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「カイシャをつくる会社」GOBに見る、EIR成功とスタートアップ創出のカギ

こちらの記事では、EIR(Entrepreneur in Residence)が、起業家と起業双方にどのようなメリットがあるかを見ました。今回は、実際にEIRを活用し、社内でスタートアップを育成しているGOB Incubation Partners(以下、GOB)の取り組みと事例を紹介します。

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EIRをビジネスモデルに組み込み、起業家の生活基盤と大企業とのタッチポイントをつくる

GOBは、事業開発のコンサルティング業務を行いがなら、社内でスタートアップの育成を行うという2つの側面を持っています。GOBの中で、EIRがどのように活用されているかを同社取締役の滝本悠(たきもと・はるか)さんに聞きました。

GOB Incubation Partners取締役の滝本悠さん

GOBのインキュベーションでは、単に事業で儲ければよいということではなく、起業家自身が解決したい社会課題への本質的な「問いかけ」を重視しています。ですから、起業家自身がその「問い」を磨いていくプロセスをじっくりサポートしていくようにしています。

その上で、GOBではEIRを独自に取り入れた次のようなビジネスモデルを取っています。

GOBのビジネスモデル
起業家と共に大手企業に対する事業開発プロジェクトを行い、資金を按分して還元する。

起業家はGOBのクライアントである大手企業の事業開発コンサルティングに従事しながら、二足のわらじで自身の事業も同時に立ち上げていくという形態をとることになります。GOBはコンサルティングなどの案件の売上の中から、起業家に当面の生活の安定のための収入を支払います。

GOBのビジネスモデル

また、GOBがコンサルを行いながら大企業と起業家の間を取り持つことにより、大企業とスタートアップの自然な繋がり方が可能となっています。企業は、現役の起業家と共に 新規事業開発を行うことができ、起業家としては、単独でアクセスしづらい大企業ともクライアントとして自然な形で接点が持てるようになります。

GOB型EIRのスタートアップ事業開発事例

GOBでは、実際に複数の社内スタートアップが上記の体制のもと、事業創造に挑戦しています。

事例1:年間10種類以上の習い事に取り組める教室『PAPAMO』

PAPAMO(パパモ)は「スポーツからアートまで、年間10種類以上の習い事に取り組める」教室事業です。

代表の橋本咲子(はしもと・さきこ)さんが、外資系コンサルティング企業に勤務時代に子育て領域に課題を感じ、事業を構想。GOBメンバーとの定期的なメンタリングを繰り返しながら事業計画の骨子を固め、その後2016年末にGOBへ入社します。現在は、GOBの社員として事業開発コンサルティングを担いながら、「現代のこどもたちが失いつつある『全身で遊ぶ』時間を最大化する」ことをミッションにPAPAMO事業を推進しています。

事例2:はたらくに余白を『Kantoor Karavan Japan』

「はたらくに余白を」というコンセプトのもと、大自然の中のモバイルオフィス事業を進めているのが「Kantoor Karavan Japan(カンターキャラバンジャパン)」。

代表の並木渉(なみき・わたる)さんは、外資系企業など複数社での勤務経験ののち、働き方領域への課題から起業を志します。当初はGOBと業務委託契約を結び、バックオフィス部門を担当しながら、社内でのメンタリングを経て事業の骨子を固めていきました。その後2018年初旬にKantoor Karavan Japanの事業部を設立し、現在はGOBのコンサルティング業務を担いながら、「はたらくに余白を」という問いのもと、事業立ち上げを行っています。

GOBが目指す農耕型インキュベーションはEIRと相性が良い

我々は「農耕型インキュベーション」と呼んでいますが、つまりお米を育てるようにじっくり会社も育てていこう、というものです。農耕型が通常のインキュベーションと異なるのは次の2点です。

起業家に長期でコミットメントする
成長に対する非合理的な圧力を与えない。エクイティ(出資)による支援を行うと、 最速での事業成長が求められるが、GOBは適切かつ最適なスピードでの事業成長の機会を提供する。

通常のインキュベーションでは、事業の特性を軽視した、投資案件としてのIRR向上やファンドの償還期限による圧力 、グランドスタンディングによる機会ロスなどが起こり得ます。それらの圧力から起業家を解放し、起業家自身が解決したい社会課題へのアプローチに長期でコミットします。

エグジットを必ずしも前提としない
事業売却やIPOするベンチャーだけが 社会価値を生み出しているわけではない。社会的価値を追求し、エグジットを必ずしもゴールとしないスタートアップ活動を共にする。

起業家が持つ社会的課題への問いは、本質的かつ複雑なものが多く、事業としてすぐに利益が出る(投資目線ではリターンが得られる)ものでない場合も多いです。したがって、一定の経済性が確保できるまで、問いを繰り返しながら、ビジネスモデルを磨いてく必要があります。だからこそ、お米を育てるように、ゆっくり着実に育成することが必要となると考えています。

このように、社会への問いを大切に、社会価値と経済価値を両立したスタートアップを育てるためにEIRは非常にマッチした仕組みだったんです。

「勇気ある挑戦には、同時に安心を」──起業家と大企業が抱えるジレンマ

「日本の起業環境は、挑戦と安定のバランスが取れていない」──そう語るのは、GOB共同代表の山口高弘さんです。日本のスタートアップや起業を取り巻く現状を踏まえて、EIRの成功のカギを山口さんに聞きました。

GOB共同代表の山口高弘さん

GOBでは社会への問いを重視していますが、私自身も、自分が感じた疑問を社会へ問いかけるために19歳で起業しました。しかしいざやってみると、信用がない若者の話は誰にも聞いてもらえないし、事務所一つ契約できない。事業そのものと関係のないところでの困難が多すぎたんです。「貧すれば鈍する」で、多くの優秀な起業家もこの中で消耗し、途中で挫折していきます。

そんな経験から、起業家の勇気あるチャレンジには、同時に最低限の生活が保障された安心できる環境が必要だと感じるようになりました。

一方、大企業もまた別の課題を抱えています。大企業の安全な環境にいると、本気でリスクを取ることができない。潤沢なリソースがあっても、リスクを取れないから新規事業が生まれない。新規事業を提案しても「実際に儲かるのか」「事業計画書いてこい」と言われ、検証として事業のプロトタイプ(試作品)を作っても「失敗して評判を落としたらまずいから、自社の名前で売ってはいけない」と言われる。その上で多くの会議を通していかなければならない。

新事業を世に生み出すためには、このチャレンジと安全のバランスが非常に重要です。日本の起業活動が上手くいかない原因の多くは、この絶妙なバランスをとりきれないことにあると思います。そのバランスを取り、起業家のミッションや知見と企業のリソースを上手くマッチングさせることができるのがEIRの最大の利点です。

日本のスタートアップ環境に最適なEIR、成功のポイントは「出島」をつくること

しかし、単に起業家を社内に迎えれば上手くいく、というものでもありません。起業家が社内に入るとその上には「部長」などのマネジメント機能が存在することがあります。しかし、新規事業にマネジメントはいらないのです。むしろ、企業の過去の慣習による硬直化したマネジメント体制が起業家をダメにしていくケースは多い。

私は、EIRの成功確率を高めるポイントは「出島」、つまり起業家の治外法権の世界を作ることだと思っています。この出島に対して企業が様々な社内リソースを出して支援するとインキュベーションが有効に機能します。