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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第十八話

午前十時
 
 高円寺の駅に着いた。北へ十五分ほど歩いた先にASAKURA〈アサクラ〉建設の本社ビルがあった。
 玄関先で立ち止まっていると、先生、入らないのですかと伊藤さんが言うので、ここから結衣さんに電話してほしいと頼んだ。もしも明子さんがおられたら、今玄関先と伝えて下さいと言った。

 回りくどいことをという感じだったがそのように伝えてくれた。

「おられるそうなので、玄関ですとお伝え致しました。」

 すると、中から結衣さんが小走りに出てきた。
 先生、今日はいかがなさいましたかと言ったので、チョット近くまで寄ったので、明子さんにお会いしたくて参りましたと伝えた。

「明子叔母さんはおりますが、琢磨叔父さんも息のかかった役員も来ておりませんが宜しいでしょうか。」

「そのほうが好都合です。」

「叔父たちの出社はいつも十一時頃ですので。」

 伊藤さんが、
「のんびりしていますね。」

「もともと、琢磨さんの仲間だろうからやる気もないと思うよ。」

「チョット、腰掛けって感じですかね。」

「そうだろうな、会社を売ることは聞いていると思うからね。」

 結衣さんがご案内いたしますと言い、玄関を入って右斜めのエレベーターへ歩いて行き、そのまま二階へ上がった。降りると右の部屋は私が働く経理でございますと説明された。

 そのまま正面左の会議室に通された。ドアを開けると長方形に机が並べられていて、奥側に座ってくださいと言われた。その後、事務の方がお茶を持ってきてくれた。

 しばらくすると、結衣さんと明子さんらしき人が入ってきた。

 結衣さんから、
「先生、明子叔母さんです。琢磨叔父さんの元奥さんに当たります。」と紹介をうけた。

 明子さんには、こちらが二朗叔父さんの遺言の件でお世話になっている、早乙女先生と助手の伊藤さんですと紹介をうけた。

「浅倉明子と申します。」

「早乙女と申します。帝央大学で教鞭をとっております。宜しくお願いします。彼女は、私の助手の伊藤でございます。」

 伊藤さんがぺこりと頭を下げた。
「この度は、姪共々お世話になっております。ところで、結衣ちゃん。弁護士の先生は、田所先生でしたよね。」

「あっ、叔母さん。」

 その続きを制しした。多分、私も弁護士の資格があると言いたげであったので、すぐさま、共通の友人がおりましてと言った。

 この時点では、相談を受けて動いていること以上のことは知られたくなかった。代理していることも、佐々木刑事を通じて知り合ったのも嘘ではないから問題はない。

「そんな、偉い先生とお知り合いだったの。」

「でも、どうして、大学の先生が、私どものお話に。」

「お聞きすればする程、興味が湧いてきまして。」

「どのように。」

「色々と。今日は、少しお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」

「あまりお力になれないかもしれませんが。」

「大丈夫よ。叔母さんの知っていることを話してもらえれば。」
みんな椅子に座り、私は質問を始めた。

「では、個人的なことで申し訳ないのですが、離婚されてから琢磨さんと連絡などは取られていませんか。」

「いいえ、法事などで会う以外はありません。会ったとしても挨拶ぐらいで会話はありません。」

 ダイレクトに質問したが、穏やかな口調から本当のようだ。
「そうですか。では遺言書について知っていましたか。」

「一切知りません。」

 ロダンになった。伊藤さんが、先生今はと言い、揺り動かした。

 すみませんと言う間もなく明子さんは語気荒く公正証書なんて知るはずがありません。後から作ったなんて私もびっくりしたぐらいですと言った。

 驚いた。時系列に且つ公正証書をダイレクトに言い放った。素人が遺言書を時系列に、そして自筆遺言と公正証書遺言を区別しながら話すことは珍しい。

 勉強したか教えられたかのどちらかだろう。

「そうですか。私は自筆証書遺言の方をお聞きしたかったのですが。」

 構え損ねたという感じで顔を下に伏せた。少し間(ま)があり何かを考えているようだった。

「あっ、そちらのほうでしたら、生前、二朗さんから田所先生が保管しているとは聞いておりました。」

「内容は、どうでしょう。」

「いいえ、聞いておりません。」

「家庭裁判所で開封された時に内容を聞いてどう思われましたか。」

「結衣さんが相続するのかと思っていました。」

「そうですか。」

「でも、お子さんと半々の遺言でしたよね。」

「そうですね。明雄のことも気にかけてもらっていたのだと思いました。」

「さぞ、びっくりされたでしょう。」

「ええ、遺言書を作られた時、明雄はまだ平社員でしたから。」

 明らかに動揺しているようだった。というよりも、開封されたときの衝撃を思い浮かべて、心此処にあらずという感じだ。

「家族思いの方だったのですね。」

「先生、二朗さんの相続はどのようになるのでしょうか。」

「公正証書遺言が優先されます。」

「公正証書だからですね。」

「いいえ。公正証書だからというわけではありません。自筆証書遺言でも新しく書かれたものが優先され、法律をどのように駆使しようと覆りません。今回は公正証書遺言が後なので優先されるということです。」

「そうですか。」

 どこか、うわの空のような。自筆遺言と公正証書遺言との別は分かっているが、その意味や効力は知らないのだと思った。

「あと一つお聞きしたいのですが宜しいでしょうか。」

「はい、どうぞ。」

「ZODIAC SIGN〈ゾディアック サイン〉建設の専務さんである名子さんと親しいとお聞きしたのですが。」

「親しいというわけではありません。お聞きになられたかも知れませんが、前の主人である琢磨さんの浮気に悩まされていた頃に、偶然に知り合って相談に乗って頂いておりました。」

「そのようにお聞きしております。」

「どのように思っておられるかは存じませんが男女の関係などはございません。」

「それは、少しも疑っておりません。」

「それで過去に、名子さんから合併のお話などは聞いておられませんか。」

「いいえ。私もつい先だって結衣ちゃんから聞いて知りました。」

「そうでしたか。」

「今回、会社が名子さんの会社に合併されると聞いたあと、名子さんとお話しされましたか。」

「はい。」

「どのような。」

「会社はどうなるのですかと聞きました。」

「それで、何と仰ってましたか。」

「長く経営から離れていた琢磨さんの補助をして経営を安定化する為と。それに合併ではなくグループ化なので消滅しませんと。」

「すると、会社を解体するというわけではないのですね。」

「はい、そのように話されておられました。」

「わかりました。私がお聞きしたかったのはここまでです。会社の基盤が安定することを祈っております。」

 私たちは、二人に挨拶し引き上げる旨を伝えたあと、結衣さんに頼み事があり耳打ちした。結衣さんから、車でお送りしますと言われたが、丁重にお断りして会社を後にした。

 伊藤さんが、
「先生、どちらかにお寄りになるのですね。」

「よく、分かったね。」

「分かりますよ。ロダンになりかけておられたのと、最後に結衣さんに何か耳打ちされておられましたから。」

 ははは、さすが伊藤さんと言って笑いながら、駅へ向かった。

「先生、さっきは何に引っかかったのですか。」

「遺言書だよ。普通、遺言書と言えばどちらのと、答えるはずだし、万が一今回もめている公正証書遺言の方と想像したとしても語気荒く言う必要はない。また、特に引っかかったのは公正証書遺言が強いと思っているところだよ。」

「ええ。そうでした。」

「公正証書遺言を殊更に強調していたから。」

「確かに、公正証書遺言に対して極端な反応でした。」

「今から、それを確認に行こう。」

「どちらに行かれるのですか。ああ、ZODIAC SIGN〈ゾディアック サイン〉建設の名子専務のところですね。」

「いいえ、違います。」

なぜだろうという顔をしていたが、行き先の切符を買って彼女に渡した。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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