私があなたを想うように、誰かが私を想っているかもしれない。
毎朝バス通勤をしている。
同じ時刻のバスに乗って、40分ほど揺られて目的地に着く。
すると、毎回ではないが同じバス停から乗り込んでくるサラリーマンがいた。
黒髪短髪で、少し目が細くて、サッカーが好きそうなすらっとした男性。肌が少しだけ灼けていた。スーツが似合った。
彼が乗ってくると、いつもなんとなく目で追っている自分がいた。
彼を見ると「あぁ今日も見れたな」と、ちょっとだけその日が良い日になる気がした。そんなおみくじのような淡い恋。
私の隣に座ったこともある(笑)。
それでも話しかける勇気なんて勿論なくて、隣に座ってても彼は異世界の住人だった。見られるだけで十分だった。
------
去年の夏。8月最後の日だったと思う。
いつものように私は定時で仕事を終わらせて、いつもの時刻のバスに乗り込んだ。
すると、例の彼が花束を抱えて乗っているではないか!
月末のこんな早い時間に花束を持って帰っているということは、恐らく転職か異動するのだろう。明らかに送別のお花だった。
彼とは帰りに一緒のバスに乗り合わせたことはなかった。だから、彼を見るのはこれが最後の機会だろうと悟った。
話しかけようか、少しだけ迷った。既婚者かもしれない。恋人がいるかもしれない。向こうは私のことなんて認識もしていないだろう。
だから、結局話しかけなかった。彼はいつも乗ってくるバス停で降りていった。
その日を境に、彼とバスに乗り合わせることはなかった。
------
なんてことを女子会で話していたら、
「自分は知らないけど、誰かが想ってくれているってなんだかいいね。」と友達。
「相手には知られてないけど、そういうものなの?」
「うん。なんかいい。」
なんて、やっぱりシャボン玉みたいなほわほわした会話をした。
私の淡い恋心は目の前で弾けるソーダの泡みたいにシュワシュワ溶けていったけど、「そうか、そういうものなのか」と思った。
実らぬ恋だったけれど、そもそも実らせたかったのかもよく分からない。恋と呼べるのだろうか。眺めているだけの非現実な人だったからこそ、良かったのかもしれない。
知られぬ恋は、今もたくさんポコポコ生まれている。私だって知らないだけで恋されているかもしれない。
何気なく話した恋の話だけど、誰かをほんのり良い気分にしたのはちょっぴり嬉しかった。
サポートいただけましたら、勉強会や本の購入にあてたいと思います。よろしくお願いします。