合流二人【禍話リライト】

Nくんはその日、会社の同僚たちと飲んでいた。
最初は店で飲んでいたのだが、話が盛り上がってしまい、まだまだ盛り上がっているさなかに閉店時間になってしまったという。
閉店時間になっているのに、居座るわけにもいかない。
Nくんたち四人は、おとなしくその店を出た。

しかし、その日は金曜日である。
明日は皆、休みだ。
それに、話しが盛り上がっているさなかでもあったので、誰言うともなく、飲み足りないな、まだ飲みたいな、という話になった。

「そういえば、お前んちここから近いよな?」

先輩の一人がNくんに話を振る。

「はい。いいですよ、うち、防音すごいですから」
「ああ、そうなの。じゃあ、お前んとこで飲み直そうか」

そんな話になり、皆でNくんの部屋に向かったのだが。
気持ちとしては飲み足りないのだが、実際には皆、最初の店でかなり飲んでいた。
そのため、皆、途中の公園で力尽きてしまい、東屋のところのベンチに座って動かなくなってしまった。

「もうだめだぁ。俺はここまでみたいだぁ」
「ダメっすよ!!こういう時は迎え酒っていうじゃないっすか」
「それもそうだなぁ」

幸い、近くにコンビニがあったため、そこで酒を買って東屋で再び飲み始めたそうだ。

しばらくして、Nくんは尿意に襲われた。

「すんません、トイレ行っていいですか?」
「おお?!……まあ、お前とは長い付き合いだから特別にな」
「ありがとうございます!!」

くだらないやり取りだが、言い換えればそれくらい皆酔いに酔っていたのだ。

「お前、いけるかぁ?」
「俺、トイレまだ見えてますよ」
「よーし」

立ち上がると、Nくんはずいぶんふわふわしていることに気づいた。
いい感じに酔っている。

あー、俺、相当回ってるわ。
こんな楽しい酒久しぶりだなぁ。

そう思っていたのだが。
トイレに入るにあたって、Nくんは今の自分の状態で、小便器でまともに用が足せる自信がなかったのだという。
酔いすぎていて、まっすぐ立ったまま静止していることができそうになかったのだ。

まー、こんな状態なら、個室でやるしかないか……

トイレに入ると、個室が二つ並んでいる。
両方空いていたが、手前の個室に入って、崩れ落ちるように便器に腰かけた。
そして、用を足していると。

誰かが入ってくる音がした。

ああ、これは知り合いじゃないな。

そう直感した。
知り合いなら、Nくんが先に入っているのは知っているはずなので、絶対なにがしか声をかけてくるはずなのだ。
Nくんが黙っていると、入ってきた人物はもう一つの個室に入るつもりのようで、隣のドアを開けた音がした。

次の瞬間。

「あ、失礼しました」

え?

おかしい。
先ほど、どちらの個室もあいているのを確認したのだ。
人がいるはずがない。
よしんば人がいるとしても、開けてしまったほうが「失礼しました」は変だろう。
ちゃんと鍵を閉めろよ、という話なのだ。

そして。

「失礼しました」と言ったにもかかわらず、その人物は個室の中に入って、ガチャっと鍵を閉めてしまったのだ。
酔っ払って支離滅裂な行動をしたのであれば、中にいる奴が、「ちょっとやめろよ」くらいのことは言いそうなものだ。

しかし、実際には、隣の個室から何の音もしないのだ。

本当に、一切音がしない。

咳払いの音すらしないのだ。

30秒経っても、1分経っても状況は変わらない。

Nくんは慌てて個室を飛び出して、隣のドアを確認すると、やはり確かにドアが閉まっている。
そして、慌てて皆のところに戻ったのだ。

「ちょっと、変です」
「ん?どうした?」

Nくんは、トイレであった出来事を先輩たちに報告した。

「……そう言うわけで、気持ち悪いから出てきたんです」
「ええ?!」
「本当??」
「そうなんですよ」
「こっからトイレの入り口見えるけど……」
「誰も出てこないでしょ?」
「そうだな」
「入ったっきりなんですよ。何にせよおかしいじゃないですか?ちょっとみんなで行きましょうよ」
「ううん……そいつは呉越同舟っていうやつじゃないだろうかね……」
「なんすか?それ」
「いわゆる一つの、連れションと言うか……」
「違いますよ!連れションなら個室でやんないでしょう?行きましょう、おかしいですよ。少なくとも誰かは絶対に入っているんです。それで、入ったきり物音一つ立てないんですよ」
「まあ、確かにそれはおかしいわな……」

四人全員で、トイレに向かった。
中に入る。

「ここか」

奥の個室は、相変わらず閉まっている。

「ああ、閉まってるね」

そんな話をしている最中、Nくんが個室の上の隙間をふっと見ると。

あれ?

個室の上には、フックのようなものがあるのだが。

「ちょっとちょっと!!」

そこから、ロープのようなものがぶら下がっているのだ。

「いやいや、これ、ひょっとして、え?」

Nくんは奥の個室のドアをノックする。

「ちょっと!!ひもがぶら下がってるけど大丈夫ですか!!」

それでも酔ってはいるので、何と言っていいかわからず、見たままのことを言う。

……返事はない。

「これ、確認しないとな」

先輩が真剣な顔でそう言う。
上から覗いてみて見ろ、というのだ。
年齢が一番下なだけでなく、その場ではNくんが一番小柄だった。

「お前、ちょっとこっちの個室から覗いてみろ」

仕方がない。
自分が言い出しっぺだし、自分が気づいたものだし、自分がやるしかないだろう。
もしかすると精神的に完全におかしい人かもしれないが、不測の事態が起きていないとも限らない。
隣の個室の便器をつかって、ヨイショ、と上から覗き込んだ。

おかしな話ではあるのだが。

Nくんいわく、覗き込んだ個室は、中が真っ暗闇で、何一つ見えなかった、というのだ。

普通は、トイレそのものの照明はついているわけだから、中が薄暗いにせよ、何かは見えるはずだ。
にもかかわらず、どんなに目を凝らしても真っ暗だった、というのだ。

……俺、酔ってんのかな?

Nくんがそう思った、その瞬間。

足を掴まれた。

そして、隣の個室の中にNくんを無理やり押し込もうとしてくる。

「ちょっとちょっと!!冗談きついって!!」

そういいながら振り向くと。

見知らぬ男女が、自分の右足と左足を掴んでいるのが見えた。
てっきり、仲間が冗談で足を持って個室に放り込もうとしていると思っていた。
しかし実際は、全然知らない男女が自分の足をつかんでいるのだ。

「ふあああ!!!!」

Nくんは奇声を発しつつ、全力で蹴りまくった。
怖いので、その男女のほうにはもう目を向けなかった。

「うわー!!!」

気づくと誰もいない。

いやいや、足掴まれてたって……

個室を出ても、男女だけではなく、同僚もいない。

覗いてみろよ、と言われた時までは間違いなくいたのに……

首をひねりつつ外に出ると。

同僚たちが、洗面所の前であぐらをかいて車座に座っている。

皆一様に、ぼーっとしていた。

「何してるんすか?!ちょっと、え、先輩達じゃないんですか?今、あの」

ところが同僚たちは、ボーッとした虚な表情を浮かべたまま反応しない。

「ちょっと、ねえ!!」

乱暴に肩を揺らすと、一人の先輩が、少し気づいたようになって、

「え、うん……どうしたの?」

と寝ぼけたような声で聞いてきた。

「どうしたのじゃないんですよ!!今イタズラしたの先輩達じゃないんですか?!」

内心、そんなはずはないということは分かっていたが、一応聞いたそうだ。

「俺の足を持ってイタズラしようとしたの、先輩じゃないんですか!?」

すると先輩は、相変わらず寝ぼけたような声で、こう答えた。

「いやぁ、邪魔しちゃ悪いと思って……」

そのまま、またボーッとした感じになってしまい、何を聞いても一切反応しなくなってしまった。

ええ?!

トイレに戻って、隣の個室を見てみると、相変わらずドアが閉まってはいたが、縄はなくなっている。

もうダメだ!!

Nくんは結局、先輩達を放っておいて、家に帰ったそうだ。

翌日昼過ぎになって、先輩達からメールが来た。

「途中から記憶ないんだけど、無事に帰れた?」と。

どうやら皆、気づかぬ間に家に帰っていたようだ。

その同僚たちとは、今でも同じ会社に勤めている。
基本的には何の変化もないのだが、あの日の記憶だけ、話が食い違うのだという。
Nくん自身もすごく酔っていたのは確かだが、明らかにそれだけでは説明しきれない記憶の食い違いがあるのだ。

先輩たちは、皆口をそろえてこう言っている。

「途中から合流したカップルの人たちだけどさ、面白かったなぁ」

もちろんNくんには、そんなカップルが合流した記憶などない。
あの、足を掴んでいた二人以外は。

結局Nくんは、あの日そのトイレで体験したことを、いまだに先輩たちに言えないでいるそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第11夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第11夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/617111246
(25:46頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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