「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第二話
津野神さんは「それでは始めましょうか。」と言われた。
津野神さんはカバンからペンとメモ帳、そしてレコーダーを取り出し私の前に置いた。「録音してもかまわないでしょうか。」と承諾を促されたので当然了承した。
しかし、レコーダーは理解できるがメモ帳って古くないかと思った。このデジタルの時代であるのにと思い聞いてみることにした。
「メモ帳は何に使うのですか。」
津野神記者は、ニコっと笑顔で答えた。
「レコーダーを聞くときに重要と思われる箇所を事前に頭に入れておくためです。それを照らし合わせながら聞くと、メロディが頭に流れて五線紙に文字が浮かび上がってきます。」
正直、心理学者の私にも何を話されているのかさっぱり分からなかった。たぶん、この記者のイメージから浮かんでくる想像なのだろう。これには大変興味深く思ったので、五線紙に文字が受かぶとは、歌のように文字が浮かぶのですかと尋ねた。
すると彼女からは、音符が浮かぶと言われたのだが、余計に分からなくなった。
この人の感性であろうから、音符の件はこれ以上、突っ込んで話しを膨(ふく)らますことはやめることにした。
私は、そうですかと何度も首を上下に動かした。すると彼女は私の返答で気をよくしたのか、あるいはもっと深く知りたいという態度に見えたのだろうか。
ソファから乗り出し少し身体を前側に寄せてこう続けた。
「そのほかに、ゲストのお話に集中しやすくなります。どういうことかというと、単にレコーダーを置いてそれだけに頼っていると、万が一聞き逃した場合に取材相手にもう一度お願いしますとはなかなか言えないからです。
録音しているので後で聞けばよいのではと思われてしまいます。そうすると、タイムリーな質問ができません。」
聞けば聞くほど意味が分からなかった。
ただ、感心した手前、何かを言う必要性から、
「そういうものなのですね。ところでメロディって、音楽のメロディのことですよね。どういう意味があるのですか。」
意味が分かったような質問だが、メロディに掛けただけの質問であった。しかし、的は射ていたのか問答はかみ合っていたみたいだ。
「ご存じでしょうが、メロディって日本語で旋律といい、音楽の基本要素なので、それが一つの物語を奏でる役目があると考えています。」
「難しいですね。」
本当に難しい。やはり、ちんぷんかんぷんだと思っていたら、記者はその後もどんどん続けた。
「つまり、読者によりわかりやすく伝える為には、メモを点として捉えて、音声で聞くインタビューを線として捉えて、文章にしていくような感覚でしょうか。」
「深いですね。ただ単にインタビューを載せるというだけではないのですね。勉強になります。」
本当の気持ちだ。記者の方ってみなさんこんなふうに取材相手と向き合っているのかと思った。
「教授が思われるほど大袈裟なものではありませんよ。それでは、取材に入ってもよろしいでしょうか。」
「はい、どうぞ。」
早く本題に入ってほしかった。話せば話すほど頭が奇々怪々という感じであった。
「では、最初に教授になられた感想をお聞かせ下さい。」
「そうですね、最初はとびっきりの冗談かと。でも総長が言うはずもないので、すぐに気が引き締まりました。しかし、ネットでは結構叩かれました。帝央の七不思議だって陰口を叩かれたこともありました。
ただ、准教授時代、父親から(十人十色、みんなを同じ考えにさせることはできないから、努力するという過程が大事だ。)と(だから、たとえみんなの意見が揃わなくとも何の問題もない。)と。」
本当にメモを取っている。そして流石というか速記で書いている。一度見たことがあったが絵文字のようだ。何が書いてあるのかさっぱりわからない。
そして、目を上げて津野神さんを見ると、
「人生経験の少ない私でもそう思います。」と話されていて、しっかりと聞いていた。
私は素直な気持ちで「共感いただけますか、ありがとうございます。」とお礼を言った。
「率直な気持ちでございます。」
「どうしても、心理学を学んでいると、すぐに奥底を覗こうとするため、その言葉の意味を考えてしまいます。だから、言葉の意味を探らないように、教壇に立つたびに父の言葉を思い出しております。」
話しながらも書いている速記が気になり、
「ところで、速記で書いておられますが、普通の文字と違い、重なって見にくい場合とかはないのでしょうか。」
「そうですよね。象形文字に見えますよね。」
「確かに。知らない私にはそのように見えます。」
「そうですね、早口の方でページ一杯になってしまい、窮屈に書く時があるので推測することもあります。しかし、基本はみなさんが漢字やひらがなを読むのと同じような感覚で読み書きをしています。」
自分の机から見ていた伊藤さんが、
「速記って初めて見ました。記者の方はこんな文字を勉強されるのですね。」
「みんながそうかどうかは知りませんが、ただ、他の記者の速記が必ず分かるものではないのですよ。」
首をかしげていた伊藤さんが、
「それはどういうことですか。」
「速記には、当用漢字やひらがな・カタカナのように統一されたものがあるわけではないからです。代表的なものでいうと、衆議院式、参議院式、中根式、早稲田式の四種類があります。ただ、速記はある意味、考えた人の様式と言えるため、他にももっとあるのかもしれません。だから、伊藤さんも速記伊藤式をお作りなられたらどうでしょうか。」と笑顔で答えていた。
伊藤さんはとんでもありませんと顔の前で右手を左右に振りながら、話の途中で腰を折ってしまったことをお詫びしていた。
「それでは、インタビューに戻らせて頂きまして、教授の専門分野は何でしょうか。」
やっと本題だな。うれしくなり笑顔になるのが分かった。
「先程、お話し致しました臨床心理学です。その中でも傾倒しているものが深層心理の分野です。」
「その深層心理とはどのようなものでしょうか。」
私は、やっと自分の話ができると思い、座り直して津野神記者をしっかりと見た。
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