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電動キックボードの規制緩和、通勤で利用時に事故にあったら労災は使えるのか


令和5年7月1日、改正道路交通法が施行され特定小型原動機付自転車(いわゆる“電動キックボード”)が16歳以上であれば免許不要で運転できるようになった。便利で手軽な移動手段として注目を集める一方、重大な事故の発生を不安視する声も少なくない。

実際、2023年9月に東京・東池袋の歩道で電動キックボードと歩行者の衝突事故が起きている。この事故では、加害者が警察に対して「走行していい場所が完全に理解できていなかった」とも供述しており、免許証不要で運転ができることから今後も同様の事故が起きる可能性は十分に考えられる。

「電動キックボードを使って通勤をしたい」

会社としては、社員からこのような相談が寄せられることも想定しておく必要があるだろう。あるいは、自転車と同じような感覚で会社には特に申請をしないまま電動キックボードを通勤で使用して「通勤途中に事故を起こしてしまった」と言われる可能性も否定できない。

「電動キックボードで通勤途中に怪我をした場合、労災保険が使えるか」

働く人にとっても気になることなのではないだろうか。

そこで今回は、社員から通勤で電動キックボードを使いたいと要望があった場合の対応や実際に事故があったときに労災保険が使えるのか? について、日ごろ企業の人事労務管理に携わる社会保険労務士の立場から考えてみたい。

この記事は、Yahoo!ニュースに掲載された内容を加筆、修正したものです。

■電動キックボードの規制緩和

令和5年7月1日、改正道路交通法の施行により電動キックボードのうち一定の条件を満たすものについて、16歳以上であれば運転免許証不要(ヘルメット着用は努力義務)で乗ることができるようになった。

規制緩和の対象となる電動キックボードは、道路交通法上では特定小型原動機付自転車に位置付けられており、『車体の大きさは、長さ190センチメートル以下、幅60センチメートル以下であること・原動機として、定格出力が0.60キロワット以下の電動機を用いること・時速20キロメートルを超える速度を出すことができないこと・走行中に最高速度の設定を変更することができないこと・オートマチック・トランスミッション(AT)機構がとられていること・最高速度表示灯が備えられていること』、これらに加えて、『道路運送車両法上の保安基準に適合していること・自動車損害賠償責任保険(共済)の契約をしていること・標識(ナンバープレート)を取り付けていること』が必要とされている(参照:警視庁ホームページ「特定小型原動機付自転車(電動キックボード等)に関する交通ルール等について」)。

さらに、特定小型原動機付自転車のうち、「最高速度表示灯を点滅させること・時速6キロメートルを超える速度を出すことができないこと」等の基準を満たすものは特例特定小型原動機付自転車に位置付けられる。

両者の主な違いは、特例特定小型原動機付自転車については一定の条件の元に歩道を通行できる点にあると考えられる。

見た目は電動キックボードでも、基準を満たしていないものは特定小型原動機付自転車にはならず、運転免許証やヘルメットの着用が必要なものもあるので注意したい。

■電動キックボードは通勤に使えるのか

電動キックボードシェアリングサービスLuupの試算によれば、シェアリングサービスだけを見ても日本国内で約1兆円の市場規模になると見込まれており、今後も利用者が増えていくことが予想される。

そのように利用者が増えていくと社員から会社に対して「電動キックボードを利用して通勤をしたい」と相談されることは十分に考えられるだろう。

会社としてはそのような申し出を受けたときにどのような対応をするのか、あらかじめ想定しておくことも必要になる。

結論からいえば電動キックボードの通勤利用を認めるかどうかは、会社次第だ。自転車通勤やマイカー通勤と同様に考えることができる。

筆者の関与先でも自転車やマイカーでの通勤を認めていない企業もあるが、その理由は、公共交通機関での通勤に比べて事故が発生したり加害者になったりする可能性が高いことや、通勤利用を認めることで使用者責任を問われることを懸念するケースが多い。

通勤利用を許可したからといって必ずしも会社の責任が問われるわけではないが、会社が積極的に利用を推奨したり、一部でも業務利用を認めていたりする場合には、会社の責任が問われることもあるので注意が必要だ。

実際にマイカー通勤していた社員の起こした事故について会社の責任が認められた事例では次のようなものがある。

『会社の従業員が通勤のため利用しているその所有自動車を運転し、会社の工事現場から自宅に帰る途中で事故を起こした場合において、従業員がその所有自動車を会社の承認又は指示のもとに会社又は自宅と工事現場との間の往復等会社業務のためにもしばしば利用し、その利用に対して会社から手当が支給されており、事故当日右従業員が右自動車で工事現場に出かけたのも会社の指示に基づくものであるなど、判示の事情があるときは、会社は、右事故につき、自動車損害賠償保障法三条による運行供用者責任を負う。(引用:裁判所ホームページ「昭和52年12月22日・最高裁判所第一小法廷判決」)』。

反対に会社がマイカー通勤を禁止していたにもかかわらず自家用車で出張に行き、その途中で事故を起こした事例では、会社の責任を否定している(昭和52年9月22日・最高裁判所第一小法廷判決)。

繰り返しになるが、電動キックボードの通勤利用を認めるかどうかは会社の判断による。しかし、以上の事例からもわかる通り黙認はせず、許可・不許可の立場を明確にすることが重要だろう。

■通勤で利用時に事故にあったら労災は使えるのか

結論から言えば、電動キックボードで通勤途中に事故を起こした場合でも労災保険を使える可能性はある(通勤途中のため「通勤災害」になる)。

なお、労災保険が使えるかどうかは、電動キックボードでの通勤を会社が認めているかどうかは関係ない。これは、自転車通勤でもマイカー通勤でも同様だ。

東京労働局および複数の労働基準監督署へ確認を行ったところ、以下のような回答を得た。

前例が無いため判断は難しいとしながらも「通勤災害として認められるかどうかは合理的な経路及び方法であるかどうか。電動キックボードだから認められない、ということではない。」

この回答は、筆者の見解ともほぼ一致しており、電動キックボードだから労災にならない、という判断にはならないと思われる。実際には、事故発生後に事故状況などの詳細を労働基準監督署へ報告し、個別の事案ごとに判断されることになるが通勤災害として認められる余地はあるだろう。また、労災保険が使えるかどうかは、会社や労働者が判断するものではなく個々の事案に応じて労働基準監督官が判断をすることになるので、自ら判断をせず労働基準監督署へ相談をすることをお勧めしたい。

■通勤災害の定義とは?

通勤災害における通勤の定義は、『就業に関し、次に掲げる移動を、(1)住居と就業の場所との間の往復(2)就業の場所から他の就業の場所への移動(3)住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除く』(参照:東京労働局ホームページ「通勤災害について」)とされていて、これに該当すれば通勤災害となり労災保険が使えることになる。

ここでポイントになるのは、どのような方法であれば合理的な経路および方法として認められるかだ。

これについては、労働者保護の観点からも広くとらえられており、無意味に遠回りをしたり、通行禁止区域を通行したり、明らかに非常識な方法でない限り認められると考えてよいだろう。

例えば、普段は自転車で通勤している人が雨のため公共交通機関を使ったり、通常使用している電車が遅延のためバスを使ったり、それらについて会社から承認を得ていなかったとしても合理的な経路及び方法として認められれば労災保険は使える。

以上の通勤災害の要件を満たしていれば電動キックボードで通勤した場合であっても、それについて会社から許可を得ていたかどうかにかかわらず労災保険が使える可能性は十分にあるといえる。

電動キックボードで通勤した場合にも労災保険が使える可能性があることはお伝えした通りだが、ヘルメットを着用していなかったり、制限速度や交通ルールを守らなかったりした場合には、労災保険申請が認められない可能性があるので注意が必要だ。

■会社としてどのような準備をしておくべきか

電動キックボードでの通勤を認めるかどうかは会社判断、黙認はせず、許可・不許可の立場を明確にすることが重要だ。

仮に自転車などと同様に通勤利用を認めるのであれば、許可制とすることはもちろん、任意保険の加入義務付けや車両、駐車場所の届出、交通ルールの周知徹底、就業規則(車両使用規程など)の整備など、社員への継続的な指導を行っていく必要があるだろう。また、会社としての姿勢を示す意味でも無許可・無届けでの通勤利用に対しては、懲戒処分を科すことも明記しておく必要がある。

電動キックボードは規制緩和がされて間もない。これからも様々な問題が生じる可能性もあるため引き続き注目していきたい。


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