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【解体新書】Brex : 法人カードのその先の未来へ。

「Brexはもはや法人カードの会社ではないかもしれない。」

Brexを改めて調査した際に感じた率直な感想だった。

Brexとは2017年創業、法人カードの事業を2018年にローンチ後、異常なスピードで成長している企業である。直近の調達では$12.3Bの評価額を記録し、わずか創業4年でデカコーンとなった。

彼らはプロダクトローンチ後すぐにユニコーン入りし、既存プレイヤーが占有していた法人カード業界に荒波を起こした。

競合となるRampの出現、Bill.comによるDivvyの買収、Amexなど既存プレイヤーの法人カード刷新、StripeやExpensifyなどの相次ぐ参入。米国内だけでも大きな動きがBrex登場以降に発生した。

また他の地域への影響も無視できない。

ヨーロッパではRevolutの参入や、すでにユニコーンとなっているPleoなどの出現。日本でもUPSIDERが登場し、海外投資家を含む大規模な調達が話題となった。

影響の多寡はあれど、これらの荒波はBrexが起こしたと言っても過言ではない。彼らが、かつて忘れ去られていた法人カード業界を魅力的な市場へと変貌させたのだ。

しかしBrexが起こした荒波はあまりにも大きかった。もはや自分をも飲み込んでしまうほどに競争は加速した。

そんな競争の中で若き天才2人が率いるBrexは競合に先んじて動き始めている。それもStripeのように壮大に、である。

今回の記事では創業者2人の天才幼少期、Brexが起こした法人カード革命とその詳細、そして法人カードのその先、つまりBrexが目指す未来について考察していきたい。

この記事は計15,000字程度となっています。
特定の箇所に興味がある方は以下の目次からご希望の箇所に飛んでいただけると幸いです。

1. Brex Origin Story

BrexにはCEOが2人いる。25歳のエンリケ・デュブグラスと24歳のペドロ・フランチェスキだ。

彼らはお互いをCo-CEOと呼称し、位に差をつけていない。2人とも共同創業者兼CEOである。

彼らは同じブラジルで生まれ育った。しかし地域は異なる。エンリケはサンパウロ、ペドロはリオデジャネイロが出身だ。

彼らは異なる地域で生まれ育ったが、なんと2人ともハッカーだ。まずは彼ら2人の天才幼少期を紹介していこう。

エンリケ:

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サンパウロ出身のエンリケがコーディングを始めたのは12歳の頃だった。

当時エンリケはある有料ゲームを欲しがり、親に買って欲しいとねだった。しかしエンリケの両親は比較的厳格だったため、ゲームを買い与えることはなかった。

ここからがエンリケの天才たる所以だ。エンリケはゲームをどうしてもプレイしたいという理由でその海賊版を作ることを決意した。

彼はその方法を本やGoogle検索で調べ漁り、あっという間に技術を習得し、海賊版を作り上げてしまった。

この時習得した技術をもとに彼はわずか14歳で事業を始める。事業といっても本格的なものではなく、韓国の人気オンラインRPGをハッキングし海賊版を作成、そして販売したのである。

これは一部で話題を呼び、それに勘づいたゲーム製作会社が特許侵害を訴えた。彼はすぐにサービスを閉じることを余儀なくされ、1回目の事業はあっけなく終わってしまった。

ただ彼はこの経験が起業への道につながったと語る。コーディングして何か物を作り、お金を稼ぐことができるという確信を持ったことで、彼は若くから数個の事業を始めることになる。

その1つ目がブラジルの学生がアメリカの大学に入学するのを支援する事業である。

きっかけは「チャック」というテレビドラマだ。彼はドラマの主人公でスタンフォード大学に在籍する天才ハッカー、チャックに憧れを持った。

チャックのようになるためにスタンフォード大学にいきたい。その思いからアメリカの大学への進学方法を調べるとそこに大きなペインがあることを発見した。

そこで彼は「ブラジルの学生がアメリカの大学に入学するのを支援する事業」を始める。

このサービスには大きな需要があった。その証拠になんと80万人のユーザーが集まったのだ。

しかし彼はマネタイズに苦しんだ。また、15歳の彼に資金を提供するVCも存在しなかった。

こうして多くのユーザーを獲得しながらエンリケの2個目の事業は幕を閉じた。

続く3個目はBrexの共同創業者となるペドロと出会った後の事業である。これを説明する前に、同じく天才だったペドロの幼少期も紹介していこう。

ペドロ:

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画像右がペドロ

ペドロはリオデジャネイロ出身。わずか9歳の時からきっかけもなくコーディングを始めていたという。

彼も本とGoogle検索の力でコーディングを学んだ。そしてある時ペドロは大きな注目を集めることになる。

2009年当時、iPhoneはブラジルでは使えなかった。富裕層にとってはiPhoneは生活必需品レベルとなっていたが利用するには脱獄して利用するしか無かった。

ペドロも同じ問題に直面していた。親が運良く買い与えてくれたiPhoneがあったが高額なお金を使うしか脱獄する手段は無かった。

そこで彼は自分で脱獄することを画策。独学で見事にそれをなし得てしまう。彼は他人のiPhoneの脱獄を代行し、お金を稼いでいった。

そして同年iPhone3Gが発売される。新たなこのモデルは当然ながら既存の脱獄の手段が通用しないように構築されていた。

だがペドロにそんなことは関係なし。彼は他の人に先んじて脱獄に成功する。

その後彼がこの脱獄方法をネット上に公開すると、iPhoneのハッキングコミュニティの中で大きな話題となる。「リオでiPhoneを脱獄した子供」としてそのコミュニティ以外の目にも留まっていく。

その注目度の高さの証拠に、2010年にはTED Talksにも登壇している。

彼はその後、iPhoneの言語をポルトガル語に翻訳し、Appleから言語特許の侵害を通達されたり、様々なIT企業を見学したりとますますインターネットにのめり込んでいった。

そんな時彼が興味を持ったのが決済だ。彼はブラジル版のSquareを作りたいと考え、決済のシステムを勉強し始める。2年間決済の会社で働くこともした。

このとき彼はブラジルの決済システムが杜撰で、使いにくいことを実感したという。

このような経験を重ねていく中、Twitter上で運命の出会いが起こる。

 1.1 出会い:天才ハッカー達の邂逅

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若き日のペドロとエンリケ

2012年の末、ペドロはTwitter上でEmacsというテキストエディターについてある男とディスカッションしていた。察しの通り、Brexの共同創業者エンリケである。

彼らは意気投合し、互いの近況などを話す仲となった。

そのときエンリケはTinderのようなマッチングアプリを開発していたという。当時はTinderが創業すぐだったため、エンリケは知る由もない。自分で発想したアイデアだった。

しかしエンリケはTinderのようなアプリを開発する上であることにつまづいていた。支払いを受ける便利なシステムがなかったのだ。

今でこそStripeのように簡単に支払いを受け入れられるツールがあるが、当然ブラジルにはそのようなものはなかった。

そこで彼らは、ペドロが決済に興味を持っていたこともあり、一緒にブラジル版Stripeのようなものを作ることにした。のちに数千万ドルでブラジルの大手決済会社に売却されることになるPager.meである。

 1.2 Pagar.me:ブラジル版Stripe

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2013年の初め、エンリケが17歳、ペドロが16歳のとき、彼らはブラジル版Stripeである「Pagar.me」の開発を始めた。

いくら技術力を持った彼らとはいえ、決済APIの構築は難航を極めた。しかし彼らは諦めないどころか楽しく開発を続けた。彼らは心からコーディングを楽しんでいたのだ。

しかしお金が足りなかった。今でこそラテンアメリカはマネーが集まる地域となっているが、2013年当時は見向きもされない市場だった。また、彼らのような高校生に出資する投資家も見当たらなかった。

しかし少額なら、となんとか資金調達に漕ぎ着ける。ブラジルのシードVCであるGRID InvestmentsとArpexCapitalから約3,000万円の投資を受けた。

彼らはこの資金をもとに開発と組織拡大を進めた。フィンテック企業としてはいささか少ない資金であったが、ブラジルでは決済から得ることができるマージンが他の国よりもとても大きかった。これによりサービス開始から1年後には黒字化し、キャッシュが回るようになっていった。

創業から3年半後の2016年には、Pagar.meは社員数150人決済総額は$1.5Bに達しブラジルの決済企業で3位の地位を確立していた。

そこに目をつけたブラジルの大手クレカ企業StoneCoが数千万ドルでPagar.meを買収しようと持ちかける。

結局彼らは売却を決断するのだが、その主な理由は以下の2つだった。

ひとつは彼らはブラジルのみで完結するビジネスをやりたくなかったということだ。もちろん今のままでも巨大なブラジルの市場を確保できるはずだったが、世界中に広めるには不十分だと考えた。また、シリコンバレーでの起業にも憧れを抱いていた。

もう一つはエンリケのスタンフォードへの憧れだ。チャックのドラマに魅了されてから、スタンフォードに進学することが彼の夢であった。

これらの理由により彼らは会社を数千万ドルで売却。エンリケはスタンフォードへの進学を決意する。

ペドロは大学に行かずにビジネスの道を突き進もうと考えていたが、エンリケの説得により、締め切り直前に入学を申し込み、結局2人揃ってスタンフォードに入学することとなった。

 1.3 退学と入学:天才2人の性

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スタンフォードに入学した彼らは1年間ほどはゆっくり休もうと考えていた。何せ2013年からの3年半必死に働き続けていたからだ。

しかし彼らの性がここで出てしまう。動き出さないことができない性分だったのだ。

彼らはYCombinatorに参加したいと考え始めた。当時は2017年冬バッチへの募集がかかっていた。

申し込みに当たって事業アイデアを考える必要があった。彼らの得意領域はフィンテックであったが、その複雑さと既存企業の大きさもあり、別の領域で起業したいと考えていた。そんな時にFacebookのOculasと出会い、衝撃を受けた。

そこで彼らはAR関連事業を始めることを決意した。Beyondという会社だ。これをYCに持ち込み、無事採択されることとなった。

しかし彼らはハードウェアのことについて何も知らなかった。また、AR業界もまたフィンテックに負けず劣らないほど複雑だった。彼らほどなら一から勉強して作ることもできたであろうが、YCに採択されてから3週間たったのち、やはり自分たちの得意なフィンテック領域にピボットすることに決めた。

彼らはフィンテック領域で事業アイデアを探した。まず目をつけたのがB2B決済だ。彼らはB2Cの決済とB2Bの決済が全く異なることに違和感を感じていた。後者があまりに複雑だったのだ。

B2B決済に領域を絞ったときに次に注目したのがクレジットカードだった。

基本的にスタートアップはクレジットカードを作れない、これが世間の常識だった。銀行としては、売上もなく起業して間もない相手に対してクレカを発行するのはリスクであるという認識だった。実際YCに採択された企業の80%はクレカを持つことができない状況だった

また彼ら自身も若く、かつブラジルからの移民だったためクレジットスコアが低く、個人保証を使うことすらままならなかった。

これに彼らは違和感を覚えた。なぜならクレカを作れなかった企業たちは自分達も含めて、口座にYCから得た十分なキャッシュを持っていたからだ。

口座にお金があるのにクレカが作れないのはおかしい。そして個人保証が必要なのもおかしい。こういった思いから、過去の支払い履歴や売上などではなく、口座にあるキャッシュの量で与信をとる法人カードを作り、スタートアップがカードを作れるようにしよう、というBrexのコアとなるアイデアが生まれた。

彼らは早速このアイデアに取り掛かり始めた。アイデアの筋の良さも感じたため、彼らはスタンフォード大学をわずか8ヶ月で退学し、Brexの事業に専念することにした。

 1.4 開発、規制、そして運命の出会い

彼らが作りたい法人カードは以下のようなものだった。

オンラインですぐに作ることができる
個人保証・個人のクレジットヒストリーを与信に使わない
限度額を既存のものよりも大きくする

これを構築するためには、難度の高い開発、アメリカの法規制、金融知識など様々なことが必要となった。

まずは開発だ。彼らが大事にすることの中に、全てを一から作り上げる、というものがあった。Pagar.meの時と同じく、今回も全て自前で作ろうと意気込んでいた。

もちろんフィンテックは開発の難易度が高く、オンラインで簡単に発行できて、しかも独自の与信で限度額が決まるカードを作るのはかなり大変だった。しかし彼らは自分たちよりも昔に作られた仕組みを利用することを嫌い、自分たちで一から作り上げることに拘った。

また、法規制、金融知識に関しては、弁護士との話し合いは多く重ねて対応した。Brexの実現したい世界、例えばオンラインでの素早いオンボーディングなどを実現させるためには様々な法規制が立ちはだかった。これを回避するためには弁護士と深く、何度も話し合う必要があった。

開発と規制を乗り越えることができた彼らは、まずステルスで100社の顧客獲得を目指していった。

加えて採用も進めていった。面白いことに、彼らが最初に採用したのはCFOとGeneral Counsel(法務統括責任者 )だった

これには理由がある。まずBrex創業時、ペドロとエンリケは20歳と21歳だった。以前に会社を売却した経験があるとはいえ、銀行にいって商談をしようとするともっと経験のある人を連れてこいと言われるのがオチだった。

また、初期のスタートアップで経営陣が少ないと、プロダクトを作ることにかかりきりになってしまい、俯瞰で会社の将来を見据える人がいなくなってしまうというのも大きな問題だとエンリケは考えていた。

上記の問題を解決するため、彼らはまずCFOとGCの採用を進めていった。とりわけここで採用したCFOはBrexの成長速度を大きく変える人物となった。

その人物とはマイケル・タネンバウムという男だ。

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マイケル・タネンバウム

彼は新卒でJP Morganに入社、その後Hellman & Friedmanという世界有数のPEファンドに入り、その後学生ローンで有名なSoFiで働き始めたという金融畑の人間だった。彼は急成長するSoFiで財務担当副社長まで昇格していた。

そんな中、若き起業家が彼を訪ねてきた。彼はその若き起業家が語る壮大なビジョンと、若いながら豊富な経験と実力を持つ彼らに魅了され、新婚であったにも関わらず、SoFiを退職し、Brexへの参画を決意した。

このマイケルの参画がBrexの初速を大きく引き上げることになる。

 1.5 マイケルの奇想天外マーケティング

マイケルがBrexに参画したのは2017年の7月。
まだステルスで動いており、限られた顧客から受けるフィードバックを参考にプロダクトに磨きをかけている時期だった。

彼はBrexの将来について戦略と同時に、ローンチ後のマーケティング施策を練っていた。正式ローンチ後に大きな話題を引き起こすことで一気に顧客を獲得しようと考えていた。

実はマイケルはSoFiで財務まわりと同時にマーケティングにも従事していた。そのためBrexのマーケティングはマイケルが担当となっていた。

彼はまずステルスで動いている中でBrexを試してもらう企業を探した。LinkedInで特に外国からアメリカに渡って起業した1,000人以上に片っ端から連絡し、試して欲しいと説得した。

当然ステルスで動いていたため、ネット上にはHPもBrexの情報もなかった。怪しいと思われることも多かったが、諦めずひたすらに連絡し、やりたいことを語った。

なんとか試用を決めてくれる企業100社を獲得し、フィードバックを受けることができた。

数多くのFBによりバグも徐々に少なくなっていった。

そんな中で正式ローンチの時期がやってきた。マイケルはこの時期が最も重要だと考えていた。Brexの話題をスタートアップ界隈で持ちきりにさせる、そして一気に顧客を獲得する。これが彼の理想だった。

そのために彼は2つの軸でマーケティング戦略を進めていった。

一つは地道な低コストのリマーケティング戦略だ。

Brexが狙っていた最初の市場は、資金調達ができるくらいに成長しているスタートアップで、かつ法人カードを必要としている人たち。市場規模としてはいささか小さかった。

そこで彼は、Youtube広告などを小規模に展開。ここで認知度を高め、自社サイトのコンテンツへの流入を待った。

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マイケル自身で執筆していた当時の記事

コンテンツに流入したユーザーに対しては徹底的にトラッキングを行い、リタゲ広告を展開していった。そしてサインアップした顧客にはクチコミを書き込むことを何度もお願いし、小規模の広告と、そこから生まれたクチコミで顧客を着々と増やしていった。

二つ目が屋外広告だ。これがBrexを一躍有名にした施策である。

まず屋外広告はROIが低く、スタートアップはあまり行わない手法だった。値段は高いのにネット広告のように顧客をターゲティングできないからである。

しかしBrexの顧客層には屋外広告が効果的である紛れもない理由があった。それはスタートアップが集中しているエリアが存在しているということだ。

Brexの顧客層が特定地域に集まっていることに気づいたマイケルは、ローンチ後の大規模な屋外広告ジャックを考えた。場所はサンフランシスコのベイエリアだ。

そして大胆にも約3,000万円を屋外広告に注ぎ込み、ベイエリアをBrex一色に染め上げた。その独創的なクリエイティブも重なり、Brexは大きな話題を呼んだ。

クリエイティブの例 ↓

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当時話題だったブレグジットとかけてBrex itと表現している

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邪魔な木を金のなる木のように上手く活用している

こういった大胆な広告が功を奏し、Brex Cardのローンチは大きな反響を読んだ。

実際にエンリケはこの看板広告はネット広告の10倍以上のROIを叩き出したとインタビューで言及している。

 1.6 ローンチ半年でユニコーンに

この成功もあり、Brexの顧客は2018年の10月には約1,000社を突破

TPVの増加に伴いBrexの支出も増えていったこともあり、その月にDST Globalをリードに$125MのシリーズCラウンドを調達した。

この時のバリュエーションはなんと$1.1B。初めてのプロダクトをローンチ後半年でユニコーンとなってしまったのである。

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さて、ここまではBrexのオリジンストーリーについて見てきた。

ここからは一気に時間を現在まで戻し、Brex誕生以前と以後で一変してしまった市場環境とBrexのプロダクト戦略、そしてそこから見える新たな地平線について考えていこう。

2. マーケット:法人カードの市場はBrexの登場以前・以後に分かれる

まず法人カード市場全体の話に移ろう。

Brexが現れたのは2017年と最近。ここまでのバリュエーションから分かる通り、かなり魅力的な市場だと見られていることは間違いない。

ではなぜ2017年になるまで誰も気づくことができなかったのだろうか。法人カード市場全体を見ていこう。

 2.1 法人カード市場:隠れた財宝

まずはこの画像を見てもらいたい。

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Source:「Brex: The Future of Business Finance and Cash Management」

この画像はアメリカの決済規模とその手段別割合を表したものである。

ここから分かる通り、B2Cの支払いは既に56%がカードによるもの、しかしB2Bの支払いではわずか4%と、B2B決済におけるカードの普及率が大きく異なっていることがわかる。

そもそも米国の法人取引では小切手が普及して根付いていた。またそれだけではなく、小切手の購入の際に次の購入で使える無料券がついてくることが多いため、実質的に無料で支払いを行えることも大きかった。

また別の支払い手段であるACHも安価であった。決済手数料として数%取られてしまうカードはまだまだ高い選択肢だった。

ただ、4%とはいえ$25Tの4%だ。決済総額としては単純計算で$1T存在することになる。まだまだ魅力的な市場だ。

前述した通り、スタートアップは基本的に法人カードを作ることは困難だった。ではスタートアップではない、売上が立っており、創業して長い、与信を持った企業はどこの会社を使っていたのだろうか。

当時、大きなシェアを持っていたと考えられているのは以下の4社だ。

『 SaaSの再生工場』 (1)

彼らは豊富な資本を生かしたキャッシュバックや特典を武器に利用企業を増やして行った。

しかし彼らは問題も抱えていた。信用のない会社にはCEOに個人保証や補償金を課し、限度額もB2B決済で十分に使えるほどの額ではなかった。

また、オンボーディングにも3〜5日かかってしまうことがしばしばで、加えてERPシステムもカード決済に対応をしておらず、シームレスに支出管理ができないことも多かった。

こういった問題があるにも関わらず、法人カード業界はその割合の低さと既存金融機関の強さから忘れ去られていた。

そこに革命児Brexが登場する

Brexは2018年6月、スタートアップ向けの法人カードと銘打って鮮烈なデビューを飾る。

今考えるとこのタイミングは非常に合理的だ。2018年前後からスタートアップに流入するリスクマネーが増加しており、事業で売り上げは立っていないが、キャッシュを多く持ったスタートアップの出現は相次いでいた。

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Source:「State Of Venture Q2'21 Report - CB Insights Research」

Brexは、その単純だが的確に課題解決につながる法人カードにより磨きをかけ、相次ぐ大型資金調達や創業者の稀有なバックグラウンドから大きな影響力を持っていく。

そしてそのあまりに大きな影響力は多くのプレイヤーを生み出すことになる。

具体的には以下のような企業だ。

『 SaaSの再生工場』 (2)

このように数々のスタートアップがBrexに影響を受けて創業・参入・ピボットを行なっていった。ここからは特に大きなライバルとなる3社、Ramp、Stripe、Expensifyについて少し触れていこう。

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Ramp

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まずBrexの筆頭のライバルとして挙がるのがRampだ。彼らは2019年に創業した新星だが、既に$3.9Bの評価額に到達している。

彼らの強みは全ての購買に1.5%のキャッシュバックがつく点だ。当然Brexもリワードは存在するが、キャッシュバックではなくポイント制であり、用途によって付くポイントが上下するため、少し複雑だ。

また、彼らは支出削減も売りにしている。無駄な支出の検知や支出トレンドのアラートが充実しており、顧客企業は平均で支出を3.3%減らしたという。

上記の強みと、CEOが以前の会社をCapital Oneに売却した経験を持つシリアルアントレプレナーであることも影響して高い評価を得ている。

また、今年2月にはゴールドマン・サックスから$150Mのデット調達を完了させており、一定程度のトラクションは出ていると考えられる。

Brexとは今後長く続くライバル関係になりそうだ。

Stripe

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続いてはStripeだ。彼らは2019年9月に法人カード事業に参入した。

彼らの強みはStripeアカウントを持つ既存の顧客基盤、そして過去の決済履歴を元にしたより確度が高く、個別化された限度額である。

法人口座内の金額を中心に与信をとるBrexやRampと比べてより積極的な限度額の設定ができる。

また、支出の多い上位2項目に対する%のキャッシュバックも魅力的だ。

Expensify

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続いてはExpensifyだ。

Expensifyは経費管理ソフトウェアの代表的企業で、2008年創業の比較的ベテランのプレイヤーだ。

彼らは2019年10月に法人カードに参入を発表した。

彼らのプロダクトは従業員向けに発行するクレカで、支払いを行うとリアルタイムに企業の経費管理システムに反映されるのが強みだ。経費管理といえばExpensifyというブランド力もまた強みとなっている。

BrexやStripe、Rampはソフトウェアを安価で提供し、決済手数料で儲けるモデルだが、Expensifyは利用する従業員数に従って課金されるモデルであり、また顧客層も少々違うと考えられているので直接の大きな競合にはならないかもしれない。

しかし、経費管理のトップランナーであるExpensifyも参入を決めたというのは大きな意思決定に違いない。

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このように数々のスタートアップが新たに参入を仕掛けている。またAmex等既存プレイヤーもスタートアップ向けのカードをローンチするなど、法人カード業界は日に日に競争の激しさを増している。

そんな中でBrexはその先の未来を見据え、野心的な布石を打ち始めている。

ここからはBrexのプロダクトラインナップと特徴的な動き、そして今後の考察をしていこう。

3. プロダクト:法人カードのその先へ

本パートでは、前半でBrexのプロダクトを網羅的に紹介し、後半ではそこから考える今後の動向について考察していこう。

 3.1 プロダクト一覧

Business Account

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これはBrex Cashと同義である実質的な法人口座だ。ライセンスホルダーであるRadius Bankらと提携して2019年10月にローンチした。

このプロダクトはBrexの未来にとってかなり重要であり、同時にかなり野心的なものである。

前述の通りBrexは企業の与信を法人口座の残高に注目して決めている。これでも既存の与信よりは画期的だが、Brex Cashを利用している企業であれば、残高はもちろん日々の入出金履歴や取引先などのデータにまでアクセスできる。

Brex Cashを使っていない企業と比べてより正確な与信をとることができるため、限度額もより積極的に設定できる。

またその与信は他のサービスにも適用できる。実際に、Instant Revenue(後述)というファクタリングサービスやBrex Venture Debt(後述)というレンディングなど、様々な金融商品を展開している。

また、銀行間の送金(ACH、Wire)、海外の銀行への送金も行える。しかも手数料は無料だ(国際送金が無料なのはパートナー銀行のみ)。

このBusiness Account(Brex Cash)があるだけでBrexは非常に大きな絵を描くことができる。2019年10月というカードをローンチして一年強しか経っていない早い時期にローンチしたことがその重要性を物語っている。

また、Brex Cashに関して特徴的な動きもある。今年の2月に産業用ローン分類の銀行免許の申請をしている。これはいわゆる一般的な銀行となるためのものではなく、顧客のお金を受け取り、預金として貯めておくことができるものだ。

この免許申請は7月に取り下げているが(珍しいことではない)、Brex Cashをより柔軟かつ自前で提供することができるようにする動きとして注目されている。

Credit Card

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こちらは一番最初のプロダクトで、全ての大元であるクレジットカードだ。詳細は前述したので省略する。

Instant Revenue 

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このInstant Revenueはファクタリングと同じく、未入金の売上の支払いを早めることができるプロダクトだ。2020年10月にローンチされた。

具体的には、ShopifyやPayPal、Stripe、AmazonなどのアカウントとBrex Cashの口座を紐付けると、入金待ちの代金を即座に入金してもらうことができる。

Amazonでは物が売れても入金が1〜2週間後となってしまうため、その間はお金が入ってこない状況が続いてしまう。そこでこのInstant Revenueを使えば、手数料を1~1.5%と抑えながら入金を早めることができるのだ。

ちなみにこのinstant Revenueはわずか2ヶ月で開発したという。開発のスピードはBrexの武器の一つだが、その強みが如実に出ているプロダクトである。

Instant Revenueの開発に関するテックブログ↓

Rewards

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このRewardはカードにつくポイントや特典のことを指す。

Brexはキャッシュバックではなくポイントを提供している。
出張などのトラベルやUberなどのライドシェア、レストランでの食事など、用途によって異なる倍率でポイントをつけている。

また、特典ではパートナー契約を結んだ企業のサービスのクーポンが付いたり、数十%オフなどの特典も付与。

他の法人カードの会社よりも後者の特典がBrexはかなり多く、バリエーションが豊かであった印象を受けた。

Expense Tracking

こちらは経費管理ソフトウェアだ。

基本的な使い方は、

①従業員などがBrexのクレカを使用
②使用履歴がソフトウェアにリアルタイムで反映
③利用した従業員がレシートやメールなどをソフトウェア上にアップロードして、OCRで履歴と照合。

このようになっている。

これを使うことで、企業は従業員の支出を管理することができる。また、承認フローも柔軟に設定することが可能だ。

Integration

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このIntegrationでは、Brexの経費管理ソフトウェアをQuickbooks等の会計ソフトやGusto等の人事ソフト、Slack、Expensifyなどに統合可能だ。

会計ソフトでは、以下のものへの対応が完了している。

Quickbooks Desktop
Quickbooks Online
Oracle Net Suite
Xero

どれも大手のものだが、DivvyはQuickbooks Onlineにしか対応していなかったり、StripeはXeroに対応していなかったりと、意外にこの数に対応している競合は少ない。Brexの一つの強みと言っていいだろう。

またほかにも人事ソフトのRippilingやGustoとの統合も可能だ。

特にRippilingとの統合では、どの従業員にクレカを発行し、どこまでの支出を許可するかなどを柔軟に決めることができる。

またSlackにも統合可能だ。

Slackとの統合では、従業員がSlack上でレシートをアップロードしたり、アラートの送信ができたりとかなり便利だ。

こう言ったシームレスかつ豊富な統合も強みと言って良いだろう。

Brex Premium

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こちらは今年の4月にローンチしたサブスクサービスだ。企業はBrex Premiumを月額49ドルを払えば利用でき、フリープランに追加で以下の3つのサービスにアクセスできる。

・Bill Pay

これはBrex上で請求書払いができるようになるサービスだ。請求書を受け取り、それをBrex上にアップし、OCRで読み取り、支払いはBrex Cashから行われるというかなり便利なものとなっている。

また、カードだけではなく請求書による支払いもBrex上で行えるので、より幅広い支出管理が可能となる。

・Spend Controls

こちらはBrex上の不正支出や急な支出増加などのアラート、柔軟な支出ポリシーの設定、従業員へのリマインド機能などが利用できるサービスだ。

支出管理をより効率的に行うことができる。

・Brex API

Brex APIはBrex上の支払いの自動化や支出管理をより企業側がカスタマイズできるサービスだ。

企業が自分好みに設定ができるような機能は他の競合には見られなかったため、Brexが一歩抜きん出ている部分の一つだ。

Brex venture debt

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Brexは今年8月に$150M規模のVenture Debt Fundを組成した。これによりレンディング事業に参入している。

このサービスではBrexの顧客企業で比較的大規模な企業にレンディングサービスを提供する。

対象は基本的にリカーリングで収益が出ている企業で、PipeやClearCoによく似たモデルだ。

データを持つBrexならではの独自与信が武器と考えられており、次なるヒットプロダクトとなるかどうか注目を集めている

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以上がBrexのプロダクトラインナップだ。

こうしてみると創業4年とは思えないほどのプロダクト数であることがわかる。実際開発スピードもかなり早く、従業員数もすでに860名近くとなっている。

ここからはBrexのプロダクトラインナップから見る今後の戦略という観点からBrexを考察してみよう。

 3.2 プロダクトから見るBrexの今後の戦略

冒頭で「Brexはもはや法人カードの会社ではない」と言及したが、これを詳細に説明するところから本パートを始めよう。

まず、法人カードの会社ではない、とはどういう意味か。それは、決済手数料への収益依存から脱却する、ということだ。

Brexのビジネスモデルは基本的にソフトウェアを無料で提供し、ユーザーを獲得し、カードの決済総額を伸ばし、それに応じてBrexの収益となる決済手数料が伸びていく、というモデルだ。このモデルは競合であるRampやBill.comに買収されたDivvyと同じである。

ではBrexはこのモデルから脱却しようと試みているのだろうか。

前言撤回のようになってしまうが、正直なところ分からない、というのが本音だ。もしかしたらBrexも決めかねている、というのが実際かもしれない。

Twitterでもこのように書いてしまったため、note上だが改めて撤回したい。

ただ、もちろん脱却の兆候はある
2019年10月の実質銀行口座であるBrex Cashのローンチ、今年2月にはサブスクサービスであるBrex Premiumのローンチ、今年8月にはBrex Venture Debt Fundの組成などは紛れもなく決済手数料以外の収益源の確保も目的であるはずだ。

しかし、これが決済手数料依存からの脱却を意図したものなのかはわからない。あくまでBrexプラットフォームの拡充を行うことで決済総額を伸ばそうとしている可能性もあるからだ。

また、決済手数料に依存することが悪いことなのか、というのも少し疑問の余地が残る。

実際にShopifyなどはサブスク比率がどんどんと下がっており、決済手数料による売り上げが6~7割を超え、拡大を続けている。明らかに決済手数料を主軸に据えようとする動きを続けている。

しかし、クレカというリワードや特典などのユーザー還元に資本が必要となり、クレカの立替資金も必要となるビジネスモデルである以上、収益が決済手数料のみであるのは少し心許ない。

そのため、Brex CashやBrex Premium、Brex venture debtはある種の布石ではないかと考えている

決済手数料への依存からの脱却を図るため、競合に先んじて新プロダクトをローンチしているのではないだろうか。

この布石がうまくいけば、今後はBrexが今は手がけていないサービス、例えば買掛金周りや、CoupaのようなProcurementサービス、Concurにあるような出張サービス・旅行代理店事業など、様々なサービスへの拡大が見込まれる。

この先のBrexの未来を占うためにも、Brex PremiumとBrex venture debtの布石の行方は要注目だ。

まとめ:All-in-one-Finace

CEOのエンリケがインタビュー等で何度も口にする言葉がある。それは、

「All-in-one-finance」

という言葉だ。

その名の通り、BrexはB2Bのビジネスにおける全てのプロセスをソフトウェアを使ってカバーすることを指す。経費管理、調達、支払い、法人口座、資金調達など、B2B取引に関する全てだ。

Brexはこの壮大な目標に向かって、過去に類を見ないほどのスピードで成長し続けている。

2人の若き天才は自分たちが起こした大波を乗りこなし、数多くの企業とB2B取引の全てを飲み込もうとしている。

Rampがそれを食い止めるか、それともStripeが依然立ちはだかるか、まだ見ぬ新星が現れるか…

彼らB2Bフィンテック界の新星の今後に目が離せないーーー

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参考資料

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