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20年続く関西電力の新規事業制度──2020年にも新会社誕生、「ニッチだけど社会を良くする」事業を生む仕組み

エネルギー分野など社会インフラを提供する関西電力。実は20年以上も前からオープンイノベーション型の新規事業制度を採用し、これまで約10社を輩出している優れた事業開発会社でもあります。GOB Incubation Partners(以下、GOB)も運営をサポートする同社の「起業チャレンジ制度」の変遷と、確度の高い事業を送り出せる理由はどこにあるのでしょうか?

関西電力株式会社経営企画室イノベーションラボの神田康弘さん(専任部長)、岡田康伸さん(イノベーション推進グループチーフマネージャー)、田村正光さん(イノベーション推進グループマネージャー)、岡本真治さん(イノベーション推進グループリーダー)の4人にお話を聞きました。聞き手は、GOB取締役の滝本悠です。

*本記事は2020年2月25日のインタビューをもとに執筆しています。

アイデア創出から出口まで、3ステップで進む「かんでん起業チャレンジ制度」


岡本真治さん

──関西電力が取り組む「かんでん起業チャレンジ制度(以下、起業チャレンジ制度)」はかなりユニークなシステムですよね。その全体像を教えてください。

岡本真治さん(以下、岡本):私たち関西電力のイントレプレナー創出(社内起業)の制度は大きく3つです。

まず1つが「アイデア創出チャレンジ」。これはアイデアコンテストで、社員誰でも参加することができるお祭りのようなものです。アイデアコンテストの審査でトップ100に入った参加者は懇親会へ招待するなど、本格的な事業立ち上げというよりは、その前段階として、社内でイノベーションの文化を促進するといったねらいがあります。

2つ目の取り組みが「アクセラレーションプログラム」です。これはアイデア創出チャレンジでトップ100に入った参加者へ案内しています。完全に業務外の取り組みとして、上で出たアイデアを事業プランまでブラッシュアップしていきます。

最後が「起業チャレンジ」。これはアクセラレーションプログラムの出口として案内していますが、上2つに参加していない人であっても応募は可能です。ここでは毎年、1~3名程度の一次審査合格者を出しています。一次審査合格者は事業立ち上げに集中できる環境であるイノベーションラボに異動し、半年程度のフィージビリティスタディを進めることになります。その後、最終審査に合格すると晴れて本格事業展開という流れです。 

起業チャレンジ制度の全体像

──なるほど。多くの場合、アイデア創出から出口までを1つの制度で作ってしまいがちですが、今回3つ別々の仕組みに分かれていることが特徴だと思っています。

3つに分かれているからこそ、アイデア創出チャレンジがラフにアイデアを出せる場として機能するし、アクセラレーションプログラムもそれほどプレッシャーを感じることなく、単純に研修として参加できるのかもしれませんね。

2020年からは社員同士のネットワーキングやスタディツアーの企画も

岡本:2020年2月からは「イノベーションサポーターズクラブ」というものをスタートさせています。これはイノベーション部門の外からも新規事業に興味がある熱量を持った社員を集めようとするものです。そういった人たちを集めてネットワーキングをしたり、イノベーションラボで開発を進めている新規事業の壁打ち相手やモニターになってもらったりといった機会を提供しています。

もう一つは社会課題をテーマとした「スタディツアー」。外部団体と連携し、例えば若者の就労支援や貧困といった実際の社会課題の現場を経験してもらうことを予定しています。

これにより、例えばアイデア創出チャレンジの場で生まれるアイデアが「思いつき」ではなく、実際の課題やそこに潜むインサイトを捉えたアイデアが生まれることを期待しています。

合言葉は「再びイノベーションを」──関西電力が20年前から新規事業に取り組むワケ


神田康弘さん

──改めて、関西電力としてこうした新規事業推進に乗り出した背景を教えてください。

神田康弘さん(以下、神田):イノベーション推進グループができたのが2016年6月のことです。電力自由化などを背景に、本業である電気事業以外の成長が求められるなか、「再びイノベーションを」ということで立ち上がりました。

「再び」と言いましたが、私たちは決して電気事業だけの会社ではなくて、過去20年間、常に新しい事業に取り組んできました。決算上の連単倍率は約1.5倍と、一般的な電力会社やガス会社と比べて、事業の多角化を進めてきました。

しかし、やはりそうした新規事業に取り組む機運やスピードも徐々に失われてきて、新しいものが生まれにくくなってきていた状況がありました。そこで、「イノベーション推進グループ」が立ち上がったのです。

では「イノベーション」とは何か? 私たちの定義ではまず一番に「既存業務の変革」だと捉えています。まずはこれが最も大切で、ここにプラスして新規事業を作っていくイメージを持っています。新規事業に関しても、まず大切なのは既存領域の近く。その次に飛び地へと目を向けていきます。

──起業チャレンジ制度はいつ頃始まったのですか?

神田:制度は1998年から存在しています。電力自由化については2000年ごろから議論されていて、当時から新規事業に対する意識は強く持っていました。

田村正光さん(以下、田村):現在は3ステップで運用していますが、もともとは起業チャレンジ1ステップのみの体制でした。しかし、年を追うごとに応募件数は減少。同じ参加者ばかりが滞留することになり、制度自体の盛り上がりも徐々に欠けていきました。また、応募プランをなかなかブラッシュアップしきれていないことを課題として抱えており、GOBさんに声を掛けて、アクセラレーションプログラムをスタートすることとなりました。

神田:会社の中でビジネスプランを書いた経験がある人はほとんどいませんし、PLやBSといった新規事業開発の基礎知識も持ってはいません。そうした社員にとって、当時のプログラムへの参加ハードルが非常に高いものになってしまっていたのです。そうした声を受けて、スタートしたのが「アイデア創出チャレンジ」でした。

また、スタディツアーのような仕掛けは、制度に参加してくれる人の裾野を広げ、より多くの人がプログラム内を循環する仕組みをつくるねらいがありました。

私たちの仕事は場づくり、人づくり、仕組みづくりです。

こうした取り組みを通じて場を作ることで、新規事業に熱を持った人たちが見えてきます。彼ら同士が結びついたり、お互いに刺激しあったりすることに価値があって、そういう人たちの中からイノベーション推進グループへ参加する人材が見つかり、そこで彼らが会社として新規事業を支える仕組みを作ってくれるような流れもできています。

これまで9社を輩出、うち2社が10年以上続く


岡田康伸さん

──起業チャレンジ制度に参加する人たちの共通点など見えてくるものはありますか?

岡田康伸さん(以下、岡田):やはり気持ちが強い人です。アクセラのプログラムなど特にそうですが、やはり壁にぶつかることの連続なので、それでも「自分のアイデアならいける」と思って信じて突き進んでいける人はやはり最後まで残っていきますね。

神田:きっと業務外の活動だからいいのですよね。仕事って逃げたらいけない世界ですけど、業務外だからこそ、本気で強い思いを持っている人しか走りきれませんし、そういう人が残っていきます。

──なるほど。業務外だからこそ、どれくらい自分の思いにコミットできるか、その強さが問われてくるのですね。実際に、この起業チャレンジ制度を通じて輩出された事業をいくつか紹介してもらえますか?

神田:これまでに全9社が立ち上がっており、現在もそのうち4社が経営を続けています。

起業チャレンジ制度発の第1号案件であり、今でも事業を継続しているのが、富山県に拠点を置く2000年創業の「かんでんエルファーム」です。従来、焼却処分されていた、黒部ダムに流れ着いた流木などを独自の技術でリサイクルし、地域の畜産や農業用の肥料として提供したり、発電燃料として活用したりといった事業を展開しています。

もう1社が2004年に創業した「気象工学研究所」。気象工学分野の研究開発により、防災、スポーツ、観光といったさまざまなシーンで活用できるインフラ情報を提供しています。

また、2019年には、旅行事業を展開する「TRAPOL」、2020年には、がん経験者などに向けたカトラリーを製造販売する「猫舌堂」の2社を設立したばかりです。

イグジット先を見据えて起業できるのも魅力

神田:起業チャレンジの合格者は、イノベーションラボからの出向という位置付けで原則5年間、新たに設立した会社の社長として事業に専念してもらいます。会社設立に際しては、関西電力に加え、合格者本人も出資することが大きな特徴です。その後5年目のタイミングで、関西電力のグループ会社のどこかが適正な価格で買い取り、社長が原則、当社に戻って来てもらうことになります。

例えば、先ほど紹介したかんでんエルファームは関電L&Aというグループ会社が買い取り、現在も100%子会社です。

──イグジット先のメドを立てた状態で起業できるというのは恵まれた環境ですね。一般的に、創業後の生存率がかなり低いとされる中で、これまで9社中2社が20年近く経営を続けているというのは、非常に素晴らしい成果だと思います。

「ニッチだけど、そのニッチが埋まることで社会が少しでも良くなる事業を生み出したい」

──改めて、今回、起業チャレンジ制度を進めていく上で、私たちGOBに声をかけていただいた意図や期待はどこにあったのでしょうか?

神田:きっかけは、GOBさんと関係を持っていたイノベーション推進グループのメンバーがGOBを強く推したことです。パートナーに正解などないので、私たち事務局、つまり現場がもっとも強力にプロジェクトを推進できる、したいと思える方々とパートナーを組もうと考えていました。

もちろん、実際に会ってお話をしても全く違和感はありませんでしたし、私たちの取り組みとの相性の良さも感じたので、お願いすることに決めました。

──実際に共に活動を進めていく中で、印象の変化などはありましたか?

岡田:私自身は、イノベーションラボ発足後初めて新規事業に関わりましたが、全体像を体系だててまとめていただいているため、非常に整理して理解することができました。

もう一つすごいと思ったのは、壁にぶつかった時のサポートですね。実際の事例を出したり、優しい言葉で後押しをしてくれたり、本当に参加者の支えになっているなと感じました。

田村:この場で考えつくレベルのアイデアって、おそらく粗を探そうと思えばいくらでも見つかると思います。だからダメ出しをするのはとても簡単ですが、でもそうではなくて、いいところを伸ばしていく言葉の使い方や態度が、参加者のやる気をうまく引き出してくれていますよね。

岡本:私が感じたのは熱量の強さですね。実に多くの企業がアクセラレーションやインキュベーションのサービスを提供していますが、GOBの皆さんと接していると、いつも引っ張り上げてもらっているような感覚を持ちます。

──私たちも常々、ポジティブでなければならないし、起業家へエネルギーを渡す存在でなければいけない、と意識している部分なので、そこを感じ取ってもらえると非常にうれしいです。

神田:私たちがこの制度で生み出したいものは、ニッチだけど、そのニッチが埋まることで社会が少しでも良くなる事業です。そういった事業の立ち上げを進めることは、GOBさんの得意領域とマッチしており、その意味でベストなパートナーだと感じています。

一方で私たちとしてはBtoBの事業開発に課題を抱えています。例えばスタディツアーのような取り組みから着想を得て生まれる事業は、どうしてもBtoCが多くなりますから。

関西電力という会社の風土的には、もともとBtoBの事業が得意なDNAを持っている社員もいると思うので、そこをどう活かして事業開発につなげていくか、そのフレームワークはこれからの宿題であり、GOBさんへ期待したい部分ですね。

事業開発ムードが高まる関西電力──次の目標は「みんなが同じ地図で、同じ言語で、同じプロセスで事業づくりを」

岡田:先にもお話ししましたが、今の仕組みを回していくだけでこれからもずっとうまくいくことはないと思っています。いろいろと新しい仕掛けで活性化を図ることが間違いなく必要になるので、今後もそういった仕掛けを生み出していくために尽力していきたいと思います。

神田:2019年の7月からは私たちイノベーションラボにも事業開発の機能が立ち上がりまして、各事業部門にも同様に事業開発のグループができています。数年前と比べて、明らかに事業開発ムードの盛り上がりを見せています。

今後は、私たち以外、業務として事業開発をしていく人たちの側へ、制度を移植していかなければいけないと思っているところです。起業チャレンジ制度を通じて得た学びを各部門の事業開発へ持っていき、横展開してさらに深めていきたいです。その結果、会社として一つの言語を持てたら理想的だなと思います。みんなが同じ地図で、同じ言語で、同じプロセスで事業づくりやゲート管理をしていく仕組みを作るのが、次の目標です。

かんでん起業チャレンジ制度から立ち上がった「猫舌堂」へのインタビューはこちら