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歯医者と夏の魔物

以前、歯医者に通院することを偉大なる覚悟とともに決めたという話をした。
今日は診療の予約をした日だったので、雨が降るか降らないかという不安定な空模様の中、ニートらしく息を切らせて最寄りの歯科医院を訪れた。

今日いきなり歯を抜かれるというようなことはなく、まずは先生が口の中を観察したりレントゲンを撮ったりするなどして、歯の状況を確認してもらった。
そしてその結果、歯を5本抜くことになった。

5本。5本抜くことになった。私の偉大なる覚悟はそれを聞いた瞬間ほとんど粉々に砕け散ってしまった。
5本て。しかもそのうち2本はかなりマズい状況(ほぼ横に向かって生えている)らしく、「1、2週間は痛むと覚悟しておいてください」と直々に宣言されてしまった。歯科医に通うというだけでも覚悟をするにしても相当な気力を要したというのに、さらに覚悟を重ねなければならないらしい。サボりにサボった歯の治療、もはや慈悲というものはないようだ。
心が折れそう。

今後の施術計画をたてたのち、ひとまず歯の洗浄をしましょうかということになり、「ほーん、まぁ直前に歯磨きしてきたけど素人の手では足らないとこもあらぁな」と軽い気持ちで頷いたのだが、これがまた想像していたものとはかなり違って、それなりの痛みがあった。

歯磨きでもしてもらえるのかと思っていたのだが、診療台にマグロの如くのせられている私の耳に届いたのはめちゃくちゃにドリルの音だった。
キュインキュインと高い音を立てている。ただ事ではない。ドリルの覚悟はしていないのである。
まぁ洗浄ということだったので、おそらく「こびりついたしつこい歯垢<ドリル(仮)<歯」くらいの硬度というか、力関係のものを用いていたのだろう(施術中にそういう想像をすることで気を紛らせていた)。

かなり話が逸れるが、私にはこの頃悩み事があった。
back numberの「高嶺の花子さん」が延々と脳内で再生され続けていたのである。
いわゆる「イヤーワーム」とか呼ばれる現象だ(偉そうに「いわゆる」とか言っているが、記事にするために「この現象には名前があるはずだ」と思ってたった今調べた付け焼刃的知識である)。
それも空耳付きで、今進めているゲームの「アサシンクリード オリジンズ」に登場する地名、キレナイカと、大昔に世界史で習った気がする「トリポリ・キレナイカ」という言葉の響きが混ぜ合わさって、高嶺の花子さんのサビの部分が「トリポリ・キレナイカ」に聞こえる……という、言ってしまえばしょうもない悩み事である。
それでも相当長続きしたので、どうにかこれを解決する方法はないものかとずっと考えていたのだ。

閑話休題、自分で解決する方法など必要なかったのである。
このイヤーワームという現象、無意識に発生してしまうものなので、いつでも発生しうるものだったはずなのだが、ドリルでの施術中は全く発生しなかった。「痛ぇ」「唾液がめちゃくちゃ貯まる」「すごい響く」「痛ぇ」とずっとそんな調子で、体が強張っているのが自覚できたり、力を抜いたほうがいいのかと思ってそうしてみたり、やっぱり気が付いたら体を縮めて耐えようとしていたりしていて、トリポリ・キレナイカも夏の魔物も全く出てこなかった。

さっき調べた付け焼刃知識によると、イヤーワームには「別のことに集中する」というのが効果的な解消法としてあるようで、「アナグラムを解く」「ガムを噛む」などが候補として挙げられていた。今日の私の場合は、「ドリルに悶絶する」というのが起因して、この現象が防がれることになったわけだ。

しかしこれはある意味ありがたくない話である。
「別のことに集中する」の「別のこと」がドリルの矛先になるなど、歯痛に悩むものからすればたまったものではない。
むしろこういう時こそ頭の中が演奏会とばかりにジャンジャンやって、施術中であることを忘れてしまいたいくらいなのだ。
じゃあ今度は施術中にアナグラムでも解いてみることにしようか。うまくいくイメージは全く湧かないが、無策よりは幾らかマシだろう。


さて、書いているうちにドリルによる振動の余韻も少しずつ治まってきた(今日は歯が痛い日だな、という感覚を一時的に味わう程度には痛かった)。これも「別のことをしていれば云々」というやつの一つの効果かもしれない。

それはともかく今日は初日であり、口内の状況に劇的な変化は依然ない。
次回の施術はそれほど痛みを伴わないだろうということだったが、初日がこの有様なうえに「覚悟しておいてください」とまで言われた2本が控えている以上、心休まらない日々が続きそうである。
夏の魔法とやらの力でどうにかなってくれないだろうか。なるわけないか。

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