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差し伸べられた手

北海道での登山、下山中の話。

登山道を遮るように大きな木が斜めに倒れていた。倒れた木の下を通るにはかなりかがまないといけなく、木の上を通るには跨ぐことはできないので、一度木の上に乗り上がらなければいけない。

どちらを選択しようか迷い、かがむのが少し面倒に感じたので、木の上を通ることに決めた。
実際は木が湿っており、片足を木の上に乗せ踏ん張ろうとしたが足場が不安定で、位置決めに手こずっていた。

そんな時に、前から外国人女性の登山者が現れた。彼女は僕の状況を把握するや否や、こちらに近づき手を差し伸べてくれた

「本来、かがんで木の下を通る選択をしておけば、こんな手間をかけさせずに済んだのに。」
そう思いながらも、その手を頼らせてもらい、木の上を通ることができた。

今度は彼女が木を越えなければいけないので、僕が手を差し伸べようとすると「下を通っていく」と言い、しっかりかがんで、そのまま元気に登って行った。これが賢明な判断だろう。

「Thank you! Good luck!」
知ってる英語だけしっかり伝えられた。

ところで、女性が男性に手を差し出すって普通なこと(男性が女性に、も)?外国人だからその辺はおおらかなの?それとも、日本人とか関係なく、自分がまだ思春期みたいな考えを持っているだけ?

そういえば、登りの時に会った登山者が、山頂の情報を教えてくれたんだけど、髪を結んでいて男性か女性かわからなかった。わからなかったけど、そんなのどうでもいいやって思ったところだった。

この日話した人たちって、男性とか女性とか関係なく、「手を差し伸べてくれた人」「山頂の情報を教えてくれた人」でしかない。

性別に限った話でもなく、どこ出身とか、どこ大学卒業とか、年収いくつとか、、、
意外と僕たちは、気にする必要のない他人の肩書きに囚われながら生活していたりもする。

今回は「性別」っていう色眼鏡をかけていたことに気がつくことができたけど、上述したように僕含め人間は、まだまだたくさんの種類の色眼鏡をかけている。
いかに、この色眼鏡を外せる、もしくは色眼鏡をかけていることを認識できるかが、今後他人と上手く接していく上で重要になってくるんだろうな。

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