オテルモル


この小説を読んで数年前のできごとがふと頭に浮かんだ。
「普段よく眠れていますか?」
アロママッサージの事前カウンセリングで担当のセラピストさんに尋ねられたときのことだ。
「いや、実は眠るのが少し苦手で…」
正直に悩みを吐露する感じで答えたら、その方、少しきょとんとしたあとで弾かれたように笑い出したのである。どうやらツボに入ってしまったようで、違うんですとか何かを否定しながらも笑いが止まらない。笑ってはいけないと知りながらもどうにも堪えられないといった様子でこみ上げてくる笑いと戦っている。アロママッサージの客には自分のような眠りが苦手な人が多いんじゃないかと思っていた私は意外な気持ちでセラピストさんから笑魔が離れるのを待った。

眠れなくて眠りたくて、どろどろに体が重かったあの頃、「オテルモル」に辿り着けていたらどんなに救われただろう。何よりも眠りを大事に扱い、眠りを渇望する睡眠弱者をやわらかく受け止めてくれる場所で、快眠&快夢へと導く環境が微に入り細に入り常に抜かりなく整えられている。「何もそこまで」と思うくらいに完璧に。地下深いが安全な部屋の温湿度、リネン類、静けさ、照度はもちろん、フロントやエレベーターなどを含めた全館の雰囲気、空気感まで。訪れる客はひとりひとり丁重に穏やかに迎えられ、眠りのために選りすぐられたスタッフは客の快眠と快夢を心から祈ってくれるのだ。

小説は新米スタッフ本田さんの視点で描かれている。オテルの独特であるもやさしい雰囲気を共に感じてあたたかな気持ちになったり、彼女の置かれたなかなかハードな生活環境に心が粟立ったりしながら読み進めた。やがて両者が溶け合い少しずつほどけていく様子に安堵して、いやあ眠りって本当に本当に大事だなと最終的に立ち戻る。睡眠を簡単に削ったりないがしろにしてはいけないなと改めて思った。何せあのスーパースター大谷くんも12時間以上眠るんだから。

読みやすく、やさしい小説で一気に読めました。ありがとうございました。

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