夜叉の家【禍話リライト】

その家は、住宅団地の中の、誰も寄り付かない一角にある。
ボロボロになった廃屋ではなく、二階建ての綺麗な家らしい。

ところが、そこに「夜叉」が出るという噂が囁かれていた。

荒唐無稽な噂である。
耳にした者は、たいていは一笑に付すだろう。
しかし、地元の者は真剣にその家のことを恐れ、そこを「夜叉の家」と呼んで、寄りつかないようにしている、というのだ。



Dくんは先輩の車の後部座席で初めてこの話を聞いたとき、思わず吹き出してしまった。

「なんなんですか?夜叉って。あり得ないでしょ」

しかし、この話をした先輩は、ハンドルを握りながら真面目な顔をしてうーんと唸ったあと、「俺もそんなことないだろって、最初は思ってたんだよ」と言う。

「最初は?」
「ああ……お前、Fって知ってるか?俺らの同級生の」
「ヤンキーで有名だったFさんですか?」
「そうだ。あいつがな、行ったんだそうだ」
「夜叉の家に?」

先輩は真面目くさった顔で頷く。

「俺も、実際に見たんだけどな……あいつ、その家に行ったあと、事故ったんだよ」
「事故?」
「ああ、バイクのな。それで、倒れた車体の当たりどころが悪かったんだろうな……左手の指が、全部吹っ飛んじまったんだ」
「ええ……」
「結局繋がらなくてな。そのままだよ」
「マジすか……因果関係はあるんですか?」
「詳しくは話してくれなかったが、あいつはそこに行ったことが原因だって信じてるんだよ」

そこまで先輩が話したところで、助手席に座っていたもう1人の先輩、Gが嘲笑うようにこう言い放った。

「でも、流石に夜叉は出ないでしょ」
「そうだなぁ……夜叉が出たとは言ってなかったが……」
「ほら、見ろよ。あいつヤンキーで馬鹿だから迷信深いんだよ。なあ、行ってみようぜ、そこに。夜叉が出るなら見てみたいくらいだわ」
「……そうだな。俺もそう思ってたんだ。まあ、やばくなったら逃げよう」

先輩が頷きながら答える。
何やら雲行きが怪しい。
なんでその家に行くことになっているのか。

「あの、その、夜叉の家行くんですか……?」
「そのつもりだよ。お前も行くよな?」

なんでそんな話になっているのか?
不思議には思うが、もう断れる雰囲気でもない。

「ええ……嫌です」
「けど?」
「けどじゃないっすよ」
「まあまあ、Eも呼んでるから、行こうよ。お前の同級生だろ?」

Eは同級生の女子で、可愛いと評判の子だった。
Dくん自身は顔見知りではあったが、格別親しいわけでもない。

「なんで呼んでるんですか?」
「まあ、肝試しに行こうってさ」
「最初から行くつもりだったんじゃないですか!」
「そういうなよ。そしたらさ、Dくんがいるなら行きますって言うからさ」

そういうことか。
2人の先輩は、最初、肝試しに行こうとEに声をかけたのだが、しぶられたのだろう。
Dも呼ぶからさあ、などと説得して、ようやく首を縦に振ってもらったのだ。
だとすれば、もう断れるはずもない。

「……わかりましたよ。Eにはどこまで話したんですか?」
「何も。怖がらせても仕方ないじゃん。そんな怖くない心霊スポット行こうって言ったんだ」
「マジすか……」
「じゃ、E拾ってそこ行こう」

先輩はEを迎えに行き、そのまま「夜叉の家」に向かった。
夜遅くに呼び出されたEは不安げだったが、同じ部活の先輩だった2人の誘いをどうしても断れなかったのだろう。
Dくんの顔を見るとホッとしたようで、「よかった、Dくんがいて」と言って、少し笑みを浮かべた。


問題の家は、Eの家から車で20分ほどのところにあった。
家の近くの路上に車を停め、徒歩で家に近づいていくと、門扉のところに手製の看板が掲げられている。
管理人や所有者の名義ではなく、町内会の名義で、立ち入らないよう警告が書かれている。
正確な文面は憶えていないが、Dくんは違和感を覚えた。
不法侵入や警察沙汰、罰金などを警告するものならまだわかる。
しかしその看板に書かれていた内容は、「中に入って何が起きても責任は取れない」というような意味のことだったからだ。

……こんなこと、普通書くか?

そう思ったが、先輩2人は気にならないようで、無視して門を開け、中に入っていく。
そして家を見上げながら、「夜叉が出るにしちゃ、新しいな」などと言っている。

「ヤシャ?」

EがDくんの方を向いて小声で問いかけてくる。

「ああ、Eには説明してなかったんだよね。ここ、夜叉が出るって噂の物件なんだって」
「夜叉って、ギターかき鳴らしてる、あの?」
「そりゃ鬼太郎だろ……まあ、ほんとに出るかは知らないよ。夜叉の家って噂なんだってさ」
「へえ……」

どうも、Eにはピンときていないようだ。
無理もない。
Dくんにもピンときていないのだ。
ただ、この家を訪れたFが不幸な目にあった、というリアリティのある部分だけが怖かったが、Eにはあえてこの情報は伏せていた。
無闇に怖がらせても仕方がないし、先輩方からも話すなと言われていたからだ。

中に入ってみる。
新しい物件という印象は、変わらなかった。
しかし、急に住人が引っ越したような感じもあり、所々に残置物がある。

「なんかこの家の情報ないの?他に」

G先輩が尋ねると、話を持ってきた先輩が、少し考えたあと、

「……お父さんが不倫したとかなんとか」
「おいおい、急に生々しいな。じゃあ何か?修羅場がひどくって、母ちゃんが夜叉みたいだったってこと?」

G先輩はそう言って笑う。

そんなことないだろ、と先輩は返すが、しかしどうにも怖くない。
一階を皆で固まってみていたが、普通の新しめの一戸建てという印象しかなかった。
奥の部屋に仏壇が残っていたことが唯一怖いといえば怖い部分で、ただそれも扉が閉まっているため、そこまで切迫して恐怖感を煽るわけではない。

「……ま、これだけは怖いな」

そんなことを言いながら、ぐるっと家の中を回って、再び玄関付近に戻ってきた。

「夜叉、出ないなぁ」

先輩2人はそう言い合って笑っていた。

「じゃ、このままじゃあんまりにもつまらないから、各自散策しようぜ。で、変なことがあったら呼んでくれ」

そう言って先輩方は、一階の奥の方に進んで行った。

「……2階行こうか」

Dくんがそう言うと、Eは頷く。
2階には、子供部屋がふた部屋だけあった。
各部屋には少しだけ服などが残っていたので、そこをみてみようということになり、Dくんが男の子の部屋、Eが女の子の部屋に入って行った。

あれ?

男の子の部屋を見回っていたDくんは、妙なものを見つけた。
それは、10年ほど前にニチアサで放映されていた特撮ヒーローのソフビ人形だったのだが、首がなかった。
どこにあるのだろうと探してみると、押し入れの中に転がっていた。

まあ、子供だから雑な遊び方もするわな。

そう思いつつ拾い上げてよくよくみてみると、おかしなことに気づいた。
切り口が鮮やかで、刃物で切断したかのような状態だったのだ。

気持ち悪いけど、子供ならこういうことをするか……

そうは思うが少し気味が悪いので、Dくんが部屋を出ると、同じタイミングでEも女の子の部屋から出てきた。

「どうだった?」
「ちょっと気持ち悪いんだけど、来てくれない?」

部屋に入ると、床に一つ、人形が落ちている。
Eは、「これ……」と言いながら懐中電灯の光を人形に向ける。
それは、ごく普通の着せ替え人形なのだが、これも首がない。

「あれ?首ないね……これ、元々どこにあったの?」

さっき覗いた時には、床に人形など落ちていなかった。
Eは部屋の隅に光を向ける。

「あそこにタンスあるでしょ?あの3段目にこれだけ入ってたの」
「マジかよ。実は男の子の部屋で……」

Dくんが自分の見たものを説明する。

「ええ?!気持ち悪い……」
「やだねぇ……とりあえず、下行こう」

Eを促して階段を降りると、「やべえやべえ」と先輩2人が慌てた様子で小走りでやってくる。

「どうしました?」
「この家、夜叉じゃないけどやばいわ」
「なにがです?」
「仏壇の扉、開けたんだよ」
「そうそう、で、俺ら怖くて閉められないんだけど、見てみろよ」

G先輩はそう言うと、振り返って仏壇を懐中電灯で照らす。
少し遠くからでもわかるくらい、大きな肖像写真が仏壇の中に立てかけられている。

しかし、その写真の首から上がない。

「ええ?何これ……」
「やばいよ、これ。何がやばいって、切り口が滑らかなんだよ」
「巨大な鋏で、ひとたちで切ったみたいな、そんな感じなんだよ!!」

巨大な鋏か。
確かにそんな鋏なら、上で見つけたヒーローの首も切れそうだ。
でもなんでそんなことを……

Dくんがそう思っていると。

「はーあぁ」

ここにいる4人とは違う、知らない女性の声が、2階から聞こえてきた。
怖いというよりは、気だるげな声だったという。

Dくんは心底驚いた。
もしかすると、2階には子供部屋以外にも部屋があったのかもしれないが、2階を見回っている時には特にこれといって人の気配はなかったからだ。
声の主は、みし、みしと足音を立てて、階段を降りてくる。

「……え?」

階段を先輩が照らすと同時に、人影がその光の中に浮かび上がった。
20代前半くらいの、ちょっと可愛らしい感じの女性がエプロンをつけて、気だるげに降りてくるのだ。
この世のものでないというには、妙な実在感があった。
女性は、左手でエプロンのポケットを弄っている。
そして、右手には、大きな裁ち鋏を持っていた。
それを時折チョキチョキ動かしながら、少し眠そうな目つきのまま、階段を一歩一歩降りてくる。


そこで、一瞬記憶が途切れた。


次の瞬間。
気がつくと、その家のダイニングにあるテーブルを囲むように4人が座らされていた。
紐のようなもので縛られて、椅子に固定されている。
だが、素人が縛ったのか縛り方は雑で、少し体を動かせば抜けられそうだった。
ただEだけ若干きつめに縛られているようで、必死に体を動かそうとしているがうまく動けないようだ。

なんだこれ?!

そう思うと同時に、キッチンの方からパタパタと何かを扇ぐような音が聞こえてくる。
見ると、差し込んでくる月明かりの下で、先ほどの女が何か紙のようなものを扇いでは見ている。
ポラロイドカメラの写真のように見えた。

ええ?!何やってんだ??
ひょっとして俺らの写真……

そこまで考えたその瞬間だった。

先輩2人が、紐を解いて逃げ出した。
一目散に玄関まで駆けて行き、ドアを開いて外に飛び出す。
Eを見ると、Eは紐が解けなくてもがいている。
Dくんも紐は解けたので、一瞬逃げようかと思ったが、流石に見捨てるわけにもいかない。
ただ、テーブルは思いの外大きく、台所側から回り込まないとEのところまでは行けそうにない。
というのも、逃げ出す時にどちらかの先輩が追いかけてこられないように大きくテーブルを動かし、出入り口側の通路を塞いでしまったからだ。
動かそうと思えば動かせるだろうが、そんなことをしていたら確実に女がやってくるだろう。

混乱したDくんは。

なぜか、元の椅子に座り直した。

すると。

「おおぉ」

声のした方向を見ると、先ほどの女がDくんたちの方を見ている。

「偉いねえ」
「……は?」

褒められてる?

「……なんでしょう?」

Dくんの問いかけには答えず、女は巨大な裁ち鋏ををかちゃかちゃ言わせながらこっちにやってくる。

「若いのに立派だね。まさかそうするとは思わなかった」

女はやけに感心している。

「そうかそうか……じゃあ」

テーブルのところまでやってきた女は、そう言うとやや不満げな顔をして、手に持っていた写真を2枚破って、ズボンのポケットに入れた。

自分でやっておきながら、明らかに不服そうなその態度が奇妙で、Dくんの印象に強く残っている。

「じゃあ、今日は二つでいいや」

その言い方も、特に怖いというような感じではなくて、強いて言えばチャーハンを作ろうと思ったけど、ソーセージないからベーコンにしようか、みたいな、そんな軽い感じだったのだそうだ。

女はテーブルを直すとDくんとEの間の、いわゆるお誕生日席に座って、目の前のテーブルに2枚の写真を置いた。
縛られて気絶している、逃げ出した先輩2人の写真だった。

そして。

「ひと首、ふた首」

そう言いながら、大きな鋏で写真の首のところをバチンバチンと切った

やばいやばい!!

そう思うと同時に、Eが立ち上がった。
どうやら紐が解けたようだ。
DくんはEと一緒に逃げた。

女が追ってくる気配はなかった。

外に出ると、車がない。

「あいつら逃げちゃったの……?」

Eが落胆したように呟く。

「ひどいな」

2人は夜道を歩いて、家に向かった。
住宅団地を抜け、車通りの多い大通りに入ってしばらくして、Eが口を開いた。

「あの数え方、なに?」
「ひと首、ふた首って言ってたね」
「だよね。ちょっと怖すぎるんだけど……」
「あいつら、きっとひどい目に遭うよ」

あいつらとは、自分たちを見捨てて逃げた先輩たちのことである。
もう、敬意は欠片も残っていなかった。

「そうだよね」

Eはそう言って頷いた。

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「……こんなことがあったんですよ」

Dくんはそう言って話を終えようとした。
私は慌てて尋ねる。

「あ、え、あの……最初に逃げた2人は?」
「ああ、あの人たちですか……ちょっと詳しくは言えないんですけど、何ていうかな……エレベーターしか使えない体になってしまったんですよ」
「階段とかエスカレーターは無理ってこと?」
「そうです」
「それはまた、なんで?」
「それぞれ全然違う時なんですけど、あの家行って半年以内に、なかなかないような事故に巻き込まれてしまって」
「そうなんだ……DくんとEさんには、何も?」
「俺たちですか?いや……あったと言えばあったかな」
「何が?」
「俺、今、それがきっかけでEと付き合ってるんです」
「え?はぁ……」

惚気か。
気を取り直して、私は再度尋ねる。

「その家の女は何者なんだろうね?」
「わかりません。なんか、不倫と関係ある人らしいんですけどね、噂では。俺個人の印象で言えば、生きてる人間じゃないかと思います。呪術か魔術か分かんないんすけど、そういうやつかなって」
「そうなんだ……で、なんで夜叉なのか、わかった?」
「ああ。裁縫用の大きな裁ち鋏、女が持ってたじゃないですか」
「写真の首切ったっていう、あれ?」
「そうです。あの鋏って、通称『夜叉鋏』っていうらしいですよ」

その家は、今もまだあるのだという。
しかし不幸が相次いだこともあり、今ではその家の話自体が禁忌のようになっていて、誰もその家には近づかないようにしているのだそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「THE禍話 第31夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

THE禍話 第31夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/596398036
(48:53頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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