バラバラバイクの夢【禍話リライト】
大学進学を機に、Yくんは全く馴染みのない土地に引っ越した。
新生活にも慣れてきた頃、朝、いつも通っている大通りを通って大学に向かっていると、反対車線のあたりに人だかりができているのが目に入った。
どうやら事故があったようだ。
もうすぐ救急車と警察が来るよ、という声が漏れ聞こえてくる。
チラッと現場を見ると、バイクがバラバラになっていた。
何かにものすごい勢いで激突したようだ。
うわ、バイクバラバラになってるよ。
これ乗ってる人絶対……
Yくんは、頭に浮かんだ嫌な想像を振り払うようにかぶりを振る。
朝から嫌なもの見ちゃったな……
そう思いながら信号を渡って、再び事故現場を振り返ってみる。
人垣に目隠しされたようなかたちになっているため、事故にあった人の姿は見えない。
ただトラックが止まっているところを見ると、そのトラックがなんらかの形で事故に関係しているのだろうな、と想像できた。
その時だ。
ふと、Yくんは違和感を覚えた。
道路に散らばる、バイクの残骸。
その量が、やたらと多いのだ。
……これ、2台分とかじゃないよね?
改めて見ると、ものすごい大事故である。
ただ、これほどの大事故であれば、大きな音がしそうなものだ。
現場は家を出てすぐのところで、家は安普請なこともあって大通りの音も聞こえやすい環境である。
そんな音、しなかったけどな……?
不思議には思うが、授業が始まる時間も近づいてきている。
気にはなるものの、Yくんは大学に向かった。
授業中もずっとその事故のことが頭から離れず、どことなく、心ここにあらずという状態が続いていたのだそうだ。
授業が終わり、その日は食事会の予定だったので、夕方ごろに同じ場所を通ったのだが、朝見た事故の痕跡が、何一つない。
え、なんかしらあるでしょ?
チョークの跡とか、花束とか……
そう思って目を皿のようにして見てみるが、やはり何もない。
Yくんはどうにも釈然としない思いを抱えたまま、食事会に向かったのだそうだ。
あまりにも違和感を覚えるような事態だったため、スッキリしないYくんは、食事会の席で、近所に住む知り合いたちに聞いてみたのだという。
「今日の朝さ、あの大通りでなんか事故あった?Qのあたり」
「いや、事故なんかないけど?」
「そうそう、別にいつもと変わらない感じだったよ」
あれ?
そういえば……
そこで初めて、Yくんはもう一つの違和感に気づいた。
いつもその朝一番の時間帯に大通りを通ると、必ず知り合いに会うのだ。
同じ授業をとっているのだから、当然といえば当然である。
しかし今日は、誰にも会わなかったのだ。
それだけならまだ良い。
偶然会わない、ということがたまたまこれまでになかっただけで、そういうこともありうるだろう。
しかし。
今日の朝、自分以外の通行人は誰1人いなかったのだ。
通学する大学生も、通勤するサラリーマンも、犬の散歩をするお爺さんも、誰1人。
人がいたといえば、あの人だかりだけである。
しかし、その人だかりもよくよく考えればおかしい。
というか、なぜその瞬間まで何一つ疑問に思わなかったのか、Yくん自身も理解できないほどだった。
人垣を作っていたのは、子供だけだった。
思い返してみると、記憶もはっきりしている。
そこにいたのは幼稚園の制服らしきものを着た、子供ばかりだった。
だが、自分は寝ぼけていたわけではないし、酔っ払っていたわけでもない。
それにしては、辻褄が合わない、おかしなことだらけだ。
「本当に今朝、1限始まる前くらいの時間帯に、大通りのQあたりで事故ってるの見ませんでしたか?」
Yくんは先輩たちにも聞いてみた。
すると、1人の先輩が驚いたような声を上げる。
「え、Qのあたり?今日?」
「そうですそうです」
「んー、でもあそこって……昔、すごい事故があったことはあったけど、もう5、6年前の話だぞ」
「え?」
「それは本当にすごい事故でさ、俺も高校生だったけどよく覚えてるよ。付き合ってた彼女が遺体を見ちゃってね。半年くらい肉が食えなくなったってくらいの大事故だったよ」
「バイクの事故、なんですか?」
「ああ、確かにそれはバイク事故だった。バイクとトラックの接触事故でな。でも、今日の話じゃないぞ。今日は俺も朝通ったけど何も見なかった。それ、相当前だよ。最近じゃないよ」
そんな話をしている間に、他の先輩がスマホで警察の事故情報を見て確認してくれていたのだが、やはりそんな事故は見当たらない、という。
「うーん、やっぱないよ」
「え……?」
「なんか気持ち悪い話だなぁ」
その後、雰囲気を変えるために先輩たちが別の話題を振ったため、その日はそれで話は終わったそうだ。
食事会が終わって家に帰っても、やはりどうにもスッキリしない。
Yくんは地元に彼女がいるので、電話をして、その話をしたのだそうだ。
俺、こんなことが今日あって、気持ち悪いんだよね……そんなことを彼女に伝えると、彼女も、そうなんだ、それ気持ち悪いね、と同調してくれる。
少し気持ちが落ち着いてきたところで、彼女は唐突にYくんにこんなことを尋ねてきた。
「ところで、今、外からかけてる?」
「いや?部屋の中だよ?」
「じゃあ、テレビつけてる?」
「つけてないよ。何?」
「うーん、携帯が音拾うのかなぁ……」
「何?」
「子供がキャアキャアいう声がするんだけど、近くに夜間保育所みたいなのがあるの?」
「いやぁ、ないけど?!」
彼女は、そっかそっか、ごめん変なこと言って、と取り繕ってくれたが、Yくんとしてはそれどころではない。
そそくさと電話を切ったそうだ。
気持ち悪い気持ち悪い!!
こんな日は早く寝るに限る……
いけないこととは理解しつつ、Yくんはお酒を飲んで、すぐに寝てしまったのだそうだ。
Yくんは、誰かに体を揺さぶられるような感覚で目を覚ました。
「ダメだよ、続けなきゃ」
そう諭す声が聞こえる。
「ハイ、すいません!!」
そう返事をして起き上がるが、自分の周りには誰もいない。
そこは、夜の体育館だった。
……あらかじめ言っておくと、これは夢での出来事である。
だから、揺さぶられて目を覚ましたのも、夢の中で目を覚ました、ということを意味する。
夢の中のYくんは、自分の状況を特に異様なものとは認識していない。
むしろ、ああ、そういえば作業中だった、と思ったのだそうだ。
夢の中で目を覚ましたYくんの目の前には、ブルーシートが広げられている。
そしてそのブルーシートの上に、バラバラのバイクのパーツが乱雑に積み上げられていた。
そうそう、これをなるたけ元通りに近い形に戻すように言われてたんだよな。
その作業の途中でうたた寝しちゃったんだ。
そう思って、目の前にあるパーツを並べ始める。
その行為に、Yくんはなんの疑問も感じていない。
バラバラのパーツを見ても、例の事故を思い出すことすらなかった。
それにしても、えらいこれきったないなぁ……
体育館は照明が暗く、よく見えない。
ただ、ひどく濡れているな、ということはわかる。
「なんだ、これ。汚い汚い」
そんなふうにぼやきながら、ある程度バイクの形を整えていく。
が、どうにもパーツが多い。
やっぱりこれ、2台分あるな。
片方は比較的原型をとどめているので復元作業は可能だが、もう片方は復元不可能なほどボロボロで、細かくなってしまっている。
うん、やっぱ2台分だよ。
そう思った、その瞬間だ。
視界の隅に、白い服を着た人らしき姿を認めた。
Yくんは、その人物が作業報告すべき相手だと思ったため、その人の方向に向き直りながら、
「やっぱり2台分ありましたね」
と言った。
Yくんの視線の先、体育館の入り口に。
白い手術着を着た人が立っていた。
……なんだ?
Yくんが戸惑っていると、その人物はペタペタと足音を立てながら、こちらに向かって歩いてくる。
体育館は暗くて顔は見えていなかったのだが、その人物は頷きながら歩いている。
バイクの部品が2台分だということを納得しているような印象を受けた。
「うん、うん」
やがてその人物が近づいてきて、顔が見えた。
その顔は、男女も判別できないほどに崩れ果てていた。
Yくんは悲鳴をあげ、反対方向に逃げようとした。
ところが、何かにつまづいて大きくよろけてしまう。
足元を見ると、先ほどまではなかった赤黒い塊が落ちていた。
血まみれの、ヘルメットだ。
それを認識した瞬間、Yくんは再び大きな悲鳴をあげ、脱兎の如く走り出そうとした。
その瞬間。
「危ないよ!!にいちゃん!!」
誰かが後ろからYくんをギュッと抱きしめた。
ハッと気がついて周りを見回すと、そこは家の近くの大通りで、車道に向かって飛び出そうとしていたところだった。
そのYくんを、酒臭いおっさんが懸命に押さえつけている。
「どうしたの?にいちゃん」
酒臭い息を吐きながら尋ねてくるおっさんに、ポツポツと経緯を話すと、おっさんは酔いが覚めたようで、「怖え」と呟いて真っ青な顔になった。
結局、そのおっさんとは意気投合して、飲み友達になったという。
おっさんはその事故について、比較的詳しく知っていた。
案の定、2台のバイクが絡む死亡事故だったそうだが、現場はYくんの家の目の前というわけではないし、亡くなった人も近隣の住人ではない。
「死んだ人とあんたの家にはなんの関係もないんだけどなぁ」
おっさんはそう言って首を捻ったそうだ。
「まあ、たまたま波長的なものがあったとか、そういうことなのかもしれないな」
そう言われて以降、Yくんはその事故現場に、決して近寄らないようにしたそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第5夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
ザ・禍話 第5夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/605583654
(29:12頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。
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