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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第十二話

第七章 本当の狙い?
令和3年2月5日(金曜日)午前8時
早乙女准教授室
 
 今日は早く起きて大学へ向かった。キャンパスに入ると学生というよりは白衣を着ているので大学院生か研究者ばかりで昨日を引きずるかのように淋しさが蘇った。

 しかし、伊藤さんと顔を合わせると一変するのが不思議であった。
「伊藤さん、おはよう。」

「先生、おはようございます。今日のご予定は十時に結衣さんがお越しになられるだけです。」

「では、早速だけどホワイトボードを出してきてくれるかな。書き入れてほしいので。」

 はいと言って、奥の物置のドアを開け、引っ張ってきてくれた。
 何を追加すればよろしいでしょうかと聞かれたので、牧野弁護士の事務所へ行った時の謎を伝えた。それをボードに書いてもらった。
 ①遺言者(二朗さん)と受遺者(琢磨さん)は仲が悪い
 ②受遺者と一切関わりがない公正証書遺言
 ③受遺者の関係者とも関わりのない公正証書遺言
 ④自筆証書遺言の存在
 ⑤自筆証書遺言と公正証書遺言との相違
 ⑥完璧な公正証書遺言
 ⑦公正証書は一人で作ったのか
 ⑧不動産への投資にしては、中途半端な金額。
 ⑨その程度の投資しかしない物件にこれほど怪しげな行動をとるのか。
 ⑩牧野弁護士はZODIAC SIGN〈ゾディアック サイン〉建設の顧 
  問ではないだろう。

 どれも解決には至らない問題ばかりだな。ボードを見ながら立ちつくすだけの自分が歯がゆかった。 
 
 そうこうするうち、先生、おはようございますという結衣さんの声がドア越しから聞こえた。ドアが開くといつもの人が顔を出した。

「結衣さんおはようございます。お忙しいところお呼びだてして申し訳ありません。しかし、何故あなたが。」

 佐々木刑事が、
「いや、結衣から先生に呼ばれたって聞いたので、居ても立ってもいられずついて来てしまいました。」

「まだ、事件にもなっていないのですから、刑事さんが頻繁に出入りするのはよろしくないのではないですか。」

「刑事の場合、結構外回りの仕事がありまして。平気、平気。ところで、結衣から聞いたのですが先生は弁護士の資格も持っているとか。ビックリしました。伊藤さんは当然知っていたのですね。」

 少し怒り気味に、知りませんでしたと言った。

 佐々木刑事は、何かを踏んでしまったと感じたらしく私に助けを求めるようにアイコンタクトしてきたが、私の事であるので知らないふりをした。

 気まずいまま話を逸らすために、
「よっぽど暇ですね。まあ警察が暇なのは世間一般からはいいことかも知れませんから、良しとしましょうか。」

 伊藤さんは仕方なくお茶を入れるためキャビネットに歩いて行った。
急いで二人はソフアに腰掛け、結衣さんから、先生こちらが裁判所の受付書類ですと、昨日提出した仮処分の受領証が入った封筒をカバンから取り出して渡してくれた。

 封筒から書類を出し中身を確認した。
「戸惑ったことでしょう。ありがとうございました。」

「チョット緊張しましたけど、初めての体験なので楽しかったです。」

「腹が座っておられますね。ははは。」

 結衣さんが前のめりになり、先生、何か進展はございましたでしょうかと質問してきたので、まだ少ししか真相に近づいてはいませんがかなりの収穫を得たと話した。

 佐々木刑事が、
「どんなことですか。」

「二点あります。一つ目は、二朗さんの死亡には不可解な点があるということです。」

「殺しですか。誰が犯人ですか。」

「まだ、殺しかどうかはわかりません、不可解とだけ。もう一つは、会社の経営権だけが目的ではないのではないかということです。」

「どういうことですか。」

「会社が保有するある財産が目的だということがわかりました。それが山らしいということまでは突き止めました。」

「山ですか。まさか、徳川埋蔵金とか旧陸軍の財宝とかいうやつですか。」

「いや、そんな都市伝説のようなものではないと思います。」

「では、誰かの脱税したお金が埋めてあるとか。」

「いや、それほどの大金ならばどこかの倉庫を借りればいいし、埋めるとなると劣化しますから。」

「それもそうですね。」

「そこで、何かヒントがないかと結衣さんに探していただいたのですが。」

 結衣さんが、
「伊藤さんからお聞きし、お爺さんの私物を探しに箱根の別荘へ行ってきました。」

「何か見つかりましたか。」

「はい。そこはお爺さん専用の別荘で、亡くなってからは父や叔父さんたちが命日に集合するだけだったので、叔父さんたちのものは一切ないはずなのに、地下の倉庫に二朗と書いた段ボール箱が一つだけありました。」

「それをお持ち頂けましたか。」

「はい。車のトランクにあります。」

「すぐに見せてください。」

 結衣さんは、急いで車に向かった。佐々木刑事も一緒に取りに行った。しばらくしてノックしてから入ってきた。それほどたいした大きさではなく、抱えていたのは小さな段ボール箱だけだった。

「先生、これです。」

 結衣さんが、中から出した物はハンカチに包まれた何かの原石だった。
 
 佐々木刑事が、
「先生、ダイヤモンドですか。」

「いや、ダイヤモンドの原石はイタリアで見たことがありますが全く違います。この色あいから考えるとサファイアのような。」

 佐々木刑事と伊藤さんが、
「ええっ。」とハモッタ。

「まさかとは思いますが、これが原因なのかもしれませんね。」

 佐々木刑事が、
「日本でサファイアなんてものが取れるのですか。」

「日本ではマグマの堆積の深さからダイヤモンドはできませんが、その次に固い宝石のサファイアは産出されることがあると聞きます。しかし、かなり小さなもので資産を投じて回収できる程の旨味はないはずですが。」

「でも、これはかなり大きいですよね。」

「確かに。この原石が産出されるのであればすごい価値があると思います。」

「やっぱり、これが目当てじゃないですか。」

 ううんと、佐々木刑事の疑問にうなずくだけであった。

「他に地図のような物は入っていなかったでしょうか。」

 結衣さんが、
「これだけです。」と答えた。

「そうですか。」

「奈良の土地は、十ヘクタールはあると聞いております。当然見つけることはできないのではないかと思います。」

「十ヘクタールもあれば無理でしょうね。闇雲に掘って出る保証はありませんから。」

 佐々木刑事が、
「十ヘクタールってどれぐらいの広さですか。」

「そうですね、東京ドームが約四・六ヘクタールだから、二個分ぐらいでしょうか。」

「そりゃ大変な大きさだ。もしかすると地図はあったけれど誰かが持ち去ったのかもしれませんね。やっぱり、琢磨さんでしょうか。」

「それは分かりませんが、もう少し調べないと本丸にはまだ行けませんから。」

「本丸って、時代劇に出てくるお城のことですか。」

 伊藤さんが、
「先生はこのような難題に当たるとよく戦国時代の城攻めに例えられます。先祖は武家の出だってよく話されています。」

 よく話されますは余計だって。

「そうですか。攻めるには理解しやすそうですね。」

「結衣さんに伺いたいのですが、ZODIAC SIGN〈ゾディアック サイン〉建設の名子専務をご存じですか。」

「組合のパーティーや代議士のパーティーなどで何度かお会いしたことはございます。」

「どんな方ですか。」

「気さくな方ですよ。ただ、ご挨拶程度なので詳しくは存じ上げません。ただ、名子さんであれば、私よりも叔母の明子さんの方がよく知っていると思います。」

「ほう、それはどうして。」

「もうかなり前ですけど、琢磨叔父さんは専務の時代から女癖が悪く、あるパーティーでコンパニオンと一緒に消えたことがありました。その時、泣いている叔母を慰めていた人が名子さんでした。」

「なるほど。」

「それ以来、琢磨叔父さんの件でご相談していたと聞いております。」

「そうですか。すると、かなり長いお付き合いですね。」

「何故、名子さんのことをお聞きになるのですか。」

「ええ。牧野弁護士と話した際に名子さんの名前が出てきたので、どのような方かを知りたかったものですから。」

 佐々木刑事が、
「あの超一流のZODIAC SIGN〈ゾディアック サイン〉建設が関係しているのですか。」

「いや、まだそこまではわかりません。一つ言えることは、専務の名子さんが何かしらに関与されていることは間違いないと思われます。」

「何か面白くなってきましたね。」 

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門


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