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外国ルーツを持つ人たちのライフストーリー

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外国にルーツをもつ人たちのライフストーリーをまとめました。勇気づけられる話、何かのきっかけになるかもしれない話…集めてみました。
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記事一覧

やれることは沢山ある。自分の特長を生かした仕事選びを

日本語が喋れず友達が出来なかった日々――丁さんが日本に来たのは中学1年生の時だと聞いてい…

NPO法人glolab
4か月前

人との違いを悲しまず、喜びを持って受け入れる

 女子バスケットボール日本代表の中心選手として活躍し、東京五輪の銀メダル獲得に大きく貢献…

NPO法人glolab
11か月前

電車で30分も行けば別世界がある。好奇心を持って新たなチャレンジを。

自分では気付かない才能を周囲が発見することによって人生は時に好転します。 朝日新聞GLOBE…

自分にとって事業を興すのはあたり前の選択でした。

■岡村アルベルト フォーブスジャパンが主催する「次世代を担う30歳未満の30人」に選出される…

自分が当てはまる仕事を探し続けてほしい

■アルベルト・ディアズ 外国ルーツの子どもたちが将来の進路を考える際、自分のルーツを活か…

何でも挑戦していけば、やりたいことも居場所も、必ず見つかる

言葉も文化も違う異国で生活するのは大変なことです。柔軟性に富む子どもたちでさえ、外国で暮…

みんなで学びあう多文化コミュニティをつくりたい!

今回はglolab副代表理事の景山宙のライフストーリーと思いをお届けしたいと思います。 -----------------------------------------------  私は1991年(当時6歳)に中国から母と共に栃木県に移り住みました。父はその3年前に来日し、アルバイトをしながら大学に通っていました。来日当初はお金がなく、月の生活費は2~3万円でした。母は昼夜工場でアルバイトに明け暮れ、父も昼は建設現場で働いていました。廃屋の社宅の管理人室を借り、家具や

ボーダーを超えてしなやかに生きる

外国ルーツの子どもたちが、社会に対してどんな感情を抱き、どんな生活を送るかは、来日した時…

様々な問題への答えを求めて、チャレンジをし続ける

中学校卒業後、日本語力ゼロで15歳の時にインドネシアから来日し、現在は大手アパレル会社で正…

自分自身に負けたくなかった

中学2年時にペルーから来日し定時制高校卒業後、職業訓練校に進み現在は電気の配線などを行う…

今の自分のまま生きていけば幸せになれる

外国にルーツを持ち日本で育った人たちのライフストーリーを紹介。 今回は8歳の時にミャンマ…

自分のルーツを強みに、自らの可能性を切り開く

外国にルーツを持ち日本で育った人たちのライフストーリーを紹介。 今回はベトナム難民として…

ペルー人としての誇りを胸に日本でキャリアを切り拓く

外国にルーツを持ち日本で育った人たちのライフストーリーを紹介。 今回は旅行会社で働く一方…

イランと日本、ゆれたアイデンティティがたどり着いたのは

外国にルーツを持ち日本で育った人たちのライフストーリーを紹介。 今回は「ふるさとって呼んでもいいですか」の著者ナディさんにお話を伺いましたのでお届けいたします。 ▶ナディ プロフィール 1984年イラン生まれ。91年に出稼ぎ労働目的の両親とともに家族で来日し、超過滞在のまま首都圏郊外で育つ。小学校から公立学校に通い、高校在学中に在留特別許可を得て定住資格を獲得。大学卒業後は都内の企業に勤務し、現在は2児の母。 6歳の時にイランから家族と来日し、言語も生活習慣も全く異なる