石の塚【禍話リライト】

ヤンキーのBくんから聞いた話。

女の子も集まって、楽しくお酒を飲んでいた時のこと。
雑談の流れの中で、武勇伝……つまり、こんなバカをやりました自慢が始まった。
警察に追われたけど、逃げ切った……とか、そんな話である。
だが、やがて話がずれ始めて、罰当たりなことをしたぞ選手権みたいなノリになっていく。
「そもそも俺、神様とかあまり信じてないから、鳥居に立ちションしたんだよね」とか、そういう話である。

「うわ、罰当たりだなあ」

そんなふうにBくんも話を楽しんでいた。

「そういや俺さ、昔お稲荷さんのお供物にお菓子があって、それ食べたら急に小麦アレルギーになってさ、お菓子食べれなくなっちまったよ」
「やっぱり、そういうのはあるかもしれないな。いうても警察や教師からは逃げれるけど、お化けや神様からは逃げようがないもんな」

Bくんたちは、ヤンキーにありがちな「殴って効かないやつはやばい」という理論を奉じており、その「神様やばい」系の話でしばし盛り上がったのだそうだ。

その時だ。
それまで黙っていたCさんという先輩が、「いや、そうなんだよ」と急に口を開いた。

「ほんと、それそれ。ああいうものはやっぱりバカにしちゃいけねえ」
「Cさんもそうなんすか」

Bくんからすると、少し意外な反応だった。
Cさんは強面の喧嘩自慢で、このメンバーの中でも一番恐れるもののなさそうな無頼派である。
しかしCさんはこれまで見たことのないような真剣な面持ちで話し始める。

「いや、この前な。山に桜が植えてあって、展望台からみたら綺麗だ、とか彼女が言うからさ、行ってみたんだよ。Xってとこだ」
「ああ、近いですね。あそこ桜綺麗なんすか?」
「そうだって言うから行ってみたらさ……普通、桜の季節なんだから、行政とか、地区の人が綺麗にするだろうって思ったのに、展望台は草がボサボサでな。まあそれでも見えることは見えるから、いいかって思ってたのよ」
「なるほど」
「そうしたらさ、急にトイレに行きたくなって。でもトイレはいちいち展望台下ったとこしかなくて、行くのが面倒でな。男だし、まあいいかって、ちょっと藪の中に入って立ちションしようと思ったんだわ」
「まあ、あるあるですね」
「そしたらさ、藪の中にちょっと……なんつうかな、土俵のような形の土山があってさ。これ超えたとこなら絶対彼女から見えないだろうって思ったわけ。で、その土俵みたいになってるとこの上に登って、4、5歩歩いたら、足になんかぶつかったんだよ。見てみたらさ、なんか、石が積まれてるのを崩しちまったんだよね」
「石を」
「ああ。どうやらなんかの塚だったみたいでな。でも、近くに看板もロープもなくて、気づかなかったんだ。俺、それ踏んじゃったのよ」
「踏んじゃったんですか」
「ああ……それが原因なのかなぁ?俺、それからどうにもツイてないんだ。いやな夢ばっかり見るしな」
「そうなんすね」
「だからさ、近々謝りに行こうと思うんだ」
「そりゃ行ったほうがいいっすよ」
「じゃあさ、悪いけど、急なんだけど明後日の昼に行こうと思うんだ。暇なやつ、いる?」

そう、Bくんの目を見ながら問いかけてくる。
そうなると、もう断ることなどできない。

「や、俺行きますよ」

行きがかり上、Bくんがついて行くことになったのだそうだ。
もっとも、バイトもないし、暇なことは確かだったので、Bくんとしても嫌だったわけではなかったという。

二日後。
Cさんの運転で展望台へと向かう。
現地に着いてみると、Cさんが話していたように、荒れた様子が見える。
おそらくは元々公園でも作ろうとしてたのだろうが、途中で放置されたようで、雑草がひどい。
Cさんは、車に乗って運転している時から、「寒い」「ゾクゾクする」といった言葉を繰り返していたのだが、到着しても「寒い寒い」と言っている。
4月も半ばになろうかという時期のことで、天気も良く、特段気温が低いわけでもない。

「風邪ですか?」
「いや、違うと思うんだが……寒くねえか?」
「寒くないですけど」
「春先だからかな?」
「や、暑いくらいですよ。熱でもあるんじゃないですか?」

Cさんの額に手を当て、熱を測ってみるが、熱はない。
だが、Cさんは真剣な顔でこんなことを言う。

「うん、これは車から出ないほうがいいな……お前、代わりにお供えしてくれないか?」
「はあ……」
「あそこの、ちょっと盛り上がったところだから」

車の中から上方にある、展望台の方を指差す。
その先に、草に覆われた、少しこんもりとした土山のようなものが見える。

「ああ、ありますね。じゃあ、行ってきますよ」
「悪いな。ありがとう」

Cさんが買ってきたというお供えの酒やら何やらを手に持ってBくんが外に出ると、Cさんは「ごめんね」と謝ってくる。

「いやいや、行ってきますよ」

そう言ってBくんは、坂を登って展望台に行ってみたのだそうだ。
平日の昼間のためか、あるいはそもそも人のこない場所なのか、全く他の人影は見えない。
展望台にたどり着くと、盛り上がった土俵のようなところに登って、Cさんが崩したという塚の痕跡を探す。

4、5歩歩いたらって、言ってたな。

そう思いつつ、注意深く足元を見ると、草の間に何かがあるのが見えた。

これかな?
確かに先輩が言っていたように石が規則的に並んで……
……へ?

草をかき分けでみると、その石の正体がわかった。

それは、地面から飛び出した、お地蔵さんの首だった。

お地蔵さんは、笑っている。

こんなの見間違えるわけがない…!!

Bくんはゾッとした。
お地蔵さんは本体が地面に埋まっているようで、びくとも動かない。
この動かない頭を見て、石の塚を崩したなどと、勘違いするはずがない。

おいおいおい!
俺、なんか計られてないか?!
騙されてるんじゃないか?!

急に危機感が全身を包む。

こうなったら、直感に従おう。

そこでBくんがとった行動は、車の中のCさんから見える位置をわざと大袈裟に歩き回って、どうしてもわからない、という演技をすることだった。
しばらく演技を続けたあと、車に戻る。

「どうしてもわかんないですね。どの辺ですか?」

ドアを開けて聞いてみる。
Cさんは車から出てこないので、Bくんが地蔵の頭を見つけていたことは、バレていないようだった。
Cさんは具体的に場所を言ってくるものの、窓から顔を出してこっちの方向、などという指示はしない。
それを利用して、Bくんはしばらく猿芝居を続けたあと、その盛り上がった土俵みたいなところの下に、花とお酒を供えて戻ってきた。

「塚の場所は分からなかったので、土俵の下に供えておきました。これで大丈夫ですよ」
「そうだよな、大丈夫だよな。……ごめんな」

Cさんはあらためて謝って、家まで送ってくれたのだそうだ。

家に帰り、ベッドに寝転んだBくんは、あらためて今日のことを思い返す。

……それにしても、俺、絶対計られてたな。やばいな、あの人……

その日は何もする気が起きず、ダラダラ過ごしたあと、もう寝ようとベッドに潜り込んだ。
まだ、夜10時くらいのことだった。
普段だったら絶対にありえないことなのだが、目を閉じた瞬間に、眠りに落ちたのだそうだ。

夢の中で、ふと気づくと、昼間に行った展望台にBくんはいた。
草などは綺麗に刈られていて、ずいぶんきちんと手入れをされているようだ。
昼間見たときと違い、展望台には人がたくさんいて、桜を眺めている。
ふうん、と思いつつ、そういえば、と例の土俵のようなところを振り返ってみると、お地蔵さんの頭があったところあたりに、誰かが立っている。

子供のようだ。

距離がそんなにあったわけではないが、どうにも良く見えない。
だが、どうやら自分の方を向いて何かを言っているのがわかった。

何を言っているんだろう……と思いながら近づいていくと、だいぶ近づいたところで何を言っているかがなんとなく分かった。
どうやら、人柱になるところをうまく避けたなという意味の言葉を、やたらと古風な言い回しで言っているようだった。
Bくんは、その時点では「人柱」という言葉の意味を知らなかった。
ただ、その口調から、褒められているということはなんとなくわかったという。

俺、褒められている?

そう思うと悪い気はせず、しばらくその子供の言葉を聞いていたところで、フッと目が覚めた。

すでに朝になっていた。

いつの間にか寝ちゃった上に、ずいぶん長く寝てしまったな……そう思いながら洗面所に行って、鏡を見たところでBくんはひどく驚いた。

鏡に映る自分の顔が、やたらとやつれている。

え、一日で何?!
飯なら食ったけどなぁ……

まるで一週間絶食したかのようなやつれ方だった。

ただ、体調そのものは元気だったので、仲間との集まりに顔を出して、人柱って何かわかる?と周りに聞いてみたのだそうだ。

「それ、生贄ってことだぞ」
「マジかよ?!」

そこでBくんは前日の経験を、夢を含めて仲間に話したそうだ。

「ええ……?!怖くね?!」
「そういえば、Cさん来てないな」
「あと、Dもいないね。どうしたんだろ?」

CさんとDという後輩が、なぜか今日は来ていない。
なんかあったのかな、と話していると、夕方Dだけが顔を出した。
なんで昼間に来なかったの、と聞くと、Dはこんなことを言い始めた。

「いやぁ、C先輩に連れられて、Xの展望台行ったんだわ」

Dは先日の飲み会にはいなかったので、Cさんの話を知らなかった。

「で、なんか石踏んじゃったから謝りに行かなきゃいけないって。そんで先輩が車降りないっていうから、俺が代わりに行ったんだけどさ」
「え、お前それで……」
「いや、俺まじでわかんなかったんで、適当な木の下に置いてきて、先輩にはやっときましたよって言ったんだ、ははは」
「……お前、もう誘いに乗るなよ。Cさんから何言われても」


それからCさんは、だんだん付き合いが悪くなって、数ヶ月後に失踪してしまった。

財布や携帯など大事なものは全部残されていたし、いなくなる前日まで彼女と過ごしていて、変わった様子も見られなかったそうだ。
妙な話であるが、石の塚を踏んで云々、という話を、彼女は何も知らないのだという。
一緒に展望台に行った時には、そんな話は一切出なかったというのだ。


行方不明になった後のCさんのエピソードで、Bくんにはどうにも気持ちの悪いものがある。
Cさんの部屋には、今どき珍しい話だが、固定電話があった。
行方不明後に彼女とCさんのご両親が部屋に入ってみると、その固定電話の横に置かれていたメモ帳に、ものすごく難しい漢字がずらっと書いてあった。
見つけた彼女が、なんだろうと思ってご両親に聞いてみたところ、それはCさんの実家の宗派のお経だった。
ただ、ご両親は、「それは確かにうちの宗派のお経だけど、あいつは知らないはず……」と首を捻っていたという。

結局、Cさんは、行方不明になってから数年過ぎた今も、見つかっていないそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第5夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第5夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/605583654
(50:00頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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