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Multicoin Capital Part1 : クリプト界のアウトサイダー

Multicoin Capitalは史上最高のパフォーマンスを誇るVCかもしれない。
このクリプトVCは、Solana, Helium, The Graphなどに集中的かつハイリスクな投資をすることで大きな勝利を収めた。

今回もテックメディア「The Generalist」から著名なクリプトVCであるMulticoin Capitalについての記事をお届けします。

Multicoin Capitalは、クリプト業界ではいわゆるティア1のVCとして有名で、SolanaやHeliumといった有名なプロジェクトに投資して大きな成功を収めています。

Sequoiaやa16z, Tiger Globalなど10年以上前から投資をしておりブランド力もあるVCを差し置いて、クリプト業界ではParadigmやPolychain, Dragonflyなどここ数年で力をつけてきたVCがたくさんあります。Multicoinはその筆頭格と言えます。

今回の記事ではそんなMulticoinの成り立ちから特徴、リターンについて深く解説しています。著者のMarioさんによると今回はMulticoin3部作のうちのPart1ということなので、これ以降も公開され次第翻訳していきたいと思います。

【追記:Part2はこちらです。】

原文はこちら。

https://www.readthegeneralist.com/briefing/multicoin-capital

The Generalistの設立者であり、著者であるMario GabrieleさんのTwitter ↓

本記事は著者の許可を得て翻訳するものです。
本記事は3万字強のボリュームとなっています。
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投資家、経営者、起業家が知っておくべきMulticoin Capital(以降はMulticoinと呼ぶ)の成り立ちを2分程度で紹介する。

  • Multicoinは史上最高のリターンを誇るベンチャーファンドかもしれないUnion Square VenturesやLowercase CapitalのようなVCはそれぞれ14倍、76倍のリターンを誇る伝説的なファンドである。しかし、Multicoinの最初のファンドはそれらに勝っているように見える。

  • 同社は逆張りのアプローチで勝利を収めた
    Multicoinがスタートした当時、クリプト投資の世界はビットコインとイーサリアムに焦点を当てたファンドが主流だった。創業者のKyle SamaniとTushar Jainは別のところにチャンスがあると考え、Helium, The Graph, Solanaに逆張りの賭けをした。

  • 集中的に賭けをすることで圧倒的なリターンを得る
    Multicoinの天才の一人はその信念を資本でバックアップすることに意欲的だ。Multicoinのベストパフォーマンスの多くは積極的な投資規模であり、これがファンドのアウトパフォームに貢献した。

  • EOSへの投資は失敗だったがそれがMulticoinの最大の勝因になった
    同社は代替ブロックチェーンであるEOSに積極的に投資したため一部で誤解を招いた。このプロジェクトは失敗に終わったが、MulticoinはEOSを支援した経験からSolanaの可能性に気づいたのである。

  • Multicoinには批判もあるが、起業家たちは極めて前向きだ
    パルチザン的なクリプトの世界では、Multicoinの投資は反感を買うこともあり一部の人たちからは嫌われているが、起業家たちからは愛されている。Multicoinのポートフォリオの起業家たちは彼らの貢献について非常に肯定的だ。


2017年、Kyle SamaniとTushar Jainはクリプト向けのヘッジファンドを始めることを決めた。二人ともそれまで投資の仕事をしたことがなく、ましてや自分でファンドを運営したことはなかった。また、この分野のパイオニア的なスタートアップの一つで働いたこともなければ、プロトコルを構築したこともない。Vitalik ButerinやGavin Woodなど、イーサリアムを公募価格で買わせるようなクリプトの名手と友達でもない。彼らの名前に価値はなく、2016年に始まったいくつかの個人投資を除いては彼らが目下の努力に適していることを示す記録はほとんどなかった。要するに、彼らはクリプト界のアウトサイダーだったのだ。

Tusher Jain | Kyle Samani

しかし、それが彼らの最大の武器だった。SamaniとJainは長年の経営者としての実績やブロックチェーンビルダーとしての専門知識はなかったかもしれないが、現状に疑問を投げかける姿勢など強力な才能を持っていた。2017年当時のクリプトのように斬新で流動的な分野であっても、一般論や常識があった。先入観を持たず、誰とも徒党を組まないSamaniとJainは偏見を持たず深いリサーチと第一原理からの推論で、投資への洞察力を磨くことができたのだ。

その結果、同時代の他のどの投資家とも全く異なるポートフォリオが出来上がった。今日、Multicoinはクリプト投資の世界の有力者であるだけでなく、その支配者の一人だ。Multicoinは、Solana, The Graph, Heliumなどの大勝利銘柄にハイリスクかつ集中的な投資をすることで、その確固たる評価を獲得した。実はこれは確信犯的な逆張り投資の最たるものだ。

このようなリターンを得るのは簡単なことではない。Multicoinの最高の投資先のいくつかは様々な時点で破綻寸前であっただけでなく、Multicoin自体もマイナスのパフォーマンスと残酷な市場の衝撃を乗り越えてきた。EOSのような最も有名な投資案件のいくつかは不名誉な失敗に終わっている。しかし、SamaniとJainは同業他社を凌駕する業績を上げ、歴史に残るようなリターンを生み出した。

今回の記事では、Multicoinの特徴に触れながら以下のことを紐解いていく。

  • 意外なオリジン
    Kyle Samaniの最初のビジネスはGoogle Glassのためのアプリを作ることだった。またTushar Jainも起業したがうまくいかなかった。

  • 自身の考えを公開する
    SamaniとJainは投資実績がないにもかかわらず、クリプトに関する思慮深い執筆活動を通じて評判を高めました。

  • LPの評価
    マルチコインの初期のビークルに投資した人たちは2人の知的でハングリーな投資家精神を見た。彼らは異常なほどアップサイドを持つ特異な戦略を見たのだ。

  • 戦略の転換
    Multicoinは米国のヘッジファンドとしてスタートしたが、時とともにそのマンデートを拡大させてきた。

  • 4つの巨大な賭け
    Multicoinのファンドとしての個性は4つの投資案件を見ることで最もよく理解できる。そのうち3つは大成功、1つは大失敗だった。

  • リターンと評判
    投資家はそのリターンで判断されることが多いが、起業家たちの評判はより重要な変数であるかもしれない。

Part2, Part3では、この会社の経営、意思決定、そして将来についてさらに深く掘り下げていきます。ぜひご登録ください。

1. Origin: ジェネシスブロック

もし最初のビジネスがうまくいっていたら… Kyle SamaniとTushar Jainはヘルスケア分野の起業家になっていただろう。失敗が二人を見知らぬ道へと導いたのだ。

1.1 帝国の街

毎年8月、ワシントン・スクエア・パークは新しいティーンエイジャーで埋め尽くされる。ニューヨーク大学(NYU)の寮と教室に囲まれたグリニッジビレッジのランドマークはこの大学の新しい住人である新入生が集まる場所として機能している。

2008年の夏の終わり、マンハッタンのダウンタウンにやってきたのはKyle SamaniとTushar Jainだった。Samaniは180センチの長身で、肩幅が広く、率直な性格で、目立つ存在だった。歯科医の息子で、父親がVersaSuiteという医療記録プラットフォームを立ち上げたテック系起業家であるSamaniはテキサス人らしい威勢のいい声で自信に満ちていた。幼い頃から技術系のブログを読み、Nvidiaのグラフィックカードの処理能力について勉強してきた彼は金融という古い世界で成功することを目標に入学してきた。「プログラマーは負け犬だと思っていた」とSamaniが言うように、金融は彼のようなアルファを目指す人のための場所だった。

クイーンズ区で育ったKyleは、Samaniと同じようにテクノロジーに興味を持ち、特にゲームに夢中になっていた。Age of EmpiresやCivilizationなどのワールドビルダーで昼も夜も遊び倒した。Samaniと同じように、Jainもウォール街で活躍することを考えていた。

しかし世界的な金融危機はSamaniとJainの野心の弱さを露呈させた。ウォール街は燃えていたのだ。入学の数週間後、メリルリンチが売却され、リーマン・ブラザーズが倒産し、AIGも危うく同じ運命をたどるところであった。金融は将来性とパワーのある分野ではなく衰退していく産業だったのだ。

ウォール街が沈滞する中でシリコンバレーは勢いを増していった。この年、スティーブ・ジョブズがApp Storeを立ち上げ、新しいスタートアップの波を引き起こした。Samaniは入学して間もなく金融から離れ、技術に傾倒していく自分に気がついた。Uber, Venmo, WhatsApp, Instagramなどのビジネスが台頭してくると、Samaniは自分を新進の金融マンというよりも将来有望な起業家として考えるようになった。「毎日資金調達の発表を読んでいました。そして起業を志すようになったのです。」とSamaniは当時を振り返る。

Samaniの明晰さは立派な自信と多少の素直さとを併せ持っていた。「ベンチャーキャピタルは何百万ドルも投資してくれる20代の若者を十分に見つけることができないと確信していた時期が確かにありました。」

冒険を始めようと焦ったSamaniは4年生の時にオースティンに戻り、父親の会社で働きながら、ビジネスのノウハウを学んだ。中間試験や期末試験になるとニューヨークへ飛んでいき、Jainの家のソファに寝泊まりした。

Jainもクイーンズ・ミッドタウン・トンネルを越えてから同じような変貌を遂げた。Samaniと同じように、伝統的な金融は自分の力を発揮できる分野ではないと思うようになったのだ。ある大手資産運用会社の最高投資責任者が出席する「学長座談会」に出席した時、その年長者のアドバイスが味気なかったのを覚えている。「もし自分の会社で働きたいなら、銀行で2年、プライベート・エクイティで2年、そしてビジネススクールに2年通う必要がある。そうすればこのような高貴な空気の中で働くことができるようになるだろう」とそのCIOは言っていた。Jainはこのアドバイスが「行間を読む」ものではなく「指示に従う」タイプのものだと思ったことを覚えている。彼にとってはそれは耐えられるものではなかった。

卒業が近づくと、Jainは3つの選択肢を考えた。夏休みにインターンをしていたクレディ・スイスに就職するか、内定をもらっていた別の金融機関に就職するか、オースティンに引っ越すか、だ。彼はSamaniから「ウォール街のような給料は出せないが、VersaSuite (Samaniの父が立ち上げたスタートアップ) で働けば自由と責任のある仕事ができる」と言われた。

4年前ならクレディ・スイスのような一流企業で働くチャンスに飛びついていたかもしれない。しかし、彼は銀行での仕事を断り、自分の収入の3分の1しかない仕事を引き受けたのだ。Samaniと同じように、会社づくりのノウハウを学べるチャンスに惹かれたのだ。

1.2 ピカピカと光るもの

SamaniとJainはVersaSuiteで1年過ごした。しかし、2人は「あまりに野心的で、じっとしていられなかった」という。2013年5月、2人は自らヘルスケアビジネスを立ち上げるために退職した。同居し、同じ分野を選んだにもかかわらず、SamaniはJain別々の道を歩むことになる。

その前月、Googleはテック業界の楽観主義の代名詞となるデバイスを発表した。Google Glassである。遠近両用メガネのようなこのARヘッドセットはレンズではなく小さなスクリーンを装着している。

Samaniはこのデバイスがさまざまな産業を破壊していくのではないかという考えに取り付かれ、「ピカピカ症候群」に陥ってしまったと自認している。App Storeがそうであったように、Glassも有意義なイノベーションを起こし起業家たちにチャンスを与えるに違いないとSamaniは考え、外科医をはじめとする医療従事者を対象としたユースケースを思いつくまでそう時間はかからなかった。Google Glassを装着した医師は、電子カルテや関連する画像を表示させ、診療の参考にすることができる。前面カメラで患者とのやり取りや手術の様子を記録し、後で見ることもできる。Samaniは、その熱意と医療従事者としての資質を買われ、Pristineという会社で550万ドルの資金調達に成功した。

Jainはグーグルの最新のおもちゃについてより慎重だった。Samaniとはほとんどすべてのことを一緒にやっていていいチームになっているようだったが、彼は人生の次の段階を、実績のないウェアラブル端末のアプリケーション作りに費やしたくはなかったのである。その代わりに、JainはVersaSuiteで得た知見を生かすことに集中した。2009年の景気刺激策で知られる「米国再生・再投資法」によって電子カルテが急速に普及したのだ。Jainが回想するように、対象となる医師はファイルを電子化することで4万ドルもの報酬を得ることができ、患者データが大量に蓄積されることになった。「このデータをどう使うか。」その答えが臨床試験の募集だった。臨床試験、製薬会社にとって大きなコストになるだけでなく、患者を新しい治療法にマッチングさせることで文字通り命を救うことができるのだ。Samaniと同様、JainはePatientFinderを実現させるためにシードラウンドを調達した。彼のプラットフォームは医師がデータベースを照会し、新しい治験の対象となる患者を特定することを容易にするものだった。

偶然にも両社は同じような軌道をたどり、売却交渉の前に数百万ドルの収益と数十人の従業員にまで成長した。Samaniの会社Pristineは特に波乱万丈の道を歩んできた。Samaniはハンズフリーディスプレイの欠如が外科医の「最も差し迫った問題トップ3」に含まれていないことを発見しただけでなく、GoogleはGlassプロジェクトを事実上停止させたのだ。Samaniは「あれは問題だった」と憤慨した。Pristineはスクラップ同然で売却され、「誰も儲からなかった」とSamaniは言った。

JainはSamaniが経験したような大混乱を避けることができ、少しはましだった。彼はePatientFinderのために合計1100万ドルの資金を調達したが、より大きなプレーヤーに追いつくのに苦労していた。販売には1年、試用には数ヶ月、製品へのフィードバックはせいぜい四半期ごとという状況だった。「いつも本当に遅かった。」と、Jainはため息をついた。この無気力な状態に耐えるにはもっと資金を集めなければならないと考えた彼は売却を選択した。そして、資金力と製品力のある競合のエリゴ・ヘルス・リサーチ社が参入してきた。

大学を卒業して4年近く経った頃、SamaniとJainは夢にまで見た成果を上げることはできなかったもののさまざまな野望をスピード実行した。ベンチャーキャピタルの資金を集め、顧客を獲得し、exitする。しかし、2人ともこの結果にあまり満足していないようだった。SamaniとJainは、大学時代と同じように、外に目を向け、次の地平を探し求めて走り始めた。

Jainはまず暗号通貨の可能性に着目した。サトシ・ナカモトのホワイトペーパーが届いたのは二人がマンハッタンで勉強を始めてからわずか数週間後の2008年だったが、Jainは2013年にその存在を知った。1枚が数百円の時代にCoinbaseで2枚のビットコインを購入し、「面白い!」と感じたという。「ビットコインを知って、よし、これはイケると思ったんです」とJainは言う。しかしJainは忙しく、これでは何も作れないと考えた。興味を持ったが、彼はそのエネルギーをスタートアップに戻した。

ビットコインはJainが一番早かったが、イーサリアムはSamaniが一番最初に発見した。Pristineを売却した後、彼は自由な時間を使ってAngelListを閲覧し、参加するスタートアップや次のアイデアのきっかけとなるようなビジネスを探した。Samaniは1日に最低100社、さまざまな分野の企業をレビューすることを目標に掲げた。ある朝はヘルスケア、次の朝はフィンテックというように。しかし、AngelListのブロックチェーンカテゴリーに分類されるビジネスにほとんどの時間を費やしていることに気づくのにそう時間はかからなかった。ブロックチェーンに関連する新興企業を調べていくうちに同じ名前が何度も出てくるのを目にした。イーサリアムだ。彼が見ていた企業のほとんどがイーサリアムを基盤としていた。Samaniはそのホワイトペーパーを見つけて読み、Jainに送った。間もなく2人は投資した。

それから約9カ月、SamaniとJainはクリプトのラビットホールに落ちていった。イーサリアムへの好奇心から始まったこの取り組みは、やがて大きな執念へと変わっていった。Samaniは、分散システム、クリプト、金融政策、オーストリア経済学などの研究に自由な時間をどんどん奪われていくことに気づいた。思考を研ぎ澄ますために、SamaniとJainは他の信奉者と情報交換する場を求め、地元のビットコインミートアップの中心メンバーになった。特に、企業向けブロックチェーンFactomの創業者を含む興味深いグループが集まっていた。後にMulticoinのLPとなるAdam Mastrelliはこれらのセッションに参加しその内容を説明した。議論は多岐にわたったが、クリプトがどのように世界を変えるかを中心に語られることが多かった。Silk Roadの創設者Ross Ulbrichtの母親であるLyn Ulbrichtは刑務所から送られてくる息子の手紙を読むために時折ミーティングに参加していた。Mastrelliはある人物に注目した。Kyle Samaniだ。「誰が何を言っているか分かっていて誰が分かっていないかはすぐに見分けることができます」とMastrelliは会議について語った。Samaniは、確かに、背が高く、髪が長く、率直な意見を言う男だった。

SamaniとJainは、こうした集まりや勉強を通じて自分たちの関心がクリプトに移っていることに気づいた。Jainは「もうこれ以上、何もできないと思ったんです。取り憑かれてしまったんです。このことを考え、このことを話すことだけが私のやりたいことなのです。」と語る。Samaniが言うように、彼とJainは2017年の春までに、このあと偉大な職業となる、「フルタイムのインターネットオタク」を始めたのだった。

2. Evolution: Multicoinの誕生

その後5年間とかけてSamaniとJainはクリプトの分野で卓越したファンドの1つを築くことに成功した。Multicoinの躍進は二人が公の場で考えることを厭わなかったことに負うところが大きい。

2.1 自身の考えを公開する

SamaniとJainの新しい職業がどのようなものであるかは当初はすぐにわかるものでは無かった。彼らは起業家であり、もしかしたら自分たちの手でプロジェクトを立ち上げるのが最善策だったのかもしれない。確かにそういう時代だった。この分野への熱意が高まるにつれ、あらゆる楽観主義者と詐欺師がICO(Initial Coin Offering)による資金調達で独自のコインを立ち上げる作業に取り掛かったのである。

2017年のICOブームではDentacoinのような超現実的なプロジェクトがデビューし、口腔衛生の向上にトークン化された報酬を提供することで歯科業界を破壊することを提案した。Jainは市場の動揺を要約した。「人々は、コーヒーに支払うためにこのコインを持ち、バナナに支払うためにこのコインを持とうと考えていた。それは私が今まで見た中で最も愚かなことでした。意味不明でした。」JainとSamaniが気づいたのは、この分野が技術的に有望であるにもかかわらず投資について批判的に考える人がほとんどいないことだった。FUDとFOMOの真ん中に位置するようなクリプト界のBenjamin Grahamは存在しなかった。この有名な金融学者は「バリュー投資」の実践を定義し、企業を評価するためのヒューリスティックを作り出した。しかし、ICOという病的なスイーツをナビゲートするためのフレームワークはほとんど存在しなかった。

JainとSamaniはより定量的な教育を受けたにもかかわらず優れた文章を書くことができた。様々なプロジェクトやトレンドに関する分析を共有することでインパクトを与えることができるかもしれないと考えた。

私たちのヒューリスティックを共有したらどうだろう?そうすればエコシステムの資本をDentacoinのような存在ではなく、実際に面白いものを作っている人たちによりよく配分することができるのではないか?

これが彼らのスタートだった。またこれに伴い、自身も紹介したいと思うようなプロジェクトに投資すべきだろうと考えた。

イーサリアムはトークンあたり10ドル前後だったのが200ドル近くまで上昇し、彼らの初期の投資は実を結んだ。Jainが2013年に行ったビットコインへの投資も悪い結果にはなっていなかった。これらの成功は彼らにある程度の余裕をもたらしたが、真のファンドを運営しようと思ったら外部資本が必要だった。彼らは自宅のアパートを事実上の本社として、仕事に取り掛かった。

SamaniとJainにとってこのチャンスは明らかだった。暗号通貨は世界を再編成する可能性を秘めているが、まだ誰もそれをどう判断していいのかわからない。この分野をいち早く理解した者が大きな利益を得ることができるのだ。しかもこのチャンスを狙っている機関投資家はほとんどおらず、そのような機関投資家もあまり目立たない。Jainの記憶では、2017年初頭の注目すべきクリプトファンドはPolychainとMetaStableだけで、どちらもリサーチを公表していなかったという。SamaniとJainはうまくやればその真空地帯で声とブランドを確立できると考えた。

しかし、彼らがチャンスを見出したからと言ってLPがそうするとは限らない。結果的にコンバージョンを獲得するのは難しいことだった。機関投資家は詐欺師が蔓延るこの分野にほとんど関心を示さず、伝統的なベンチャー企業の多くはクリプトを流行遅れと見なした。SamaniとJainは友人や家族、かつての支援者たちから資金を調達し、他の選択肢はほとんどなかった。さらにかなりの額の自己資金を投入した。彼らは2017年の8月までに戦略を実行するために約200万ドルを集めた。同月に公開されたプレスリリースで、SamaniとJainは新会社の名前を発表した。「Multicoin Capital」だ。

自由に使える資金を手に入れた新ファンドマネージャーは戦略の実行に乗り出した。SamaniとJainの両氏は頻繁に記事を執筆し、クリプトエコノミクス、予測市場のAugur、スマートコントラクトの脆弱性や規制に関する記事を発表した。また、Rippleを皮切りに過大評価されていると思われるプロジェクトにも手を出した。これはMulticoinが人気を犠牲にしてでも自分たちの研究を公に共有した最初の例となった。あるトークンのファンたちを怒らせてでも自分たちの見解を表明する姿勢はこのファンドの特徴となり、Multicoinは最終的にライトコインやイーサリアムキャッシュの怒りを買うことになった。

2017年12月までにMulticoinはある程度の勢いをつけていた。元Tiger Managementのアナリストで上場しているECソフトウェア・プロバイダーの財務担当VPだったBrian SmithがCOO兼CFOとして加わった。またVinny Linghamをゼネラルパートナーに迎えいれた。ICOブームで3300万ドルの利益を得たCivicの創業者であり、ビルダーとしての専門知識をもたらしてくれた。GPとは名ばかりで、意思決定はMulticoinの他のパートナーにも任された。ほどなくして、長年の投資銀行家であるMatt Shapiroがプリンシパルとして加わった。シャピロはすぐにチームの重要なメンバーとして地位を確立し、パートナーになった

人材が増えたことに加え、Multicoinはバイラル化することで2017年を終えた。Samaniの「Understanding Token Velocity」はツイッターや関連するチャットルームを席巻し、起業家と投資家の双方から注目を集めた。

2.2 デザインされた特異性

2018年、Multicoinは影響力を持つ新たなLPを獲得した。同年3月、ロイターはMulticoinへの投資家として、Marc Andreessen, Chris Dixon, David Sacksなどの有力者を発表した。その記事が掲載された直後、Fred Wilsonが参加した。数年後JainがUnion Square VenturesのGPになぜLPになってくれたのかと尋ねたところ、Wilsonは「あなた方は、公の場で間違っていても構わないと思っている」と答えたそうだ。Wilson自身がほぼ毎日自分の考えを発表していたのは偶然ではないだろう。彼はJainとSamaniを自分の信念を大胆に表現する仲だと思ったのだろう。このような信念に共感した投資家の流入と巧みな資金運用により、Multicoinの運用資産(AUM)は、この時点で5000万ドルになっていた。

リミテッド・パートナーにとってMulticoinの魅力は何だったのだろうか。この記事を書くにあたり、業界関係者とともに何人かに話を聞く機会があった。

まず何よりもMulticoinの文章が違いを生んでいた。Cambridge Associatesの元マネージング・ディレクター、Marcos VeremisにどうやってMulticoinを知ったか尋ねたところ、「単純に、彼らの記事を読み始めたんです。」と答えた。Jainは多くの人がこの道をたどったと指摘する。

著名なベンチャーキャピタルは私たちが発信しているコンテンツを見て、私たちが面白い方法で考えていること、何が起きているのかを理解するためのフレームワークやヒューリスティックを考え出していることを理解したのです。それが私たちのフライホイールを回転させるきっかけとなりました。

実はMulticoinの考え方が面白いだけでなく他とは違っていたのだ。2018年に登場したファンドたちはイーサリアムを中心としたセクターの見方を共有していた。「2018年当時はイーサリアムとビットコイン、そしていくつかの新しいレイヤー1がすべてだった」とVeremisは指摘する。

しかしMulticoinはそのような見方をしなかった。比較的早い段階で同ファンドは業界でコンセンサスにはなっていないプロジェクトを支援し、逆説的な見解を進め始めた。Multicoinのパートナーであり、同社のコミュニケーション部門の責任者であるJohn Robert Reedはこの非合意の位置づけの欠点を覚えている。

初期のころは他のファンドがこぞってビットコインを叫んでいました。しかし私たちはビットコインの話を全くしていませんでした。だから投資家とのミーティングでは「なぜ、もっとビットコインの話をしないの?」と聞かれることもありました。長い間、変なところでこだわっていました。アセットクラス全体を見渡す準備ができていなかったのです。

Multicoinは多くの信奉者がいるイーサリアムに直接挑戦することもあった。後述するように、Multicoinが支援したEOSは高速な代替手段を提供しようとするブロックチェーンであり、特に議論を呼ぶことになった。

Multicoinの動きは彼らを際立たせながらも不人気な存在にしてしまった。L1 DigitalのマネージングパートナーであるRay HindiはMulticoinへの投資を評価する文脈でこのダイナミクスについて次のように語った。「イーサリアムのコミュニティは『ああ、Multicoin...くだらないファンドだ』と言うだろうね。」しかし、Hindiの考えでは、Multicoinを否定する人々はMulticoinのチームがいかに知的でありポートフォリオ構築の観点からいかに価値があるかを理解していなかった。他のマネージャーがこぞってイーサリアムに手を出す中、Multicoinは高ベータのポジションを集めていたのである。「当時のファンドを見るとみんな同じ名前、同じテーマを持っていた」とHindiは言う。当時活躍していたクリプト投資家はMulticoinの魅力をうまくまとめている。「彼らは他のみんなと同じくらい賢かったが、彼らのポートフォリオは全く違って見えた。」

Multicoinの記事や逆張りの視点以外にも投資家を惹きつける特徴があった。Ray Hindiは、チームの質の高さ、特にSamaniとJainの連携の良さを指摘した。「2人は本当にお互いを褒め合っている」と彼は言い、「2人の長年の関係からパートナーシップが壊れるリスクは特に低いと思われる。」とも語った。

Bridge AlternativesのBrian WallsもMulticoinのリーダーシップに感心していた。彼が2018年にこのファンドに投資した理由のひとつは、SamaniとJainの持つ信念と、彼らの素早い "リフレッシュ・レート" にあると説明した。常に流動的なクリプト業界においてMulticoinのチームは特にメンタルモデルの精錬とリフレッシュに長けているように見えました。

しかし多くのLPはMulticoinを拒絶した。WallsはBlockTowerのAri PaulやPolychainのOlaf Carlson-Weeといった著名なクリプトVCとともに、カイルとSamaniを招いたヘッジファンドカンファレンスを開催したことを思い出した。Wallsによると、この3人が発表した研究は大失敗だったという。ウォールは「伝統的な金融の人々はクリプトの革新性にほとんど興味を示しませんでした。彼らは典型的な既存業界の人間だったのです。彼らは自分のビジネス、投資戦略、運用資金を持っていました。」と語った。

ある関係者はこの頃ある基金と話をしたことを思い出した。Multicoinのファンドへの投資を考えていた彼らは、このような実績のないチームがもたらすリスクを挙げた。もしMulticoinが失敗したら基金のマネージャーの仕事が危うくなるかもしれない。しかしSequoiaやParadigmは実績のあるチームであり、そのようなリスクはない。この判断はその後のMulticoinのパフォーマンスを考えると数百万ドルの損失となったかもしれない。「今、彼らはできることならMulticoinに投資したいと思っているはずだ」と関係者は苦笑した。

2.3 プライベートマーケットへの参入

2018年は、新たな著名な投資家が参加したことに加え、Multicoinの戦略にも変化があった。おそらく最初の大きな変化である。ファンドがスタートした当時、クリプト業界にベンチャーキャピタルモデルを適用するという考えは意味をなさなかった。新しいトークンはプライベートラウンドで株式を売却するのではなく、ICOを通じて一般投資家に提供することを宣言していました。SECは、ICOが無許可の証券販売に類似しているとしてこれを取り締まり始めたため、新たなモデルが登場したのである。クリプト起業家たちは持続的なものを構築するためには狂信的な資金だけでは不十分で、アドバイスや専門家のサポートが有効だと気づいた。その結果、いくつかのプロジェクトは一般公開に先立ってプライベートトークンセールを提供するようになったのである。

当初、Multicoinはこうした機会を捉えるためにサイドポケットを作ったが、ヘッジファンド・モデルとの相性は悪かった。しかしこのステップを踏むことでLPがプライベートラウンドへのアクセスを望んでいることに気づいたのだ。「LPは私たちのところに来るようになったんです。『あなたのやったディールを読んだよ。私の資金をもっとベンチャーに振り向けてもらえないか 』とね。」

これに対応するため、Multicoinはプライベートマーケット用のファンドの調達に乗り出した。Marc・andreesenのような著名人を惹きつけても資金調達は簡単にはいかなかった。MulticoinのIR業務の多くを担うMatt Shapiroは、2018年半ばから2020年半ばまでの期間をとにかく大変だったと振り返っている。

それらの困難の大部分はベアマーケットによって引き起こされていた。この年は暗号通貨の価格が熱狂的な史上最高値に上昇することで始まったものの、年の暮れには低迷していました。実際。2018年1月にイーサリアムは1,400ドルに近づいたが、12月には85ドル以下に沈んでしまった。

「誰もがモノが上がるのを見た後90%下がった」とShapiroは言い、「多くの観光客や注目し始めたばかりの人々が流された」と付け加えた。

他の多くと同様に、Multicoinのパフォーマンスも1年間で急落した。The Blockはファンドのリターンを-32.9%と報道した。しかしこのリターンを分析するにはより多くの文脈が必要だった。同社の年次書類には、MulticoinがビットコインやそのプロバイダーのBitwiseが「Hold 10」と名付けたトップトークンのインデックスを含むいくつかのベンチマークを実際にアウトパフォームしたことが示されている。

特に年の後半は好調だった。11月に市場が大暴落したときにもMulticoinは輝きを放った。短期的には業績に貢献したが、あるLPはそれが根拠のない楽観主義を引き起こした可能性があると指摘する。「その時点から彼らは市場のタイミングを計れるという確信を持っていた」とその関係者は語り、「タイミングは(クリプトには)存在しない」と付け加えました。

比較的ポジティブなパフォーマンスにもかかわらず、多くの人がMulticoinの厄年を喜んでいました。匿名希望のある関係者は、Multicoinが 「運よく強気市場に入ったので、こいつらは教訓を学ぶだろう」という感情を持っていたことを記憶しています。Samaniはネット上でしばしば議論好きな性格で、特にイーサリアムを攻撃することで敵を作っていた。「人々はカイルを憎む準備ができており、それゆえMulticoinが生まれたのです」と同じ情報筋は報告している。

2.4 アジアへの拡大

2019年に入って状況は好転した。2018年12月に4,000ドルを割り込んだビットコインは翌年夏には13,000ドルに到達した。Multicoinはこれで好調となり、最もインパクトのある投資を多く行った。同社は2018年5月に初めてSolanaのポジションを取ったものの、翌年には既存の個人保有者数名から買い増し、出資比率を増やした。2019年7月、CoinDeskはMulticoinがSolanaのために2000万ドルの資金調達を主導し、株式ではなくトークンを受け取ったと報じた。(同社は2021年に第2のベンチャービークルを介してそのポジションを追加した。) 2019年の他の投資には、Helium, Arweave, Binance Coinが含まれる。

MulticoinのBinanceへの投資はこのファンドの性格を明らかにし新しい地平に目を開かせた。注目すべきはSamaniが当初Binanceの利用を心配していたことだ。「BinanceのICOのことは覚えていますよ。"finance "のスペルを間違えているのでは?詐欺だと思ったんだ。LPをカウンターパーティーリスクにさらすつもりはなかったんです。」しかしすぐに彼とJainの意見は変わった。Binanceのプラットフォームで利用できる資産の幅広さは貴重であり、規制をものともしないBinanceチームの実行スピードは印象的だった。数ヶ月のうちにSamaniは懐疑的な立場から信奉者へと変わり、強気な姿勢を裏付けるようになったのだ。

ある関係者は、この賭けがMulticoinの異なるリスクプロファイル、特に風評被害に対する意欲を示すものだと強調した。当時、Binanceはコンプライアンスが緩いため米国のファンドでBinanceに近づこうとするところはほとんどなかった。この関係者にはMulticoinが「何を失うことがあるのか」と問いかけているように見えたと語り、さらに「大きく負けるか、大きく勝つかどちらかだ」と付け加えた。Multicoinは勝った。同社はBinanceのトークンBNBを6ドルの底値付近で購入し、現在では388ドルで取引されている。

Binanceに取り組む中で、Samaniはアジアの暗号市場について同社がいかに理解していないかに気付き始めた。「私たちはそこで起こっているすべてのことにもっと近づく必要があると感じ始めたのです。そしてアメリカ人としてそれは実現しません。」Multicoinは地域のエコシステムに組み込まれた投資家を探し始めたがそれは簡単なことではなかった。Samaniによると、世界最大のリクルート企業の中にはあまりにも困難な仕事だと言ってビジネスを断ったところもあったという。結局、Samaniは1カ月半の転勤を経て、現地で面接を行った。上海で開催されたカンファレンスで暗号資産に特化したファミリーオフィスの投資家であるMable Jiangと出会ったのだ。レイヤー1の可能性をめぐって友好的な意見交換をしたのがきっかけで、彼らはさらに会うようになった。SamaniはJiangに、Multicoinに入社してアジアでの取り組みを指揮するよう働きかけた。

Multicoinの先見の明が功を奏した。後述するように、Multicoinは中国をはじめとする海外との関係を構築することでソーシングの幅を広げ、米国系企業では珍しい専門性を身につけ、アジアをポートフォリオを支える貴重な存在とした。米国の投資家がアジアに進出する際、戦略的なアドバイスと具体的な支援を提供できるファンドがこの他にあるだろうか。

この年はMulticoinが別の取引所のポジションを開始したことで幕を閉じた。2019年春、Sam bankman-friedは、FTXのネイティブトークンFTTへの投資について売り込んだ。「我々はパスした」とSamaniは言った。「当時はBinanceをガンガン使っていたんです」しかしMulticoinはBankman-Friedの仕事を追跡していた。2019年の第4四半期までに彼らは十分な確信を持ち、トークンが5ドル未満で取引されていた時期にFTTを購入した。昨年は80ドル近くを最高値に43ドルまで後退した。

前年の騒乱を経て、2019年は高値で幕を閉じた。ビットコインが高騰しイーサリアムが沈むなど市場は不安定だったが、Multicoinは多面的に実行し、珍しい投資先を見つけ、機会を拡大した。SamaniとJainは比較的良い気分で年を越したに違いない。というのも2020年5月にビットコインの生産量が半減することが決定し、多くの人がこの出来事によって価格が上昇すると考えたからだ。その準備として、SamaniとJainは「超ロング」で行くことにしていた。しかし2020年がMulticoinの楽観主義を打ち消すのにそう時間はかからなかった。

2.5 崩壊

後知恵ではあるが、マルチコインは2019年と2020年にいくつかの優れた投資を行ったことが分かっている。しかし当時はまだこのファンドのアウトパフォームは明らかではなかった。MulticoinをほとんどEOSとしか関連付けていなかった多くの人々はプロジェクトのさまざまな苦境をMulticoinのせいにしていた。一方、The Graph, Helium, Solanaはまだローンチしていなかった。さらに悪いことに3社とも資金が底をついていた。状況はさらに悪化しようとしていた。

2020年3月12日、クリプト市場が壊れた。ビットコインは2日間で50%暴落し、4,000ドルを割り込んだ。Samaniの見解ではこの急落はこの分野の市場構造に根本的な欠陥があったことに起因している。ビットコインとイーサリアムのネットワークは取引所ごとに分断され、速度も遅いため、取引量が多い時期には裁定者が価格の再調整をすることができず、大きな乖離が生じる。価格が下落するとマイニングは採算が合わなくなり、採掘業者は操業を停止し、ネットワークの混雑はさらに増える。連鎖的に清算が行われ、市場はデススパイラルに陥ったのだ。Jainは人気の取引所であるBitMexが好転していなければ完全な崩壊まで続いていただろうと考えている。

BitMexのビットコイン価格がゼロになることは覚悟していました。BitMexがあのタイミングで潰れなければその日のうちにビットコインはゼロになっていたと思います。BitMexはメンテナンスのためにダウンしたそうです。非常に僥倖なタイミングだったと思います。

Samaniはその日がMulticoinに与えた影響を振り返り「決して債務超過にはならなかった。しかし非常に大きな打撃を受けた。」Jainは「最も暗い時間の一つ」と語った。

しかしこの不況の中で明るい話題も出てきた。Multicoinはまた戦略的な調整を行い、ポートフォリオの積極的な取引を停止することにしたのだ。「2020年の1月に3月に何が起こるかを予測することはできませんでした。私たちは自分たちの強みである資産選択と論文作成に専念することにしたのです。Multicoinは市場のタイミングを計ろうとしていたのがほとんど気にしなくなった。「LPはいつも私が市場についてどう考えているか尋ねてきたが、私は知らない。意見がなかったんです」とJainは語った。

L1 DigitalのRay Hindiは、Multicoinが戦略の転換を行った後その改善に気づづいた。「彼らが得意なのは特異なリスクを取ることだと話し合ったのを今でも覚えています。」それを消化した後、Multicoinは「大きく転換した」とHindiは言う。

市場の崩壊はMulticoinに自分たちの信念を証明する機会も与えた。ほとんどの投資家が積極的な展開から一歩引いていた時期にチームはSolanaへのエクスポージャーを倍増させた。また音楽ストリーミングプラットフォームのAudiusにも投資した。創業者のRoneil Rumbergは「そのラウンドをリードするためにドアの外に並んでいる人がいたわけではありません」と語る。「Multicoinには前進するための冷徹な決意がありました。」

市場が安定するにつれ、Multicoinは自らのスランプから抜け出した。SolanaとThe Graphのメインネットはその年にローンチし、2つの長年の投資が息を吹き返した。2020年の残りが順風満帆だったとは言わない。7月、同社は中国の暗号通貨取引所Huobiに関する調査を発表し、MulticoinがそのネイティブトークンであるHTをロングしていたことを発表した。「我々はパターンマッチングをしていた」とJainは言い、HTの賭けがBNBと似たような展開になるかもしれないという考えを示唆した。「彼らは基本的にBinanceになろうとしていた。しかしそその実行力はありませんでした。そして彼らはBinanceよりもはるかに多くの規制圧力に直面しました」とJainは述べました。BinanceのCEOであるCZとは異なり、Huobiの創業者はその不確実性を乗り切るために「ビジネスに必要な行動を取ろうとはしなかった(Jain)」という。結局HTの価値は上がったが、十分なものではなかった。

dForceへの投資はもっと大失敗に近いものだった。このDeFiプロトコルがMulticoinの投資を発表したわずか4日後、ハッカーが2500万ドルを吸い上げたのだ。Mable Jiangにとってそれは大きな災難だった。dForceは彼女が支援した最初のプロジェクトだったのだ。「当時の会社にとって非常に大きなニュースでした。特に私たちのAUMはそれほど大きくなかったので」とJiangは言う。心配したLPは、SamaniとJainに電話をかけ、何が起きているのか理解しようとした。

すると「魔法のように資金が戻ってきた。」消えた数日後に、ハッカーは奪ったものを返してきたのだ。このエピソードのラッキーな結末もさることながら、Jiangの心に最も残ったのはGPの危機管理と彼女への揺るぎないサポートであった。Multicoinはまたもや嵐を乗り越え、いよいよ本格的な復活を遂げようとしていた。

オンファイア

Multicoinの初期の資金調達に苦労したのと裏腹に2020年末にはそんな苦労はなかった。「お金を断っていた」とBridge AlternativesのBrian Wallsは振り返る。Multicoinからの最初のメールを不思議と見なかった人たちの多くが、急成長するクリプトセクターへのエクスポージャーを得るチャンスに突然、飛びついたのだ。

2021年5月、MulticoinはVenture Fund IIと名付けられた新しい1億ドルのビークルを発表した。その時までに、このセクターは既存の通貨と新興の通貨が史上最高値を記録した、おどろくべき上昇の半ばを経験していた。Multicoinにとって事態はさらに好転していくことになる。Heliumのトークンは年初の1.30ドルから55.22ドルの高値まで上昇した。Solanaは2021年に1.52ドルでスタートしたが、その後260ドル超に急騰し、ユーザーや開発者、そして多額の投資を呼び込んだ。他の多くのファンドが強気市場の恩恵を受けたが、Multicoinは長年の賭けの多くが一度に報われ、おそらく他のどのファンドよりも大きな勝利を収めたようだ。

Three Arrows Capitalの創設者であるZhu SuはSamaniとJainの投資先を挙げながら、「Multicoinはこのサイクルで絶対的な強さを見せたと言わざるを得ない」と付け加え、この気持ちを凝縮した。

いずれ分かることだが、Multicoinが「絶対的な強さを見せた」ことは、注目に値するだけでなく、歴史的なことなのかもしれない。

3. Four bets: GRT, HNT, EOS, SOL

Multicoinのポートフォリオには27のプロジェクトや企業が名を連ねているが、5年の間に数十の資産を保有し取引してきたことは間違いないだろう。全てがMulticoinの物語の一部であるが、4つの投資案件がSamaniとJainが築き上げたものを他のどの案件よりも明確に示している。The Graph, Helium, EOS, そしてSolanaだ。

3.1 The Graph

2018年2月、Kyle Samaniはブロックチェーンに問い合わせるプロトコルの創始者であるヤニブ・タルからTwitterのDMを受け取った。Talは、トークンのモデルと仕組みを探求したSamaniの「New Models for Utility Tokens」と題する投稿に感銘を受けていたのだ。いくつかの簡単な意見を交換した後、2人はTalのスタートアップ、The Graphについて話し合うために電話をかけた。

TalはEthereumのようなネットワークに問い合わせるプロトコルの必要性を説いた。MetaMaskの創設者であるConsenSysはInfuraという中央集権的な代替手段を創設したが、Talはそれが長期的に正しい解決策であるとは考えにくいと感じていた。彼のプロジェクトは6年前にFacebookで開発されたオープンソースのコーディング言語「GraphQL」を活用したものだ。

Samaniはこのプロジェクトに共感した。「Infuraが何であるか知っていたし、なぜInfuraが馬鹿なのかも知っていた」とSamaniは言った。このサービスは個々のノードを広範囲に操作することでクエリの規模を拡大していたが、彼の考えではそれは意味のない非効率なことだったのだ。電話の後、SamaniはTalのソリューションを45分かけて調査し、納得のいく結果を得た。その熱意を確かめるため、SamaniはJainと話し合った後偶然にもFacebookでGraphQLの作成を手伝っていたMulticoinのLPにその話を持ちかけた。彼らの支持はMulticoinの確信を深め、MulticoinはThe Graphのシードラウンドにヘッジファンドの4%を投資するという、リスクの高い賭けをすることになった。SamaniとJainは、その後数年間で投資を倍増させることになる。

MulticoinがThe Graphに投資したことは、同社が集中的にポジションを取る意欲があることを示すだけでなく、先に述べた戦略的変化の一つを促した。Multicoinはヘッジファンドの一部を切り出して投資を行った後、他のプライベートマーケットにも投資する可能性があることに気づき、ベンチャービークルを設立することにしたのだ。

The Graphが歩んできた道には多くの紆余曲折と困難な資金調達があったが、Multicoinの信念は何倍にもなって報われることになった。現在、このプロトコルのトークンであるGRTは、完全希釈化後の時価総額が41億ドルに達している

3.2 Helium

驚くべきことに、Heliumの創設者も彼の投稿を読んでSamaniにコンタクトを取った。これはMulticoinの著作物の高いROIをさらに証明するものだ。Amir Haleemの分散型ワイヤレスネットワークは当初は暗号通貨を活用していなかった。しかし、Haleemは暗号通貨が出現したばかりの分野であることを知るにつれ、自分が構築しているものに最適であることに気づいたのだ。問題は、このようなプロジェクトの経済的な仕組みを構築した経験がほとんどなかったことだった。「当初、トークノミクスについてはかなり甘かったんです」とHaleemは言う。

HaleemとSamaniはコンタクトを開始した。それから数年、彼らは電子メールを交換し、時折電話をかけ、状況が許せば実際に会って話をした。2019年1月、Haleemはついに新ラウンドの資金調達の準備が整った。彼はすぐにMulticoinが投資してくれないかと尋ねた。今回もMulticoinはベンチャーファンドの11%以上を投入し、ヘッジファンド経由でフォローし、LPのためのSPVを運営するなど、事業に高濃度の賭けをした。

そして、Haleemがプロジェクトのトークノミクスを戦略化するための支援に取り掛かった。「トークンのインセンティブがHeliumの重要な差別化要因になると確信していたからです」とJainは言う。HaleemはMulticoinが提供するサポートのレベルを信じることができなかった。彼はベンチャーキャピタリストが "Let me know how I can be helpful "という言葉をよく使うが、彼にとってはそれが実感できなかったからだ。しかし彼はMulticoinに関して、今まで見たこともないようなやり方で支援をしてくれたと話した。

具体的には資金提供や戦略的な支援に加え、MulticoinはHeliumメインネットでのデビュー時にオースティンのローンチイベントで75のホットスポットを購入し、市内に設置するという支援も行なった。「Amirは我々に全額を払わせたんだよ」とJainは笑う。このような努力は今回も十分に報われた。Heliumの完全希薄化後の時価総額は51億ドルである。通信業界の規模を考えれば十分なアップサイドがある。Jainはそのことについて次のようにコメントした。

私たちがHeliumの戦略を練るのに多くの時間を費やしたのは、私たちが多くのことを気にかけ、それがうまくいくのを見届けたいからです。世界中の誰もがインターネットに接続する必要があり、しかも安価でなければなりません。そしてこの市場は私たちが時間をかけるに値するほど大きいのです。

3.3 EOS

Multicoinの投資案件はすべてが成功したわけではない。その中でも、EOSへの投資ほど大きな失敗をしたものはないだろう。Multicoinのレイヤー1への挑戦はリターンを得ることができず、業界の一部で同社の評判を落とすことになった。

2018年2月までにKyle Samaniはイーサリアムに幻滅していた。プロトコルは彼が期待していたようなスピードで出荷されていなかったのだ。さらに悪いことに最も優秀なコントリビューターの多くが去ってしまっていた。「私がイーサリアムを追いかけていた2年の間にロードマップは3、4回変更されていました。そして開発者がみんないなくなったことに気づいたんです。」Ethereumの共同創設者の一人であるGavin Woodは新しいプロジェクトであるPolkadotに移り、Vitalik Buterinは十分に迅速に動いてはいなかった。

この遅さに不満を覚えたMulticoinはEthereumの代替を探し始めた。同社のアナリストの一人はDan LarimerがEOSで作っているものを調査することを提案した。Larimerはまだ大きなヒットを飛ばしたことはなかったが、分散型取引所BitsharesやブロックチェーンソーシャルメディアのプラットフォームSteemitなど有名なプロジェクトをいくつも作っていたのである。

「2018年初頭にはEOSに歩み寄るようになった」とSamaniは記憶している。「私たちは自分たちでこう言いました。この男はブロックチェーンの出荷について多くを学び、他のほぼ誰よりも多く出荷しています」と。

Larimerの最新プロジェクトであるEOSが1年間のICOで40億ドルを調達し、実行するためのリソースを与えていたことも障害にはならなかった。またLarimerは6月のローンチ期限に間に合わせるために堅実なチームを集めていた。

Larimerの経験に加え、Multicoinの計算に欠かせないのがEtheriumの混雑状況だった。CryptoKittiesは前年11月にローンチし、需要の増加でガス代が法外に上昇した。SamaniとJainはこの問題を解決し低コストで高いスループットを可能にするブロックチェーンが登場するのは必然だと考えていた。そのスピードを実現するためにEOSは非中央集権化を妥協したのだが、業界の純粋主義者にとっては受け入れがたい見解だった。「当時、最大限の分散化に向かわないという考えは異端視されていた」と、MulticoinのLPの1人であるMarcos Veremisは言う。

2018年4月、MulticoinはEOSに関する論文を共有し投資を発表した。

EOSはスピード、スケーラビリティ、ユーザーエクスペリエンスに重点を置いたブロックチェーンとスマートコントラクトのプラットフォームです。EOSは委任型プルーフ・オブ・ステーク(DPoS)と「帯域幅としてのトークン所有」モデルを使って、高いスループットと取引手数料ゼロを実現しています。

EOSのトークンはMulticoinが投稿を公開した日に15.34ドルで取引されていた。

Multicoinがこの発表で止まっていれば多くの反感を買わずに済んだかもしれない。しかしそれは同社のスタイルではなかった。SamaniとJainは、ある企業に投資したとき、その企業を徹底的に支援し世界に知らしめることを恐れなかった。特にTwitterではEOSの福音をほとんどがEOSと関わりを持ちたがらない聴衆に訴えた。Etheriumの信奉者たちは自分たちの好むネットワークが誰かに奪われるのは馬鹿げていると考え、クリプトの自由主義者たちはほとんど中央集権的なプロジェクトという考え方に不満を抱いていたのだ。

EOSが失敗したとき多くの人がこの率直なファンドを揶揄して喜んだ。「EOSは非常に巧妙で革新的なモデルだと思った」とSamaniは言う。「でも結局はうまくいかなかった。6ヵ月で使い物にならなくなった。」

単なる悪ふざけではなく、Multicoinの意図に疑問を呈するコメンテーターもいた。当時、投資家が「ポンピング・アンド・ダンピング」することは珍しくなく、個人投資家が誇大広告を買ったら売るだけだった。Twitterでは、SamaniとJainはEOSのバッグホルダーでより大きな馬鹿に売りつけようとしているに過ぎないという批判がよく聞かれた。

個人投資家が業界のクジラに懐疑的なのは正しいが、その先入観はMulticoinの基本戦略とは一致しない。SamaniとJainは当初から研究に裏打ちされた論文主導の投資アプローチをとっていた。さらに積極的なトレードも行ったが、大半はバイ・アンド・ホールドで複利的な利益を追求した。

Multicoinの取引履歴を知るある外部関係者は「もし彼らがポジションを終了したら、ポンピングしていると非難されるかもしれない」と述べた。でも彼らは退場しない。Multicoinは当時、確かにあらゆる機会でEOSを支持していたものの、EOSをエグジットするきっかけにしたことはなかったようだ。Samaniは同社が2018年末にEOSのポジションをエグジットしたと話しています。「我々はおそらくEOSの底を売ったのだろう」と彼は言った。別の関係者は「彼らは大きな損失を出したと思う」と発言している。

結局のところ、一部の人はMulticoinのをこき下ろしたが主な不満は様式上のもののように思われる。不安定なセクターのアーリーステージ企業を支援する投資家は皆100%のヒット率を期待されるべきではないだろう。L1 DegitalのHindiは「彼らは論文を持っていたが明らかに間違っていた。しかしこれは避けられないリスクだ。」と指摘する。

3.4 Solana

「もしMulticoinがEOSに投資していなかったら最大の勝機を逸していたかもしれない。」EOSについてMarcos Veremisはこう語っている。 「最終的にはSolanaにつながった。ファンドにとって過去最大のホームランの1つだった。」

数ヶ月かけてLarimerのプロジェクトを掘り下げた後、Multicoinは別のハイスループットブロックチェーンに可能性を見出すための下準備をした。2018年4月、Samaniは元クアルコムの開発者であるAnatoly Yakovenkoを紹介され、彼はLoom という名前のプロジェクトを構築していた。Yakovenkoのピッチデッキには、Samaniの記憶では「ブロックチェーンのためのNASDAQ」と書かれていた。

2人の初対面でYakovenkoは強い印象を残したという。「最初の会話で印象的だったことがいくつかります。1つはこの機械はこうなっているんだと説明するのが下手なこと。もうひとつは彼が特定のユースケースを念頭に置いていたことです。」Samaniが出会った起業家の多くは学術的、理論的にプロジェクトを考える傾向があったが、Yakovenkoは高性能なブロックチェーンベースのオーダーブックを構築することにフォーカスしていた。

SamaniはYakovenkoを知るにつれ、特に変わった起業家を相手にしているのではと思うようになった。他のチームがホワイトペーパーを丹念に作っているのに対して、Yakovenkoはほとんど作っていない。彼の努力は可能な限り高性能なブロックチェーンを作ることに注がれているようだった。「彼は、私たちが会った中で最も差別化されたレイヤー1の起業家でした」とSamaniは言う。

Yakovenkoに感銘を受けたものの、彼が構築しているものの可能性を完全に把握するまでにチームは数カ月を要した。そして2018年の初夏にはそれが理解できた。5月、Multicoinは、現在Solanaと名付けられたプロジェクトのラウンドを主導した。前述のように、同社は2019年と2020年に積極的にポジションを倍増し、他の投資家から株式を買い取った。

EOSのときと同様一部のコメンテーターはMulticoinのSolanaへの関与を批判している。多くの点でこれらの非難は似たような論理に従っており、Solanaが分散化よりもスピードを重視していることや、Multicoinが声高な支持者としての役割を担っていることに言及している。これらの非難を越えて、反対派はSolanaが民間資金を調達し、VCに有利なレートで購入する機会を与えたという事実を指摘している。プロジェクトが「インサイダー」に販売する際のトレードオフについては議論があるが、この点に重点を置きすぎると、Solanaの歴史の現実が無視される。Heliumの創設者であるAmir Haleemは、Yakovenkoのプロジェクトについて「アクセスは本当の課題ではなかった」と述べ、この点をうまく要約している。Multicoinとその他1、2社以外では、プロジェクトのほとんどの期間、誰もSOLトークンを欲しがらなかったのだ。関連する批判として機関投資家の購入を認めることで、プロジェクトがトークンを不利に集中させることになる、というものがある。もしある大きなVCが株式を売却すれば、エコシステム全体が震え上がり、低迷する可能性がある。さらに悪いことに、このような力を持つ悪質な業者が結託して価格をつり上げたり、投棄を調整したりする可能性もある。

繰り返しになるが、Multicoinのケースでこうした議論を展開することは同社の影響力を著しく過小評価し、投資家と企業の基本的な関係を誤解しているように思われる。Solanaの共同設立者であるRaj GokalはMulticoinについて「彼らはすべての重要な転換点、重要な決定、資金調達ラウンドに密接に関わっていた。Multicoinは僕とAnatolyにとって3人目の共同創業者のようなものだった。」と述べている。Multicoinの最もインパクトのある貢献はSolanaの上に分散型取引所を構築することに同意したSam Bankman-Friedとの提携を取り持ったことだろう。Yakovenkoのビジョンを実現させただけでなく、Solanaをより多くのエコシステムに注目させ、その驚異的な2021年を活気づかせた。

現在でもSolanaが問題に直面したときGokalはMulticoinに「最初に電話するのは彼らだ」と語っている。

4. Performance: リターンと評判

投資家を評価する方法は無数にある。その投資家はどの程度確実にビジネスのオーナーシップを確保できるのか?他の企業との直接対決でどれだけの勝率があるのか?他のアロケーターにはない武器を持っているのか?

最終的に最も重要なのは財務的リターンと市場での評価という2つの要素であろう。1ドルを10ドル、もしくはそれ以上にする経験こそが、多くのLPにとって最終的に重要なことであるが、それは数ある中の一つの指標でしかない。特にベンチャー市場では案件が限られているため、評判が極めて重要である。特に現在の市場では創業者からの意見が最も重要である。VCの繰り返しゲームに勝ち続けるにはファンドは支援する起業家を喜ばせなければならない。Multicoinはその両面で優れているように見える。

4.1 リターン

MulticoinのLPと話をする中で同社の業績が見えてきた。彼らの協力によりSamaniとJainのリターンについて、最も徹底的かつ最新の評価をまとめることができた。Multicoinは業績に関するコメントを拒否しています。

現状ではMulticoinは3つのベンチャービークルとヘッジファンドの4つの事業体を持っている。注目すべきはMulticoinはまだ直近のベンチャーファンドをは発表していないことだ。10月のThe Informationのレポートでは2億5000万ドル程度になると示唆されている。その新しさを考えると今のところ、これを無視しても大丈夫だろう。

我々はMulticoinが2018年の7月に調達したベンチャービークルであるOpportunities Fund Iを見ることから始める。あるLPは、2021年第3四半期時点の同ファンドの投資資本倍率(MOIC)、払込資本に対する分配金(DPI)などのリターンを公開した。その数値は、率直に言って、気が遠くなるようなものだ。

  • Gross MOIC :114.7x

  • Net MOIC:89.1x

  • DPI:47.0x

ちなみに、投下資本に対して10倍の倍率を返したVCは伝説的と言われている。歴代で最も確実に優秀な投資家の一人であるUnion Square Venturesは、少なくとも2018年時点では、2004年ヴィンテージで13.87倍の倍率を記録したことは有名だ。そのファンドには、Twitter, Zynga, Tumblrが含まれていた。

2015年、フォーチュンは "Is this the best-performing VC fund ever?" という見出しでLowercase Capitalに関する記事を掲載した。Chris Saccの2010年ヴィンテージは、DPIが3.47倍、さらにNet MOICが76.19倍だった。

注目すべきはMulticoinのOpportunities Fund Iは設立からわずか4年で、この2つの歴史的ファンドより若いということだ。もちろんセクターの不安定な性質はMulticoinの数字が強気市場の中心から来るものであり、変動することを意味する。逆に言えば、Multicoinの勝者の多くはまだフルバリューに到達していないとも言える。Multicoinはすでに史上最高のパフォーマンスを誇るベンチャーファンドであり、そのリターンはあと4年後にはさらに荒々しくなっているかもしれない。

Solanaはこのビークルの最大の勝者であるが、決して唯一の勝者ではない。27件の投資案件のうち10件がすでに10倍以上のGross MOICを返しており、その多くはこの数字をはるかに超えている。

先に述べたように、Multicoinは特にHelium, Arweave, Solana, Serum, Algorandに集中的に投資し、最大の勝者を見極めるすることに成功した。

このように優れたパフォーマンスを発揮するクリプトファンドの課題の1つはLP分配金の管理だ。Multicoinはそのポートフォリオの重要な投資家であり支援者であるためその勝者が現金に換えることは意味がない。それはポジション自体にショックを与えるだけでなく、有意義な成長を抑制する可能性がある。Solanaのようなプロジェクトは急速に成長しているが、まだ長い間複合的に成長する可能性がある。これを回避するためにMulticoinはリターンの一部をトークンで分配している。同社は将来的な上昇のためにポジションを維持することを意図している資産に対してのみ、これを行う。

Venture Fund IIは新しいファンドだが、好調な滑り出しを見せているようだ。LPからこのファンドに関する詳細な情報を得ることはできなかったが、あるLPはハイレベルなパフォーマンスを共有してくれた。2021年9月現在、同ファンドはGross MOICベースで5-6倍に上昇している。私が話をしたLPの情報源は、保有株が監査人によってそうされたかのようにマークされていることから、この数字は保守的であると考えていると述べた。そのためロックアップされたトークンやディスカウントは含まれていないかもしれない。Venture Fund IIが18ヶ月未満であることを考えるとこの数字は非常に印象的だ。

最後にMulticoinのヘッジファンドについて。L1 DigitalのRay Hindiは、このファンドのパフォーマンスについて最も明確なイメージを私に与えてくれた。彼はL1 Digitalが2018年秋にMulticoinへの投資を開始したことを指摘した。時間の経過とともに、彼の会社は何度かポジションを倍増し、最終的に450万ドルをファンドに割り当てた。彼の計算ではその株式は現在1億1500万ドルの価値があり、25.5倍のリターンを得ている。昨年末のAxiosのレポートでは、このヘッジファンドは2017年10月の設立以来、20,287%のリターンを記録していると示唆されている。

興味深いことに、Hindiはリターンの観点からMulticoinと同列に運用されているファンドがもう1つあると指摘した。1kxだ。ドイツのライドシェアサービスの元創設者が作った1kxはMulticoinとは逆のアプローチで成功した。SamaniとJainのファンドがオルタナティブなレイヤー1やその他の特異なプロジェクトを追求したのに対し、1kxはイーサリアムとそれが生み出したエコシステムに傾倒し、DeFi, NFT, DAOにいち早く着目した。「この2つは私たちが知っているすべての人を凌駕しています」とHindiは語る。

Multicoinの最初のベンチャービークルはLPの夢のようなものだ。2号ファンドとヘッジファンドでの素晴らしいパフォーマンスは、社が並外れたリターンを生み出す能力だけでなく、それを維持する一貫性も持っていることを示唆している。

4.2 評判

Sequoiaは2022年にクリプトファンドを立ち上げた。このファンドが存在すること自体がこの分野の勢いが増していることの証左であるが、このファンドがこの動きを取り込むのに要した時間はより広範な傾向を示唆している。Web2ベンチャーの世界を支配していたファンドはビットコインなどがもたらす機会を認識するのが遅かった。ティア1の中で積極的にジャンプしたのは間違いなくa16zだけである。

食物連鎖の頂点からの無策は反乱分子のためのスペースを残した。クリプト起業家にこの分野で最もシグナルが高いと思われる投資家は誰かと尋ねると10年前には存在しなかった企業の名前が挙がることだろう。具体的には、Multicoin,Polychain, Paradigm, Delphi, Dragonfly, Libertus, 1kx, Variant, Electric, Framework, Archetypeなどだ。これらの企業はクリプト革命に直接対応して登場し、旧世界のメガファンドやモノリスとの決闘に勝つことができる、この分野におけるVCのリーダーとしての地位を確立している。

Multicoinの実績は間違いなくこの傑出したグループのトップに近い。しかし、EOSへの投資や率直なスタイルに否定的な意見もあるようだ。ある投資家仲間は「人々は彼らを好きか嫌いかのどちらかだ」と言った。また別の投資家は創業者を紹介したところSamaniの「無礼で攻撃的な」スタイルに嫌気がさしたという例もあると指摘する。

Samaniを知る人はこの激しさには悪意がないと言う。Samaniの創業者たちに対する鈍感さについて語った同じ関係者は、GPは自分が同意しない意見に対して「でたらめ」と言うかもしれないが、「彼はただ意見を言っているだけだ」と説明する。Audiusの共同創業者であるRoneil Rumbergも同様の指摘をしている。「Kyleは時々無愛想に見えるが実は本当に優しい男なんです。それは彼のアイデアとの戦いの仕方なのだと思います。」

創業者の中にはMulticoinの率直さが魅力だと言う人もいる。The GraphのビジネスリードTegan Klineはこのファンドのスタイルについて聞かれ、「The Graphの文化にとても合っている。自分のアイデアをテーブルに持ってきて、そのために戦う」と答えている。

Multicoinとそのパートナーは他の理由でも人気がある。Samaniは必ずしも外交的な話し手ではないかもしれないが(近年は洗練されてきたという指摘もあるが)何人かは彼のことを声を潜めて話していた。「カイルは特別なんです」とLPのRay Hindiが言った。Samaniの最も顕著な強さの一つは彼が彼のファウンダーのために戦う方法だ。「彼は彼の投資先のために殴り込みに行く」と仲間の暗号投資家は言った。「彼は喧嘩を選ぶでしょう。Kyle Samaniにとって大きすぎる戦いはない。小競り合いの中で自分が悪い側に回った者はSamaniを嫌うが、彼のチームの者は彼を慕っている。」

Samaniは創業者たちに対する激しいコミットメントだけでなく、一風変わった思想家でもある。彼と一緒に仕事をする人は彼の処理能力をほとんど名人芸のように表現する。パートナーのMatt Shapiroはこう語る。

私はこれまで多くの人と接してきました。大企業のCEOなど、有名で成功した人たちと一緒に仕事をしたこともあります。でもこの人は私よりずっと頭がいい と思ったことは一度もありません。しかしカイルはそう感じさせてくれる。彼の頭の中の神経細胞は他の誰よりも早く正しい答えを導き出すんです。

Samaniは繊細なTushar Jainと完璧な箔をつける役割を担っている。AudiusのRumbergは彼を「温厚で物静か」「非常に正確に話す」人物と評している。Jainが話すときはたいてい何か重要なことを話している。「クラインは「トゥシャールは、極めて戦略的な人物だ。「リスボンで彼に会ったとき、10分間の会話で、その後の3カ月がすっかり変わってしまった」とKlineはSolanaの開発者会議のことを話した。

SamaniとJainが指揮をとることで、Multicoinのリーダーシップは特にバランスが取れているように見える。Audiusの共同設立者であるForrest Browningは「彼らの関係には、いい意味での陰と陽がある」と語っている。

Multicoinには批判的な意見もあるが、最も重要なのは同社の起業家たちである。「Multicoinは最もお世話になっているファンドの上位2つに入る」とKlineは言う。HeliumのHaleemはMulticoinが彼のネットワークの立ち上げに貢献した後も「彼らは常に価値ある方法を見つけ出しているようだ」と述べている。SolanaのGokalは一般市場はMulticoinのソフト面を「知らない」と述べた。「Multicoinと仕事をした人はクリプトのの世界ではなく技術の世界で最も素敵な人たちだと知っている」。

最終的にはRumbergが一番上手くまとめていたかもしれない。「Multicoinのことを悪く言う人はたくさんいる。その中に彼らのポートフォリオの創業者は一人もいない。」

Kyle SamaniとTushar Jainは、アウトサイダーであるにもかかわらず成功したのではなく、アウトサイダーであるからこそ成功したのだ。先入観を持たずに参加したことで、MulticoinのGPは他の人が見落としたチャンスに気づくことができた。しかしそれだけでは彼らのパフォーマンスは説明できない。ボトムアップでこの分野を理解しようとする猛烈な意欲、逆張りする姿勢、そして大きな賭けに出る度胸、これらすべてがMulticoinの成功に大きく貢献したのである

Part2では、SamaniとJainのファンドの仕組みと、その意思決定について見ていこう。


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