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身近なバイアス⑥:「とりあえず、今まで通りで」の心理(現状維持バイアス)

登場人物 ドクター紅(くれない):ナッジの魅力に気付いた公衆衛生医師。竹林博士:ナッジの面白さを伝えるのが大好きな研究者。

竹林:前回、「損失に対するストレスは利益の喜びの2倍以上」というお話をしました。

紅:覚えています。ノーベル賞受賞理論なんですよね。

竹林:はい、そして損失回避は現状維持と密接に関係します。

紅:どういうことでしょう?

竹林:「生活習慣病患者の行動変容」を例に考えてみましょう。「行動変容」は「古い考え・習慣との決別」「新しい行動の入手」のプロセスに細分化できます。

紅:まずは今までのやり方を捨てることからですね。

竹林:ここで、相手は頭では新しい行動の大切さは理解しても、心の中では習慣を捨てるストレスを2倍以上強く感じます。体重65kgの私が相手の背中を押して動かそうとします。でも「秘密結社 動きたくない団」の巨漢メンバーが立ちふさがって動かない、と言えばわかりやすいでしょうか?

紅:わかりやすいですが、なんですか、この例えは(笑)?

竹林:そうしてずっと動かない状態が続いていると、現状維持が一番楽だと気付きます。この「何となく変わりたくない惰性」を「現状維持バイアス」と言います。

紅:竹林博士がよく使うナッジ漫画の2コマ目(わかっていてもそれができない)は、「現状維持バイアスに前から押されて進めない」というイメージですね。

竹林:はい。現状維持バイアスが強いと、一度定着したことをなかなか変えられないのです。冬でも居酒屋で「とりあえず、ビール」と注文してしまう心境に似ているかもしれませんね。でも、命に関わるような悪い生活習慣でも「このままでいいかな」と思わせてしまうのが、このバイアスのやっかいなところです。そして、現状維持バイアスは組織内で広がりやすく、柔軟な対応が求められる場面でも、前例を踏襲したり既存計画に固執したりします。

紅:緊急事態でも従来通りのやり方、よく見かけますね。三密を啓発する会見が三密環境で行われるのとか、感染症を議論する議会がギュウギュウ詰めだとか…。

竹林:きっと当事者も「対策した方がよい」と考えたでしょう。が、結果として抜本的な対策ができなかった背景には、「ここで柔軟に変えなきゃ」という変革の志よりも「決まりの範囲内でやった方が丸くおさまる」という現状維持バイアスの方が勝ったのかもしれませんね。

紅:このバイアスが強いと、現状維持から脱却しようとせっかく立ち上がった人を攻撃してしまいそうですね。

竹林:攻撃している人は信念に基づいているので、改革が進みません。自分が勇気ある改革者を攻撃してしまわないためにも、バイアスを学ぶ意義があります。

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