見出し画像

もう歯医者なんて怖くない

今日は無事親知らずの抜歯を終えてきた。
右上一番奥、5本抜きますと言われたうちの1本めがこいつだ。
私の歯痛は主に右下一番奥の横に生えてしまっている歯が発生要因だろうと考えているのだが、この右上の部分が痛むこともままあり、その痛みに今後悩まされることがなくなったと思うと実にすがすがしい気分である。

診察台に横たわると、さっそく麻酔をかけられ、麻酔が効き始めるまで待機する。
この時間は中々暇だったが、考え事というか心配事は無数にあったので、目を閉じたり医院の設備を見回したりしていた。
かばんの中から『すばらしい新世界』を取り出そうと何度か考えたが(十回以上は読んでいるけど、待ち時間などにちまちまと再読を進めている)、まごまごしているうちに「推定麻酔効き始める時間」が終わったらしく、いよいよ抜きますということになった。
ここまで歯医者のドアをくぐってから20分とかそこらしか経っていないので、相当スピーディである。こんなにポンポン抜くものなのか。

「痛かったら手を上げてくださいね」というお決まりのセリフとともに歯医者さんが何らかの器具を口の中に入れると(緊張して全然見ていなかった、気になるので次回以降に注目して見てみたい)、「人体、とりわけ自分の人体の内部から聞こえてきて欲しくない音」ランキングのトップランカーである、「メキメキメキ」というえげつない音が聞こえてきて、反射で手を上げてしまった。
痛み自体は全然我慢の範疇だったはずだが、やはり突然に発生したものであるということと、普段全然聞かない音が骨を伝って聞こえてくるのにビビり散らかしてしまったのである。木が倒れるときみたいな音だった。怖かった。

しかし、追加の麻酔を打ってもらって2分も経たないうちに再び施術は再開され、また「メキメキメキ」と聞こえるのを我慢して、「どれくらいこの時間が続くのだろうか」とか考えていたところの、「どれくらいこ」の辺りで歯医者さんが「抜けました」と小さな声で言った。
抜けました? 何が? まさかもう終わり?

そのまさかだった。拍子抜けするくらい一瞬で処置が終わり、止血のためにガーゼを噛んで、また麻酔の時と同じくポケ~と待つ時間が訪れた。「呆然とする」という言葉がこれ以上ないくらいに似合う状況だ。こんな簡単に終わるものだとは思っていなかった。

そうして間抜け面をしながらガーゼを噛んでいると、助手の方から「抜いた歯は持ち帰りますか?」と聞かれた。
持ち帰る? とまた動揺したが、返事は一瞬で、「持って帰ります」だった。全く考えずに反射でそう言っていたので、なぜか「持って帰らない」という選択肢は私の中に存在しなかったらしい。なんでだろう。即答だった。

さて、それからまたしばらくした後に処方される薬の説明をされ、小さなケースに入った歯を渡され、待合室で『素晴らしい新世界』を1ページめくったくらいのところで、受付さんに呼ばれて次回の施術の日程を決め、帰ることになった。

多分一時間も滞在していないはずだ。何度でも書くが、こんなに簡単に終わるものだとは思っていなかった。
歯科技術の進歩と歯科に携わるすべての人々に感謝の意を捧げたい。

帰宅して抜いた歯をまじまじと見てみると、やはり悪くなっていたのだろう、そこそこ汚いというかグロテスクな見た目をしていた。
こいつが歯茎の奥で長い事私を苦しめていたのかと思うと恨み言の一つでも言いたくなるところだが、こんなにも小さく存在感のない見た目をしていると、そんな気も失せてくる。
水で洗って、食器棚で乾かしておくことにした。なにせ最終的に5本も抜けるわけだから、集めて並べてみたい。
今度スーパーで安い歯磨きを買って(普段使いのものと共通にするとなにか怖い気がするので分けておく)、できる限り綺麗にしてやろうと思う。それが弔いというものだ。

普段から物をよく失くす私だが、恐らくこの歯たちを失くすことはないだろうと思う。
紛失しまくっている書類たちよりも確実に重要度は低い、完全に無用のコレクションではあるが、愛着を若干感じ始めているのだ。

まぁ今そういっていても失くすときは失くすものではある。この愛着も刹那的なブームに過ぎないのだろう。
となると失くした時は少し怖いかもしれない。何せ歯は硬くて小さくて尖っている。何かの拍子に足の裏を突きさしてくるかもしれない。
そうなったら改めて恨み言をしたためてやろうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?