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「事業のブレイクスルーは幹じゃなく枝にあった」でも「幹がないと枝も生えない」——3年間の事業実証を振り返って:オンテンバー代表 並木渉さん

会社に入り、ベーシックインカム(起業家が生活の安定を維持するために支払われる給与)をもらいながら社内で事業立ち上げを進める仕組み「客員起業家制度(Entrepreneur In Residence、EIR)」。2018年からこの制度を使ってGOB社内で事業を立ち上げてきた並木渉(なみき・わたる)さんは、2021年2月に株式会社オンテンバー(前カンターキャラバンジャパン)を創業しました。

先日公開したこちらの記事では、その客員起業家制度を使った事業立ち上げの良し悪しを、率直に振り返ってもらいました。

今回は、より事業実証のプロセスに焦点を当てて、並木さんに話を聞きました。

オンテンバーが運営する「カンターキャラバン」では、オフィスに改装したキャラバン(キャンピングトレーラー)を自然の中に設置し、企業向けにミーティングや合宿の企画、運営を提供します。

今でこそアウトドアは盛り上がりを見せていますが、2018年当時は、類似サービスはほとんどなく「どう売っていいかわからない」状態。“マーケットがない”サービスで事業成立を狙うには、さまざまなハードルがあったそうです。

写真左:GOB代表取締役の山口高弘さん、中央:オンテンバー代表取締役の並木渉さん、右:GOB副社長の高岡泰仁さん

価値をちゃんと埋め込めていれば、“棚”はどこでもええやん

並木 渉:私たちは、カンターキャラバンを、無理やり「オフサイトミーティング(*)」という市場に乗っけたわけです。

*オフサイト(Off-Site)ミーティングは、いつものワークスペースから離れた場所でミーティングを実施することを指す。カンターキャラバンでは、自然の中でのミーティングを企画、運営する。

ただ最近は世の中的にもキャンプやトレーラーに注目が集まってきているので、イメージやビジュアルが結構みんなにわかってもらえるようになりました。だからこれからは、「アウトドア」とか違う領域の棚に乗せていければと思っています。他社からも、キャンプ場でのワーケーションなどのサービスが出てきているので、やっと陳列棚ができてきたのかなと感じています。

山口 高弘:世界観を起点に事業を作っていくときに、事業実証期でもっともリソースを投下すべきところが、陳列棚(マーケット)を定義づける部分だと思います。

客員起業家制度を活用してマーケット選定を進めてきた中で、率直にもっとこういうサポートがあったら良かったみたいな部分はありますか?

GOBの事業開発フォーマット

GOBでは事業開発のプロセスを図のようにまとめている、マーケットの選定はここでいう「ステージ4:商品開発」に当たる

並木:GOBは良くも悪くも起業家の価値観や思いに寄り添ってくれますよね。でも今思うと、そこに関してはもっと厳しくてよかったかなと思います。

「お前ごちゃごちゃ言ってるけど、売れなきゃ意味ねえんだよ」という指摘があっていいかなと。

どこの棚に乗せようが関係なくて、お客さんが受け取る本質価値がちゃんと商品に埋め込んでさえいれば、どの棚だってええやんと思うんです。どの陳列棚に乗せるかに、お前の思いなんて関係ねえだろって。そこは時間を使わずに試さなきゃいけない部分だったと反省しています。

山口:なるほど。

私は職業柄、新しいものにもまずはバイアスをかけずにやってみるっていうのを大事にしてるんですけど、少し前に知り合いから、Netflixの『スタートアップ: 夢の扉 』という韓国映画をおすすめされたので、仕方なく2倍速で見たんです。

映画では、まだプロダクトも何もない起業家の世界観に対して、初対面の投資家がいきなり、「ビジネスモデルは何?」「キャッシュポイントは?」ってバンバン質問していて、最後には投資家が半分怒って帰っていく(笑)。

私らからすると、起業家に対して世界観を描いた瞬間にその落とし所を決めろというのは、早すぎるだろと思ってしまうんだけど、これがスタートアップの世界の典型なんだと思います。

一方でGOBは、まず世界観をじっくり培養すべきという立場に立っているわけですが、どっちもどっちで、その合流点を探さなくちゃいけない感じがするんですよね。世界観を培養しつつ、その時点での落とし所は具体化していく。そしてまた世界観に戻っていくという行き来が重要だと考えています。

実際にやってみた渉さんとしては、ちょっと培養に時間をかけすぎだと感じたということですね。

並木:そうですね。でも自分もそうでしたけど、やっぱりこだわり出しちゃうんですよ。「いや、この棚には乗せたくない」「ここと競合とは思われたくない」みたいな変なプライドがあったりして。そのこだわりってお客さんにとって意味あるものなの? って言ってくれる存在が大切なのかなと思います。

山口:一般的に、プロダクトマーケットフィット(PMF)の手前には、まずプロブレムソリューションフィット(PSF)があります(*)。つまり、自分たちの価値観をこの商材で表現できるかどうか、ということです。

*「プロブレムソリューションフィット」は顧客が抱える課題を解決するプロダクトを提供している状態、「プロダクトマーケットフィット」はそのプロダクトを適切な市場に投入し、そこで受け入れられている状態を指す。

PSFは、初めて起業する場合でもある程度イメージできるんですけど、そこからPMFを目指して陳列棚を定義するまでの断絶がめちゃくちゃ大きいと思います。PMFするにあたり、PSFの時点で想定したストーリーに引っ張られてしまうために、満を辞してやってみてもコケてしまうことが多かったりしますよね。

並木:やっている起業家本人にとっては大事なところだと感じるかもしれませんが、結局は一番お客さんに手にとってもらいやすいところに素早く乗せて試した方がいいと思います。あくまで検証なので。

山口:なるほど。その部分は僕らも、メンターというよりもう少しコンサル的に伴走するのがいいかもしれませんね。リストアップして、分析して、機会とリソースと成長をと見て......と合理的に進めるような感じ。

並木:そうですね。2年で事業成立を狙うなら、ここが一番ネックになると思います。

事業がブレイクするポイントは“幹よりも枝”にあり

山口:また話が戻るんですけど、PSFと PMFを考えたときに、PSFをやり続けても、結局そこで得られた顧客の価値は、単純にソリューションを試しているだけで、マーケットで試せていない状態になってしまうんですよね。マーケットを指定せずに検証をやり続けることに結果的になってしまうことが少なくない。

並木:ビジネスとしてやるなら、そこをやり続ける意味がないと思います。慈善事業や企業のCSRとしてならいいかもしれません。でもビジネスとして社会的な価値と経済的な価値を両立させながら、スケールして多くの人に届けようと思うなら、それだけをやり続けても仕方ありません。

一方で、PSFを深められていないと結局ソリューションが備わっていない状態なので、そのままPMFしたとしても薄っぺらいものになってしまいます。だから1回まずはマーケットを指定した検証までを爆速で回して、その中で見えてきたものを踏まえてもう一度PSFに戻ってやる方が自分としてはいいのではないかと思います。これからはそうやって事業を作り上げていくつもりです。

山口:渉さんたちはまだPMFの一歩手前だと思いますけど、顧客からの声を聞いていて、これまでとは違う手応えを得たような実感はありますか?

並木:カンターキャラバンがコロナ禍で事業を停止する前の話ですが、お客さんからの反応が変わったなと感じていました。

それまで私たちは「自然」とか、「いつもの会議室とは違う空間」などを推していたんです。でも意外と、ミーティングの企画の中身に価値を感じてくれるお客さんが増えたんですよ。私らとしては色々なお客さんを見てきた中での経験則から、ある程度の型を持ってやっていたんですけど、それがめちゃくちゃ刺さる価値だったんだなというのは意外でした。それからは、その部分をもっと磨いて打ち出して行ったんですけど、やはり反応がとても良くて。

多くの人は、1日の会議を型もなくなんとなくでやったり、コンサルティングを頼んだりしていたようなんですけど、カンターキャラバンでそこを補えるんだっていうことに価値を感じてもらえた。

山口:なるほど。「おつまみデリ」の方も同じく手応えはありますか?

おつまみデリとは
オンライン懇親会や研修、ワークショップの参加者が希望する場所に「おつまみ」を届けるサービス。話をしながら食べられるおつまみ3、4種類は日本全国から厳選。味はもちろん、生産者の想いやストーリーを重視している。面倒な買い出しや経費精算は一切不要で、郵便ポストに届くので、不在時でも受け取れる。また希望に応じて、オンライン懇親会を盛り上げるアイスブレイクキットやワークシートも同封する。


おつまみデリ

並木:おつまみデリは、クライアントの大手企業の人事の方からの要望で立ち上げたサービスでした。最初はお断りしたんですが、その人がカンターキャラバンの本質的な価値を見抜いてくれていて、「今はとにかく気軽なコミュニケーションが一切取れずみんなストレスが溜まっているから、まずはそこをほぐすことからやってみては?」と提案してくれたんです。そういう意味で、顧客のニーズから出発した事業なので、オフサイトミーティングよりもPMFに近いと感じます。

またとっても小さい話なんですけど、おつまみの中身よりも、家に不在でもポストに入れてもらえてそれをとるだけでいいという手軽さがとても好評でした。これも自分たちとしては予想していなかった反応でしたが、これまで他社が提供できていなかったポイントが一気に見つかった感覚でした。

このプロダクトなら全国に展開できるし、なんだったら世界中どこにでも届けられます。リリース前の2021年3月時点ですでに1500人以上に利用いただいています。

山口:確かにブレイクスルーのポイントって割と本質的じゃないところだったりしますよね。例えばフィットネスクラブのカーブスでは、「さぼらないように会員さんに電話をする」ことで、結果的に「さぼらないで済むなら、入ってみようか」となったりする。でもそういうのが、結果的にライフタイムバリューの向上とか、顧客獲得単価の低減につながります。

マーケットにおけるブレイクスルーのポイントをどうやって発見するか、自分の価値を届けていく穴を見つけることが大切ですね。

並木:まさにその通りで、マーケットを見つけて、さらにそのマーケットの中でシェアを取っていくポイントがどこなのかまで検証しないといけません。

なので繰り返しですけど、自分たちのこだわりをそぎ落として、いかにお客さんが手にとってもらいやすい形にするか。ここに尽きると思っています。

山口:私も含め、世界観を重視する人たちは大掛かりな幹の部分の実験をしがちだと思うんです。でもブレイクのポイントは、意外と枝にあるんですよね、渉さんが言っていた「ポストに入れられるかどうか」なんて完全に枝ですけど、そこにヒントがあったりするので、世界観を重視する幹の部分とマーケットを突破する枝の部分の関係性を、絶妙にいいバランスでやらなきゃいけないですね。

メルカリだって、住所が特定できない「らくらくメルカリ便」を用いることで利用者を増やすことができるなど。重要な枝をいかに見つけるかですね。

並木:ただもちろん、幹がないと枝も生えてきませんからね。それは前提として。

幹がしっかりしていて、幹だけでもある程度お客さんがついて競合にも耐えうるという状態になってからの、枝ですよね。

山口:ごもっともですね。幹がないのに、枝を試しても仕方ない。

市場や業界への理解を深め、自分の思いをうまくメイクセンス

GOB取締役副社長の高岡泰仁さん

高岡 泰仁:僕らGOBでは、個人の思いから事業を作っていくことを基本にしていますが、事業の形が変わったり、渉さんが言うようにマーケットを絞ったりする時って、自分の思いやこだわりが何パーセントかにしぼんでいくはずです。

そうなったときに、自分が最初に持っていた思い以外に、参入する市場や業界に対する思いが逆にもっと膨らんで来ないと、事業を推進できないんじゃないかという気がしています。業界や市場を見て、そこに自分の元々の思いを重ねてうまくメイクセンスしていく力が必要なんじゃないかなと。

渉さんも何回か事業を転換してきましたが、どうやってエンジンを推進してきたんでしょうか?

並木:私もそこがうまくなかったので停滞期がありました。情けないところですが、結構人の目を気にするタイプなので、事業を転換したら、全然違うことやり始めて金儲けに走っていると思われるんじゃないかとか、以前は気にしていました。

高岡さんが言うように、マーケットや業界の理解を深めれば深めるほど、自分の価値観との共通軸がどこかに見つかるなと最近感じています。食わず嫌いで、業界やマーケットのことをただの陳列棚とかただのお客さんとして表層的に見ているとなかなかそれが見られないんですよね。

決めたらとことんそこを研究していくと、見えてくるものがあって、それがモチベーションになってくるという感じですかね。そして不思議なことに、先ほどの幹が同じであれば、いつの間にかつながってくるとも思っています。

高岡:いかに見出すかですね。

この辺りは僕らのメンタリングの課題の1つでもあると思います。業界についてしっかり調べてみたり、業界の中に両足を突っ込んで初めて気づけた課題が絶対あるはずだと思います。個人の課題とは別に、そこに想いを馳せるという部分がやや足りていなかったかもしれませんね。

並木:あとはやっぱり、“諦めさせる”のも大事ですよ。何がやりたいかっていう一番大きな部分に立ち戻ると、起業家本人がこだわっているポイントがすごく些末だったりもするので、盆栽みたいにいらない葉っぱや枝を剪定してあげないと。

選定するからこそ幹もちゃんと太くなっていくし、時には曲げてあげないといけない。そういう役割も、EIRが担えるといいんじゃないかと思います。

山口:確かに。育つように育ててしまったら枝だけが育ってしまってつぶれてしまいますからね。“盆栽型”インキュベーションですね。