大丈夫ですよ!【禍話リライト】

その日、Dくんは、夜に近所にある市立体育館の隣の道を歩いていた。
11時頃のことだったそうで、他には前を見ても後ろを見ても誰もいなかったという。
それもそのはずで、体育館前の通りから二つ向こうが大通りになっていて、店舗などもあり、車も歩行者も自転車も、そちらを通るのが常だったからだ。
Dくんも御多分に洩れず、いつもは大通りを歩いていたのだが、その日は気分の問題もあって、人も車も夜間にはほとんど通らない、体育館前の通りを歩いて帰ることにしたのだそうだ。

その時だ。
気配を感じたわけではない、とDくんは言う。
なんとはなしに体育館を見上げると、その上の方にある大きな窓が目に入った。
そして、その窓の向こう側に。

窓と同じくらいの大きさの人が立っていたのだった。

窓の大きさは、目算で2.5〜3メートルくらいはある。
それと同じ大きさの人間など、その街にいるわけがない。
それだけでなく、その窓のある場所には、足場があるのかどうかもわからないのだ。

一瞬、シールでも貼っているのかな、とDくんは思った。

違う。
人だ。
窓の向こうに立っている。
いや……浮いている?

思わず凝視してしまう。

その瞬間。

その人物の首が、ぐいと横に動いた。

「うわ!!」

Dくんは思わず叫んでその場にしゃがみ込んだ。
お化けだ、とか、幽霊だ、とか、思ったわけではない。
気分的に塞ぎがちだったこともあり、自分がおかしくなっちゃったんじゃないか、と思ったのだ。
うずくまったDくんは頭を抱えながら叫び続ける。

「うぇー、なんで!?嘘、マジで!!」

すると。

「大丈夫ですよ」
「は?」

自分に向かって誰かが語りかけて来る声が聞こえた。

「大丈夫ですよ」
「大丈夫ですよ、大丈夫ですから」

おばあさんと中年女性の声だ。
思わず声の方向を見ると、体育館の向いの家の塀の上に顔の鼻から上を出して、中年女性とおばあさんが並んでこちらを見ている。
その家はぱっと見たところ、荒れ果てているように見えた。
塀もボロボロだ。
おそらくはその庭に二人が並んで立っていて、塀越しにDくんを見ている。

「大丈夫ですよ」
「大丈夫ですよ」
「……え、なんですか?」

思わずDくんがそう答えると。

「私たちもあの女見えてますから、大丈夫」

二人は声を揃えて、そう言った。

うわ、怖え!!

Dくんはそのまま逃げ出して、家に飛び込むと自室のベッドでガタガタ震えていたそうだ。

全然大丈夫じゃないだろ!!
何が大丈夫なんだ!?

そんなふうに思っているうちに、Dくんはいつの間にか眠ってしまったようだった。

翌日。
仕事が休みだったDくんは、あまりに気になるので、昼間に体育館に行ってみたそうだ。
その日は、小学生のクラブ活動と、ママさんバレーの練習のようなものをやっていて、体育館は賑わっていたという。

こうしてみると普通なんだけどな……

そんなふうに思いながらその窓を見上げると。

その窓だけ、カーテンが閉められていたのだそうだ。

……でも、昨日はカーテンなんてなかったけどな。

そう思ったがすぐにその考えを打ち消す。
今カーテンが閉められているということは、昨夜もカーテンは閉められていたはずだ。

そういえば。

そこで唐突にDくんは思い出した。

昨日、大丈夫だよって言ってた人たちの家は……

そう思って振り返ると、夜に見た印象以上に荒れ果てている家がそこにはあった。
塀の隙間から見える庭には草が生い茂っている。
ただ、人は住んでいるようで、玄関口のところは掃除されていて、閉め切られたカーテンからは明かりも漏れている。

Dくんがその家の様子を眺めていると、犬の散歩をしていたお爺さんに声をかけられた。

「この家の人とトラブル?」
「いや、違いますけど」

そう答えて、このお爺さんなら、何か知っているんじゃないか?と思い、尋ねてみた。

「この家、草ぼうぼうですけど、住んでらっしゃるんですか?」

するとお爺さんは答えにくそうに声を潜めて、「ちょっと歩きながら喋りましょう」と言って歩き出した。

その家から少し離れたところで、お爺さんは話し始める。

「あんたは草ぼうぼうだって言ってたけどさ、よく見たらわかると思うけど、あれ、雑草だけじゃないんだよ」
「と言いますと?」
「元々は庭をちゃんと手入れしていたんだ。ところがね……まあ、要領を得ない話なんだが、夜中に“何か“を見たらしくて、それからおかしくなってしまったんだよ」
「ええ……。他にご家族などは?」
「あそこは元々お父さんのいない家で、お母さんと娘さんだけの二人暮らしだったんだよ。それが、夜に揃って“何か“を見ちゃったらしくて、それから荒れ放題になってね」

お爺さんは同じ内容を繰り返す。

「それからは、言っていることもいまいちわからなくなっちゃってね……なんなんだろうね、あの人らが見たってのは」
「……ありがとうございました」

そう礼を言って、Dくんはお爺さんと別れたそうだ。

後で気になったDくんは体育館を調べてみたという。
しかし、Dくんの知り得た限りでは、体育館にもその場所にも、何も曰くはなかったそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第17夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第17夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/627783024
(41:55頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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