落武者ホテル【禍話リライト】

「『落武者ホテル』って知ってる?」
「知らない、何そのミスマッチな名前のとこ」
「心霊スポットなんだけどさぁ」

Nくんは、大学の部室でだべっているときに、友人から初めて通称「落武者ホテル」と呼ばれる心霊スポットの噂を聞いた。
友人は、「正式名称は知らないんだけどさ、みんなからそう言われてるっていうんだよね」と続ける。
だが、正直言ってNくん自身、その「落武者ホテル」なる心霊スポットの噂を真に受けることはできなかった。
「落武者」と「ホテル」という二つの単語の食い合わせの悪さは如何ともし難い。

「おいおい、せめて落武者が出る旅館だろうよ。何だ落武者ホテルって。落武者がエレベーターから出てこないだろ」

Nくんが呆れ半分にそういうと、その場にいた部員たちも「それはそうだな」「嘘なんじゃねえ?」と言い出す。
噂を聞いたという友人も、「そう言われればそうだな」と納得してしまっている。

「お前、その場所は聞いてるのか?」

Nくんが尋ねると、友人はこくこくと頷く。

「聞いてるよ」
「行ってみようぜ。落武者ホテルなんて、絶対嘘だよ、何もねえところだ」

その一言で、その場にいた五人ほどで、ゾロゾロと「落武者ホテル」に行ってみたそうだ。


問題のホテルについてみると、そこは廃墟となったラブホテルだった。
こうなると、いよいよ落武者と関係ない雰囲気が漂ってくる。
しかもそこは、コテージが点在しているタイプの、昭和のある時期に流行ったようなタイプのラブホテルだったのだ。
車の中でその廃墟を見たときに、思わず誰かがこんな言葉を漏らす。

「何だよ、落武者が出歯亀するんか」
「いやいや、一個一個コテージになっているだろ?落武者がゴムを配るんだよ。『避妊をしろぉ』とか言ってさ」

そんなふうに冗談を言いながら、ゲラゲラと笑う。

「じゃ、この辺に車止めとこう」

国道から入ってすぐのところにある廃墟で、入り口の辺りは車が数台は停められそうな空き地になっている。
そこに車を停め、全員が車から降りた。

「ほーんと、なんで『落武者』なんていうのかねぇ」

そう言いながら、Nくんが受付棟らしき建物にライトを当てると、スプレーで書かれた落書きの中に、一際目立つ絵があるのに気づいた。
それは、真っ黒に塗りつぶされたシルエットのような絵で、髪がざんばらな、生首のようなものに見えた。

「あ、これ。誰かがこんな落書きをして、それがまた、たまたま髪が天然パーマみたいなふわっとした髪型で、落武者みたいに見えるから『落武者ホテル』って言われんのかな?」
「この場所にあるんじゃ、来た奴はみんな見るしね。目印みたいなもんだ」

皆はそれに納得する。

「ってことは、絶対これ落武者出ないじゃん」
「あーあ、期待して損した〜」
「まあいいじゃん、せっかくだから一応見て回ろうよ。物音の一つでもしたらいいってことで」

Nくんの言葉に、皆が、そうだね、と納得する。
それほど遠くまで来たわけではないが、一応ここが目的地なのだ。
何もしないで帰るのは勿体無い……そういう気持ちで見て回るのだから、もちろん本当に怖いことが起きるなどということを期待しているわけではない。
どうせ何も起きないだろう。
そうタカをくくっていたのだが。

Oさんという女子の様子が、少しおかしいことにNくんは気づいた。
明らかにテンションが下がっている。
先ほど車内で、落武者がゴム配る話をしていた時はゲラゲラ笑っていたのに、いつの間にかテンションが落ちているようだ。

どうしたんだろうな?

そうは思うが、別に深刻な状況というわけではないので、Nくんはそこまで気にしていなかったそうだ。
そもそも、この廃ホテルに、異様なものは何も見当たらない。
まあ、昔に作られた、そういうラブホテルだなあ、という以外何の感想もない。
残置物なども見当たらない。

だから、見回るにつれ雰囲気はダレてくる。
そういうこともあって、三つ目の部屋あたりで、NくんはOさんに対して冗談を飛ばした。

「テンション低いなぁ。お前だけ幽霊が見えてるのか?そういう時は言ってくれよ、逃げるから」

するとOさんはニコリともせずこんなことを言う。

「いや、私ね。あれ、女の首に見えたな。みんなは落武者だって言ってるけど、私は女の首に見えたな」
「……まあまあ、別にシルエットの絵だからどう感じてもいいけど、別に落ち込むほどじゃないでしょ」

実際、その程度のことで普通は落ち込まないだろう。
だが落ち込んでいるのは確かなので、Nくんはフォローしようと思ったらしい。

「ま、どっちかというと、クラゲにも近いよね。いろんな見え方がするんだから、そんな凹むことないじゃん。どうして凹んでんの?」
「私もわかんないけど、うーん……」

まあ、何だかわからないけど、急にテンションが落ちることもあるよな。

話を聞いて納得したわけではないが、少しすっきりした気分にもなったので、NくんはOさんを無理に元気付けようとするのは諦めたのだそうだ。

ところが。

さらにしばらく見回っていると、今度はOさんがねえねえ、とNくんの服の裾を引っ張ってくる。

「ん?どうしたの?」
「他の人たちも来たから、帰ろう」
「え?他の人きたの?」

Oさんの話によると、車の音がしたので受付棟を見ると、三人の女子高生らしき集団がこっちにやってくるのが見えた。
そして、例の落武者っぽく見えるシルエットを見て、なんだかんだ話していたのだ、と。

「ちょっと遠かったから、何言ってるかはよくわからなかったけど、制服着て、あの絵を見ながらプリクラがどうこうって言ってた」
「プリクラ?」
「そう。ねえ、他の人も来たんだから帰ろうよ」
「うーん、じゃあ帰る?」

Nくんは、奥にいた奴らを呼んで、「なんか、高校生が肝試し来てるらしい。そろそろ帰ろうや、何もないし」と告げた。
他の三人も惰性で見回っていただけだったので、まあ、そうだな、と納得したそうだ。

そして五人は受付棟まで戻ったが、人の姿はない。

「あれ?女子高生いないよ?いたんでしょ』
「うん。二、三人で落武者に見えるイラストをライトで照らして、プリクラなんだよねとか言ってた」
「どう見てもプリクラじゃないだろ、これ」
「でも、女子高生だからさ。こんなとこ来てもプリクラなんだって思ったんだよね」
「はあ、そういうもんかね?……じゃあ帰ろうか」

そう言って、Nくんが車を照らす。

「ん?」

後部座席に、誰かが座っている。

ここに来たメンバーは、全員がここにいる。

ひょっとすると、女子高生が冗談で乗った?

だが、鍵は間違いなくかけている。
無理やり鍵を開けようとすれば、警告音が鳴り響くだろう。

「あれ?」

部員の一人が車に近づきかけたところで足を止める。

そしてこう言った。

「女性が乗ってる。後ろに」
「え」

なになに、と言っていると、車に一番近いところにいたガタイのいい奴が、「うわ、うわ」と言いながら後ずさった。
Nくんは、そいつが後ずさるところなど、見たことがない。
だが、そいつは明らかにパニックに陥っている。

「おいおいおい」
「どうした?」

Nくんが尋ねる。

「女がいる」
「それはわかるよ、俺らにも見えた」
「その女が、ゆらゆらしてる」
「ゆらゆらしてる?」
「俺、変なこと言うぞ。女がゆらゆらしてるんだ」

意味がわからない。
その気持ちが顔に出ていたのだろう。
焦れたようにそいつは説明を重ねてくる。

「あの車は水中にはないんだけど、水中にいるみたいな感じでゆらゆらしてる!!」
「いやいやいや、それダメでしょう!」
「何言ってんだよ?!」

そいつの説明に、今度は皆がパニックに陥る。

「だって、え、だって」

そいつは生唾をごくりと飲み込んで、こう続けた。

「思ったけどあれ、髪が若干天パーなやつで、そいつが今車の後部座席でゆらゆらしてるんだよ!クラゲみたいに!!」
「おいおい!!」
「ええ?!」
「どういうこと?どういうこと?」

皆が恐怖に慄いていた、その時だ。

「ってことは、その女はやっぱり溺れ死んだんですかね?」
「はあ?!」

急にそんな声が聞こえたため、皆が一斉に声の方向を見る。
そこには制服を着た女子高生が3人立っていて、手に手に懐中電灯を持っていた。
しかし、明かりはつけてない。

その先頭にいる女子高生は、腕組みをして嬉しそうに繰り返す。

「その女は、やっぱり、溺れ死んだってことですかね?」

そこには女子高生など、今までいなかった。
音も立てずに、忽然とそこに現れたのだ。

「……何言ってんの?」

Nくんはかろうじてそれだけを口にする。
チラリと車に目をやると、後部座席にはあいかわらず女がいて、前後左右にゆらゆら揺れているのが見えた。

気持ちわる!!

女子高生はさらに続ける。

「ということは、この辺、近くに溜池があるんですけど、そこで亡くなった人ですかね?」

こうなると、女子高生も怖いが車も怖い。
Nくんたちは大声で叫んで、皆で一斉に国道まで走って逃げた。

「ちょっと待て!!もうちょっと、知り合い呼ぼう!!」

Nくんは皆にそう声をかけ、一旦立ち止まると他の部員で車を持っている奴らに電話して、近所のコンビニに来てもらった。
そのあと、新しく来たメンバー含めてみんなで行ってみると、車は変わらぬ様子で普通に置いてあった。
しかし後部座席に謎の空気の層があるかのように、一箇所だけものすごく寒い場所があったのだという。
仕方ないので、後から来た一番信じていないやつに運転してもらって、五人はそれぞれ別の車に分乗して帰った。

戻ってみた時に、例の女子高生はいなかったそうだ。

その後は特に何も起こりはしなかったのだが。



車の中で、Nくんが何が起こったかを説明している時のことだ。

「でさ、Oさんが、その女子高生が絵を見ながら『プリクラ』とか言っていたって」
「プリクラ?」
「そう。何なんだろうな」
「……シミュラクラ、じゃないですかね」

人間は3点があると、人間の顔として認識するという、あれだ。

「……ああ、そうかもな。でも、どういうこと?」
「うーん、それが生首を描いたものじゃないんじゃないってこととか?無意味な記号っていうか、シミみたいなもんで」
「うんうん」
「でも人間はそれに意味を見出しちゃうから……それに対応するお化けが召喚されちゃう、とか?」
「なるほど……お前、嫌なこと言うなぁ」

もしかするとあの女は、Nくんたちの恐怖心が呼び出したものだったのかもしれない。
だが、もしそうだとすると、あの女子高生は?

「さしずめ……プロデューサーっていうか、クリエイターっていうか、そんな感じなのかもしれないですね」

それ以来Nくんは、人の恐怖心を焚きつけ、怪異を「創造する」存在がいるのではないか……と思うようになったのだそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第7夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第7夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/609481099
(47:38頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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