「だから私、いまだにあの時私が何をしたのか知らないんです」

そう言ってAさんは苦笑する。


その旧校舎は、それまで予算の関係もあって何年も放置されていたのだが、結局その夏休み中にすっかり解体されたのだという。
Aさんは嫌だったので旧校舎の解体を見に行かなかったのだが、それを見に行ったという生徒の話をたまたま耳にしたのだという。

「建物って、壊した後にも地鎮祭するんだね」

それを聞いたAさんは、心のなかで、それは地鎮祭じゃなくてお祓いじゃないかな…と思ったのだそうだ。


Aさんは今、母校とは別の学校で教鞭をとっているのだが。

「あれ以来、どうしても白衣がダメになっちゃったんですよね。だから理科の先生と養護の先生を避けちゃうんです。悪いんですけど」

Aさんはそう言って、また苦笑いした。


——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「真・禍話/激闘編 第6夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

真・禍話/激闘編 第6夜
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/390746840
(1:04:36頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?