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さよなら、愛した人

眠りから目を覚ます時間が1番辛い。
別れた現実を毎度突きつけられて、心臓がつぶれそうになる思いをする。
こんなことならもう二度と目が覚めなければいいのにと、何度も何度も思う。
夢の中なんかに出てきた日には、目覚めと同時に腹痛と吐き気でトイレに駆け込んだりする。

気軽におはようってLINEすることも、あなたの好きそうなもの見つけたよって話すことも、理由もなく連休や祝日に会う予定を立てるのも、もうできない。

水曜日、彼と恋人でいられる最後の日。
仕事が終わって、お風呂とご飯を済ませて20時過ぎ頃に彼が家に来た。
私はその時まで気が気じゃなくて、退勤後19時過ぎまで会社の同期と呑んでいたから、その格好のまま会うことにした。
もう無防備な姿は見せる気がなかったのでちょうど良かった。
最後の抵抗と思い、いつも私がつけている香水をつけて、髪を結った。口紅もつけ直した。
最後に見る私が、せめて印象的であるように。

インターホンが鳴ってドアを開ける。
どんな顔をしていいか分からないといった表情の彼に、できる限り自然に接した。
どうぞ、手洗って座ってて。
ん、わかった。ありがとう。
彼は言われるがままに椅子に座った。
私はベッドに座った。

「もう少し近くに来て。今日は話し合いをするために来てもらったから、何時までにっていうお願いは聞けないかもしれない。それでもいい?」
彼は素直に頷いて、近くに来た。
できる限り優しく、柔らかく。それでいて一定の距離を保つように心がけた。

2週間前に別れ話をした時は、こんなに素直に聞いてくれなかったな。時間って偉大だわ、なんて思っていた。

そこから私はゆっくりと、思っていること、謝りたいことを取りこぼさないように伝えた。
彼は私が話し始めて数分で、涙も鼻水も止まらない状況になっていた。きちんと伝わっているんだな、と思った。

私の話を聞いたあと、彼は泣きながら一生懸命に思うことを話してくれた。
懺悔のような言葉しか出てこなかったけれど。

自分勝手すぎること。
子どもすぎること。
人を大事にできずに苦しんでいること。

自分に対する嫌悪をこれ以上ないくらいに話していた。
もっと怒っていいんだよ、殴ってくれてもいい。今日は貴方がどういう状態で待っていても俺は受け入れるしかないと思って来たから。
そう言って顔をぐしゃぐしゃにしていた。

私は貴方に別れ話をされても、1ミリも怒りを感じなかったの。ただただ悲しかっただけなの。殴ったりもしないよ、怒りもしないよ。私は2年間ずっと貴方に大事にされてきた。たくさん大事にしてくれたよ、大事にできないなんてことはないと思うな。1度も別れたいとは思えなかったけれど、受け入れることにしたのは自由にしてあげなきゃなと思ったから。大好きだから自由にしてあげようと思ったの。こんなことを言ったら嫌かもしれないけれど、いつか帰ってきてくれるかもな、なんて思ってしまっているけどね。

触れないように話していたのに、彼は私を抱きしめた。
都合良すぎるよね、ごめん。とすぐ離れたけれど、彼の本音が少し見えたような気がして私は拒否できなかった。

好きな人に抱きしめられることが嫌なわけないでしょ。都合いいとは思うけど、拒否できないよ。好きだからね。

そう言うと、そこからはずっとお互い確かめるように抱きしめたり手を握ったりしながら話した。
他愛もない話も。全て。

最後に長いキスをした。
してあげるって思ってするならしなくていい。したいと思ってくれるなら、最後にして。と話すと、2週間前とは全く違う、泣きそうなほど優しいキスをしてくれた。
どういうつもりだったのかは分からない。第三者から見れば最低な奴だと思うかもしれない。
それでも、最後の時を惜しむようなキスだったような気がする。
期待してしまうよ。ずるい人だね。本当にずるい人。

今までありがとう。さよなら。
離れているあいだ、もっとお互い大人になれるように頑張ろう。
いい女になるからさ。
そのときまで1人で頑張るよ。
少し時間をおいて、また一緒にいられるときがくるといいな。
さよなら、愛した人。

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