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(45日目)しばらくの、お別れ

本当に楽しい車でした。

この車をはじめて見たのは、アニメ「シティーハンター」。

TMネットワークのテーマソングをバックに主人公の冴羽獠が乗る、あまりにも小さすぎるこの車。

「格好いい」とか「可愛い」とかそういう感情表現を超え、なぜか僕の脳髄の奥深くに刻み込まれたのでした。

***

30歳も差し掛かった頃、こんな僕にもついに車を買うタイミングがめぐってきました。

けれど、いざ車を購入するとなると、躊躇してしまったんです。

そのときにはすでにミニは古い車に分類されており、壊れやすい、誰も乗っていないなど、ペーパードライバーの僕にとって敷居が高く、リスキーな要素が多すぎました。

でも、それらはただの言い訳でした。

結局、自分の「好き」という気持ちに正直になれていなかったんです。


その後、ミニを購入することなく何回か車を替えて過ごしていたのですが、知り合いから「そんなに好きなら乗ればいいじゃないですか」と後押しされて、ついにショップへ行くことになりました。

そこで偶然、これから2年間乗ることになるミニに一目ぼれしました。

明らかに他の車と違っていたことを覚えています。

ブリティッシュホワイトの車体。前のオーナーのこだわりですべての外装はファーストの部品が使われていました。

好みのクラシックスタイル。

この車体にはあまりに大きく、無骨でシンプルなステアリング。

明らかに他の車体とは一線をかくしていました。

「絶対これが欲しい」

そう思ったのですが、すでに売り先が決まっているとのこと。

それでは仕方ない、とがっかりして帰った2週間後。

ディーラーさん「売る予定だった方が自分で一から作り上げたいとのことで、空きが出ました。買いますか?」

僕「買います」

即決でした。

正直に言うと、このときの気持ちは「どうにでもなれ!」という感じでした。本当はもう不安で不安でたまらなかったんです。

こんな古い車を果たして運転することができるのか? 壊れたらどうしよう? きちんと整備できるのだろうか? 会社になんて言われるだろう… 

マニュアル車は初めてだったので、会社の後輩が乗っていた古いマニュアル車を借りて夜な夜な誰もいない山道で練習しました。

購入した後、家まで乗って帰るのがものすごく恐かったことは今でも覚えています。

恐る恐る、でした。すこしづつ距離を近づけていった感じです。


梅雨時期になるとすぐにフロントガラスが曇って毎回焦りました。

トランクが浸水して必死に合うパッキンを探して補修しました。

ライトが点かなくなり、散々調べた結果、車内のロッカースイッチの不備と分かり自分で部品を取り寄せ交換しました。

マニュアル車に慣れておらず、坂道をクラッチペダルを踏んだまま走り続けた結果、焦げ臭いにおいが充満してパニックになりました。

常に車内がガソリン臭くてバイクみたいでした。(多分どこかで漏れてた)

… 

それでも、彼を運転するのは楽しかった。ちょっとびっくりするくらい楽しかった。

よく晴れた日に、景色が綺麗な道路を彼と一緒に走るのは本当に楽しかった。

外装もフォルムも素敵で、信号待ちに前方の車に映る自分のミニを眺めてはニヤニヤしていました。(気持ち悪い!)

遠出もしました。

エンジンがもう古く、100km/h以上出すと車体がビビリ出すのですが、それでもアクセルを踏み続けました。

スピーカーも古く、音も決して良くないですが、気にせずノイズ交じりの音楽を聴いていました。

***

彼を手放そうと決めたのは、東京に引越してきて乗る頻度が減ったこと、経済的理由、色々あるのですが、一番気持ちを後押しした感情は、この楽しい車を乗らずにただこの場所にとどめておく、ということの罪悪感だったと思います。

東京に来たときから、いつかは手放さなくてはいけない、なんとなく、そう思っていました。

もっといいオーナーに可愛がってもらってもっと良い車として長くこの世に残っていけるようにしてあげたい。

***

2018年6月2日。約2年間、一生懸命走ってくれた彼を購入したディーラーに戻しました。

お金を受け取り、お別れを済ませ、ディーラーさんの車に乗り込んだ時、サイドミラーから見えた彼の周りにはもうお客さんが何人か取り巻いていました。

ああ、大丈夫だな。

彼は、これからもやっていける。

そう思いました。

***

彼は「人生は自分の好きなことをしていい、いや、するべきだ」ということを教えてくれました。

自分の「好き」はやっぱり「好き」なんだということを。

自分を気持ちを信じて行動していいのだということを。


ありがとう。君は本当に楽しく、愉快で、いい車でした。

僕はあなたにとって良いオーナーではなかったかもしれません。だけど、あなたが少しでも長く、この世に残っていくことを心から願っています。


しばらくの、お別れ。


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