二十六日女【禍話リライト】

Sくんは、ご両親と弟、そして祖父と暮らしている。
先日の日曜日に、昼頃まで寝ていたSくんが一階のリビングに降りていくと、お爺さんだけがソファに座っていた。
両親や弟は、それぞれどこかに出かけていったそうだ。
「おはよう」と挨拶を交わして、食卓で朝食にヨーグルトを食べていると、お爺さんが食卓までやってきて、おもむろにこんな話を始めたのだという。


—-------------------------------------------------------

今から50年ほど前のことだ。
Sくんのお爺さんは、まだ20そこそこだった。
その、ほんの一時期だけ、お爺さんは同じ夢を頻繁に見ていたのだそうだ。
当時お爺さんは、林業の見習いのようなことをしていて、頻繁にある山に通っていたらしい。
作業場は、林道をしばらく上がっていった先にあったのだが、一本道で脇にそれていくような箇所はないので、絶対迷うことはなかった。

夢の中でお爺さんは、その道を一人黙々と登っていく。
見慣れた光景に、いつもの道だ。
ところが、途中で道が分岐している。
現実には存在しない道が現れるのだ。
お爺さんは夢の中で、そちらの分岐した道のほうに進んでいく。
当然、道に見覚えなどない。
分岐した道は複雑な構造で、すぐに複数の細い道へと分岐していく。
お爺さんは作業場に向かおうと、勘を頼りに進んでいくのだが、そのうちすっかり迷ってしまう。

まいったなぁ。

そんなことを思っているうちに、日が暮れてくる。
いくら低山とはいえ、日が暮れるのは危険だ。
だからといって、今から戻っても暗くなってすぐに道がわからなくなってしまうだろう。

進むしかないか。

そう腹をくくって上を目指して歩いていくと、ポッと開けた場所に出た。

目の前に、山小屋がある。

あ、これ猟師が使っている小屋だ。
ここを使わせてもらおう。

そう思って小屋に近づいていくと、小屋の脇に草に囲まれた何かがあるのに気づいた、
猟犬をつないでおく犬小屋のようなものに見える。
だが、犬を入れておくにしては、やけに大きいのだ。
ひょっとすると、勝手に山の動物……ツキノワグマあたりを飼っているのかもしれない。
実際に、肉食獣特有の強い獣臭が漂ってくる。

これ、やばくないか?

そろりそろりと近づいて見てみると、犬小屋らしき場所に、それがいた。

それは、首輪で繋がれた、成人女性だった。

洗濯をしていないような汚れた服を着てはいるのだが、汚物は垂れ流しで、体なども洗っていないようで、すさまじい異臭を放っている。
あまりにも薄汚れているので正確なところはわからないけれども、当時のお爺さんと同い年くらい、20歳そこそこくらいに見えた。
女は、心ここにあらずと言った感じで、ぼーっと前を見ている。

なんだ、これ?

顔や体に目立った傷や痣などはなさそうではあるが、首輪をつながれて外に放置されているのだ。
尋常な状態ではない。

と、その時だ。

女は急にお爺さんの存在を認めたようで、スッと立ち上がるとお爺さんの目を見つめてきた。
ただ、そこからは何の感情も読み取れなかった。
「虚無」の目つきだったという。

そして。
女は唐突に口を開いた。

「二十六日に出てくるから」

うわぁ!!

お爺さんは思わず叫んで逃げ出す。
意外なほど明晰で、知性すら感じさせるような口調だったことが、異様な状況とのギャップも相まって、お爺さんを怯えさせる。

「二十六日に出てくるから」
「二十六日に出てくるから」

一目散に駆け下りていくお爺さんの背後から、同じ言葉が聞こえ続ける。
女は首輪で繋がれていたはずなのに、ずっと真後ろで、同じくらいの距離から、同じ調子で声をかけ続けられている。

どうしよう!!

—---------------------------------------------------------------

「……と、いつもそこで目が覚めていたんだよ。そんな夢を、週に5,6回、数か月は見続けていたんじゃ」
「それは……怖い夢だったね。仕事上の悩みとか、あったの?」
「そういうわけではないんだがなぁ。始まりも唐突だったが、終わりも唐突で、ある日見なくなったらそれきり一度も見ておらん」
「そうなんだ……ところで、なんでそんな話を急に俺に?」
「健二がな」

健二くんは、Sくんの弟で大学生である。
お爺さんは、今までその夢のことを誰にも話していなかった。
ところが、その日の朝。
朝食を四人で食べていると、弟が、最近変な夢見るんだよなぁ、勉強のストレスかな……と言い出した。
どんな夢だ、と聞くと、弟は夢の内容を語り始める。

夢の中で弟は、小学生時代に戻っている。
遠足だかハイキングだかのような感じで、山登りをしている途中のシーンから夢が始まるのだそうだ。
周りには小学校時代のクラスメートがいて、黙々と山を登っているのだが。
肝心の山が、まったく記憶にない山なのだそうだ。
弟は、この山どこだろうと思いつつ、山を登る。

ところが。

ふと気づくと、弟だけが登山道から逸れて獣道に入ってしまい、クラスメイトたちとはぐれてしまっているのだそうだ。
そのうち道がなくなってしまい、うわ、どうしよう……と思っていると、だんだん日が暮れてくる。

と、その時だ。

目の前に、ボロボロの山小屋が現れる。
どうやら長いこと使われていないようで、朽ちかけているのだが、夜露を凌ぐ事はできるだろうと考え、山小屋に近づいていくと、隣に同じくボロボロになった犬小屋があるのに気づいた。

そしてそこには。

首輪をつけられた、老けたおばさんが正座をしていた、というのだ。

あまりのことに驚いた弟が、まじまじとそのおばさんを凝視していると。

おばさんはスッと立ち上がって、弟のほうを向いてこう言った。

「二十六日に出てくるから」

そう言われて、弟は一目散に逃げていく。

そんな夢を、ここ一週間見続けている、というのだ。

お爺さんはその話を聞いて大いに驚いたが、その場では皆に言い出せなかったそうだ。


「……健二が、同じ夢を?」

Sくんがふと感想を漏らすと、お爺さんは首を横に振る。

「同じではない」
「……へ?」
「成長しているだろう、女が。ワシが見た時はまだ若い女だった。山小屋もな、ボロボロではなかった」

ひょっとするとあれは、現実にある場所なのかもしれないな……どう思う?

お爺さんはそうSくんに尋ねてきたが、Sくんにはわかりようもないことだった。

結局、お爺さんも若いころに特に何か実害を被ったわけではないので、怯えさせても仕方がないだろうということで、弟や両親には黙っていることにしたのだそうだ。
弟はその後しばらく同じ夢を見続けたようだが、始まった時と同じように唐突に夢を見なくなったそうだ。

——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第5夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第5夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/605583654
(6:10頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?